73話 幸運
突入直後にやってきた襲撃を乗り切ったエルメスたち。
そこから数十分の後。彼らは散発的な襲撃を乗り切って……現在、ライラの先導によって迷宮内を進んでいた。
「……」
秘匿聖堂は、不思議な場所だった。
建造物の構造や、壁や天井の無骨で洞窟的な印象は彼のよく知る迷宮と変わらない。
けれど、それに混じって。点々と等間隔に配置された灯籠や案内用と思しき看板。加えて極め付けは、ところどころに散見される整然とした通路や幾つかの家具が並べられた『部屋』のようなものの入り口まで見える。
複雑怪奇な迷宮と、理路整然たる人工建造物の歪な融合。それが、エルメスがこの秘匿聖堂に抱いた第一印象だ。
そして、教会内部について詳しいライラは、当然この秘匿聖堂の構造についてもある程度の知識はあるとのこと。その知識を用いて迷宮の奥、恐らく残りの大司教たちが潜んでいるところまで案内して貰う手筈だ。
尚ライラがいないもう片方、カティアたちの方は予め秘匿聖堂に潜り込んでいたこちらのスパイが同様に案内するらしい。
そのような思惑のもと、エルメスは先頭を無言で歩くライラについていく。
現在、襲ってくる兵士は一人もいない。散発的な襲撃も非常に小規模で、迷宮入口に待機していただろう兵士たちも、構造が複雑な迷宮内部に逃げ込んでしまえばそうそう追っては来れない。そうである以上、現状が打って変わって静かな行軍になることにも違和感はないのだが……
「──少し、妙ですね」
それでも。
『迷宮攻略』を幾度も行ってきたエルメスの直感は、それだけではないと囁いていた。
「妙、ですか? どういうことでしょう、エルメスさん」
サラの質問に、一瞬思考を整理したのちエルメスは説明を始め。
「まず、『迷宮』の構造は軒並み複雑です。基本的には出ることより入ること、探索することの方が難しい。だからこそ侵入者を外から追うことは厳しく、迷宮の中に侵入される時点で既に、防衛の観点からは最優先で阻止すべき事柄です」
「え、ええ。だからわたしたちが入った瞬間に、絶対に侵入されないようにあれ程の襲撃──」
「にしては弱すぎるんです」
端的に、違和感の正体を述べた。
「もし本当に、『絶対に侵入を阻止する』気ならば、あの一団だけで終わりにはしないはずです。入口は限られているのですから、本気で阻止しようとするなら第二弾、三弾の戦力をその場所に集める──いやむしろ、最初から大司教が出てきてもよかった」
「……そう、ですね」
「無論、最初の襲撃が甘かったと言うつもりはありません。恐らく実際襲撃に参加した方々も僕たちを止める気ではあったでしょう、が……」
「一方で、内からの『追加戦力』は驚くほど無かったね……なるほど確かに」
「ええ。だから戦力をあれ以上出せない何かしらの理由があったか、或いは……」
ニィナの返答を受けて、より推理を深めようとするエルメスだったが、そこで。
「──別にどうでもいいでしょ」
前を歩く、これまで無言だったライラが声を上げて振り向いた。
彼女はそのまま、不機嫌そうな顔で続けてくる。
「大司教連中が、何を考えてるかなんて今推理しても分かんないわよ。それに……」
続けて、どこか皮肉げに口の端を歪ませてから。
「仮に、何を向こうが企んでいたとしても。
……あなたなら、どうとでもできるでしょう? そんなとんでもない魔法を持って、どんな障害だろうと好き勝手、力ずくで殴り飛ばせるあなたなら、ねぇ」
その口調は。
批判のようであり、当てつけのようであり。
……同時に。どうしようもない憧憬と嫌悪の混じったひどく歪な何かを孕んでいるように見えた。
「ほんと、羨ましいわね」
「……」
「あなたがどこで何をして、そんな力を手に入れたかは知らないけど。
──運良く、そんな裏道を見つけられて。それをあたかもどう振るおうが自分の勝手みたいに傲慢に扱って。自分の思い通りに動く人間にだけ力を分け与えて、おまけに……」
「っ、お姉様っ!」
だがそこで、ライラの口上を遮って声を張り上げたのは──リリアーナ。
今度はリリアーナが、ある意味で初めて真っ向から話せる機会を手に入れた姉を真正面から見据え、話し始める。
「師匠は、師匠はそんな人じゃありませんわ」
「……へぇ?」
「っ、師匠は! ご自身で頑張って、すごく頑張ってこの魔法を習得なさったのです! 血統魔法のように、生まれつき与えられただけのものとは違う、師匠自身のものとして誇って良い魔法ですわ! だから……っ!」
「じゃあ、聞くけど」
しかし。
ライラはリリアーナの言葉に僅かに顔を歪めつつも、それを消し去るようにいっそう冷え込んだ声で。
「その魔法……『創成魔法』だったかしら?
