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164話 ユルゲン・2

 目の前に現れたその男は、クロノと名乗った。


 見た瞬間に分かった、こいつが黒幕だと。ローズですら追いきれなかった、ユルゲンですらなんとなく存在を感じつつも尻尾を掴めなかった、この国の本当の底の底で蠢く何かしらの『組織』。

 それを動かしているのが、彼だと。


 思わぬ特大の獲物が目の前にやってきたチャンスと、故にこそその狙いが読めず慎重に出方を窺うユルゲンに対し、クロノは。


「私たちの方に来ませんか?」


 まさかの、勧誘を行ってきた。

 一瞬困惑したが、同時に納得もした。なるほど、確かに起こった出来事だけを並べれば自分はこの国を恨み呪ってもおかしくないだろう。


 だが、舐めるな、と。


 自分は十分この国酷い部分、悲しい部分、どうしようもない部分を目の当たりにしてきた。けれど、だからこそ。それを自分たちの代で終わりにするのだと。黒い部分も醜い部分も、全部私が持っていくのだと。そう──



「──できますか(・・・・・)?」



 対し、クロノが返したのはたったの五文字。

 何も特別なことを言ったわけではない、ただの単純な問いかけであり確認。

 なのに……その言葉に込められた想いが、雰囲気が。


 そして何よりクロノの顔。

 まるで鏡を見るような顔が、あまりにも得体の知れない何かを感じさせて。


 とは言っても、当然できると答える以外にはなく。

 その答えを聞き届けたのち、クロノは『気が変わったらここを訪れてください』とだけ残し、煙のようにその場から消えていった。


「………………」


 しばし、ユルゲンは呆然とその場に佇んでいたが。

 すぐに気を取り直す。何はともあれ謎の組織の首魁を知ることができたのだ、この情報を最大限有用に扱わねば、とその場から動き出して──


『できますか?』


 ……その言葉が、恐ろしいほどに。心の何処かに、こびりついていた。




 そこからも、ユルゲンは精力的に活動を続けた。

 ローズの秘蔵っ子であるエルメス。彼が国に起こし始めたうねりを最大限活用し、子どもたちの知らないところで人知れず悪しき貴族を粛清し続けた。

 大丈夫だ、エルメスの行動は、理念は確実にこの国を動かし始めている。この国はまだ死んでいない。貴族の子どもたちを始めとして、彼に影響を受けて良い方向、素晴らしい方向に変わり始めている貴族も存在する。


 だから、そうじゃない連中。もうどうしようもなく変われない連中さえ排除すれば。この国はきっと、素晴らしい国になる。生まれ変われる。

 そのはずだ。そうでなくてはならない。そうでなくては。そうじゃなかったら。



 なんのために私が心を殺しているのか、分からなくなる。



 その、心の奥底の声に。

 気づけなかったことが、ある意味で始まりだったのかも知れない。




 粛清する。

 エルメスの台頭を認めずなんとかして排除しようとする愚かな貴族を。

 古き良き、なんて化石じみた文言に囚われて権益を守ることしか頭にない貴族を。

 血統魔法の良し悪しだけで人を判断し、非人道的な行為に平然と手を染める貴族を。


 粛清する、粛清する、粛清する。

 簡単な道のりでないことは分かっている。潰しても潰しても蛆のように湧き出てくることは分かっている。

 だから、その度に潰し続ける。そうすれば、きっと良くなる。原因療法はエルメスたちが既に始めている、だから私は対処療法を無限に続ければ。

 最初からこの国の風潮に毒されていない善き人たちと、毒されていながらもちゃんと変われた人たち。そういう人たち、ばかりになる。素晴らしい、国になる。


 だから、潰す。

 新たに湧き出る度に、とうに封じたはずの心が軋んでも。変わらない連中を見るたびに、或いは変わろうとしても易きに流れた愚かな連中を見るたびに、自分でも自覚していな何処かがすり減っていくのを感じていても。


