77話 教会
……エルメスは、王都に戻ってきてからこれまで、多くの『敵』と相対してきた。
傲慢の王子様、自己欺瞞の貴族、性悪説の怪物、等々。
それら、多くの倒すべき存在と相対し打倒する内に。エルメスの中で、とある一つの思考が芽生えていったのだ。
すなわち──本当に全員倒す必要があったのか? と。
契機となったのは、恐らくラプラスとの対峙。
それまでは、彼にとっての敵は『どうしようもない』存在だった。自らの意識すら歪め、他者の思考さえ都合の良いように曲解する、外面だけ優れていた空っぽの存在だった。
……でも、それ以降は。
彼にとって曲がっていても、歪んでいても。それでも確かな考えと理想のもと行動を成している、所謂確固たる『信念』を持った存在と相対することが増えた。
ルキウスは間違いなくそうだったし、ラプラスも恐らくそうだろう。なんなら大司教ヨハンだってそういう信念ならば保持していたように思う。
ならば。
そういう人たちがいて、そういう人たちと仮に敵対することになっても。まずは話を聞いてみたいと、思うようになった。
だって、そういう確固たる信念があるならば。それを形成するに至った過去が、それを信じるに至った何かしらの出来事が。
そして──根底には、そこまで力を磨き、魔法を練り上げるに足る。
美しい『想い』が、きっとあるはずだから。
そういう観点において、現在敵対している大司教グレゴリオを見ると。
確信する。彼は恐らく、信念がある側の人間だ。そういった確かな芯のある人間特有の雰囲気が滲み出ているし、周りの人間も彼に心から忠誠を誓っている。それは、あやふやで曖昧な人間には決して生み出すことができないもののはずで。
……ならば。サラから学んだ、他者との関わりを活かし。
話を、その行動を支える信念を、根底にある想いを、聞いてみるべきなのではと思ったのだ。
そうすれば──何処かに、何かに。共感することだって、分かり合うことだって、できるのかもしれないのだから。
その考えのもと、エルメスは大司教グレゴリオと対峙する。
◆
「血統魔法──『無垢の天啓』」
ついに解放された、大司教グレゴリオの血統魔法。
警戒を一段高めるエルメスたちの前で、グレゴリオが手を掲げ──
──そこから、あたかも木が根を張るが如く。
光の網のようなものが、資料室の天井付近に展開した。
それを見て、真っ先に思い浮かんだのは。
(捕獲? サラ様のような結界系の魔法……いや、違う。これは別系統のものだ)
瞬時にそう判断した。
多くの魔法を目にしてきたエルメスの目からしても、その光の網に結界のような雰囲気も、されど攻撃的な気配も感じない。
むしろこれは、どちらかと言えば……とそこまで推測した瞬間。
「……抜魂結実」
グレゴリオの言葉に合わせ、光の網からあたかも果実が成るかのように光の球が──
──グレゴリオの兵士たちの方に、降り注いだ。
光球はそのまま、兵士たちの胸元に吸い込まれるように消えていって。
直後から、兵士たちの体が淡く光り輝き。
そんな魔法の様子に……まず、リリアーナが声を上げた。
「! これ……」
そうだ。
エルメスが視認した、この魔法。その特徴として最も近しいのは。
──リリアーナの、強化領域魔法である。
そのエルメスの直感を、裏付けるかのように。
兵士たちが、一斉に手を構え──そこから、先ほどまでよりも遥かに威力の跳ね上がった魔法の数々が降り注いた。
「──!!」
サラの魔法だけでは間に合わない。
そう即座に判断したエルメスが、サラと同時に『精霊の帳』を起動。それで一先ずは凌ぎつつ、瞬時にグレゴリオの魔法について推理を巡らせる。
(……向こうの魔法は、予想通りリリィ様と同じ領域強化系統の魔法。でもそれだけじゃない、多分もう一つ別の要素が存在する。類似している系統の魔法で思い当たるのは──カティア様──!)