──それ、本当に一から十までその男だけが考えた魔法なの?」
「…………それ、は」
「そんなわけないわよね。私はあなたたちほど詳しくないけど、これでも王族よ。魔法に関する感覚は人より鋭いつもり。
それで見るに──その魔法は、あまりに完成されすぎている。たかが一個人が、たかが十年やそこら頑張った程度で一から生み出せる類の魔法じゃない」
ライラの推理は、正解だ。
ここまで磨き上げたのは、紛れもなくエルメスの不断の努力によるものでも。
その雛形となった『創成魔法』そのものは、ローズが生み出し、ローズから与えられたもの。それは否定しようのない事実だ。
「多分、あなたは人よりも魔法のために頑張りはしたんでしょうね。それは認めるわ。
──でも、それでも。結局は運なのよ。運よく、偶然、たまたま。手に入れただけの力を振るっている時点で……」
最後にライラは、もう一度エルメスを鋭い目つきで見据え。
きっぱりと、言い切る。
「──あなたも、他の貴族も、アスターも。私にとっては、全員同じよ」
「……」
……きっと、初めて聞いたライラの奥底の言葉。
それの是非を問うことは、恐らくあまりにも難しい。今のエルメスに、判断がつくようなことでもないのだろう。
「……そうかも、しれませんね」
故に、エルメスは答える。
実際、否定はできない。手に入れた力のどこまでが天運で、どこまでが努力なのか。その境界を決めることはあまりに難しい。極論『努力できるのも才能』なんて言葉だって聞いたことがある。
加えて。
「仰る通り、僕は『運良く』師匠に出会えて、運良く創成魔法を継承し。幸運にも、それを十全に扱える才能を持っていました」
もし、エルメスがローズに出会っていなかったとしたら。
恐らく彼は、高確率であの場で死んでいた──よしんば生き延びていたとしても、間違いなく『創成魔法』にまで辿り着くことはなかっただろう。
そういう意味では、彼の力は血統魔法と同じ『運良く手に入れたもの』だと言えないこともない。
その一点においては、疑いようもなくエルメスは幸運だっただろう。
……けれど、と。
一呼吸置いて、エルメスは告げる。
「──関係ないですよ、そんなこと」
ライラが、静かに息を呑む。
「幸運に恵まれて手に入れた力だろうと、不断の努力で手に入れた力だろうと。羨まれようと、妬まれようと。
関係ないんです。だって──それについていくら言及しても、誰かが持っている力が覆ることも移ることもないのだから」
そう。
エルメスとて、無適性で虐げられていた時は血統魔法の持ち主を羨んだし、憧れた。
でも。その時も、魔法の真実を知った時も、王都に戻ってからも。
──その力自体を否定したことは、一度も無いと彼は思っている。
「過程は無意味、とまで言うつもりはありませんが。少なくともそれに関してとやかく言うよりも、『今』その力を持っていることの方が余程重要で──」
彼は、魔法を美しいものだと肯定する。
その信念のもと、彼は返礼のように、彼の考えを述べた。
「『これから』、その力を使ってどうするか。
一番重要なのは、そのことだと思いますが。違いますか?」
静かに、淡々と。
けれど揺るぎない言葉と共に、ライラに透明な視線を向けるエルメス。
ライラはしばし、なんとも言えない表情と共にそれを受け止めていたが……
……やがて。ふっ、と力を抜いて。
「…………ま、その通りね」
「!」
少しだけ、意外なことに。
驚くほど素直に、エルメスの言葉を肯定してきた。
「どんな過程で手に入れた力だろうと関係ない。今力を持っている事実と、この先その力で何をするかが重要……ね。
ええ──本当に、その通りだと思うわ」
そこから、こちらも静かに。
けれど、赤い瞳にはその色にふさわしい激情を潜めてこちらを見るライラ。
……彼女に、何か思惑があることは朧げに理解している。
けれど、その正体が今ひとつ掴めず。探る意味も込めて、エルメスは続いてこう問いかけた。