 やらなければいけない。止まるわけにはいかない。

 それが、自分の贖罪だから。何も守れなかった自分が未来のためにできる、唯一のことだから。そしてそれが──唯一納得できる形での、自分の復讐だから。


 その信念のもと、己のやるべきことを。

 続けて、続けて、続けて──




 しばらく経った、ある日。

 ユルゲンは、とある会合を開いていた。

 それは、貴族たちの集まり。それも──ユルゲンの呼びかけで、この国の変革に協力してくれる貴族たち。

 つまりは、変わってくれた貴族たち。ユルゲンの……後々構築する予定の第三王女派閥に入れる予定の貴族たちが、結束を高めるための集会を開いていた。


 正直なところ、開く必要はなかった。

 だが……変われない貴族たち、悪しき貴族たちをひたすら潰して回る中で……何か、自分の中の何かが擦り減っている。このままでは限界を迎える。

 そう無意識に思ったが故かも知れない。自分のやってきたことはちゃんと実を結んでいると、確かめるための私的な会合であったことは否定しない。

 何はともあれ、ユルゲンはそんな心の安寧を求めてこの会を開き……そこで、こんな会話が繰り広げられた。


「ところでユルゲン殿。一つお耳に入れておきたいことが」

「ん、なんだい?」

「いやですね、隣領の伯爵家のものが、どうやらこの集まりに勘付いたらしく。その上で私にアプローチをかけてきたのですよ。そんな馬鹿な集まりはやめろと、わざわざ血統魔法という利点を捨てる改革になど協力する必要はないと」


 そう語るこの男は、ユルゲンの理念に真っ先に協力してくれた貴族だった。血統魔法に頼らない国を作る必要性を丁寧に説いて、その上でしっかりと理解して協力してくれた。最初の真っ当な仲間と、言って良い存在だった。


「どうやら派閥を変えられると困るらしく、実利も提示してきました。いくつかの特産物の利権やそもそもの土地譲渡など、ね」

「……それで?」

「ええ。なので、それを踏まえて──」


 そのまま、男は笑顔で。



「──ユルゲン殿は何を保証していただけますか?」



 なんの衒いもない笑顔で、何も悪いことなど無いと言うように、堂々と。

 利益を釣り上げ(・・・・・・・)ないと裏切るぞ(・・・・・・・)と。理念のために集まったはずの集会で、実利で主義主張を変えますよ、と。迷いなく宣言してきた。


 ……その考え自体を、悪だとは思わない。

 理想だけで生きてはいけない。それを理解しているからこそ、この集まりの人間には国を変えた後も十分な生活ができる保証をした。そのための努力も惜しまず奔走して……だからこそ彼らは、ユルゲンの『理想』に賛同してついてきてくれたと。

 思って。いて。


「ああ、そういうことなら私も。我が魔法を馬鹿にしたあの家はきちんと潰してくださるのですよね? その確証がないことにはついていけませんが」

「血統魔法がある限り、我が家は未来永劫うだつが上がらない。新体制の国での地位を保証していただかないことには、こちらも……ねぇ?」

「教会の馬鹿げた血統魔法の価値基準さえなければ、我が家の魔法こそが至上と認められるはずなのです。ちゃんと潰す算段は整えているのですよね?」


「素晴らしい考えだ」「今こそ血統魔法から脱却すべき」「新しい国を作るのです」


 そう語っていた人たちが、そう語っていた時と全く同じ口調で。

 そんなことを。自分以外の何も考えていないことを、言ってきて。


 何かが揺らいでいく。何かが崩れていく。

 そんな感覚を味わっているユルゲンに、また別のものが声をかけてきた。


「トラーキア卿! 是非ともこの機会にご紹介したいものがおりまして!」


 そう言った貴族が、別の貴族の男性を連れてきて。

 その男性を見て──ユルゲンは軽く目を見開く。見覚えのある……ユルゲンにとっては生涯忘れないだろう顔だったからだ。

 ユルゲンの表情の変化には気づくことなく、男は自己紹介ののち述べてきた。


「トラーキア卿の理念、大変感動いたしました! 血統魔法という過去の遺物にのみ頼っていてはいずれこの国は立ち行かなくなる──我々がこの国を守るのです!」

「…………そうか。時に、一つ聞きたいのだが」


 そうしてユルゲンは、こう質問する。


「八年前の、紅月の二日。その日に何があったか、貴殿は覚えているかな?」

「八年前の……? いえ、随分昔のことですね、流石にそんな昔の記憶は……」

「……大氾濫(スタンピード)があっただろう? 多くの人が巻き込まれ、貴殿もその場にいた貴族の一人だと記憶しているのだが」

「──ああ──!」


 そして、その貴族は。八年前。大氾濫(スタンピード)の時にいた貴族。

 そう──シータが(・・・・)命を落とした(・・・・・・)事件の時(・・・・)シータを(・・・・)見捨てて(・・・・)逃げた(・・・)貴族の一人は(・・・・・・)




