75話 開戦2
昨日はすみませんでした……!
次回は通常の予定通り土曜に更新予定、エルメスサイドに戻って大司教グレゴリオとのバトルになると思います。お楽しみに!
「……エル達、大丈夫かしら」
同刻。秘匿聖堂の別の通路にて。
別行動を取っていた第三王女派の残り四人、その一人であるカティアの不安そうな声が響く。
「心配かい? エルメス君のことが」
「お父様……はい。あ、いえ、もちろんエルがたとえ大司教相手でもそう易々と不覚を取るとは思っていませんけど……」
「同感だ。だが……大司教という存在が油断して良い相手でないことは確か。おまけに向こうには、こちらと違って不安要素も多くあるからな」
ユルゲンの問いかけにカティアが答え、彼女の不安の内容をアルバートが引き継ぐ。
彼女達の言う通り、エルメスの戦闘能力は第三王女派閥の中でも間違いなく桁外れ。ルキウスと揃って単体の駒としてはぶっちぎりで最強格だ。
……しかし。向こうにいるのはエルメスだけではなく、また味方だけでもない。
特に第二王女ライラ。彼女は恐らくこの大司教討伐作戦に関連した何かしらの思惑を持っているし、それにエルメスが……下手をしたら大司教と戦う『前』に巻き込まれないとも限らない。
その際、中立貴族であるクロノがどう動くかも不明だし──加えてまだ単体の能力にはまだ不安があるリリアーナを、言い方は悪いが荷物として抱えさせられている。サラとニィナも居るとはいえ、もし不測の事態が起こった場合対応しきれるか……
と、不安要素は尽きないが。
「──まぁ、気にしても仕方あるまい」
そこで。もう一人の同行者にしてこのグループの主力であるルキウスが口を開いた。
「すでに分かれてしまった以上、こちらに出来ることは無いだろう。私とてニィナのことは心配だが、その心配に足を取られてこちらが心配される事態になっては本末転倒だ」
「それは……そう、ですね」
ごもっともな意見だ。この辺りの切り替えの速さは、やはり実戦経験が豊富な魔法使いならではなのだろうか──と思っていると、ルキウスは続けて。
「……とは言え。色々と考えてしまうことは分かる。
何せ──突入直後以降、ここまで全く敵と出会わん。危険な魔力も周囲には無いし、案内もそちらの彼に任せるほかないからな」
と告げつつ、案内役の人間……ライラの使いであるらしい青年を告げ、青年がどこなく申し訳なさそうに頭を下げる。
それには気にしなくて良いと一言告げつつ、ルキウスが語りを再開して。
「大司教対策についても、そもそも情報が少なくて対策のしようがない以上話すことは無いからな。加えて迷宮の暗所だ、気が滅入るのも分かる。
となると……そうだな」
最後に、一つ指を立ててこう告げてきた。
「話題を変えてみると良い」
「話題、ですか?」
「うむ。このような場所で心配や不安などネガティブなことを話していては士気にも関わる。ならば同じ話すにしても、ポジティブな内容の方が良いだろう。
そうだな……それこそ、貴殿らには大望があるのだろう? この大司教討伐作戦が終わった後も、やらねばならないことがたくさん」
「え、ええ」
「ならばそれについて話すと良い。大司教を討伐した後どうするか、場合が場合なら皮算用と言われても仕方ないが、こういう場であれば皮算用でもまだ建設的だろう」
「……なるほど。感謝します、ルキウス殿」
「うむ、気にするな! 索敵は私に任せると良い、それくらいしか出来んからな!」
はっはっは、とからりとした笑い声を響かせるルキウス。
その様子からは、ニィナから聞いていたようにまさしく脳筋、という言葉が相応しいように思えるが。
しかし……今の一連の提案が、自分たちの士気を気遣ってくれたことは明らかで。そこからは紛れもなく、多くの兵士の上に立つ『将』としての器が垣間見える。
(……傑物、なのね)
そんなルキウスの評価を改めつつ。カティアはアドバイス通り、ネガティブな不安ではなく将来に目を向ける。ポジティブ……とまでは言わなくても、建設的な思考に。
(大司教を……倒した後、ね)
もし首尾良く行けば、教会で内部分裂をしていた大司教派閥はその瞬間崩壊。
同時に、ライラ王女達第二王女派閥との関係も白紙に戻り、今までのような協力関係はなくなる──が。
一方で第二王女派閥、つまり教会派閥は文字通り半分が壊滅した状態だ。弱体化は免れず……大司教討伐により自動的に脅威度は低下すると見て良い。
一方こちらは、既にクロノを通して中立貴族との渡りもつけている。それが上手くいけば一気に最大派閥になれる可能性を秘めているのだ。
となると、そのために必要なこと、懸念事項は──ざっと思い浮かぶのは二つ。
まずは『組織』についてだろう。第一王子派閥のラプラスに加えて、第二王女派閥にも既に組織の人間がどこかに潜んでいるらしい。そしてユルゲン曰く、ならば中立貴族派閥に関しても居ないと考えるのは厳しい。
その辺り、誰が組織の人間なのか、その人がどう動くのかも見極める必要がある。
後もう一つは──とそこまで考えて、カティアは父の方を見やる。
「お父様」
「うん? なんだい」
「そう言えばですけれど……他の貴族との折衝に関してはどうなっていますか? 北部連合が丸ごと傘下に入ったことに加えて、既に中立派閥との交渉も開始しているのでしょう?」
もう一つの懸念事項は、それだ。
いくら一つの派閥が傘下に入るとは言え、その全ての家がでは今日からあなたに従います──とはならない。
むしろ派閥を急激に変えた以上、大小様々な軋轢が発生するのはどう足掻いても避けられないこと、今まではそれをユルゲンに一任していた……が。