「……先ほど、ライラ殿下は創成魔法のことを『たかが一個人が、たかが十年やそこら頑張った程度で一から生み出せる類の魔法じゃない』と評しましたが」
「それが何?」
「それ。『ただの血統魔法使い』に分かることでは無いですね。少なくとも、与えられた魔法を当然と思っていた魔法使いには」
「っ!」
ライラが目を見開く。
エルメス自身、過去の経験から察している。目の前にある魔法がどういうものかを把握するのは──少なくとも魔法をただ享受するだけの人間には絶対に不可能だ。
その魔法がどんなものか。どういう構想と構造で、どんな理念のもとできているのか。そのような魔法のルーツを探る動き……まさしく『エルメスやローズと同じこと』を行わなければ絶対に見えないはずのもので。
故に。
「──したことあるんですか? 魔法の探究」
「……何度も言うけど。あなた、本ッ当可愛くないわ。女の秘密を暴いてそんなに楽しい?」
問いが、深いところを抉ったと。
そう確信できる反応を見せるライラとエルメスの間で、一気に剣呑な気配が高まる。
それが、何かしらの形で爆発する──寸前。
「はい、そこまで」
ぱん、と。
柏手を一つ叩いて、涼やかな声。一同の意識が一斉にそちらに向く。
視線の先で声の主──中立派のクロノが、変わらぬ穏やかな表情で一同を見据えて再度口を開く。
「若人の議論、大いに結構。互いに主張があることも素晴らしいことで、ぶつけ合いから熱くなることも悪いことではございません。──ですが」
そのまま、穏やかながらも少しだけ、決定的に声の圧を変えて。
「ここは、敵地です」
否応無しの事実を突きつけ、意識を引き締めた。
「立場が違うもの同士で組むことになった以上、反発は避けられないでしょう。……けれど、それについて詳しく話すのは後。口論までは止めませんが、行動が食い違うのはいけません。──大司教を倒す。その第一目的は、くれぐれも見失わないように」
……ぐうの音も出ない正論である。
それに気を取り直した一同は、改めて前を向き。ライラもばつの悪そうな顔をしつつも、踵を返して案内を再開した。
そうして再度歩き出す一行だったが……
(……しかし)
新たに生まれた思考と共に、エルメスはちらりと後ろを見やる。
そこには、変わらない表情でゆっくりと後をついてくるクロノの姿が。
……改めて、その容姿に目を向ける。
この国では珍しい黒髪に、やや赤みがかった瞳。端正で若々しい顔立ち。
中立貴族の長──の息子、というだけあってその外見は非常に若い。恐らくは二十歳前後……丁度兄クリスと同年代ほどのように見える。
──にも、関わらず。
(さっきの落ち着きようや口調。……到底年相応に見えなかったな)
先刻の、自分達を諌めた論調や雰囲気は──それこそ、ユルゲンを彷彿とさせる立ち回りだったように思える。
再度認識するが、クロノ・フォン・フェイブラッド。謎の多い人物である。
加えて、ライラ。
彼女も、何か思惑があって。現状はきっと利害が一致しているから討伐作戦に協力してくれているが……
この先も、そうであるとは限らない。
(……油断。するべきじゃないな)
もう一度、その認識を新たにし。エルメスも歩みを再開した。
◆
その後も、落ち着いた行軍は進んでいった。
……ただ。先ほどあんなやりとりをした後だったので、雰囲気は先ほどまでの比ではないほどに重々しく。
「……そう言えば、ライラ殿下」
その雰囲気を和らげるためか、はたまた別の目的か。
ここも中立であるクロノが、今度はライラに向けて問いを発した。
「我々は今、大司教討伐のために向かっているわけですが。
……差し支えなければ、我々が相手をするだろう大司教が『誰』になるのか。推測でよろしいので、教えていただいてよろしいですか?」
「…………そうね。そろそろ話しておこうかしら」
ライラ自身、この雰囲気に辟易していたのか。彼女にしては素直に口を開く。
「と言っても、有用な情報はないわよ。大司教連中はどいつもこいつも秘密主義が強いし、そもそも有用な情報があれば作戦前に話してる」
