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82話 破滅

「教皇サマから連絡だ。『エスティアマグナは押さえた、破損も機能不全もない』だとよ。よかったなぁボス、最大目的はこれで達成だ」


 大司教グレゴリオを打倒したエルメスたちの前に、突如として現れたラプラス。彼はそんな状況にも関わらず飄々とした態度のまま、『ボス』と呼んだ人間と話を続ける。

 ……決して聞き捨ててはいけない、情報と共に。


「教、皇……!?」

「ん? ああ、そう言ったぞ。教皇兼俺たちの仲間、三人居る幹部の一人オルテシア。魔女の幻影に囚われたイカレ女だが、その実力と執念は折り紙付きだ。今回もうまくやってくれたさ」

「え──」

「聞いてるぞ、お前たちだって、教会に組織(俺ら)の内通者がいるのは予想してたんだろ? そんなに驚くことか?」


 にやにやと。

 明らかに分かっている顔つきで、ラプラスがそう告げた。


 ……ああ、そうだ。

 教会サイドに組織の人間がいること自体は予想していた。継承争いが始まる最初の最初、そう忠告されて以降気をつけてはいた。

 でも、まさか、トップのトップがそうだとは思わないではないか。それは最早内通者ではない、乗っ取りと変わらない。

 加えて──乗っ取りが済んでいるのは、そこだけではない。


「クロノ、様……」

「……以前。私の底を、理念を見せるのは、君のことをもう少しだけ知ってからの楽しみにしようと言いましたね。──どうやら、今がその時のようで」


 エルメスの呟きに、クロノ──中立貴族のトップに位置する貴族の一員であり、たった今ラプラスに『ボス』と呼ばれた青年は。


「この国の、多くの現実を見てきた。多くの絶望を、停滞を、汚濁を見てきた。

 その結果。極めて理性的に、論理的に考えて──」


 いつも通りの、穏やかな表情で。

 一切の気負いなく、告げる。




「──この国は(・・・・)ゴミだから(・・・・・)滅ぼすべき(・・・・・)

 それが私の理念。この上なく、合理的な判断だと思いますが?」




「はっ」


 クロノの物言いに、ラプラスが笑う。


「よく言うねぇ。……理屈を重視しておきながら、一番感情で動いてるのはあんただろうに」

「ふふ、それを教えたのは君だろう?」

「それは違いねぇな」


 笑い合う、クロノとラプラス。そんな二人の様子からは、育んできた揺るぎない信頼が感じられて。それが尚更、眼前の光景の真実味を増している。


 ……加えて。今のエルメスには、あの大司教グレゴリオとその配下たちを、この国の汚濁の底を見せられたエルメスには。

 その、クロノの端的な言葉を。否定する材料も、見当たらない。


 ……思えば、最初からそうだった。

 クロノは言っていた。『見極めの結果次第では、『中立』を辞めることも視野に入れる』と。

 その後の言葉も、口調も、言動も。全て見返してみても。


 ──『リリアーナの味方につく』とは、一言も言っていない。エルメスたちが、そう早とちりしただけだ。


 じわじわ、じわじわと。絶望が染み込んでいく。秘匿聖堂突入時点に建てていたプラン、『教皇派と一時協力し、その後中立貴族を味方につける』──それが、この瞬間完膚なきまでに崩壊した。


 誰がどうみても、窮地極まった状況。

 いや、でも、まだだ。まだ味方は──と思ったその時。


「ま、まだ──まだだッ!」


 奇しくも……エルメスにとっては嬉しくない偶然だが、叫び声が響く。

 声を上げたのは、大司教グレゴリオ。エルメスに戦闘不能にされた状態のまま、大司教ヴァレンの惨状に対する放心から復活して、尚も吠える。


「まだ、まだ大司教は……教会は終わっていないッ! そうだ、大司教ニコラ殿が残っている! あの方も対人戦闘のスペシャリスト! ラプラス、貴様のようなイレギュラーでもない限り、たとえフロダイトの長男相手でも遅れをとるはずが──!」


 更に、同時に。


「──エルッ!」


 またも、予想外のところから予想外の声。困惑しながらも振り返ると、資料室の入り口から駆けてくるのは……カティア。後ろにアルバートとルキウスも伴った彼女は、常にないほど焦りを顕にした表情でこちらを見て、目を見開く。


