69話 理念2
「──では、問いましょうか」
リリアーナとの問答を終え、続いてエルメスに目を向けた中立貴族派当主の長男、クロノ。
若干の緊張と共にその瞳を見返すエルメスに……クロノは穏やかな表情を崩さず、こう問いかけてきた。
「まず、君の語った血統魔法の真実。これに基づいて君たち……『無適性』である君とリリアーナ殿下は、魔法に関して君たちが『正しい』と思う魔法を伝えるために王位継承争いを戦っている──という認識でよろしいですか?」
「……はい」
「では」
前提を確認し、そこで。
クロノはすっと目を細めて──
「それでは、君たちの目的は」
こう、問いかけてきた。
「血統魔法至上主義の国に対する『復讐』──と考えてよろしいか?」
「──え」
「そう考えるのが、最も自然だ。君もリリアーナ殿下も、この国では問答無用で見下される無適性の存在……きっと多くの理不尽な扱いや差別、侮蔑に晒されたことでしょう。
そんな国を、それを良しとした王家を、教会を。恨み、憎んだとしてもしょうがない──故に問います。君たちの目的は、『個人的な復讐』以上のものではないのでは?」
「……」
聞きようによっては。
あまりにも痛烈な皮肉……だが、確かに向こうから見ればそのような認識になってもおかしくないとは分かったし、問いかけ自体に侮蔑の色は一切ない。
そして何より。
その問いを発するクロノの瞳が……これまでとは段違い、恐ろしいほどに真剣な色を帯びていることを確認して。
エルメスは悟る。……これは、ここまでで一番誤魔化してはならない類の問いだと。
よって、彼はもう一度。問いかけられた内容を吟味して──静かに、一言一言に気を遣いながら回答する。
「……いえ。確かに、『見返したい』という思いがなかったと言えば嘘になるかもしれませんが」
王都に戻ってきてからこれまでの日々を、ゆっくりと思い返しながら。
「でも、恨みや憎しみ……までは、なかったと思います」
確かに最初──王都に戻った瞬間は、王都に蔓延る血統魔法に関する誤った認識や、自らを追い出した家族に対して思うところはあった。
けれど……それは早いうちに薄れていったと思う。
何故なら、それ以上に。
美しいものを、たくさん見たからだ。そして……それ故に許せないものも、見てしまったからだ。
「……想いは、綺麗で。願いは、美しいものです」
だから、彼は語る。
かつて王都の旅路の果てに、得たその認識。彼の『理念』を、もう一度噛み締めるように。
「想いが、願いが。世界を作り、文明を発展させ、魔法すらも生み出した。
だから……そんな素晴らしい力を持った人の心を、捻じ曲げたり押さえつけたり、強制したりするのは一番良くないことだ」
思い返す。世界の全てを己の都合の良いようにしか認識せず、多くの想いを自分の好きなように解釈して。周りにすらそれに合わせることを強いた傲慢な王子や、変革者を気取った貴族子弟の姿を。
思い返す。ありとあらゆる素晴らしい想いを偽物と断じ、性悪説のみを信じきってそれ以外の全てを捻じ曲げた悪辣な聖職者の姿を。
ああいうものを。
これ以上のさばらせてはならない。
「だから、魔法の真実を。魔法の素晴らしさを、美しさを。
より、多くの人に知って欲しい──認識して欲しい。それが僕の願い……リリィ様と共に、この国を変えようと思った根源です」
「……師匠」
改めて認識した、彼自身の願い。
リリアーナが若干の驚きと共に彼を見据える。同時に──クロノがエルメスを静かに眺め……しばしの沈黙ののち、そこに嘘偽りがないことを確認したのだろう。
「……うん、分かりました。今は、それで十分だ」
穏やかな微笑みを崩さず、そう頷いて告げる。
「認めましょう。君は、君たちは。他の口ばかりの方々とは違う、真にこの国に変革をもたらしうる存在であることを」
「! では……」
「ええ。『中立』をやめる件、前向きに考えさせていただきます。が──」
思わず顔を上げるリリアーナに、クロノは一つ指を立てると。
「──まだ、確約は出来かねます。最終決定権は父にあるということもそうですが……更に判断材料が欲しい。決定が遅くて申し訳ないのですが、それほどに重い決断を下そうとしていることはご理解いただけると」
「……では、何をすれば?」
言わんとするところを理解、そしてそうだろうと納得したエルメスの問いかけに、クロノは改めてエルメスを見据え。
こう、告げてきた。
「大司教派討伐作戦。──私を、君たちに直接同行させていただきたい」
「! それは──」
「つまるところ、最後は行動で示して欲しいのです。今、あなた方が語ってくださったことを、あなた方がしっかりと実践しているか。
