83話 本質
……認めたくは、なかった。
自分の中に、こんな恥ずべき、悍ましい感情が存在することを。
確かに、側から見れば自分は破滅を望んでも仕方ないように見えるだろう。そうするに足る境遇であることは、客観的にも理解していた。
でも、そういう衝動的な感情を抱くこと自体、これまで自分を信じてくれた人間──数少ないけれど、大切な人たちへの裏切りになると分かっていたから。
だから、誤魔化した。
そんなものはないと封じ込め、固く蓋をして。自分の死ぬその瞬間まで決して外に出ることがないように、思考と理性と態度の殻で何重にも覆い尽くした。
そうして、自分自身の言動を騙して。
思想を騙して。
心の中さえも、騙し切って。
でも。
──魔法だけは、騙せなかった。
◆
認めたくは、なかった。
「お……とう、さま……?」
呆然と、カティアは眼前の光景を見据える。
訳の分からないことだらけだった。
何故、父が単独で大司教を撃破できているのか。
何故、その父がラプラスと、クロノの隣に並んでいるのか。
そして、何より。何故──
「その魔法は……なん、なんですか……?」
『直接戦うような魔法ではない』。
いつか聞いたときにそう答えられ。それ以降話されることのなかった、父の血統魔法。
それなのに──自己申告とは、あまりにも違う。見るからに恐ろしく、凶暴で、攻撃的な気配を漂わせ父の後ろに侍っている使い魔たち。
しかも、しかも。その、魔法の名前が──!
「……『救世の冥界』」
思考がそこまで到達したかのを読んだように。ユルゲンが、魔法の銘を口にする。
「君と同じ魔法だよ、カティア。見ればわかるだろう? これと君の魔法は同じものだと」
「それは……そう、ですけどっ、でも!」
父の指摘は当たっている。同じ魔法の使い手であるが故に、あの使い魔たちが同種のもの──霊魂によるものだと確信できてしまう。
でも。
──『それ以外』が、あまりにも違いすぎる。
「ああ、これかい?」
その視線を感じ取ってか、ユルゲンが後ろを振り向いて。そこに控える霊魂たちを、感情の読めない瞳で一瞥してから続ける。
「『救世の冥界』は、霊魂を召喚する魔法。……君はそれに加えて、召喚された霊魂の防御性能の高さも特徴だと思っていたね。
……でも、違う。この魔法の効果は本当に『霊魂を召喚する』、それだけなんだ。その呼び出す霊魂の気質も、戦闘における性質も。全てその当人に左右される」
「……」
「その上で、君はあの綺麗な幽霊たちを召喚した。そして私は──」
再度、こちらを向き。
笑って、告げた。
「──怨霊悪霊しか、召喚できないんだ」
「………………え」
「どれほど工夫しても、何を頑張っても。恨みを、憎しみを持つ霊魂しか喚び出せない。そういうふうに、いつの間にかなってしまった。
そして、この魔法で召喚する霊魂は本人の気質次第。霊魂の正体が本人の鏡。つまり」
光景を受け入れられない、カティアに向けて。
手を広げ、立場を示す。……もう、戻る気はないと言うように。
その上で、言葉を紡ぐ。
「気付いたよ。何を繕おうと、仮面を被ろうと、自分を騙そうと。
──私の本質は、どうしようもなく憎悪なんだと」
何も、言うことができない。
今まで、自分たちを表で裏で支えてくれた。終わっている貴族しかいないこの国では、ほぼ唯一と言って良い十全に頼れる『大人』だったユルゲンが。
その内に、こんなものを隠し持っていたという事実。それを受け入れられずに、受け入れたくなくて。カティアだけでない、その場の全員が硬直していた。
そんな彼らを、状況は待ってくれない。
「……さて、くだらない話はここまでにしようか。君たち、私の立場が分かったのならやることがあるんじゃないのかい?」
「っ、立場……って、お父様、本当に……!」
「ああ、先ほどラプラス卿が紹介した通り。『組織』最後の幹部にして第三王女派閥に送り込まれた間者。それが私、ユルゲン・フォン・トラーキアだ」
そして組織の彼らが、唯一間者を送り込めなかったのが大司教派閥。となると、下手に正体を明かして大司教派閥とそれ以外で手を組ませてはまずいと判断した。
「これ以上のことは、語る気もないよ。──わざわざ懇切丁寧に、ここから敵対する人間に教えてやる義理もない」
故にまずは──大司教派閥以外の全勢力に手を組ませ、大司教派閥を打倒させたのだ。
それが、この大司教討伐作戦の全貌で。
それが終わった以上……最早正体を隠す理由は、何処にもない。
つまり、今。自分たちは。
──逃げ場のない場所で、敵の最高戦力四人に囲まれている。
「っ、ぁ──!」
「おや。なるほど、君よりも君の霊魂の方が賢いみたいだね、カティア」
見ると、カティアの扱う霊魂が。主人の許可を経ずに召喚され、カティアを守るように彼女の目の前に立つ。
それを感心したようにユルゲンは見た後。
「……あぁ、何度見ても綺麗な霊魂だ。澄んでいて、眩しくて、温かな想いに満ちていて──」
冷たい声と、零下の視線を。実の娘に、向ける。
「──吐き気がする。そんな君が、私には最後まで理解できなかったよ、カティア」
「ッ、あ、ぁあああああ────ッ!!」
その言葉で、何かが吹っ切れるように。或いは纏わりつく全てを、強引に振り払うように。
カティアが絶叫と共に、魔法を本格的に発動して幽霊兵をけしかける。