「でしょうな。ですが……どんな人間か、推測しておくだけでもいざという時の対応に差が出るかもしれません」
もっともな意見を受けて、ライラはしばし思考の間を置いたのち。
「先に言っておくと、絶対この大司教と当たる、という確証はないわ。フェイブラッドの言う通り推測になるけれど……少なくとも、今向かっている想定先は──」
その前置きののち、結論を述べる。
「『大司教グレゴリオ』ね」
「なるほど。……どのようなお方で?」
「戦い方に関しては知らないし、正直言うと会ったこともほとんどないから人柄もほぼ不明よ。
ただ……大司教四人には、それぞれ通り名がついているわ。周りが勝手に呼び始めたものだけれど、それぞれ最も優れた分野に関連する畏怖と敬意を込めて」
通り名、とは。
随分だが、それだけ大司教は教会内だと周りから恐れられる存在なのだろう。
「例えば、リリィたちが戦った大司教ヨハン。彼は『最も苛烈な大司教』と呼ばれていたわね」
「……なるほど」
ものすごく納得した。
むしろ、あれ以上に容赦ない存在ではないことにある種安心する──いや、油断してはいけないのだが、少なくとも傾向は把握した。
「それを踏まえて。これから戦う可能性の高い大司教グレゴリオは……」
この上ない好例ののちに、ライラは一拍置いて。
相手の通り名を、こう告げる。
「曰く。──『最も慈悲深い大司教』とのことよ」
「…………ほう」
中々に、反応に困る形容がきたものだ。
「実際、グレゴリオは慈善活動をよく行なっていたらしいわ。貧困層の人間に施しを与えたり、魔法に恵まれなかった人間でも自分の直属に取り立てたり」
「……話を聞くに、大変真っ当な聖職者のようですが」
「だからこそ、不気味だねぇ……」
ライラの解説に、サラ、ニィナが次々と感想を述べる。
エルメスも同感だ。真っ当なところしか見当たらないが故に……大司教ヨハンを見た後だと尚更に不気味さの方が際立つ。
「ま、実際どうなのかは会ってみれば分かることよ。
それより──ついたわ」
しかし、続けて述べられたライラの言葉に目を見開く。何故なら、
「ついた、ですか? まだ迷宮の中腹であるように思えるのですが……」
「ええ、大司教のいる所まではまだよ。けれど──」
その違和感を口にするエルメスに、ライラは振り向いて。
「ここから先は、単純に進むだけじゃ無理なのよ。具体的には特定の魔道具を持った関係者しか通ることのできないシステムが存在してるの。
──だから、トラーキアのところにも派遣したスパイを使うわ。それとの合流地点が、そこにある部屋」
なるほど、と納得する。
ここから先は、秘匿聖堂の奥なだけあってセキュリティも厳重になる。
無論エルメスなら力ずくで壊せなくもないだろうが、それよりもスパイがいるのならばそれを使ってより確実に、向こうに悟られないように侵入しようという魂胆か。
「合流予定時刻まで、もう少しあるわ。だから決戦に備えてそこで一旦休憩することと……あなたたちには、もう一つのメリットがあの部屋にはあるわね」
「?」
意味深な言葉に、首を傾げるエルメスたち。
ライラはそれを見ると、どこか皮肉げに……加えて、自嘲げに笑って。
「あの部屋ね。──『資料室』なのよ」
「……それは」
彼女の言葉が意味することを、エルメスは正確に理解する。
エルメスだけではない、他の人間も同様の結論に辿り着いたことを察して、ライラは続ける。
「知りたかったんでしょう? 『教会』が何をしてきて、どういう経緯でこの国に君臨してきたのか。謎に包まれた教会──大司教派の全貌を」
「……」
「勿論、合流するまでになるけれど。少しだけでも知っておくといいわ。……行くわよ」
思わぬところから転がってきた、教会についてより詳しく知るチャンス。
それを前に、エルメスたちは先ほどとは別種の緊張に包まれながら……ライラの後について行くのだった。
次回、教会の謎がちょっと明らかになる? 話も動くかも、お楽しみに!




