160話 想いで届かないのなら
ユースティア王国は、血統魔法と共に発展してきた。
それは多くの恩恵をもたらしたが……一方で、その莫大な恩恵に相応しいだけの代償もこの国を蝕んできた。
その最たるものは、貴族の腐敗だろう。『一切努力せずとも血を引くだけで無条件で強大な力を得られる』という特権は、作った人間の想像以上に人間を堕落させた。それが、今日のこの王国の現状を作った最大要因と言っても過言ではない。
……だが、もう一つ。
血統魔法のもたらす、前述の貴族の腐敗以上に致命的な欠点があると思っている。
それは。
──想いが、力を持ってしまうことだ。
プラスの想いだけであれば良い。
けれど、血統魔法は……否、この国における『魔法』は、あらゆる想いに応える。どんな想いの奴隷にもなる。
たとえ魔法の理念と真っ向から反する想いであろうと……それが強くて純粋であれば、魔法はそれに応えてしまう──どころか、魔法の方が捻じ曲がってしまうのだ。
小さいものでは以前カティアと戦った時のアスター、そして現在ではオルテシアの血統魔法がそのことを証明していた。
……そして、自分の場合は。
『この国を滅ぼしたい』なんて、どう足掻いても普通では許されざるこの想いが。
こんなにも圧倒的に。
魔法を扱う才能がなかったはずの自分が、自分よりも遥かに才に恵まれた娘を、しかも全く同じ血統魔法で一方的に叩き潰してしまえるのだから。
全く皮肉なものだ……と思いながら、ユルゲン・フォン・トラーキアは地に伏す娘に声をかける。
「なんの波乱もなかったね」
「……」
「言ったろう。同じ血統魔法であれば……とりわけこの魔法であれば尚更。同じである分相性差は存在しなくなる、その魔法を構成する最大の要素が直接的に戦力差となる。
つまり──想いの強い方が勝つ」
ユルゲン対カティアの戦いで、起こったことはシンプルだ。
ただ、同じ系統の魔法で生み出された死霊たちが真っ向からぶつかって……そして、ユルゲンのそれがカティアのそれを一方的に上回っただけ。
「今度は勝てるかと思ったのかい? 迷いがなくなっただけで想いで上回れると? それとも、『正しい想いが絶対に勝つ』なんて世迷言を信じて来たつもりかな」
虚しさと、諦念と、微かな疑念を浮かべてユルゲンは告げる。
「……本当に、何故一人でここに来て──しかも真正面から戦った?」
「……知りたかったからですわ、お父様」
応えが、あった。
目を見開くユルゲンの眼前で、カティアが立ち上がる。
……無論、ダメージがないわけではない。彼女の生み出す防御特化の死霊をもってしても、ユルゲンの圧倒的な破壊特化の死霊は抑えきれず、そこかしこに大きなダメージを受けている。
けれど、その瞳に宿す光は消えず。
その意思を持ったまま、カティアは続ける。
「お父様の仰ることも、間違いではありません。……本当に、私の想いではお父様の破滅を願う想いに叶わないのか。それを、実感として確かめたかった」
そして、その結論は──彼女が続けて苦い顔で語る通り。
「叶わない、と分かりました。生きてきた年月が違う、見て来たものの数も、それによって確かになった想いの重さも、深さも。お父様の半分も生きていない私には、到底届かないもので」
「……」
「そこでは、想いでは、どうしても叶わない。……悔しいですが、そこは認めざるを得ません。それで……その上で」
改めて、顔を上げて。真っ直ぐに、告げる。
「──当然、勝ち目はあるに決まっています」
先刻のユルゲンの言葉に対する答えを、譲らない声色で返す。
「っ」
「そのための、覚悟も必要でした。想いでは叶わない、私一人の力でお父様を止めたいと思うのならば……私も全てを懸けるしかない。成功率が低い『これ』を、リスクを承知で使うしかない──全てを、ぶつけるしかないと。そう確信することが、必要でした」
ユルゲンは聡明だ。
しかも、カティアの父親でもある。今の迂遠な言葉でも、カティアの言わんとすることがきっと、誰よりも早くわかってしまって。
「簡単なことです。想いではお父様は上回れない。
なら……『魔法』で上回るしかない」
けれど、止める暇はない。
即座に攻撃用の死霊を用意するも、それはカティアの防御用の死霊によって阻まれる。
その奥で──カティアは覚悟を決めた表情で、きゅっと胸元の服を握りしめ。
──その、覚悟の重さを。この上なく雄弁に語る言葉を、こう告げる。
「ごめんなさい、エル。今から──あなたの言いつけを破ります」
そうして、顔をあげ。紫水晶の瞳に宿した凄まじい光と共に、魔力を高め。
息を吸い。
唄う。
「──【三叉の月光 十字の旅路 集え 集え 蒼の松明 救世の現世も影は降る】」
次号、最初期からあった魔法のお披露目第二弾。ぜひ読んでいただけると!