「……せっかくだ。親子で同じ魔法を持ったわけだし、最後に一つ授業をしようか」
されど、幽霊兵を……世代最強クラスの魔法を一挙に向けられているのに、ユルゲンは一切動じることなく。
「『救世の冥界』は、本人の気質に適応した霊魂を呼び出す魔法。その性質は魔法を扱う人間によって様々だ、君の場合は『護る』ことに重きをおいたからそうなったんだろうね」
静かに語って、手をかざし。
「……ならば、同じ魔法が真正面からぶつかったらどうなるか? エルメス君風に言うなら魔力量や操作能力等、魔法以外の基礎能力で優劣が決定するが──この魔法だけは例外だ。無論その影響もなくはないが、それ以上に圧倒的に、魔法の強さをダイレクトに決定する要素が存在する。つまり──」
その手を、上に掲げてから振り下ろし。合図に合わせて、ユルゲンの背後に控える怨霊も突撃を開始し。
「想いの強い方が勝つ」
お互いの幽霊兵が、真っ向からぶつかり合って。
そして。
「──ほら。憎悪の方が強い」
瞬殺。
そう呼ぶに相応しい勢いで、カティアの霊魂が一挙に食い荒らされた。
耐久力に優れているはずのカティアのそれを僅かに耐えることすら許さず葬り去る、圧倒的で絶対的な破壊力。ユルゲンの『救世の冥界』の、本質。
「そん、な──うっ!」
瞬く間に、怨霊の群れはカティアの手元まで迫る。カティアも至近距離で次々と幽霊兵たちを再顕現させて拮抗を図るが、あまりにも向こうの破壊力が高すぎる。僅かな時間押しとどめることが精一杯で、到底押し返すことなどできず。
──そのまま、怨霊が。助太刀に向かおうとしたエルメスたちの方まで流れてきた。
「く──!」
必然、エルメスたちも怨霊に対処する羽目になるが。……即座に分かった、この怨霊、カティアとは真逆のベクトルで極めて厄介な代物だと。
(……防御が。ほとんど、できない──!)
カティアの惨状を見て大凡予測はしていたが、実際食らってみると更にその予測を一段階超えていた。
まず、結界系の魔法が何の役にも立たない。あっという間に怨霊に侵食され、僅かな足止めすら不可能なレベルで突破される。
結論、迎撃で排除するしかないのだが……これすら、半端な攻撃では魔法ごと喰らい尽くされる。必然、最大火力で叩き潰し続けるしか選択肢がなく、加えてカティアと同じく魔力がある限り無尽蔵に湧いてくる点はしっかり同じ。
苛烈で、爆発的な侵略と破壊の魔法。
これが、彼の『救世の冥界』。カティアと同じ、けれどカティアとは全く違い──そして、カティアよりも遥かに強い彼の血統魔法。
「おぉ、いいなトラーキア。そのまましばらく足止めしとけ」
……更に。
対処で手一杯になるエルメスたちの前に、ラプラスの言葉が。
「……さて、そんじゃあ俺ももう一働きしますか」
「!」
「流石になぁ。最大敵対勢力はぶっ倒して、後はそれぞれトップか最重要人物が抜けた烏合の衆だけ。ほっといても勝手に内輪揉めで自滅するから、手を下すまでもない──
……なぁんて言うには、お前らだけは強すぎる。きっちり、ここで潰し切っておこうか」
見逃す選択肢など、端からない。
その宣言と共に、ラプラスの魔力が桁外れに高まる。
「エルメス、俺の魔法を使ってくれた礼だ。……あんたがそこまでしてくれたんなら、俺もここで手を抜くわけにはいかんよなぁ」
そのまま、ユルゲンに合わせるようにラプラスも更に魔力を練り上げ。
息を吸い、唄う。
「──【騙れ 偽れ 八九の虚無 始まりの海に王は無し 終わりの穽にも詩は無し】」
「──!」
エルメスの……先ほどラプラスの魔法を再現したエルメスでも、知らない詠唱。
それが示す可能性は二つ。かなりまずい方と、絶望的な方。
そんな疑念を理解したかのように、ラプラスは嘲るような表情を見せ──
「【異郷の帳は狂いの扉 黒塗りの虹に泥の楼閣】」
二節目の、詠唱。
この時点で確定した。……絶望的な方だと。
かなりまずい方──別の血統魔法であればまだ望みはあった。
でも、それはダメだ。ユルゲンの魔法だけで手一杯なのに、それを発動させてしまえば限りなくこの場の望みがゼロに近づく。
それが分かっているのに……何も、対処ができない。
「【砕け 穿て 妖夢の玉座 星と深月と願いを均し 恵の指輪は隠世に】」
ユルゲンの怨霊は際限なく湧いてきて、立て直す隙を許さない。血統魔法の保持もとうに尽きている。時間をかければまだ対処法があるだろうがその時間が足りず、更には向こうでクロノが目を光らせている以上奇襲奇策も通じない。
エルメスだけでない、他の人間も。己の身を守ることで精一杯だ。
「【斯くて全ての偶像は亡び 真鍮の器は開かれた 欺瞞の王国を創めよう】」
何もできないまま、タイムリミットだけが近付いて。
ユルゲンとは別の、触れるだけで息が詰まるような濃密な魔力が、一挙に渦巻いて。
「【天の光は彼方に堕ち 大地の花は藻屑に潰ゆ
慈愛は非ず 冠は絶える 築き壊れる無灯の世界】」
そして、きっちり。
最大数である五節の詠唱を唱え切ったラプラスは、最後にもう一度、エルメスに笑いかけ。
「よーく見とけ、エルメス。この魔法はな、こうやって使うんだよ」
……意図してか、知らずか。意趣返しの如く、彼にとって印象的な言葉を返し。
更なる絶望の象徴を、宣誓するのだった。
「『悪神の篝幕』──魔銘解放」
久々の魔銘解放。これからどんどんやばい魔法が出てきます、お楽しみいただけると!