「!? あれは──ラプラス! それにクロノさんも、なんで……い、いえ、それより──!」


 さしもの彼女も狼狽しつつ、それどころではないばかりと共に。


「──お父様を、見ていないかしら!?」


 そんなことを、告げてきた。


「え?」

「お父様が、お父様が! 大司教ニコラとの交戦が始まった直後、罠でこの迷宮の壁が崩れて……! 分断されたの、大司教ニコラと二人だけになるように!」


 続けて、困惑と恐怖のままに。聞くだけで只事ではないと分かる状況を告げてきて──


お父様の(・・・・)血統魔法は(・・・・・)直接攻撃系統(・・・・・・)では(・・)ない(・・)らしいの(・・・・)! まずいわ、いくらお父様でもそんな血統魔法を持って、あの戦闘に長けた大司教と二人だけなんて、勝ち目が──!」


 ──そこで。




「………………はっはっはっはっ」




 ラプラスの。

 笑い声が、響いた。


 その声は、あまりにもこの場にはそぐわない。純粋で、無邪気とも言えるような。

 そんな、まさしく邪気のない。『ただおかしいから笑った』以外の何も含まれていない笑い声に、困惑を顕にするエルメスとカティアの前で。


「えぇ、マジ? おいそこの、娘なんだよな? 本気で言ってんのか?

 ……いやいや、よっぽど知られたくなかったんだなぁ。実の娘にも隠すかね普通、しかもあの魔法で? 流石に呆れるぜおい」

「何……を、言って」


 ──ずん、と。

 カティアの疑問を遮るように、轟音が響いた。

 それは徐々に大きく、強く。音の発生源が、近づいてくる。


「……なぁ」


 その音には、まるで頓着せず。

 気にならないと確信している。その音の発生源を完璧に理解しているかのように。

 心地良いサウンドであるかのように、ラプラスは続けて言葉を紡ぐ。


「最初に言ったよな? お前たちが間者の可能性に思い至ったことを『聞いてる』って。

 ──誰から『聞いた』と思ってんだ?」


 ぞわり。

 そう、得体の知れない悪寒。

 知ってはいけないものを知ってしまう、世界が崩れる予感を抱く。


 けれど、そんな子供たちの拒否感など意にも介さず。

 音の発生源は、カウントダウンを示すように近づいてきて。比例してラプラスの口上も、更にトーンを増して。


「なぁ、お前ら。俺たち『組織』の手が、第一王子派閥以外のところにも伸びてる可能性はきちんと把握してたんだよな? 第二王女派閥にも、中立派閥にも。本当に至る所に仲間が潜んでいる可能性は、しっかり認識してたんだよな?

 ならよ。何で、それが──」


 一息に。




「──第三王女派閥(おまえたち)にも伸びてないと思えるんだ?」




 どがん、と。

 大きな音が、響いた。


 それは秘匿聖堂の、迷宮の壁が破壊される音。

 ──滅多なことでは傷もつかないはずの、迷宮そのものが破壊されるありえない音。


 瞬間、──ぞわり、と。

 見るだけで身の毛がよだつような、ここ一体の空気が地獄のそれに塗り替えられるかのような。

 そんな、恐ろしく、悍ましく、おどろおどろしい……そして、それでいて。何故か覚えのある魔力が、破壊された壁から一面に染み渡る。


「……もう分かってると思うが。俺たちの目的は、純粋に『この国の破壊』だ。ただただこの国を見限り、恨み、呪い……そういう負の感情を抱いた連中の集合体。負の遺産の集積地、王国の自殺機構──とでも格好つけておこうかね。

 ……その上で、だ」


 ──それ以上は、聞きたくない。

 そんな、わけのない悪寒にさらされるエルメスたち。されどそれを分かった上で構わず、ラプラスは呪うように言葉を紡ぐ。


「『奴』のプロフィールをおさらいしてみよう。……唯一無二の親友は王国に拒絶され? 最愛の妻は貴族の怠慢で殺され? 残された娘も『邪悪な魔法』のレッテルを貼られくだらねぇ勢力争いで塵と婚約させられ、挙句の果てに捨てられ殺されかけたんだって?

 ……ははっ、文句なしじゃねぇか。さぁ、もう一度聞こうか──」


 そして、遂に。

 唇を歪ませ、ラプラスは。致命的な言葉を、告げる。




お前がこの国を(・・・・・・・)滅ぼしたく(・・・・・)ないわけが(・・・・・)ねぇだろ(・・・・)

