76話 対話
「……さて。今、君たちのもう片方はニコラ殿が片付けている頃合いかな」
秘匿聖堂の資料室にて。
ライラの案内──の皮を被った誘導にて、エルメスたちを自分たちの領域に誘い込んだ大司教グレゴリオが、カティアサイドも案の定窮地に立たされていることを告げる。
そのまま彼は続けて。
「──おや、ライラ君はどこに行ったのかな? 彼女であれば騙された君たちの顔を拝みにでも来ると思ったのだが……ひょっとすると、人並みに罪悪感もあったのかな」
「……」
……言われてみれば、ライラの魔力を少なくともこの資料室の中では感じ取ることができない。いつの間にか居なくなっている。
単純に巻き込まれるのを恐れたか、大司教たちを誘導してまだ戻ってきてないだけか──或いは、まだ何か企んでいるのか。
気にはなるが……現状はそちらに意識を割いている余裕がない。それよりも明確で、絶対的で、遥かに優先すべき脅威が目の前にいるからだ。
「……まぁ良いか。彼らをここまで連れてきてくれた時点で彼女の役割は終わっている、後は好きにしてもらって構わないさ──さて」
同様の結論に向こうも至ったらしく。こちらを向き、再度口を開き。
「改めて、第三王女派閥の諸君。私は大司教グレゴリオ。
……余計な前問答は好まないから、単刀直入に言おうか」
こう、告げてきた。
「降伏してくれないかい?」
……至極真っ当。
けれど『教会』に対して抱いていたイメージとはどこか反する、その申し出を。
「…………どういうおつもりで?」
「え? いやいや、こう言っては何だがそんなに変なことを言っているかい? 私はこれでも『最も慈悲深い大司教』と呼ばれている身だ。その光栄な呼び名に恥じぬ己で在ろうと思っているし、そのために避けられる争いは避けようとするとも。
……至極当然のことを言うよ? だって──」
エルメスの探るような問いに対しても、グレゴリオは優しげな風貌のまま。
告げる。
「──命は、大切に扱われるべきだろう?」
これも、当然だ、と揺るぎない信念を宿した口調で。
「……」
「たとえ、邪悪な血統魔法を継承していようとも。魔法を持たずとも、生まれが貧しくとも。──無論、敵対する君たちであっても。この世に生を受けた以上、その生を正しく全うする権利は誰にでもある。それが私の信念だ。
……故に、私は命が粗末に扱われることを誰よりも厭う。ただ魔法が悪かったから、ただ生まれが悪かったから。そんな理由で命が、何の意味も意義もなく粗雑に打ち棄てられることが許せないのだよ」
ライラが、グレゴリオについて語っていた言葉を思い出す。
『実際、グレゴリオは慈善活動をよく行なっていたらしいわ。貧困層の人間に施しを与えたり、魔法に恵まれなかった人間でも自分の直属に取り立てたり』
その信念と、言葉と行動は一致する部分も多い。声色的にも、嘘を言っているようには思えない。
そして──言葉の内容自体も、共感できる部分が多々ある。まさしく『大司教』……聖職者に相応しい考えのように思える。
だが、だからこそ、尚更に……
(──落ち着け)
そこで、エルメスは思考を書き換えた。
そうだ。あまりにヨハンのイメージが強すぎたせいで、『大司教』という存在に対してマイナスの多い固定観念を持ってしまっていたかもしれない。
だが、そうではない可能性。きちんとした『大司教』が存在する可能性。
──ちゃんと話が通じる相手がいる可能性も、あるではないか。
であれば、言うことは一つ──と、エルメスはリリアーナの方を見る。会話の主導をこちらに任せてくれる意思を確認してから、グレゴリオの方に向き直って口を開いた。
「……御高説、拝聴いたしました。素晴らしいお考えですし、共感できる部分も多々あります。特に、『余計な争いを避けたい』という一点では完全にこちらも同じ考えだ」
「おお、そうか。分かってくれて嬉しいよ」
「であれば」
向こうがきちんと話の通じる相手ならば、相応の対応をするべきだろう。
その考えのもと、エルメスはこう提案した。
「──お互い、ここで引きませんか?」
「……ほう?」
「僕たちの目的は……流石に全てをここでは話せませんが、少なくとも貴方がたを打倒することが絶対ではない。ここに居るのは──あえて言うならただ、大司教ヨハンの目論見とこちらの目的がかち合った結果の……流れでこうなっているに過ぎません」
