89話 因縁
「久しぶりだなぁ。──クソ義姉貴」
教皇オルテシアと対峙するローズが、冷たい口調で告げる。
……確かに、オルテシアは現国王の王妃の一人。先代の第三王女──つまり現国王の妹であったローズからすれば、義姉ということになる。呼び方としては間違っていない……が。
ローズの口調には。それ以上の何か……因縁を感じさせるものがあった。
「ローゼリア……!」
そんな呼び方をどう思ったのか。オルテシアが更に喜色を……合わせて狂気も増した瞳でローズを見据え。
──それを、確認した瞬間。
ローズの目線が、何かを悟ったように冷え込んで。その直後に。
「──ああ、悪い。人違いだった」
今度こそ、完璧に失望しきった顔でそう告げた。
オルテシアの顔が凍る。
「ろ、ローゼリア……? なんでそんなこと言うの、私は」
「そもそもそっちも人違いだろ、あたしは『空の魔女』ローズだ。
……そんで、あたしの知るオルテシアは。馬鹿みたいに敬虔で、理想を夢見ていて。それでも──都合の良い虚像じゃない、本当の信仰の対象としての『神様』を信じていた、一本芯の通ったやつだった。少なくとも」
そんなオルテシアに向けて、ローズは言葉を叩き込み。
「──自分じゃない誰かに理想を押し付けて、都合よく神格化する友達に。あたしは欠片も心当たりはねぇよ」
突き放すように語る。
それを受けたオルテシアは、肩を震わせつつも……それでも目を見開いて。
「なんで……なんで。違う、違うわローゼリア。あなたは王国の扱いで、本当の自分を見失っているだけなの。だから私が今度こそあなたを迎えに来たのよ、私があなたを救ってあげる、私が一番あなたのことを分かっているのよ、だから──!」
「へぇ。何を分かってるって?」
うわ言のように告げられたその一言に、反応したローズが愉快がるような、その上で失望を隠さない色を含んだ表情で笑って──
──そこで何故か、隣にいたエルメスを引き寄せた。
「……え?」
「なぁオルテシア。この可愛い男の子な、あたしの一番弟子なんだ」
「──は?」
唐突な展開に、エルメスは沈んだ表情ながらもローズを見上げ。
オルテシアが、訳が分からないと言いたげな呆けた声を上げる。
「な……何よ、それ。その子には数日前会ったけど、全然あなたには似てないし……そもそもあなたが弟子? 馬鹿なこと言わないで、あなたは唯一で絶対の存在よ。他の存在があなたに何かを教わるなんて出来るわけが──」
「ぐだぐだうっさいな。ともかく……会ってんなら話は早い。あんたはエルを見て、あたしの弟子だと……なんの関係も見抜けなかったわけだ」
「っ、できる訳ないでしょうそんなの。私が見るのはあなただけよ、それが何か──!」
オルテシアの激昂に。
ローズは、薄く笑って。
「──シータは一目で見抜いたぞ」
彼女だけに分かる、オルテシアの致命的なところを抉る一言を、告げる。
「曰く、雰囲気が似てるってさ。ああ、もう死んでるから嘘とかそういうことは言うなよ? そこのカティアが降霊術紛いの魔法を使えて、その関連で聞いたことだ。間違いないぞ」
「う、うそ。嘘よそんな、あの女が──」
「都合の悪いことは見ないふりか? 許さないぞ、そいつはお前の大嫌いだった本質を見ない連中とおんなじだろ。だからきっぱり言ってやる──」
狼狽え、認めないとばかりに首を振るオルテシア。
そんな因縁ある相手に、ローズは止めを刺すように。
「あんたは、昔も今も。シータよりも、あたしのこと分かってねぇよ」
まさしく、最大の衝撃を受けたかのように。オルテシアが身を震わせ、俯き。
数瞬そうしてから──ぽつりと。
「…………そう」
呟いて顔を上げ、据わった瞳を向けて。
「──あなた、ローゼリアじゃないのね」
「だからそう言ってんだろ」
「私のローゼリアに、まだ戻ってくれないのね。なら、なら──!」
そこから、一気に激昂と共に。魔力を高め、詠唱を開始しようとして──
「させるわけないだろ」
それより先に。
ローズの放った光の雨がオルテシアを襲う。咄嗟に魔道具でガードをするが、詠唱は問答無用でキャンセルされ。それからも間髪入れずローズの攻勢が叩き込まれる。
「お前の魔法は厄介だ、悪いが発動はさせない。あたしの王都での唯一の『やり残し』であるお前だけは、あたしが直接けりを付けるのが義務だろ。
相手してやるよ──そこの連中も、丸ごとな」
同時に、立ち上がってきたユルゲンとラプラスも静かな瞳で見据え。
再び……魔女の蹂躙が開始された。
◆
「く、そ……ったれが……!」
一挙に、逆転した戦況を前に。
数度目の、壁への叩きつけを受けて立ち上がりながら、ラプラスが悪態をつく。
意味が分からなかった。
自分の魔法は相手の魔法が強力であるほど真価を発揮するはずなのに、何一つ通用しない。魔法の完成度が高すぎて、『拒絶』を挟む暇もなく。自慢の防御力も向こうの圧倒的な火力の前にはほとんど効果を発揮しない。
三人がかりでも、まるで歯が立たない。
ユルゲンは純粋な火力勝負で圧倒され。オルテシアは絶え間ない攻撃で血統魔法を発動することすら許されず。ラプラスも同様、凌ぐので精一杯で魔銘解放を再度使う暇が無い。
無理だ。
無論、こちらにも勝ち筋はある。だがそれが機能するには時間が必要で……現状のままでは、その時間すら稼ぐことが出来ずいずれ押し切られるのは火を見るより明らかだった。
(なんでだよ──!)