そこで、何かが繋がる感覚。
同時に魔法を打ち切ったのか、向こうの弾幕の圧力が弱まる。その隙をついて魔法を切り替え、保持しておいた『魔弾の射手』を起動。その打ち返しによって辛うじて射撃戦を再開しつつ。
エルメスは大司教グレゴリオを見据え、確信を持って告げた。
「──憑依、ですね」
「!」
「まずはカティア様の『救世の冥界』と同じく、何かしらの……今回の場合は魔法的な要素に優れた霊魂を召喚する。それを味方に『憑依』させて、擬似的に味方の魔法能力を跳ね上げる──その辺りでしょう」
「……驚いたな、もう見抜くとは」
グレゴリオの反応によって、正解であることを確信する。
……しかし自分で口にしておいてなんだが、相当に高度な魔法だ。まずリリアーナの領域強化型の血統魔法が既に存在していたことに驚きだし、そこから更にカティアの……エルメスがこれまで見た血統魔法の中でも段違いに高度である『救世の冥界』、その高度たる所以である『霊魂』に関する効果が加わっていることも驚愕に値する。
「うん、良いね。君の言う通りだよ」
そして、見抜かれたこと自体は全く気にすることなく。大司教グレゴリオはむしろ誇るかのように両手を広げて解説を続けてきた。
「素晴らしい魔法だろう? これがあれば、どんな人間であろうと、どんな魔法を持っていようとも必ず一定の力が出せる。誰だって、優れた存在になれる。
そうだよ──魔法に恵まれないから、持った魔法が悪いから。そんな理由だけで誰かをただ切り捨てるなんて、あまりにも愚かだ。人は誰でも、素晴らしい役割を果たす権利を持っているはずなんだよ」
「──」
それは。
奇しくもリリアーナが掲げた理論と、ほとんど同じもの。
加えて魔法の効果も、誰もを優れた魔法使いにするというリリアーナの抱いた想いの結果できたものと、ほとんど同じ。
──同じ考えを持つ人間が、まさか教会に居るとは驚きだが。
改めて思う。……この大司教とは、きっと分かりあう余地がある。ちゃんと話せば、その根源にある理想に触れられる。
とはいえ、今は互いの立場が立場だ。容易に戦いを止めるわけにはいかないということは先ほどグレゴリオが述べた通り。
ならば、まずはしっかりと彼を打倒しよう。その上で、改めて話を聞こう。
その決意のもと、エルメスは気合いを入れ直す。
「っ、エルメスさん、このままでは──!」
そこで、サラの苦しげな声が響いた。
グレゴリオの魔法によって強化された兵士たちの弾幕が、予想以上に強力なのだろう。エルメスの魔法によって撃ち合いの形になってこそいるが、それでもこちらが徐々に押されている。こちらの防御の崩壊も時間の問題だろう。
だが。
「……大丈夫です、もう少しだけ耐えてください」
エルメスはあくまで冷静に分析し、そう述べる。
言葉通り、焦る必要は無い。向こうの魔法のからくりが分かった以上、その弱点も対策もすでに見抜いているのだ。それは──
「──この攻勢は、そう長くは保ちません」
「……え」
静かに告げられた声に、サラが瞠目した。
「そもそも『憑依』……誰かの霊魂を他者に付与するというのは、個性の強い人間では相当に難しいことなんです。相応の負担がかかる上、どれほど経験を積んでも大なり小なり拒絶反応は確実にある。
増してや、なんの経験もない人間が憑依を行うなど、どうあっても強烈な拒絶は避けられない。そう遠くないうちに、向こうの憑依は解けるはずです。そこを狙って──」
「──おお、そこまで分かるのか」
しかし。
エルメスの分析の言葉を遮り──否、肯定した上で尚。
大司教グレゴリオは一切の焦りなく、むしろ称賛するように手を叩く。
「うん、それも君の言う通り。でもね……私だって大司教の座まで上り詰めた身だ。自分の魔法の弱点くらい把握しているとも」
「!」
「加えて、その対処法もね。……マルク、出番だよ」
そう告げてグレゴリオは、向こうの兵士の一人を指名する。
