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81話 ライラ

 ……力が欲しかった。


「はっ、はっ、はっ──」


 秘匿聖堂、中心部のほど近く。

 そこを、目的地に向けて全力で走りながら……第二王女ライラは考える。ここまでに、こうなるまでに至った道のりを。






 …………きっと。

 自分たち──今代の王家は、最初から何処かが破綻していたのだと思う。


 自分たちの父親は、分不相応な『王様』なんて役割を押し付けられたせいでそればかりに精一杯になってしまい、家族の時間を一切作ることができなかった。今でも、父親の顔なんて朧げにしか思い出せない。

 上の兄姉も、似たようなものだ。姉は年端も行かぬうちから半ば強制的に、半ば自ら逃げるように他国へと嫁いで行って。兄は第一王子、つまり王太子最有力候補である重圧から幼少期よりそれ以外のことが全くできず、いつも疲れた顔をしていた。


 そして、ライラは。第二候補としての努力をすること──すら許されなかった。


 何故なら彼女が物心ついた頃には、既に。

 とてもとても優秀で、生まれたその瞬間から特別だった(アスター)に、全てを持って行かれてしまっていたから。


 父には、一切触れ合う時間を与えられず。兄弟姉妹とは、それぞれの理由で顔を合わせる機会すらほとんどなく。

 周りの人間も、全ての興味は未来の王様であるアスターにだけ向けられていて。彼女を本当に見てくれる人間は、ほとんど誰もいなかった。

 ただ一人──母親を除いて。


 そんな彼女にとっては、母親が世界の全てだった。

 母オルテシアは、彼女が幼い頃は相応の愛情を向けてくれていたように思う。今となってはそれが正しい愛情だったかどうかは分からないが……それでも。幼い目にもたまに無理そうな歪んだ表情をしていても、それがライラが成長するほどに増えていったとしても、それでも。

 確かに、愛情を。期待を持って、育ててくれていた時期はあった。そう、信じたかった。信じるしかなかった。


 …………でも。

 それが壊れたのは、五歳の時。ライラが血統魔法に目覚めた瞬間。

 彼女が授かった魔法は、『精霊の帳(テウル・ギア)』。確かに非常に強い、とまではいかないが、王家の人間が授かる魔法としては十分合格圏にある血統魔法。

 これなら、お母様もきっと褒めてくれる。そう意気込んで、王宮を必死にかけて母の元に辿り着いて、誇らしげに血統魔法を報告したライラを見て。


 母は、こう告げた。



「へぇ。──たった一つだけなの(・・・・・・・・・)



 冷たい。

 ひどく、冷たい瞳だった。

 今まで自分が見ていたもの、感じていた愛情が全て幻に思えるような。一片の暖かい光も宿っていないような、見ているだけで体全ての熱を奪われるような瞳だった。


 それ以降、母が自分に昔のような目線を向けることは無くなった。

 今まで通り、食事は共にするしある程度のやりとりは交わすけれど。その全ては事務的なもので、何一つ血の通った会話もしなくなった。

 まさしく、今までの態度は全て気まぐれ。幻だったと確信するには十分で──


 ──それでも、諦められなかった。

 だって、それしかなかったから。彼女が縋れるものは、彼女が求められるものは、それだけだったから。


 ……いつか、昔のように戻ってほしい。

 そんな一心で、彼女は母のために努力を続けた。

 その辺りから、母が『お飾りの教皇』を脱し精力的に教会での権力争いに腐心するようになって。自分にも教会の後継者としての振る舞いを求めるようになったから、それに応えた。母の言うことを聞き、期待に応え続けた。


 極論彼女にとっては……教会での立場も、国の未来も、王位継承争いも、どうでも良い。

 ライラは、ただ──もう一度だけ。かつてあった筈の母の笑顔を、あんな表情を最後にもう一度、自分に向けてほしい。

 それだけが、彼女の望みだった。


 どんなに教会内で蔑まれようとも、必死に勉強した。

 何度聞いても教えてくれない母の望みを、辛抱強く聞き出して断片的な情報から理解しようとした。

 唯一懐いていた妹のことも──どうやら母はその妹のことが大嫌いらしいから、自然と距離を取るようになった。


 そうして暮らしているうちに、見えてきた。

 どうやら……理由は分からないが、母は。自分が『血統魔法を複数持つこと』を望んでいるらしい。一つだけ、『精霊の帳(テウル・ギア)』だけでは満足できないと。

 母が自分を見る瞳には……自分以外の。きっと血統魔法を複数持つ誰かを重ねるような色すら、垣間見えた。


 その理由についても、推測はついた。

 ──サラ・フォン・ハルトマン。数世代に一人と言われる規格外の二重適性。加えて、その片方がよりにもよって自分と同じ『精霊の帳(テウル・ギア)』。

 母は、この子の存在を知っていたに違いない。だから、この子の下位互換にしかならない自分のことをああまで冷遇するようになったのだろうか。


 そう思った瞬間から、サラのことは大嫌いになった。

 いや、サラだけでは無い。その辺りから、自分より力を持った人間、恵まれた人間は残らず彼女の嫉妬の対象だった。唯一明確に自分より劣っている身内であるはずのリリアーナも、最近の活躍を見て嫌うべき、嫌わなければならないと一線を引いた。