それを見極めたら……今度こそ。討伐作戦の終了に合わせて、我々もここまでの観察、見極めにかかった手間に報いるだけの動きをさせていただきます」
中立貴族派が。
ユルゲンをして相当の戦力、と言わしめるほどの大規模な力が……ようやく、自分たちに協力してくれる目が見えてくる。
それに、とクロノが再度指を立て。
「私個人も、足手まといにはならないでしょう。
『私がいる』というだけで第二王女殿下の軽率な行動を抑えることができますし……何より、万が一の時には──『私の血統魔法』も使わせていただきますので」
「!」
……先刻の出来事を思い返す。
威圧だけで中年貴族を追い出した、ローズに匹敵するほどの威圧。それほどの力の持ち主が、『保険』として控えていてくれるなら。
確かに、頼もしいことこの上ない。
納得と肯定の返事を受け取ると、クロノはそこで話をまとめにかかる。
「では、ここまでで。非常に有意義な対話でした。
……逆に、そちらの方から私に聞いておきたいことはありますか?」
終始自身のペースで対話を運んでいたクロノの、そんな問いかけ。
咄嗟に言葉を出しかねるリリアーナに代わって……
「……では、一つだけ」
エルメスが。
こう、問いかけた。
「──この、対話の間。
ただの一度も表情を変えなかったのは、何か理由があってのことですか?」
……そうだ。
クロノはこの話の間──否、出会ったその瞬間から今に至るまで。
『穏やかな微笑み』の表情を、一瞬たりとも崩さなかった。
目線や瞳の色で多少の揺らぎこそあったが、それ以外はあまりに不自然なほどに表情が凪いでおり。それが、底知れない印象に拍車をかけていたのだ。
クロノが、この対話を通してエルメスたちを見極めていたように。
エルメスも、クロノのことを見極めていた。それをしっかりと示すかのような、ある種挑戦的な問いかけだ。
「ちょ、師匠──!」
「……あはは。いえ、構いませんよ、リリアーナ殿下」
当然、挑発とすら取られかねない台詞だ。リリアーナが思わずエルメスを諌めようとするが、当のクロノはそれを──これも微笑みと共に制したのち、エルメスに向き直り。
「聡明な少年ですね。……私の『底』が知りたいのですか?」
「……ええ」
「ふふ。──ではそれは、君のことをもう少しだけ知ってからの楽しみに取っておいて下さい」
幸い、というべきか。
特段気を悪くした風も無い……どころか若干の楽しみすら滲ませた声色で、クロノはそう告げてから。
「それでも、今すぐ知りたいというのであればそうですね……エルメス殿、今からでも中立貴族に鞍替えしますか? 正直割と真面目に歓迎させていただきますが」
「え」「っ!」
思わぬ真剣な勧誘の言葉を投げかけられ。
咄嗟に固まるエルメスと、反射的にエルメスの前に立って渡さないポーズをするリリアーナ。そんな両者の様子を愉快そうに見つめると、
「まぁ、ですよね。ご安心を殿下、三割ほどは冗談です」
「本気の割合が結構ですわね……!」
「はは。……ではエルメス殿、その慧眼に免じて最後に一つ忠告を」
去り際に、静かな確信を持った声色で。
「──教皇には、くれぐれもお気をつけください」
それだけを言って、今度こそ。緩やかな足取りで、その場を後にするのだった。
◆
かくして、エルメスたちも自分達の陣営に戻る道中。
「師匠! 物怖じしないのは師匠の魅力ですが、時と場合を考えてくださいましっ!」
珍しく、リリアーナのお説教が始まっていた。
「それはその、申し訳ない」
「今回フェイブラッド家の協力を得られるかどうかは非常に重要なのですから! それと──」
その指摘自体は真っ当なものではあったのだが、しかし……
「それと! ……師匠はわたくしの師匠なのですから、怪しい勧誘にも決して引っかからないように! お願いしますわ……っ!」
ぎゅぅ、と。
エルメスの片腕に抱きついて、頬を膨らませつつ、最後の言葉を一番強調しての説教であるので。
度重なる他陣営からの勧誘により『エルメスを取られたくない』という心理が強く働いての行動であることは誰の目にも明らかで、それ故に可愛らしさが先行して端的に言うと怒られている気があんまりしない。
というか改めて思うが、クロノの前でしっかりと理想を語っていたリリアーナとはまるで別人だ。……やはり成長したと言っても、彼の前では年相応に戻ってしまうようである。
そのリリアーナが、多少は溜飲が下がった様子で……でも若干の焦燥と共に口を開く。
「というか、師匠色々と勧誘されすぎではありません……? 教会も、中立貴族派も、出会うたびに引き抜きにかかってくるではありませんの!」