呼ばれた兵士は、名前を呼んでもらえたことを心から喜ぶ様子でグレゴリオのもとに駆け寄り。
「君が適任だ。魔法に恵まれなかった君でも、素晴らしい役割は果たせるということを。
──この魔法の真価を、証明してきてくれるかい?」
「ッ、はいっ!」
そう言葉を受けると、使命感を帯びた表情で頷き──
──エルメスの元へと、突進してきた。
(! 何を──)
予想外の行動にエルメスは一瞬面食らう。
が、むしろこれは都合が良い。攻撃の起点となる魔法使いを狙うのは常識のようだが……相手はエルメス、近接でも高い能力を発揮する魔法使いだ。
向こうの動きを見るに、マルクと呼ばれた兵士もそこまで近接能力に特化した存在ではない。ならば対処は簡単だ、魔法を撃ちながらでも対応できる。むしろ向こうの火力役が一人減ってこちらが有利になるだけ──
(……いや)
そんな甘い相手ではない、とエルメスは考え直す。
ここまでのやり取りで既に分かっている、大司教グレゴリオは麾下の兵士をこの上なく大切に扱う存在だ。
ならば、何かしらの隠し球がある。それこそグレゴリオの魔法のデメリットをメリットに変えて、この兵士を極めて強く有用な近接対応の魔法使いに仕立て上げる何かしらのからくり。グレゴリオの言う『魔法の真価』を証明する何かがあるはずだ。
凄まじい強化だろうか。常識外の挙動だろうか。予想外の魔法だろうか。
あらゆる可能性を視野に入れて、それでも受けきってみせると自負をもって迎え撃つエルメス。
それに合わせてマルクと呼ばれた兵士も、揺るぎない信頼と自信に満ちた笑みで。
エルメスにその刃を突き立てるべく、最後の間合いを潰す一歩を踏み込み。その瞬間、更なる力を与えるようにマルクに宿った霊魂の光がより一層眩く輝いて──
──爆発した。
「私の魔法の弱点は、霊魂の拒絶反応」
エルメスの眼前で、目が眩むほどの白光が輝き。同時に凄まじい魔力の奔流と爆風がエルメスを飲み込む。
「それによって、味方への十全な強化が十分に続かない。それが致命的な欠点だった」
辛うじて、反射的に体が動いた。咄嗟に強化汎用魔法の結界を生み出し、爆風から身を守ろうとする。
しかし、血統魔法ではないものでは十分な防御力は得られず。防ぎきれなかった爆風がエルメスを襲う。
「……でも、それを把握して確認した時。私は思ったのだよ」
どうにか負傷箇所を限定し、戦闘続行不可能なレベルの傷を負うことは抑え。爆風の効果範囲から逃れて、体勢を立て直し。
そして、最後に。──ぱたたっ、と。
「──じゃあ、逆にもっと拒絶させてしまえばいいじゃないか。
それこそ、拒絶反応を利用した魔力爆弾ができるくらいに──と」
エルメスの頬に、大きな血の塊が。
──かつてマルクだったものの最後の一欠片が、飛び散ってきた。
「……………………え?」
染み付いた反射行動で、爆風には的確な対処をしつつも。
エルメスの心は最早、困惑の彼方にあった。
……今、起こった出来事を。
端的に、説明するならば。
目の前で、人間が一人爆発した。
大司教グレゴリオが、麾下の兵士を一人爆弾にした。
その出来事を、空想の出来事のようにしか捉えることができず。呆然とするエルメスの前で。
「どうかね、エルメス君。……とてもとても素晴らしい、魔法の使い方だろう?」
グレゴリオが、変わらず優しげな微笑みのままで。
──なんの含みも飾りもない、本心そのままの表情で、告げてきた。
『教会は、恐ろしいところだ』
脳内で、言葉がリフレインする。
『だから、君はひょっとすると教会に深く関わった結果──想像もつかない、途轍もないものを『見てしまう』ことになるかもしれない』
教会本部へと向かう前、ユルゲンに言われた言葉が。
空白になった思考に、ひどく強く。響いてくるのだった。
教会編、ここからが本番です。
よろしければ、お付き合いいただけると嬉しいです。