そうだ。
大司教ヨハンは、どう足掻いても打倒しなければならない相手だった。
……だが、大司教グレゴリオが完全に大司教ヨハンと同目的ではないのなら。こちらと争うことを、望んでいないのなら。
もっと言うなら……最低限『こちらの邪魔をしない』と約束してくれるなら、その時点でエルメスたちが手出しをする理由はなくなる。
無論、ライラの依頼もある以上すり合わせは必要だろう。意図せず関わってしまった以上はいそうですかと無関係に戻るわけにもいかない。後々にまた改めて対峙する必要はある。
だが……少なくとも、話し合いの余地があるならばそうするべきだろう。そう思っての、『最低限この場は争わず互いに引く形で終わらせませんか?』との提案だ。
それを聞いたグレゴリオは──しかし。
「ふむ……残念ながら、難しいだろうねぇ」
言葉通り残念そうに、そう返答した。
「君も争いを避けたいのは分かった。でも……君の思惑がどうであれ、現状大司教派閥と教皇派閥は争ってしまっている。その一部分だけ、話が通じるから話し合いで済ませよう──とは行かないのだよ。それが組織対組織の争いというものだ」
「……」
「それに、君たちの立場も問題だ。そちらの第三王女殿下に君たちがついている以上、我々の最終目的にはどうあっても邪魔になる可能性が高い。そうである以上……この圧倒的有利な状況で君たちを見逃すという選択肢は、どうあってもできないよ」
「……なるほど」
納得した。
確かに、今も秘匿聖堂の外で兵士たちが争っている以上、ここでだけ止めるというわけにはいかないだろう。その辺りの理解は浅かったと素直に認める。
……同時に、少なくとも今この場では。戦う以外の選択肢はないということも。
「──一つだけ、訂正をお願いしましょうか」
それを理解したエルメスは、意識を戦闘に切り替え、魔力を高め。
「圧倒的有利──この程度でこちらを追い詰めたと思ってもらっては、困ります」
「ふむ、ならば示してみなさい、『悪魔』たる君の力を。──降伏は、いつでも受け付けよう」
その言葉を最後に、グレゴリオ──の周囲にいる人間たちが、一斉に魔法を起動して。
大司教グレゴリオ一団との戦いが、始まった。
◆
まずは、周囲から一斉に発射される……魔力の感覚的に血統魔法も含まれた総攻撃を耐える必要がある。故に、
「サラ様!」
「はいっ!」
この迷宮内で何度も行ったやり取り。阿吽の呼吸で、周囲から放たれる魔法を防ぐべくサラの『精霊の帳』が発動。
問題は効果範囲だ。当然、範囲を狭めるほど耐久力は高くなる以上できる限り守る人間は少ない方が望ましい。
リリアーナと、その護衛のニィナは確定として──残る人間、クロノの方に目を向けると。
「私は守らなくて構いません、自衛能力くらいはありますから」
淡々とした答え。それを信じて、エルメスはリリアーナ、ニィナと共にサラのところに寄り、その瞬間結界が完成し……一瞬後。
「グレゴリオ様に逆らう不届きものめ!」
「猊下の慈悲を突っぱねる愚か者を、排除するのは我々の役目だ!!」
周りの魔法使いの、確かなグレゴリオへの忠誠が感じられる言葉と同時に──魔法の嵐が降り注いだ。
色とりどり、大小様々な魔法の襲撃。一見それらは無造作で法則がないように見えるが……
「……これは」
だが。エルメスは、その魔法群──特に血統魔法に、とある法則性を見てとった。何故なら、つい先ほど『それ』を目撃していたことである。
それは。
(この、血統魔法。全部──あの『邪悪な魔法』に分類されていたもの……?)
全ての血統魔法が。グレゴリオの襲撃直前に、教会の血統魔法の『選別』に関する資料で──『邪悪な魔法』にカテゴライズされていたものだったのだ。
教会が、特にその頂点である大司教にとっては反吐が出るほど嫌いなはずの……それこそヨハンであればこんなに忠誠を受けるような扱いはしないだろう魔法の持ち主。
それを、聞く限りではしっかりと配下の信頼を受けた上で使用しているという、事実。
加えて、先ほどのグレゴリオの、命を尊重するとの言葉。
(……ひょっと、すると)
それらを考慮に入れて、改めて。
もしかしたら──とエルメスの中で、先刻も感じていたとある思考が浮かび上がる。
(大司教グレゴリオは……やっぱりちゃんと、真っ当に。話し合うことができる大司教なんじゃないか……?)
