112話 影響
戦闘を終えリリアーナの陣営に帰参したエルメスとルキウスは、まず全員無事で揃っていることを確認して安堵したのち、体験した一部始終を報告した。
その全てが、全員に驚きをもって受け入れられた。謎の人型の魔物、エルメスとルキウス二人がかりでも圧される規格外の強さ、魔法を再現するエルメスと酷似した特殊能力、そして。
「ヘルクお兄様が……!?」
最後の報告で、一番驚いたのはやはりリリアーナ。
あの政権簒奪の主犯であり、間違いなく王都の件から始まる一連の騒動の中核に近いだろう人物が、何故あのようなところであんなことをしていたのか。
魔物の正体や存在の謎等々、分からないことは多くあるが……
「……とりあえず」
まずは、手近なところから。
少なくともここには、現状の全てではないだろうが一部を知っていそうな人物が同席している。エルメスはそちらに目を向けて。
「『あれ』が何で、どうして玉座にいるはずの第一王子殿下があれと戦っているのか。
教えていただけますか? ──国王直属部隊の皆さん」
問いかけられた部隊の人間、代表して隊長が頷いて。
一先ずは、お互いの情報をもとに。現状を理解するための話し合いが始まったのだった。
◆
「……奴がどういう存在かについては、分かりません」
部隊長が口を開いてまず告げたのは、その言葉。
「確かなのは、奴が人の形をした魔物であること。これまでの魔物とは桁の違う力を持っていること。そして……対話が不可能なほど、こちらに殺意を持っていること」
「……でしょうね」
そこに関しては、直接対峙した自分達も反論の余地はない。
エルメスとルキウスが二人でようやくまともに戦えるレベルという実力に加えて……話した時の、あの感覚。
「言葉は通じるが、話が通じない。価値観も思考回路も、全てが僕たちとは別物。そういう印象を受けました」
むしろ言葉が通じる分余計にタチが悪い、と称するべきかもしれない。
「はい。……故に国王様、そして我々は。奴が現れた半年前より、最低限の国政以外の全力を奴の討伐に傾けることにしたのです。あの怪物を国に入れないために、そして、国民の目に決して触れさせないために」
「? 何故だ?」
そこで、ルキウスが疑問を挟む。
「無論、国王様も貴殿らも相当の使い手であることは存じているが……あれはそれこそ普通の人間が単独でどうにかできるような代物ではない。まず間違いなく国を挙げて討伐すべき災害だ、他の貴族に協力を申し出て確実に倒すべきではないか?」
「……それには二つの理由がある、フロダイトの長兄よ」
当然と言えば当然のその問いに、順序立てて部隊長は解答する。
他の貴族に協力を仰げなかった理由。
その一つ目は、奴──カルマの特性。視認した魔法を再現する、という性質がある以上、複数の貴族……言い換えると複数の血統魔法使いで挑んだ場合、その全てを奴にコピーされてしまう恐れがある。
半端な戦力の追加は、むしろ向こうの利になる可能性があるのだ。故に先刻ヘルクがやっていたような、単独ないしは少数精鋭の魔法使いを、極限まで強化して戦うことがカルマを相手にする上での常道となる。
「そしてもう一つの理由だが……考えてみてほしい。あの魔物が、王都に入って民の目に触れる──あの魔物の存在が公にされることの、意味を」
「意味?」
ルキウスが首を傾げるが……エルメスは大凡見当がついた。
他にも数人考えが至ったものがいる様子で、代表してカティアが答える。
「あれほどの力を持ち、人間のような外見をした存在が居る──言い換えると、『一目では人間と区別がつかない存在』が居る」
「!」
「つまり、その気になれば人の間にも溶け込めるということ。人間を遥かに超えた力を持ち、人間に殺意を抱く存在が隣を歩いていても誰も気付かない。……その恐怖は、筆舌に尽くし難いでしょうね」
端的なまとめに、続けてニィナが捕捉する。
「だね。報告を聞いた限りだと外見はただの子供にしか見えず……しかも、魔力的にも初見で『魔物だ』って見抜けたのはエル君とお兄ちゃんだけって話でしょ?」
「……はい。わたくしは、分かりませんでしたわ」
「うん、つまり──リリィ様クラスでも無理、エル君かお兄ちゃんレベルの魔力感知能力を持ってないと奴を人間かそうじゃないか判別するのは不可能ってこと」
「……じゃあ見分けられる人なんて、この国には十人といないでしょうね」
納得した。