 ──なぁ、トラーキア?」




 返答は。


「血統魔法──」


 よく知る声で。

 誰もが聞いた声で。

 誰もが、今だけは聞きたくなかった声で。


 ユルゲン・フォン・トラーキアの声で。


 これまで誰も知らなかった、娘にさえ『直接攻撃系ではない』と騙し、完璧に秘匿していた。

 ──彼の、血統魔法と共に、紡がれた。




「──『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』」 




 同時に、あの悍ましい魔力が絶望的なまでに膨れ上がって。


 轟音。

 一拍遅れて──どちゃり、と。


 先ほども聞いたひどく水っぽい音と共に、エルメスたちの前に赤黒い何かの肉塊が叩きつけられる。

 ……その正体は、聞かれるまでもなく分かった。


「…………ニコラ、殿……?」


 答え合わせを、遂に全ての同僚がやられ信じられない声色で呟くグレゴリオが行い。

 されどそれに構わず、構っていられず。

 ありえない、ありえてほしくない。そんな現実逃避じみた思考を抱いて、エルメスも、カティアも、一縷の望みをかけて破壊された壁の方を見遣って──



 理解して、しまった。



 そこにいたのは、紛れもない。

 紫の髪に、青の瞳。眼鏡も相まった理知的な表情が特徴的な、カティアの父親の姿。

 更には……その背後。彼が血統魔法によって、召喚したもの。


 ──悪霊がいた。

 ──怨霊がいた。

 ──呪霊がいた。


 恨みと、憎しみと、呪いと。ありとあらゆる負の想いを煮詰めて凝縮して濾して更に煮詰めたような、この世に存在する全ての悪感情の権化が、所狭しとひしめき合っていた。



救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』。

 霊魂と対話し、召喚し、それを使い魔として使役する魔法。


 そして、この魔法は、特性として。

 ──召喚される(・・・・・)霊魂の性質は(・・・・・・)本人の(・・・)気質に(・・・)依存する(・・・・)


 故にカティアが召喚した霊魂は、彼女の気質を反映して素直で無邪気な子供らしいものになった。


 故に、ユルゲンが召喚した霊魂は。

 つまり。



「どう……して……」


 同じ魔法を、使うが故に。

 全てを理解してしまった、カティアの虚ろな声が響く。




 ……いつからかは、分からない。

 けれど、この状況と。この結果と。何よりこの魔法が、雄弁に物語っていた。


「──三人の幹部が、最後の一人。

 ユルゲン・フォン・トラーキアだ。覚えて帰りな、ガキども。まぁ帰さんけど」


 ラプラスの言葉が放たれると同時。彼のこれまでの言動が、全て繋がる。



『──マジで助かったぜ。俺たちにとっちゃ大司教共(こいつら)が最大の障害、いっちばん邪魔になる存在だったからな』


 あれは、エルメス達を敵として認識していなかったからではない。

 ……最初から、第三王女派の唯一の大人、こちらの裏の要が組織側であると知っていたからだった。


『──そんな厄介な大司教を、お前は二人も倒してくれた。んで、俺がボコったこいつで三人目。残りは一人だが……まぁ面子的、っていうか奴がいる限り負けはないだろ』


 最初から、彼らにとっては大司教派だけが。自分たちの手が伸びていない、唯一の完全に真っ向から叩き潰さなければならない相手だった。

 そもそもが、この大司教討伐作戦から『組織』に誘導されていた。

 彼の語る『奴』は、ルキウスのことではなかった。



「俺たちのための涙ぐましい努力、ありがとうなぁエルメス。

 悪いな。そもそもこの王位継承争い、最初っから──」


 中立貴族派(クロノ)も。

 第一王子派(ラプラス)も。

 第二王女派(オルテシア)も。

 第三王女派(ユルゲン)も。


 それを、理解すると同時に。

 ラプラスは、にこやかに。これまで彼が幾度か言った言葉。けれど、エルメスの前では初めて言う台詞を、告げる。




「──どう転ぼうが(・・・・・・)最終的には(・・・・・)俺たちが(・・・・)勝つように(・・・・・)出来てる(・・・・)んだ」




 かくして。

 唯一の敵対組織だった大司教派を完全壊滅させた今、満を持して。

 ──破滅が、幕を開けた。

第三章、中盤佳境に入ります。ここから毎話激動なので、よろしければお付き合いいただけると嬉しいです。

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ぶっちゃけここまで読んだ感想としては敵側の方がよっぽどちゃんとしてて理解できるんだよな。 がん細胞を切除するのと一緒で、誰にでも使える新しい魔法とやらを広めて探究したいならどうしょうもない腐った部分…
[一言] >3章67話より 『──居たんですね。この国に、そんな立派な貴族』 立派な貴族なんていなかったんや…
[気になる点] しばらく読めなかったけど読み始めた瞬間展開が崩れたw やっぱりパパもか パパの予想は一周回った (敵なのか?あ、やっぱり味方か・・・・やっぱり敵じゃね?) パパはこの国の闇を見すぎて…
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