 ……力が欲しかった。

 とは言え、『二重適性』は先天的なもの。血統魔法を一つしか持って生まれなかった時点で、彼女はその高みに登れないことは生まれた瞬間から決定されている。


 けれど、それで諦めることはできなかった。

 だからライラは、それに代わる力を求めた。どんな方法でも良いと、王女としての権力、教会の最有力者の娘である立場を生かしてあらゆる情報を漁り尽くした。


 ──そして、見つけた。

 きっと教会だけが知る、反則の方法。後天的に規格外の魔法の力を得るたった一つの手段を。



 それにたどり着いたのと同時だった。大司教グレゴリオから、要請があったのは。


『取引をしませんか? ライラ殿下』


 どこからか、ライラが『それ』を探っていたことを嗅ぎつけたのだろうか。


『我々はね、こちらの言うことをきちんと聞いてくださるのなら残しても良いと考えているんです。教皇も──そして、国王という立場も』


 相も変わらず、にこにこと友好的に。けれど何かがずれた笑顔で。


『あなたが求めているものを差し上げます。どころか……次期国王の立場も全力でサポートさせていただいても良い。だから我々に協力してください。差し当たっては──近いうちにやってくるだろう、第三王女派を嵌める手伝いを』


 その要請を、断る理由はなかった。



 ……けれど。

 当然、ライラだって馬鹿ではない。あの大司教共が約束を素直に守るような存在であるとはとても思えない。十中八九反故にするか、力を与えた瞬間に始末するかのどちらかだろうことは簡単に想像がついた。


 故にライラが考えたのは、どちらも騙すこと(・・・・・・・・)

 第三王女派を所定の場所まで誘導し、大司教グレゴリオに極めて有利な戦場を整える。


 裏を返せば、その瞬間だけはグレゴリオの目から自分が逸れる。グレゴリオだけでない、残る大司教全員が侵入者の迎撃に精一杯になる。

 裏切るのは、行動するのはその瞬間。大司教派と第三王女派に潰しあってもらって、その瞬間に自分は目的のものを手に入れる。


 大司教共は知らない。ライラが知らないと思い込んでいるのだろう。

 ライラの求める『力』の正体。それが……秘匿聖堂(・・・・)最深部に(・・・・)ある(・・)ということに。

 ライラは、その情報を。彼女だけが探れる書類や伝手から手に入れていた。

 その情報の差を、侵入者に迎撃する意識の空隙を突く。向こうが知るはずのない場所を知り、かつ行動できないタイミングを突いて目的を達成する。

 それが、ライラが話を持ちかけられた瞬間から計画した行動の全貌だ。




 ──そして。

 それが、上手く行く瞬間が。すぐそこまで来ていた。


「……ついた」


 情報通りの経路を通って、密かに手に入れていた教会関係者御用達の魔道具を使って侵入を繰り返し、ライラがたどり着いた秘匿聖堂最深部。


 その中央、あたかも祀られるかのように。彼女が求めているものが鎮座していた。


「……」


 形状としては、天球儀に近い。

 宙に浮いている深い青の球体、その周囲を衛星の如く幾つもの光輪が忙しなく回っている。

 そして、何より特徴的なのは──その天球儀から発せられる、神々しい桁外れの魔力。


「これが……」


 荒い息と共に、ライラは呟く。

 これこそが、彼女の求めていた『力』の正体。後天的に、かつ生半可な血統魔法では及ばないほどの、まさしく『神の力』を行使することを可能にするもの。

 その、名は。



「──古代魔道具(アーティファクト):『エスティアマグナ』。

 大司教ヨハンが行使していた『スカルドロギア』と同じ……規格外の、魔道具……」



 そう。

 これが、教会が秘蔵していた『得体の知れない力』の一つ。血統魔法すら上回る力を持った、教会にとっての秘中の秘。教会が現在所持している、二つの規格外魔道具の片割れ。


 もう片方の古代魔道具:スカルドロギアは大司教の中で最も権力を持っていたヨハンが行使し、『未来予知』という反則じみた業を可能にしていた。



 ──なら(・・)ライラにも(・・・・・)同じことが(・・・・・)できるはず(・・・・・)