どうしてこうなった、と考える。
自分たちは勝っていたはずだ。
組織的に最大の難関となる相手を、周りをうまく使って打倒させて。その上でここまで立場を隠していたことを使って、個人戦力でも難関になりうる相手を一網打尽にする計画。
うまくいっていたはずだ。大司教は全員壊滅し、残る人員も自分たちには歯が立たず。何もかもが、計算通りに進んでいるはずだった。
──それが、あの魔女一人に全てひっくり返された。
「くっそ、がぁ……」
弾き返され跳ね返され、ラプラスの中で徐々に苛立ちが募っていく。
……元々自分は、出自もあって気が長い方ではないのだ。
ただでさえ、敵でありながら目をかけていた少年が思った以上にくだらない存在であったことに、身勝手ではあるが失望混じりの荒い感情を抱いていたところに。
本来あり得なかったはずのイレギュラーの参戦で、ここまで計算し尽くしていた計算を全てひっくり返されたことに対する怒り。積み上げたものをめちゃくちゃにされそうな状況で、飄々としていた仮面の中に押し込めていた激情が溢れ出す。
(ああ、うぜぇ、面倒臭ぇ、かったりぃ)
元より、自分は荒くれ者だ。
こんな、自分が積み上げてきた全てを壊されそうな状況で、大人しく冷静に考えるなんて『お行儀の良い』ことなんてできるはずもなくて。
……なら。
「──もう、いっそ」
この先も、現状分析も、何もかもどうでも良い。
ただ、この状況を。ここにあるもの何でも使ってひっくり返せるのなら。もう、後先考えず、全てをめちゃくちゃにしてしまえば良いではないか。
衝動のままに体を動かし、隠していた全てを解き放ち。
それを止めるほどの上等のものは持たず、ただただ、何かを破壊するだけの衝動に取り憑かれた存在に成り果てて──
「──ラプラス」
その、直前。
自分の背後に控える、クロノの声が響いた。
「……ボス」
「君が、我慢のできない質であることは知っている。君のそういう部分に助けられてきたこともある以上、気持ちはよく分かるし心情的にも積極的に止めたくはない。
……でも。それでも『ボス』として言うよ──落ち着きなさい、ラプラス」
静かな声が、唯一届く声が、彼を僅かに止めたあと。
それを確認した上で……クロノはこう、言葉を紡ぐ。
「──あの時、私を救けてくれた君は。もっと格好良い男だったはずだ」
──それが。
彼の心に届く。彼らの始まりの光景、二十年前の出来事を鮮やかに想起させて。
……ラプラスの、蒼い瞳が。理知の光を取り戻す。
「……あァ、そうだな」
打って変わって、静かな声でラプラスは告げた。
「荒れ者なだけじゃ、掴み取れないから。……こうなるって、決めたんだもんなぁ」
肩の力を抜く。
エルメスに突っかかった頃から失っていた冷静さが戻ってきた表情で──
もう一度、現状を分析する。
これまでの戦いで分かった。
あの『空の魔女』の魔法、『流星の玉座』はまともに対応することは不可能だ。あまりにも魔法の完成度が高すぎる以上、真っ向からやりあえば今の自分たちでは負けるのは必死。
なら、どうする?
