92話 本心
「『これから指定する日の、午後三時頃。地図に記した場所に来て欲しい』。
まずそれが、あたしがユルゲンから渡された手紙に書いてあった」
ローズは語る。
ユルゲンが、秘匿聖堂の戦いの裏で行っていたことの一部を。
「更に……『私が呼んだということは明かさないで欲しい』とも。
正直訳分かんなかったが、オルテシアのこととか流石にあたしも無視できない情報があってな。心配事も多かったから行ってみたんだが……」
そこで、あの光景を目撃した。
「……それだけ、ですか?」
「ああ、だからユルゲンが裏切っているってのは普通に予想外だったし、ぶっちゃけ顔には出さなかっただけであん時も相当驚いた。が──」
そこで、ローズは静かな、『魔女』としての面が強く出た瞳で。
「これでも、あいつとは長い付き合いだ。あいつがどういう目的であたしをあの場に呼んだのかはすぐ分かった……っていうか誰が見ても明らかだ。
──『あたしにあの場を収めさせる』。あの場じゃそう振る舞うしか道はなかったし、エルやお前をあたしが見捨てないことも込みで、基本人の言うことは聞かないあたしの行動を『状況』で縛ったんだ。
……こういうとこ、ほんとユルゲンって感じで腹立つなぁ」
「と、いうことは、つまり……」
話を総合すると、ユルゲンは。
あの場で──ユルゲン自身の裏切りも込みで──あの状況になるのを分かった上で。
ローズを呼ぶことで、彼女がいなければ間違いなくあの場で詰んでいただろう状況を覆させ、痛み分けにまで持っていった。
つまり、それは。
ユルゲンが──カティアたちを助けてくれた、ということであり。
だから、ユルゲンは、まだ……
「──一方で」
そんな、希望的な思考を抱きかけたカティアのことを見抜いてか、ローズは声のトーンを一気に落として、突きつけるように。
「『あいつが裏切ったこと』自体にも裏はない」
カティアが聞きたくなかっただろう情報を、告げる。
「──え」
「二重スパイだとか、獅子身中の虫だとか。そういう、『こっちの味方をするために敢えて向こうに身を置いた』っていう考えも抱かない方が良いぞ。
何故かってーと……もしそのつもりなら、あいつはもっとうまくやる。こんなまだるっこしいやり方しなくても、そもそも最初から向こうに大打撃を与える気ならあの秘匿聖堂、幹部とボスが全員揃ってたあの場でこっちにつかないとおかしいだろ。あのボスだけは別格だったが、あいつが再度寝返ればそれ以外はあそこで仕留められたはずだ」
「それは……」
「……付け加えると」
もっともな言葉に俯くカティアに、ローズは続けて。
「……あいつが『向こう』につく心情も、分かるっちゃ分かる」
「!」
「だってそうだろ? 貴族の怠慢でシータを殺され、娘のお前も過去は教会元凶の価値観のせいで虐げられてた。あいつ自身も、血統魔法がああだから昔は相当苦労した。
──分かるだろ? あいつは過去を考えれば十分、この国を恨んで然るべき人間なんだ。……多分、この国の中でもトップクラスには、な」
同じようなことは、確かに秘匿聖堂でラプラスも言っていた。
だが、しかし、それなら。
ユルゲンは、自分の意志で、確かな反逆の一歩を踏み出して『組織』に寝返りつつも。一方で、ローズを呼び寄せてカティアたちの方も救った。
ひどく矛盾する、二つの行動。それに対してカティアは、至極真っ当な疑問を述べ。
「……お父様の、本心は。どちらなのですか?」
「──どっちもだろ」
間髪入れず、ローズはそう答える。
「カティアくらいの年頃だとちょっと分かりにくいかもだが、人の本心ってやつはまぁそう単純じゃないらしい。らしいってのはあたしはぶっちゃけそういう体験あんまないからだが……」
「……まぁ、それはそうでしょうけど」
「でも、ユルゲンはそうじゃない」
旧友の心情を、けれど情を込めることなく。冷静に、フラットな視点でこうまとめる。
「多分、最初は普通にこの国を変えようとはしてたんだろうな。そのためにエルを使って、第三王女派閥も作って。真っ当な変革を求めていた」
「……」
「でも、どっかのタイミングで。あいつの中の恨みとかそういう感情が抑えきれなくなって、そこで勧誘かなんかされたんかね。それに乗って、裏切った」