奴の存在を多くの人間が感知する。それだけで、国の誰もが隣に殺戮者が居るかもしれないという恐怖を味わうことに──
「──それだけじゃないだろ?」
だが。
そこで一同の納得を遮って、そこまで隅で黙って見守っていたローズが口を開いた。
思わず国王直属部隊の人間が体を震わせる、事前にリリアーナから味方だと説明を受けてこそいるが、やはり反射的に身構えてしまうらしい。
そんな彼らに構わず、ローズは心の内が見えない表情で。
「……師匠?」
「エル、カティア。お前たちが考えるような怯える連中だけならまだ可愛いもんだ。そもそも『その程度』の影響力だけなら、まだ貴族どもを総動員して打倒した方がメリットが大きいだろ」
つまり……まだ、あるというのだろうか。国王があの魔物を単独で倒す、倒さなければならないと判断した根拠が。
疑問の視線を受けて、ローズが答える。
「そうだな、じゃあ例えば。あの兄貴──国王が完全になりふり構わず、王都に居る大半の貴族を招集して奴にぶつけ……まぁ仮に倒せたとしよう」
「……」
「問題はその後だ。流石にそこまで大規模に動かしてしまえば緘口令を如くなんて土台無理な話。貴族から貴族へ……ひいては国全体に伝わるだろうさ、『どうやら人に化けて、人と見分けがつかない魔物が存在するらしい』と。そこで、知恵が働いて権力と魔法の力に長けたものはこう考える」
そこで、言葉を区切って。
一同を順に見回したのち、一息。
「──じゃあ、気に食わない奴を『魔物』に仕立て上げられるんじゃないか? と」
「────」
「何か自分にとって邪魔な存在、自分のために排除したい存在が居たとして。でも罰を与えるに足る隙や粗が見当たらなかった場合、こう言えば良いのさ。
『お前は魔物かもしれない、違うなら証明してみろ。誰も見分けがつかないほど上手く人間に化けた魔物じゃない、と証明できないならお前は魔物だ』と」
「な……」
「ついでに言うと、周りも多分それに賛同する。自分達を容易く殺せるかもしれない相手が近くにいるだなんて誰でも嫌だからな。そんな恐怖に怯えるくらいなら、本当に魔物じゃなかったとしてもとりあえず排除したい、と考えるだろうさ」
「そんな、ことが」
ありえない、とは言えなかった。
そういう、自分の都合の良いように全ての事実を捻じ曲げかねない相手と、エルメスはこれまで幾度も出会ってきてしまっていたから。
『人に化ける魔物が存在する』という事実は、そういう連中に格好の『言い訳』を与える形になるのだ。
その手段が横行した果ては、誰も彼もが疑心暗鬼に陥り。法律が意味をなさず、言いがかりやでっち上げで何もかもが裁かれる、この国の悪点を更に数倍に増幅したような──
「ない、だなんて言えないよな? 特にお前らは」
呆然とするエルメスたちを他所にローズは続ける。告げたのはエルメスたちではなく、国王直属部隊に向けて。
「だってこれ、お前らが昔あたしに『魔女』の名を付けてやったこととおんなじだもんなぁ? なんだ、その時の反省を活かしでもしたか? そいつは随分と──」
「っ、ローズ様!」
どうやら、何かしらの因縁があるらしく。
底知れない薄笑みと共に問い詰めようとしたローズに、リリアーナが静止の声を掛ける。彼女もそこで熱くなっていることに気づいたのだろう、一息ついて。
「……そうだな、今はそんなこと言ってる場合じゃない。可愛い姪っ子の頼みだ、ここで過去の話は無しにしよう」
そう告げ、無意識の威圧を解く。
……ローズに以前何があったのかも気になるが、言う通り今はそれどころではない。
ともあれ、カルマが実力だけでなく影響力的にも極めて厄介な、何がなんでもここで倒さなければならない敵であることは理解した。同時に、国王がこれまで奴をほぼ単独で相手していた、しなければならなかった理由も。
であれば、次の疑問だ。
「では……ヘルク殿下は、何故あのようなことを? 当然倒すべき相手に立ち向かっているのは分かりますが、王都の様子を放ってまであのような……」
あくまであの時見た限りの印象だが、ヘルクは──何故か、執拗なまでにあれを単騎で打倒することにこだわっていたように思える。実際、『自分の獲物だ』ということも強調していた。
倒すことだけを目的としていたなら、まず出てこない言葉に態度のはずだ。
エルメスの疑問に、直属部隊の一同は重苦しく黙り込んだのち。
部隊長がまずはこう、告げたのだった。
「恐らくは……贖罪、のつもりなのでしょう」
次回、カルマ攻略の糸口に迫るかも。お楽しみに!




