72話 開戦
改造迷宮:秘匿聖堂の入り口は複数箇所ある。
元々の迷宮が持っていたものに加えて、新たに『造った』入口が数か所。
……本来、迷宮の壁や床は極めて硬度、魔力密度が高いので改造も難しい。そもそもそうでなければ『迷宮丸ごと破壊する』という攻略方法が一番手っ取り早くなるので当然だ。
ローズは以前彼女の三つ目の血統魔法を用いて迷宮を破壊した経験があるが、それがいかにとんでもないことかもこの情報から分かるだろう。
ともあれ。
そんな高い恒常性を誇る迷宮をここまでいじるという時点で、並々ならぬ労力をこの秘匿聖堂とやらにかけてきただろうことは明らかで。
それ相応に、重要なものが迷宮には眠っているということだろう。
故に、現状固く閉ざされた秘匿聖堂の後付けの扉もちょっとやそっとの衝撃や魔法で壊れないようになっているのも、当然の話である。
なので。
「術式再演──『灰塵の世界樹』」
初っ端から飛ばす。
この迷宮攻略作戦においては、少なくともそれが最適解であることは自明の理。
その考えのもと、エルメスは最初から彼の最大火力を生成し。
秘匿聖堂の扉に向けて──一閃。
轟音が響いた。
迷宮そのものが揺れているのではないかと思うほどの凄まじい衝撃。近づくものを軒並み焼き尽くす熱量が立ち上り……やがて、嘘のようにそれが消える。
本来拡散するものであるはずの『熱』というものを、エルメスの凄まじい魔力と操作能力によって一点に集中した一撃。それが直撃した先には、
「…………」「わぁお」
半ばから溶け落ちた、秘匿聖堂の重く分厚い扉があった。
ライラが顔を引き攣らせ、クロノですらも苦笑いと共に強引に開かれた入り口を見やる。
エルメスにとってはある意味で新鮮な──けれど彼の『魔法』を初見で目の当たりにしたものとしては当然の反応。けれど、それを気にしている余裕は今はない。
「では、突入します。外の兵士たちが集まってきても面倒ですし、早めに内部に潜り込みましょう」
手慣れた様子でそう宣言し、彼は周囲の五人を伴って迷宮に突入する。外の兵士を強引に掻い潜ってここにたどり着いた以上、もたもたしていると轟音を聞きつけた兵士たちがやってくるため、当然の判断。早めに迷宮の中に入ってしまって、向こうの追撃の手から逃れるのが最善手だろう。
……まぁ。
そう上手くはいかないだろうけど──と思いつつ、エルメスは先導して秘匿聖堂に足を踏み入れた。
瞬間。
「っ、サラ様!」
「! は、はい──『精霊の帳』……!」
迷宮入り口に到達したその瞬間、周囲で無数の魔力が膨れ上がる。
それを類まれな魔力感知能力で即座に察知したエルメスは、控えるサラに指示を飛ばす。彼女がそれに応えて結界の魔法で周囲を覆った直後。
迷宮の壁四方八方が白く光り、そこから魔力の塊が一斉にエルメスたち目がけて殺到してきた。
恐らくは魔道具による、侵入者を素早く排除するためのトラップ。
一つ一つの威力はそこまで高くないが、何せ物量が桁外れだ。純然たる殺意を含んだそれが絶えることなく浴びせかけられ、加えて一向に尽きる気配がない。相当の魔力が予め充填されていたのだろう。
……流石は教会裏の本拠地、と言った所か。ここまでの中でも随一に、初っ端から容赦が無い攻撃の嵐だ。
このまま耐えているだけでは埒が開かない。そう考えたエルメスは、即座に自分以外の守りをサラに任せて、自身を守っていた結界を解除。当然、魔力弾が無防備なエルメスに向けて即座に殺到するが。
「──ふッ」
彼はそれを、全て避けた。
見える範囲の攻撃は全て完璧に見切り、見えない部分の攻撃は桁外れの魔力感知能力でどこから何発くるか正確に把握。その上で攻撃の空白を一瞬未満の時間で発見し、それを縫うよう正確無比に自らの体を動かし、全ての攻撃を紙一重で躱し切る。
そうして稼いだ数秒の時間の後、返す刀で──
「術式再演──『魔弾の射手』」
お返しとばかりに、同系統の魔法を展開。
同じ魔力の塊による攻撃、だが向こうはただの魔道具に対し、こちらは『エルメスの血統魔法』だ。威力は比べ物にならない。
彼はそれを、ここまでの攻防で全て把握していた向こうの魔道具の所在、七十三箇所全てに寸分の狂いもなく発射し。
どごん、と二回目の轟音。
彼の魔弾が壁の魔道具全てに同時に着弾し、それで終了。侵入者を抹殺するために設置された機構を永遠に沈黙させる。
──だが、それでもまだ終わらない。何故なら、
「侵入者、北西外壁より強襲! 敵は──例の銀髪の悪魔だ! 総員集結!」