「いくらお父様でも、ここまで多くの貴族家との交渉、折衝を行った経験は無いはずです。何か問題が起こっていないとは思い難いのですが……」
「ああ、そのことかい。……大丈夫、今のところは問題ないよ」
「本当、ですか? その、差し出がましい申し出かもしれませんが、ご無理をなされているようでしたら……私も公爵家の娘、微力ですが手伝いますので──」
「──大丈夫だよ」
思わず、びくりと肩が跳ねた。
何故なら、ユルゲンが告げた最後の言葉から──どことなく、今まで聞いたことのないような深い響きが感じられたから。
それをユルゲン自身自覚したか、「すまない」と少しだけ慌てるようにかぶりを振って。
「ええと、誤解はしないで欲しいんだが……カティアの申し出自体は素直に嬉しいよ。今までそういった貴族の暗い部分を遠ざけてきた君が、自発的にそういうことを言い出してくれたことも、父親としては素直に娘の成長を喜べる」
「え、は、はい」
「でもね」
思わぬ……悪い言い方をすればらしくない率直な称賛に若干照れつつ面食らうカティアだったが、ユルゲンは続けて。
また、先ほどと同じく……どこか底知れない響きで。こう、告げてきた。
「それでも……まだ。『あんなもの』を、君たちに見せるわけにはいかないよ」
「──」
それは。
どういう──と、カティアが思わず問いかけようとしたところで。
「……話の途中すまない、聞いていただけるだろうか」
何を思ったか、ルキウスがそう遮ってきた。
あろうことか話を促した張本人に言葉を飲み込まされたことに反射的に言い返そうとするカティアだったが……すぐに、ルキウスが何の意味もなくこんなことをするわけがないと思い直して視線を向ける。
すると予想通り、ルキウスは彼らしい飄々とした態度ながらも……若干ながら、焦りを帯びた表情で。
「──なぁ、案内の君。一ついいかな?」
「……なんでしょう?」
思わぬ人間に、問いを投げかけた。
「私は、これでも領地付きの魔法使いだ。領地の問題を解決するのが基本の仕事で、当然迷宮攻略にも相応の経験がある」
「……はい」
「その経験則で言うと、基本『迷宮』という存在は中心部に行くほど重要な部分が多くなるようにできている。この秘匿聖堂も改造こそされているが、迷宮をベースにしている以上その基本則は変わらないと見て良いだろう」
「……」
黙り込んだ案内役に向かって、ルキウスは……魔力を練り上げながら、淡々と。
「で、だ。一応先ほどから索敵と並行して方向感覚も絶やさずに感知してきたわけだが、それらを統合するに。かなり複雑でこんがらがった道を進んでいるようだが、総合的な方向としては……」
告げる。
「君の案内──先ほどからどんどん中心部から遠ざかっているのだが、どういうことかな?」
「──」「ッ!」「くっ!」
ただならぬものを感じて。
ユルゲン、カティア、アルバートが三人同時に驚きの反応と共に構えようとするが、その瞬間。
「──知っているぞ」
声が響く。
不気味で、悍ましく、否応無しの不安を煽るような、声が。
ますます警戒を強めた一同が視線を向けた先。そこからずるりと、闇が這い出るように現れたのは……見覚えのある特徴的な布衣を身に纏った、初老の男。
「……なんだ、たった四人か。見覚えのある顔が一つに、知らない餓鬼が三人。歯ごたえはなさそうだが、誰も彼も罪深そうな容貌をしておる。
ああ、一応だが名乗っておこうか……儂はニコラ・フォン・レンベルグ。巷では……『最も厳格な大司教』とも呼ばれているかな」
案の定、の名乗りと共に現れたその男に。
案内役の青年が、どこか怯えを孕んだ様相で頭を下げると──素早く、逃げるように全力でその場を立ち去った。
「ふむ、ご苦労……と労いの言葉をかけてもよかったが、望みではないようだな。
まあ良い。それよりやるべきことは、目の前に広がっておるのだから」
ぎろり、と炯々とした視線を向ける大司教ニコラ。
妖怪じみたその視線と、発せられる桁外れの魔力。加えて──周囲に凄まじい勢いで増え続ける教会兵の魔力に、迂闊に動けない四人に向かって。
「儂はな、大司教の中で一番『断罪』に優れているという自負がある。今まで多くの罪深き人間を裁き、捻じ斬り、切り刻んできた。
そのせいかな、分かるようになったのだよ──『罪の匂い』というやつがな」
大司教ニコラは、語りと共に……びしり、と指を向ける。
「……匂うなぁ。鼻がねじ曲がりそうなほどに匂う。他の連中も大概だが、貴様から感じるそれは格別だ。だがそれもそうだろう、何故なら儂は知っている」
そうして最初の言葉に回帰した、ニコラがその不気味な指を向ける先は──
「──貴様の罪を知っているぞ、ユルゲン・フォン・トラーキアァ!」
単純な話だ。
第二王女ライラが、エルメスたちを嵌めて大司教グレゴリオの前に差し出した以上。
その命を受けた配下も、安全ではあり得ない。その当然の通りに──カティアたちの方も同様に、大司教ニコラの前に差し出された。
カティアたちも、そこまでは把握できずとも……嵌められた、ということだけは理解し。即座に周りの人間と共に襲いかかってくる大司教ニコラに対して戦闘体勢を取りつつ。
しかし、最後に告げられたニコラのあまりにおどろおどろしい宣言に──特にカティアが。何かが変わってしまうような、何かを知ってしまうような、何処とない不安感も掻き立てられて。
ともあれ。
狙ってか偶然かは知らないが、全く同時に。
この上なく不利な状況で……第三王女派閥は、二人の大司教を相手取ることになったのであった。