簡単だ──真正面から戦わなければ良い。
そして……『そういうの』は、自分の得意分野だったはずだろう。
逆転の発想だ。
相手の魔法を崩せないのなら──その魔法を成立させている状況を崩せば良い。
その、考えのもと。
「……『悪神の篝幕』」
ラプラスは、魔法を使う。幼少期より使いこなしてきた、最も信頼する万能の魔法を発動する。
その上で、魔法の固有機能『拒絶』を使う。
……当然、それで『流星の玉座』を崩すことはできない。彼我の実力差がありすぎて、ラプラスの現能力ではあの光の雨を拒絶することは叶わない。心の持ちよう一つで、実力差までひっくり返るほど魔法は甘くない。
だが。
なのに、次の瞬間。
──ローズの光の雨が、一挙に霧散した。
「──ッ!?」
この場で初めて、ローズが動揺を露わにした。
実戦経験から崩れることはなく、即座に強化汎用魔法で攻勢を繋ぎながら、原因を分析し……直ぐに辿り着く。
「……なるほど、やるじゃないか」
苦さと、敵への賞賛を半分ずつ含めた笑みで、それを告げた。
「──『朔天』の方を拒絶したのか!」
『流星の玉座』の方は、あまりに完成されて隙がなく拒絶が効かない。
……だが、その前。強力無比なこの魔法を迷宮内でも使えるようにしている前提条件である──天空誤認術式:『朔天』。
その魔法は。ローズがつい最近開発に成功した──言い換えれば、未だ完成と呼ぶには粗の多いそちらであれば、まだ拒絶を差し挟む余地がある。
未知の術式であっても、混乱せず。焦りで我を見失わず、冷静に分析と解析を続けていれば……必ず、付け入る隙は見えてくる。
忘れるなかれ。
ラプラスも──多少精神面に粗こそあるものの、王国の深くで暗躍してきた『組織』の幹部であり、ボスの側近。
……生半可な、『魔法使い』ではあり得ないのだ。
そんな彼の活躍によって、ローズに一矢報いることに成功した。
──が。
「甘い」
それでも、たかが一矢で崩せるほど『空の魔女』も甘くはない。
即座に戦術を修正。『流星の玉座』だけでなく『朔天』の方も術式を修正、先ほどのようにそう簡単に拒絶はできないよう防御を張り直し、その上で隙を無くした攻勢を再開する。
……しかし。
崩すことはできなくなっても、一つ懸念事項を増やしたことはそれ自体に意味がある。
『朔天』の防御に余計に意識とリソースを割かせた分、攻めの勢いは僅かに緩む。
その緩みを、彼らは見逃さない。僅かな隙を必死にこじ開けようとする形で、先ほどまでよりはほんの少し拮抗に近い攻防を続ける。
無論、それがあっても実力差は大きい。程なくして再度ローズの側に戦況が傾くが──それでも、そこまでの時間は彼らにとっては万金の価値を持っていた。
何故なら。
「……よく、やってくれました」
稼いだ時間によって、彼らのトップ。
クロノ・フォン・フェイブラッドが動くだけの猶予を作れたのだから。
「ようやく、整った。……色々と制約のあるボスで申し訳ない、でももう大丈夫。
後は──私に任せて下さい」
悠然とした表情で、クロノは一歩前に踏み出し。
幹部たちに守られる中、手を広げて、魔力を高め。
息を吸い。
唄う。
「──【□□□□ □□□□□ □□□□□ □□□□】」
「!?」
「それ、は──!」
「……な」
エルメス、次いでカティア。
そしてローズが、目を見開く。
その詠唱は。
発音として入ってはくるのだが、微塵も意味が理解できない響きで。
何を言っているか、分からなかった。
──分からないということに、覚えがありすぎた。
だってその詠唱は、この三人が唯一知っている。
かつてローズがトラーキア家を訪れた際。師弟対決で一度だけ披露し、凄まじいインパクトを見る人間に残した。
ローズの、三番目の血統魔法の……
「……おい、まさか、お前」
ローズが、瞠目したまま。
硬く、問い詰めるような口調で言葉を紡ぐ。
「『組織』のボス。数十年前から存在するらしい連中のトップ。
……それで、その外見」
最後に、突き刺すような口調で。
「お前──『同類』か?」
返ってくるのは、クロノの微笑み。
「そこは、ユルゲンに倣って。貴女の見たものが全てです──とでも言っておきましょうか」
変わらず、本心が読めない穏やかな表情で。
淡々と、彼は続ける。
「さて、『空の魔女』。噂に違わぬ素晴らしい魔法使いですね。
流石に貴女が相手となれば──こちらもこの通り、我々の全てをもってお相手するしかなくなる。……そして、そうなったとしたら」
そこで一息ついて、語調を強め。
「ここで我々が……私と貴女が、正真正銘『全力』を出したとしたら。
──何人、巻き添えになりますかね?」
「……ちっ」
ローズが舌打ちをする。
クロノの言わんとすること、加えて……それを踏まえた上での、次にクロノが持ちかける内容も、理解してしまったから。
そんなローズの予想に違わず。
主導権を握ったことを確信したクロノがこう、持ちかけてくる。
「なので……ここは、お互いに引くという形でどうでしょう?」
二転三転した、秘匿聖堂での戦い。
誰も予想しなかった戦いの──一先ずの落とし所が、見えてくるのだった。
教会編、ようやく終わりが見えてきました。
三章後半戦に向けてこの先も盛り上げていきます、次回もお楽しみに!