そうだ……そうであって欲しい、と思う。
だって、いくらこの国の歪んだ価値観を醸成した元凶の組織である教会でも。
それでも、一つの組織に頂点に上り詰めるほどの人材が。誰一人、それに真っ当な疑問を抱かないなど──そんなのは、あまりにひどすぎるではないか。
(……もう一度、話す必要があるな)
そう思考しつつ……けれどそのためには、少なくとも話し合いの場に向こうを引き摺り出す必要がある。
この場合は、向こうが『圧倒的有利』と思っているこの状況をひっくり返すことが最低条件、つまり、まとめると。
──自身の力を、示さなければならないということだ。
「……」
ならば、手加減をするべきではないと。
その思考に従い、エルメスは──サラに稼いでもらった時間を利用し、掛け値なしの最大火力の用意を完了する。
「術式再演──『灰塵の世界樹』」
まずは火力最強の魔法を生み出してから、サラとニィナに指示を出す。
サラは頷き、その指示通りに魔法を変化させる用意を完了し。ニィナは、
「クロノさん! 今から──全力で防御して!」
唯一守られていない、けれど宣言通り汎用魔法で自衛は行えているクロノに指示を出す。幸い向こうも魔力の感覚から大凡理解したのだろう、全力防御体勢に入ったのを確認し。
「術式複合──『火天審判』」
──かつて、北部反乱最初の先頭で、ルキウスたちから逃げる際に使った複合魔法。
『灰塵の世界樹』と『火天審判』を組み合わせた……自爆の魔法を完成させる。
しかし、エルメスとてあの時のままではない。
術式保持を習得し、操作能力も上昇した今の彼ならば──ある程度、爆発の方向性を操作することも可能。
それを用いて、炸裂の方向性を内側ではなく外側に強く調整。加えて安全のためサラに自分達の周りだけを結界で覆って貰えば、保険としては問題ない。
かくして。
──自身を中心とした超広範囲高威力指向性爆撃が、解放され。
直後。資料室内を、紅蓮が染め上げた。
……めぼしい資料を回収しておいて正解だった、と思う。
一応本棚が密集している場所への爆撃はできる限り避けたが、流石にこの状況では資料を気にして戦うことなどこの通り不可能だったろうから。
ともあれ、反撃の威力としては十分。
周囲を見渡すと、魔法の攻撃は止んでいた。
敵の魔法使いに、直撃はさせていない。グレゴリオとの話し合いを見据えている以上、向こうのポリシーを考慮に入れても下手に負傷をさせるのはまずいだろうと考えてのことである。
しかし──これほどの反撃があるとわかった以上、向こうも迂闊に攻め込むわけにはいかない。幾人かは、防御に手を割かざるを得ないはずだ。
それを理解してか、一様に魔法の手を止める周囲の魔法使いたち。それを見渡すと、エルメスは再度グレゴリオを見据えて。
「……これでも」
告げる。
「これでも──まだそちらが『圧倒的有利』と、お思いですか?」
「……」
あわよくば、こちらの脅威を再認識した向こうがこちらを強引に捕らえる行動の方針を変更してくれれば、と思っての提案。
それを受けたグレゴリオは、しばしの沈黙ののち。
「……勿体無いなぁ」
しかし、そう告げた。
「うん、なるほど。確かに君は『悪魔』とこちらに呼ばれるだけのことがある、優れた魔法使いなんだね。……だからこそ、勿体無い。
──そんな君を殺さなければならないだなんて」
「っ!」
「よく分かったよ、君がこちらに降伏する意思が無いということは。
では──私も正式に、君を『神の敵』として扱おう」
それは。
これから本気を出すという、宣言。
「……私にだって、理想はあるんだよ。
だからこそ──それを阻む『神敵』には、容赦をしないと決めている」
その宣言の元、これからが本番と言わんばかりに。
これまで配下に任せていた大司教グレゴリオが、大司教の立場にまで上り詰めた魔法の本領を解禁すべく、魔力を高め。
息を吸い、唄う。
「【四つの錫杖 大樹の御影 慈悲の柱は蒼玉に染まり 記憶の天使を迎え給う】
血統魔法──『無垢の天啓』」
次回、グレゴリオの魔法開示+話が動くかも。お楽しみに!




