74話 無適性の価値観
ライラに案内されて中に入った、秘匿聖堂の資料室。
そこは幾つもの本棚が並ぶ、まさしく小規模な図書室と表現するべき場所だった。
全体的にどこか不思議な感覚は漂っているものの、中に何者かが待ち伏せしている気配はない。それを魔力感知にて確認すると、エルメスたちはようやくそこで一息をついた。
ライラ曰く、既に落ちあう予定のこちらのスパイには合図を送っており、あと十数分でこの資料室までやってきて合流する手筈らしい。
そこまでの時間であれば、自由に資料を見て良いとのこと。時間としては短いが──元々教会についての情報が何よりも欲しかったエルメスたちにとっては願ってもないことだ。その時間を最大限生かすべく、第三王女派を集めて行動を開始した。
「まず、資料を詳細に分析する余裕はありません。できれば大司教を倒してからゆっくりと見たいところですが、ライラ様によると帰りもここに戻って来れる保証はないそうです。大司教たちが焼き払う可能性もなくはないと」
「……それだけ『見られたくないもの』がここにあるということですね」
「はい。なので──まずは可能な限り必要と思しき資料を持てる数だけ集めましょう。合流するまでの時間で、できる限りを」
「だね。もし帰りも見られるならじっくり、もしだめでも最低限教会の情報は持ち帰れる。それでいこっか」
繰り返すが、謎に包まれた教会の情報は、王都で起こった政権簒奪の経緯を知るためにも喉から手が出るほど欲しいもの、この大司教派討伐戦におけるエルメスたちの最大の目的と言っても良い。
ならば最低限確実に持ち帰れる情報を増やすのは当然。その考えのもと、大まかな場所の割り振りだけを決めてエルメスたちは行動を開始した。
かくして、本棚の一つの前にエルメスは立つ。
……自慢ではないが、エルメスはこの手の資料探しも得意だ。
理由は、師ローズがこんなところでもずぼらさを遺憾なく発揮してろくに研究資料の整理もしていなかったからである。師もエルメスも記憶力は凄まじく良いので研究に支障が出ることはなかったが、資料整理はエルメスの役割となっていた。
その副作用とでも言うべきか、並べられた資料を見れば──どれが重要なものかは大まかに理解できるようになったのである。
「……これかな」
その能力を使って、エルメスは資料の一つを手に取って開いた。
この手の資料にも種類はある。ただのメモ書きなのか、重要な研究資料なのか、或いは──遥か昔の秘密が記された禁書の類なのか。
そして、装丁の丁寧さや紙の質、文字の崩れ方等の情報から──エルメスは直感する。
今手に取ったものは……『遥か昔の秘密が記された』ものの類だと。
「……」
緊張と共に。
大まかな内容を確認すべく、素早くかつ慎重に読み進めていく。
書かれていたのは──
「……血統魔法の、一覧?」
ただただ、ずらりと。
魔法の名前が、見開き一面に並んでいた。
血統魔法、と推測できたのは、『精霊の帳』や『魔弾の射手』と言った見覚えのある名前が並んでいたからだ。
「『霹の廻天』、『天魔の四風』、『無貌の御使』……」
その後も、ぽつぽつと見えるエルメスの知っている魔法が並ぶが……その共通点が見つけられない。
ただ、知られている血統魔法を並べただけなのか。いや──恐らくそうではないと直感し。更なる情報を得るべく、次のページを開くと。
「──え」
そこで、理由を知った。
次のページに書かれていたのは、これも魔法の一覧。
彼の知るものとしては、『救世の冥界』、『妖精の夢宮』等が含まれていたが……重要なのはそこではない。
先ほどとは違い……魔法を記す文字が。何かの恨みが具現化したかのようなおどろおどろしい文字で、真っ赤なインクを用いて描かれていて。
加えて、何より。
その一覧を示す分類の名前が、ページの左上にこう記されていたのだ。
──『邪悪の魔法』と。
「……これは」
「『選別』ですね。血統魔法の」
「!」
声に後ろを振り向くと、そこには黒髪の青年。クロノが、エルメスの手元にある書物を見てそう神妙な顔で呟いた。
「選別、ですか」
「ええ。教会が『邪悪』と定めた魔法、持ってはならないと決めた魔法。或いは──教会にとって、不都合な魔法。その一覧でしょう」
「──」
「教会が今日までに、血統魔法を管理するために何をしてきたか。ご存じですか?」
「……はい。大まかには」
ここに来る前にも、ユルゲンから聞いた。
『悪』に属する血統魔法の存在を絶対に許さず、そのような魔法の持ち主は何がなんでも見つけ出し。管理し、幽閉し──ひどい時には、土地ごと滅ぼすことさえしてきたとか。
──どの、血統魔法を授かるかは。
本人には、決めることができないことであるにも拘わらず。
「……ひどい、ですね」
意見を求められている、とクロノの視線から察し、エルメスは答える。