「そんなこともありましたな! すっかり忘れておりました!」




 言葉通り、なんの記憶も意識も……罪悪感も何もない声と笑顔で、そう言った。


「いやしかし、そのような事件をもう起こさないためにもトラーキア卿の言うような変革が必要なのでしょう! そして、私こそそのお役に立てると自負しております! なので変革が成った暁には是非とも──」


 そこから先、彼が何を言っているのか。一切耳に入ってこなかった。

 けれど声色からするに、本心から言ってくれているらしい。ちゃんと働いて、ユルゲンの計画に全面的な協力をして。

 そして……変革の中心を成した貴族の一人として、すべてが上手くいった後には新たな国の中枢に入るのだろう。



 これが(・・・)

 生き残るのだ。

 シータの屍の上に、これが。



 自分が、全てを持っていくつもりだった。

 悪しきものも、良くない遺産も、全部自分が持っていって沈むつもりだった。


 ああ、凄まじいな。あのクロノという男は。

 人を見る目が並外れている。ここまで全て見抜いていたとしたら、そんな存在がこの国の底で転覆の機会を測っているのなら、確かにどうしようもない。

 その男の言葉を、思い返す。


『できますか?』




「────無理だ」




 できる気がしない。自分が見込んだ人たちですらこれで、変えられる気がしない。

 何より、よしんば変えられたとして。あれが新しい国でのうのうと生き残って何も知らず繁栄を謳歌するなど。


 単純に、絶対的に。

 死んでも許せない。


 何かが崩れた音が、自分の中でして。

 そして、ユルゲンは。


「おや……? どうなさったのですかトラーキア卿、顔色が悪いようですが。よもや変革の計画に問題でも? 困りますよ、やったことの責任は取っていただかねば──」


 もう、同じ人が発している言葉に聞こえないその貴族の前で。


 息を吸い。

 唄う。




 ◆




 全てを終え。

 屍と瓦礫の上で佇むユルゲン。そんなタイミングを見計らったかのように。


「素晴らしい、ですね」


 あまりにも平然と、奇跡のようなタイミングでクロノが現れる。

 そのまま、もう一度勧誘の言葉を述べて──



 これが全てだ。

 もう一度繰り返すが、自分が裏切った理由はただ、己の弱さ。

 想いを抑えきれなかった、欲望のまま動いてしまった。


 そして……それを、この期に及んでも一切後悔できていない。



 そういう存在だったのだと、自覚したその時が。

『組織』第三の最高幹部、ユルゲン・フォン・トラーキアが、誕生した瞬間だった。

ユルゲンのお話でした。

次回、シータとのお話。これを踏まえた上で、先代組の二人が何を話すのか。ぜひ読んでいただけると!

この先しばらく更新も続けられる予定なので、読んでいただけると嬉しいです……!




そして重い本編の後に申し訳ございませんが、読者の皆様にお知らせです!

別サイトの方で、また新作始めさせていただいてます!


『小日向晴夜は、『原作』を知らない。~「俺がラブコメのモブで、隣の美少女がメインヒロイン? だからお前は引っ込め? いや、知らん。何それ」~』


ラブコメの世界転生もの(ただし転生者は主人公じゃない)、のお話です。夏に書いたもののリメイクとなりますが、今度こそブラッシュアップして一章最後までお届けします!

以前よりも更にヒロインの可愛さやざまぁ要素、熱い青春も増し増しになっております。現在の創成魔法本編と違って非常に明るいお話なので、箸休めにでもいかがでしょうか……!!


画面下部のリンクから飛べるようになっているので、創成魔法と合わせて

こちらも読んでいただけると、またブクマ評価等もいただけるととても嬉しいです……!

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― 新着の感想 ―
相変わらず周辺諸国が王国をどう見てるのかがわからいないけれど。 見込みがない者は処す。見込んだが、見込み違いだった者も処す。処して、処して、処して、ただの処刑装置となって、国家運営に必要な最低限の人…
新作も良いですが、この作品の更新頻度を上げていただけると嬉しいです
……理由はどうあれ、エルメス達と敵対するのなら戦う。それだけだ。 ただ、無力化して生きて償わせるぐらいはいいだろう。
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