「っ」
「でも」
事実を突きつけられるカティアに、けれどローズは。
「それでも。ユルゲンは心が変わっても、それまでの出来事をなかったことにする奴じゃない。だからあたしを呼んで、あいつが育てた第三王女派閥に最低限のアフターケアは行った。
あいつは裏切った。でも──きっちり筋は通した上で裏切ったんだ」
そう、まとめて。
凪いだ瞳で、カティアを見やる。
「ま、あたしが分析できるのはこんぐらいかね。全部合ってる保証はないが、何か疑問点とかはあるか?」
「……疑問は、無いです。その、すごくびっくりはしましたけれど……理解はしました。でも」
疑問点はないが、聞いておくべきことがある。それは、
「分析が、合っていたとして。それを踏まえた上で……ローズ様は、どうするのですか?」
「決まってる」
これも、ローズは迷わず。
淡々と、こう告げた。
「──殺すよ」
「!」
「葛藤があっただろうことは理解した。最低限の筋は通したことも。
……でも、関係ない。ユルゲンがやったのはそれくらいのことだ、あいつはあたしたちにとって、一番裏切っちゃいけないものを裏切った。
なら、殺す。あの場で何も言い訳しなかったってことは、あいつもあたしがそうすることは覚悟の上ってことだろ。今度あいつに会ったら、一切の容赦はせん」
「そんな、でも……!」
冷徹とも言える宣言。空の魔女としての一面を垣間見て、仮にも旧友に対してと言おうとして、でも自分が思いとどまらせることなんて──と愕然とした思いにカティアは襲われるが。
「だから」
そんなカティアを見て、ローズは。
静かに距離を詰め、とん、とカティアの胸元に指を突きつけると。
「──それが嫌なら、お前が止めろ」
「──」
「あたしがユルゲンを殺すのが、嫌だって言うなら。
あたしより先にお前が、きっちり話を聞いて説得して、場合によってはぶん殴って。本心を引き摺り出した上で引き戻して来い」
「……ローズ、様」
「それができたなら、まぁ、あたしも。
……半殺しくらいで、勘弁してやらんでもない」
最後の言葉は、少しだけ小さく目を逸らしながらで。
そうして、気付く。
この人も……多分、殺意を抱くほどに怒っているのは確かなのだろうけれど。
それでも──本当に殺したいとしか、思っていないわけではなくて。
その上で、カティアの葛藤も見抜いて。その役割を、譲ってくれたのだと。
「はい」
自然に、覚悟の言葉が溢れる。
乱れていた意思が統一され、目的をはっきりと見据えることができるようになる。
その意識の変化を読み取ったのだろう。
ローズは緩やかに微笑んで、カティアの頭を撫でる。
「……さて、そんじゃ」
それから──続けてローズは、今までよりも更に静かな……けれどどこか、寂しさも滲ませたような表情に変えると。
「目的もはっきりしたところで。……これからどう動くにせよ、まず真っ先にやらなきゃいけないことがある」
その表情と、この言葉。彼女にそんな顔をさせる人間と考えれば、自ずとそこから先の言葉にも見当がつく。
「偉そうに言った直後に割と情けない話なんだが、こればっかりはあたしには無理なんだ。思考の、思想の矛盾を知っていた上で放置して、そのまま育ててしまったあたしじゃあの子に響かせる言葉を持っていない」
ここからどう動くにしても、現状追い詰められている以上必須になるのは戦力。
その点で、規格外であるが故に制約も多いローズを除けば、間違いなく自由になる中ではぶっちぎりで個人最強戦力に既になっているだろう少年。
そして……過去の経験による精神の未成熟、思想の矛盾を、この上なく致命的かつ痛烈な形で突かれ。今も病室で、肉体的な怪我以上の理由で、立てなくなっている彼を。
「……だから、頼む」
カティアと同じ少年を思い浮かべつつ、ローズは──頭を、下げる。
「あの子を……エルを。立ち直らせてやってくれ」
第三王女派閥の立て直し。
それに向かうには間違いなく必須で、恐らく最重要のミッションが。第三王女派閥の全員に、次に突きつけられるのだった。
次回より、エル君のお話に入ると思います。お楽しみにしていただけると。