クロノの目的は、この作戦に関する第三王女派の行動を見て、中立貴族派を傘下に入れるかどうか判断すること。それを知っているから、心持ち慎重に。
「授かる魔法は選べないものだ。当人の資質も、善悪も、何一つ関係なく。ただ、『魔法を持っていた』という理由だけで排除するのは──あまりにひどい」
「……ええ」
「人にも、魔法にも罪はない。例え善くない想いで生み出された魔法であっても──善い使い方は、できるはずです。魔法は、美しいものであるはずだから」
かつて、ここにもあった『妖精の夢宮』──教会の価値観で言うなら『邪悪な魔法』であり、ニィナの血統魔法に関して考えた上で、ニィナ自身に話した彼の結論。
それを、改めて話し。クロノが「……なるほど」と静かに頷いた。
「失礼、時間がないところ余計なことを聞いてしまったようですね」
「い、いえ」
「お詫びに、私も資料探しをお手伝いしましょう。そちらの本棚を探せばよろしいですか」
「……そうですね。お願いします」
それだけを告げると、クロノは変わらぬ笑顔のまま。エルメスの指示通りの場所を目指して、本棚の影へと消えていった。
……クロノが、どのような人間であるかも気になるが。
現状考えるべきは、今手にしている資料の方だ。一旦それ以外のことを思考の外に追いやり、エルメスは引き続き探索を再開した。
その後も、幾つかの資料を手にした。
どうやらこの辺りの棚は、教会の血統魔法およびその持ち主の扱いについて記されていたもののようである。
「──『善い血統魔法は神から与えられし天稟であり、全てその恩恵を忘れず神の威光を示すために使われるべきである』」
この国に住んでいれば、誰もが聞くフレーズ。
エルメスが師匠にあって、真っ赤な間違いだと気付いたこのフレーズも教会から始まったのか、と改めて確認する。
続けて記されていたのは、『二重適性』の扱いについて。
「──『複数の血統魔法を身の裡に宿す者は、神より特別な寵愛を賜った聖人である。神の意志の代弁者として扱うべし』」
これも納得だ。
サラのこの国での扱いや、教会本部でのサラに関する噂と、翻ってライラに関する噂。それらを聞けば、納得できる言説だろう。
そして。
多重適性に関して語られたのならば──次に言及すべきは一つ。
「──『逆に、血統魔法を持たぬ者がいた場合』」
『無適性』について。
「──『特に王族、王家の人間であるにも拘わらず一切の血統魔法を持たぬ者が現れた場合──』」
その続きを読むべく、エルメスはページを捲って。
見る。
「──『その者は真に神に愛された神子であり巫女である。王よりも丁重に扱うべし』」
………………。
「…………え」
思考が。
止まった。
だって、この記述を真に受けるならば。
無適性──『王族の無適性』は、多重適性よりも、王様よりも価値があると。
この国ではありえない、けれどここだけ事実ではある、訳の分からない価値観が教会にあるというのだから。
まず真っ先に、記述の間違いを疑った。
だが違う。何か書き換えられたり上書きされたりした形跡はない。
何かの悪戯──である可能性も薄い。書物の形式からしてこれは紛れもなく正式なものだ、そもそもこんな悪戯をする意味がない。
つまり。
『王族に無適性の人間がいた場合、その者は王様よりも価値が高い』──この価値観は、少なくともいつかの何処かの教会には存在していたことになる。
「……そん、な」
間違いだ、と一蹴するのは簡単だ。
しかし、彼の性格がそうすることを許さず……何より。
それを聞いた瞬間、思い浮かんでしまったのだ。これまで些細な違和感として無視していた、とある事柄が。
脳裏に浮かぶのは当然──まさしくこの記述通り、『血統魔法を持たない王族』である自分たちの旗印、リリアーナのこと。
彼女はエルメスと出会う前も、ほぼ軟禁に近い状態でこそあったが……それでも、ある程度の立場と行動の自由は保証されていた。
一方のエルメスは、血統魔法を持たないと判明して以降ほぼ囚人と同等の扱いで地下牢に閉じ込められたにも拘わらず、だ。
……否、それだけならまだよかった。
それだけなら、まだリリアーナの『王族』としての価値があるからそうしているという考えもあり得なくはなかった。
だが。
それならば──とエルメスは思い出す。リリアーナと出会った時、彼女が告げていたとある言葉を。
『ちなみに。わたくしはあなたのことを『新しい家庭教師』と言いましたね?』
『え──』
『つまり『古い家庭教師』もいたということですわ。ええ、それはもうたくさん』
リリアーナには、エルメスの前にも、魔法を教える家庭教師が居た。
しかし、リリアーナは無適性であることが分かりきっていて。どんなに魔法を鍛えても無駄と言われていた存在──真実は違えど、少なくともこの国ではそうだと国全てに信じられていた存在で。
なら。
何故、家庭教師なんてつける必要があったのだ?