 それが。

 ライラの考えた、『二重適性』に匹敵する力を手に入れる算段だ。


「これで……これで……!」


 もう、誰にも馬鹿にされない。蔑まれない。

 襲い掛かる苦難を、困難を。どうにかできるだけの、力が手に入る。

 そして……母も。いつか、昔のように。


「また、お母様も……」


 念願が叶う瞬間を目前にしてか、或いはエスティアマグナの魔力に当てられてか。

 ふらりと、夢遊病者のような足取りで。けれど確かな意志を持って、ライラは天球儀に手を伸ばし──




「──やめなさい」




 けれど。

 その瞬間、声がそれを遮った。

 弾かれるように、ライラが声の主へと振り返る。


 ひょっとすると、今の彼女ならば多少の静止であれば構わず手を伸ばしていたかもしれない。

 ……しかし、その声は。その声だけは。ライラにとっては絶対に、何があっても無視するわけにはいかないものだった。

 だって。


「……なん、で……」


 その人間は、ここに居ることがあり得ない人間のはずで。

 同時に……彼女が唯一、ここまで焦がれる張本人だったから。

 故にライラは、震える声でその名を呼ぶ。



「なんで……居るんですか、お母様……!?」



 困惑と、恐怖がない混ぜになった娘の声を受けて。

 ライラの母親──教皇オルテシアは、変わらず昏い瞳をライラに向けるのだった。




 ◆




「もう一度言うわ、やめなさい。今すぐその魔道具から離れるの。……それは、あなたなんかが触っていいものじゃない」


 その場で呆然と震えるライラに、再度の忠告。聴いた限りでは娘を案じる言葉のように聞こえなくもないが、オルテシアの声色には一切そのような響きはない。

 それを感じ取ってか、もしくは単純に困惑が極まってしまってか。


「どう、して……」


 壊れたように、疑問を繰り返すことしかできないライラに。オルテシアははぁ、とため息を一つ吐いてから、淡々と回答を紡ぐ。


「『その魔道具(エスティアマグナ)』の回収が、私に与えられた任務だからよ。『極力誰にも触れさせず、綺麗な状態でうちのボスに引き渡せ』──って、腹立たしい口調でラプラスは言っていたかしらね」

「ボス……ラプラス……!? お母様、何を、まさか、でも、そんな」


 続けて告げられた言葉と、そこに含まれる言葉。加えて彼女の中にある、王国を脅かす『組織』に関する知識。

 それらが結びつき、最悪の想像をライラの中で結実させ。

 ……でも、到底そんなこと認めるわけにはいかず。けれどもしそうなら余計に何を言っていいのかも分からず。混乱が極まり、けれど口を開かなければいけないとの強迫観念に突き動かされた結果──


「──お、お母様っ!」


 彼女がしたのは、現実逃避にも似た懇願。そうするしか、今の彼女には道はなかった。


「お母様、この、この魔道具はとてつもないものなんです!」

「ええ、知ってるわ」

「この魔道具があれば、誰でも──私でも! あの大司教ヨハンと同じように、素晴らしい力を振るえるはずなんです!」

「……? だから?」


 何を言っているのだろう、と首を傾げるオルテシア。この時点で察するべきだったのかもしれないが──到底そんなことに気付ける精神状態にない彼女は。

 言ってしまう。母親の推測は。


「お母様は……私が、サラ・フォン・ハルトマンの下位互換であることが気に食わないのですよね……? 私と同じ魔法を持って、二重適性である彼女のことが!

 だから、だから──この魔道具さえあれば! 私も、実質二つの血統魔法を扱える──いえ、それ以上のことができるようになります! もう、誰にだって欠陥だと蔑まれなくて済む! 継承戦だって有利に進められるはず、だから……!」


 だから、もう一度。あの日の笑顔を。

 それだけは、どうしても言葉に詰まってしまい、それ以降は懇願するように項垂れるライラに。


「……ああ、そう。あなた、そんなことを考えてたの」


 それを聞いた、教皇オルテシアは。


「…………あはは」


 ──嘲笑(わら)った。


「はは、あはははははは……ふふ、何それ、おっかしい。ああ、こんなに笑わせてもらったのはいつぶりかしら」


 ……もう一度、笑顔を向けて欲しかった。

 でも──これは、こんなものは、こんな笑いは。

 断じて、彼女の欲しかったものではない。それを、母親のことであるが故に確信させられて。愕然とするライラに──


「……全ッ然、違うわ」


 オルテシアは、嘲るような薄笑みのまま。そう吐き捨てた。


「……そん、な」

「ええ、まぁ確かに。小さい頃は少しだけ期待していたわ。すごく薄い可能性かもしれないけど、一応血は引いているわけだし、なって(・・・)くれる(・・・)んじゃないかって。