丁度魔道具を破壊したのと入れ替わりに、迷宮の『奥』の方から次々と教会の兵士たちが現れてきたのだから。
これも、当然。
向こうだって、この戦いが始まった以上聖堂に誰かが侵入する可能性くらい見越していただろう。迷宮の『外』ではなく『中』にも人員を配置するのは当たり前だ。
そのため、迷宮の奥から次々と騒ぎを察知した教会兵たちが集結してくる。加えて、
「向こうに詠唱させる暇を与えるなッ! 全員で絶え間なく攻め続けろ、奴は外法によって複数の魔法を扱う、切り替えの暇を与えず攻め切るのだ!!」
エルメス対策も、こちらは万全。
いよいよ広く周知されてきた彼の特徴をしっかりと把握した上で、適切な数での押しつぶしを行わんと洗練された教会の兵士たちが武器を魔法を構えて襲い来る。
初手に不意打ちの魔法トラップ、突破してもそこから間髪入れず兵士たちの襲撃という二段構え。エルメスの魔法特性を把握した上で、予め仕込まれていた対策だろう。
事実。これをされればエルメスはなすすべはなく、加えて手こずれば程なくして迷宮外から集結してくる兵士たちと挟み撃ちにされ、自分達は壊滅以外の未来を持ち得ない。侵入と同時に絶体絶命の危機に瀕する形となる──
──わけが、ない。
エルメスはその瞬間、思考未満の反射的な言葉を心中で呟いた。すなわち、
(悠長ですね)
それは、今この瞬間の向こうの行動についてではない。もっと大きな視点での感想だ。
魔法の切り替えをさせる前に攻め潰す? ああ、ひどく悠長だ。だって、それは。
──彼への対策としては、一ヶ月も遅れている。
「【灼け】」
向こうの襲撃も、魔道具の攻撃だけで終わるわけがないことも、全て想定済み。
よってエルメスは、『魔弾の射手』を撃ち切った今の瞬間なら隙だらけだと勘違いして、馬鹿正直に突撃する兵士たちに向け。
保持しておいた手持ちの中で最上位クラスの魔法を解放し、浅慮の代償──としては、あまりにも絶望的な炎の一撃をお見舞いする。
『──ッッ!!』
近くにいたものは軒並み戦闘不能、それ以外も魔法の余波を受けて多くが浅くない火傷を負い、加えてあまりの炎圧に二の足を踏む。
──ぬるい話だ。
その一瞬の躊躇が、どれほどこちらに値千金の行動猶予を与えるか知らないと見える。
「ニィナ様」
「はいはい、突撃だね」
打てば響くような気持ちの良いタイミングで彼の隣に並ぶ少女。美しい容貌に不適な笑みを浮かべ、静かに剣を取り出す。エルメスも拳を構え、二人同時に一歩を踏み出し。
そこからものの数秒で、残る兵士たちの半数近くを地に沈めた。
翡翠と黄金。二対の美しい眼光に残る兵士たちも射すくめられる。
「っ、こ、この、悪魔め……!」
「もう少し罵倒のレパートリーを増やしたら如何です?」
「わぁ辛辣ぅ。エル君、本気戦闘モードだとお口悪くなるタイプ?」
苦し紛れの罵倒に、軽口を叩きつつも二人の暴威は止まることなく。
やがて彼らの圧力に若干の後退を始めた兵士たちを他所に、一息ついたエルメスは振り向いて、背後に控える残りの四人に告げる。
「このまま、背後の兵士たちに追いつかれる前に突破します。サラ様──と、ライラ様は、こちらが倒し損ねた兵士を『精霊の帳』で捕獲しながらついてきてください」
「わ、分かりました!」
「ちょ、あなたなんで知って──」
サラは頷き、ライラは狼狽する。
どうやら、リリアーナから既にライラの血統魔法について聞いていたことを知らないようだ……が、恐らくそれだけではないだろう。
何せ彼女は、初めて目にしたのだ。
伝聞として聞いてはいても、実際に目の当たりにするとあまりにも。全てが素早く、的確で、圧倒的な。迷宮攻略の膨大な経験と、魔法研究の深遠な知識に裏付けされた。
──『戦闘時のエルメス』の、凄まじさを。
「よろしいですか?」
「っ、わ、分かったわよ……!」
そんな彼の様子に、圧倒されてしまっていた己を恥じるように荒い口調でそう返すと。
忌々しげに……けれど、何かを堪えるような表情で彼を睨み。言われた通り、二人を追って駆け出す。
その後、程なくして。
結局、エルメスとニィナは一人たりとも背後に通すことなく兵士たちを完璧に倒し切って。『突入直後』というある種最も危険な状況を乗り切るのであった。
初っ端から大暴れタイムでした。次回もがんがん攻略を進めていきますので、お楽しみに!
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