魔法を鍛えても無駄なら、王族の人間であることしか存在価値がないと考えられていたのなら。
何かを……とりわけ魔法を、教える存在など必要ないではないか。
訳がわからず、そもそもこの情報をどこまで信じていいのかも読めず。
王家に何があるのか、リリアーナは一体何者なのか。教会は何を隠していて、何を知っていて、何が潜んでいるのか。
それら全ての一気に噴出した疑問を総括して。
エルメスは、思わず。こう呟く。
「……どういう、ことだ」
「──ああ。それ、教会でも疑問なんだよねぇ」
総毛立った。
だって、何故なら。
その声は──エルメスの耳元すぐそばで。
全く知らない何者かの声として、聞こえてきたのだから。
即座に臨戦体勢を取り、そして。
「ッ──【弾けろ】!」
謎の声の主に向けて、万が一を考えて保持しておいた血統魔法を即時解放。一瞬の躊躇もなく、声の主を無力化するべく全力の血統魔法を叩き込むが──
「おお、咄嗟の判断力はなかなか。流石ここまできただけはあるね」
声の主は、一切動揺した気配もなく。
淡々と、懐からとある魔道具を取り出して。そこから生み出される結界でエルメスの魔法をなんでもないことであるかのように防ぎ切る。
(──なんで)
その結果を認識しつつ、エルメスは考える。……ここにいる男の正体は、今の行動と言葉から大まかには察している。
疑問なのは──何故その接近を、自分が。この瞬間にまで気付かなかったのかだ。
それにも、すぐに気付いた。
(! ……からくりは、『この部屋そのもの』か!)
改めて認識した上で注意を凝らして初めて察することのできた違和感。
この部屋全体に、何かしらの結界が張られている。推測するに効果は恐らく『結界内の人間の魔力感知能力を極端に低下させる』辺りだろう。
……通常なら、気付けたかもしれない。
だが、襲撃を乗り越えて一息つくというこのタイミング。加えて──『教会に関する情報』という自分たちが最も欲しいものを目の前にぶら下げられての休憩の提案に、さしものエルメスたちも僅かに気が緩んだ。
まず間違いなく、この辺り全て計算ずくで……向こうは、この瞬間に罠を張ったのだ。
そして、すなわち。
罠にかけることができたということは、自分たちの求めるものを知っていて、自分たちをここまで誘導する人間がいたということで。
その結論にエルメスが辿り着くのを待っていたかのように、声の主──緩やかな威厳を醸し出す男は。
「ライラ王女が、うまく誘導してくれた」
想定通りの真実を、告げて。
異変を嗅ぎつけてリリアーナたちが集まってくると同時に、結界が解除。瞬間自分たちを取り囲む無数の魔力を感知し、既に完璧に囲まれたことを理解して。
中央に集まるエルメスたちを、まさしく袋の鼠を見るかのような表情で見据えると。
男は優雅な所作で、自己紹介を行う。
「初めまして、不届きものの諸君。
──私は、大司教グレゴリオ。『最も慈悲深き大司教』にして、この国の矛盾を最も優しく正す神の代弁者。
『歓迎』するよ、愚かにも我々の本拠地に飛び込んでくれた第三王女派の皆さん?」
これも、予想通り。
混乱を抑え、情報を整理しつつ、神妙な顔で周囲を見据えるエルメスたち一行に向けて。
男──大司教グレゴリオは、その二つ名に違わず。穏やかに……けれど紛れもない敵意を宿した表情で、微笑むのだった。
色々と謎を増やしたところで次回、グレゴリオとのバトル。カティアサイドも語るかも? お楽しみに!