 ──でも、無理だった。あなたが成長するたびにそう強く感じたし、極め付けはあなたの血統魔法を知った瞬間に確信したわ」


 そのまま、オルテシアは。

 最後は薄笑みの気配すら無くして、淡々と。


「無理。無理なのよ。だってどんなに奇跡的な成長をしても、努力しても、例え顔を変えても性格を変えても、魔道具の力を借りても──」


 告げる。




「あなたは──ローゼリアには(・・・・・・・)なれないでしょう(・・・・・・・・)?」




「────え」


 …………訳が。

 分からなかった。

『別人になれない』という、至極当然のことを語る母親の存在が。加えてそんな、無理難題と読んでも尚足りないほどのことを、自分に求めていたことが。どう足掻いても、理解できそうになかった。


 そして、告げられた人名。

 一瞬、誰のことを言っているのかと思ったけれど。彼女の王族としての知識が、辛うじてそれに合致する人間のことを導き出し。


「なんで……」


 震え声で、問いただす。


「なんで……そこで、『空の魔女』の名前が、出て──ッ!?」

「あの子を、その名で、呼ぶな」


 だが、その瞬間。

 オルテシアが見たことのない形相で自分に歩み寄ってくると、ライラの首を掴み上げ、片手で宙吊りにし。恐ろしいほどのどすの効いた声で、ぶつ切りに告げる。


「ローゼリア。ローゼリア・キルシュ・フォン・ユースティア。

 王家の最高傑作。教会の馬鹿共が言っているのとは比べ物にならない、本当の意味で神に愛された子──いいえ、神様そのもの。私の星、私の空!」


 ……勘違いしていた。


『へぇ。──たった一つだけなの』


 あの言葉が、それ以降の視線が。自分以外の、多重適性の誰かを指していることは分かった。そしてそれは、自分と同じ魔法を持った二重適性であるサラのことだと信じきっていた。


 ……でも。

 それが、完璧な勘違いだった。オルテシアが見ていたのは、もっと遠く。もっと致命的で、どうしようもない幻影。


「決して余人に堕とされてはならない存在だったのに! なのに無能の兄弟と俗物の教会共に引き摺り堕とされてどこかに行ってしまった!」


 ぎりぎりと。

 内に秘めた激情を表すように、娘の首を片手で絞め上げる。


「お、かぁ、さま……くる、し……」

「だから、取り戻すのよ。私がこの手で、あの日のあの子を!

 そのためなら、何もかもどうでも良い。あいつらが国を滅ぼそうが、誰をどれだけ殺そうが知ったこっちゃないわ! あの子(ローゼリア)に育ってくれないなら、あなただって何の価値も無いのよ!」


『……最初から、私の目的はただ一つ。だって、それ以外は──』

『──どうでも、いいもの』


 リリアーナたちがオルテシアに謁見した際、告げられた言葉が思い返される。

 ……あの真の意味が、今更分かってしまうなんて。


「幸い、エスティアマグナを引き渡した時点で私のお仕事は完了。これであいつらに言われたまま、教皇なんて反吐が出る役職を続ける必要はない。──だって、どうせ何もかも滅ぶもの。

 だから私は、そうしてまっさら(・・・・)になった王国と、対価としてあいつらから貰う情報で! 今度こそ、ローゼリアを迎えに行くのよ! ええ、あの子がいれば、それ以外は何もいらないの! あはははははははは……!!」



 ……その、瞬間。

 薄れゆく意識の中で、ライラは。あの日自分に向けられていた愛情の意味と、それがもう二度と戻らないことを確信してしまい。


 同時に、教皇オルテシア。

『組織』幹部の一人にして、かつて王都で輝いていた魔女の幻影を追い求める怪物が、産声にも似た狂笑を上げるのだった。

教皇オルテシアさん、幹部の一人で、ローズ師匠の関係者でした。

ここからどんどん因縁や立場が明らかになっていきます、次回以降も読んでいただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[一言] もうお母様の声が沢城みゆきにしか聞こえない。
[気になる点] その当のローズ師匠はきっとあなた方が無能と蔑んだ 無適性なリリィ姫を知ったら 私の希望と狂喜乱舞しそうですが? そこんとこどう思われるのか (まぁあくまでも彼女にとっての星はローズ師匠…
[良い点] 敵組織の幹部やボスが公の大組織のトップな展開めちゃくちゃ好き!
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