「まぁ、本来エルメス君の戦力はどこも喉から手が出るほど欲しがる価値がある代物ですから。これまではその辺りも危惧して開示を抑えていましたが……一度表に出てしまえばむしろこれが自然かと」
「……学園まで隠させていたのはそういう意図もあったんですね」
それを受けてのユルゲンの回答に、エルメスが納得の声をあげる。
そこで話がひと段落つき……考えるのはやはり、今しがた会話をしたクロノのこと。
受けた印象の諸々を総合して──端的に、エルメスは告げた。
「色々と、底知れないお方でしたね。ただ、傑物なのは間違い無いでしょう」
「……同感ですわ」
リリアーナもその辺りは認めているのか、エルメスに抱きついた体勢はそのままに頷く。
「会う前も言いましたが……あれほどの人が、これまでこの国で埋もれていたとは」
「……その辺りは、大貴族のしがらみとか色々あってね」
ある程度の事情は察しがついているのか、ユルゲンがそう回答する。
「いくらなんでも、ただ一つの家だけで公然と王家に反抗するわけにはいかない。当人だけならいいけれど、家の人間や関係者全員に迷惑がかかるからね。『この国をどうにかしたい』と思ってはいても、そういった様々な理由で表立った行動に移せなかった人は多くいる。クロノ殿は、その筆頭だろう」
だが、とそこで言葉を区切って。
「それでも、『いる』ことは確かだ。加えてその中でも行動力に頭抜けたものは、表ではなく裏で着々と準備を進め、牙を研いできた。そして──」
「──リリィ様という旗印を手に入れれば、そういった人たちの全てが集まる」
「!」
言葉の続きは、エルメスが引き継ぎ。リリアーナが瞠目した。
想像したのだ。
あの、クロノのような埋もれた傑物が。今や明確な勢力として成長したリリアーナ派閥の元に集まって……欲しかった戦力が、遂に手に入る光景を。
同様の空想をしてか、ユルゲンも続けて呟く。
「無論、大司教派を討伐した後になる。けれど、それが終わったならば……
──いよいよ。始まるんだね」
「──公爵様」
その言葉は、強い覚悟混じりの意志が込められていた。
国の変革を願う公爵家当主。エルメスの知る限りの気高き意思と……或いは、エルメスも知らないだろう経験に基づく、確かな万感の思い。
王都を追い出されてから、始まった戦い。
その明確なゴールが見えてきたことに、エルメスとリリアーナも同じく感慨深いものを抱くが……
「でも。油断してもいけないね」
続くユルゲンの言葉に、確かにと気を引き締める。
「……そもそも、大司教派討伐作戦もありますしね。大司教なだけあって何をしてくるかも分かりませんし、油断すれば足元を掬われますわ」
「ええ。それに──『組織』のこともあります」
「だね」
エルメスが告げた言葉に、ユルゲンが反応した。
「覚えているかな、エルメス君。王位継承戦が始まる前に、対抗派閥にも組織の人間が既にいるだろうと言った」
「ええ。第二王女派にも、第一王子派にも。恐らくかなり深いところまで、例の組織の人間は入り込んでいるだろう、ということも」
「ああ、ならば──」
回答を受けて、ユルゲンは一息に。
「──中立貴族派にも入り込んでいないとは限らない、だろう?」
「……確かに」「です、わね」
エルメスとリリアーナが、同時に頷く。
「クロノ殿は、調べた限り素性に問題はないから大丈夫だろう。フェイブラッド家は恐らくシロだ。
だが……いくら彼らでも、中立貴族派全てを完璧にコントロールしきるのは難しいだろうからね」
クロノとの話の前の問答を見ればそれも明らかだろう。
「流石に大司教戦の最中は『組織』も手は出せないだろうが……終わってからは、より本腰を入れてあぶり出しにも取り組む必要がありそうだね」
「……ですね」
未だ多くの脅威が健在と言って良い──が、それでも『組織』の全容を全く掴めなかった頃から考えれば今は格段に情報が揃ってきている。
加えて、ここまで何度も言っている通り……
「──それに。道筋も、ようやく見えてきました」
確固たる自信を持って、エルメスは呟く。
そう。ここまで多くの脅威を退けてきて、きっとここからも多くの脅威がある。だが……
「大丈夫です。僕なら……僕たち、リリィ様たち、公爵様たちなら」
「……だね」
「はい、師匠!」
特段根拠のない、その言葉。
でも、それを口にすることの大事さも、既に彼は知っている。
そんな意図を込めた言葉に、リリアーナもユルゲンも静かに肯定を示して。
そうして、いよいよ。
リリアーナ陣営も、目先の課題──大司教派討伐作戦にむけて、動き出すのだった。
役者が揃ってきました。
いよいよ次回から教会編メインイベント、大司教派討伐作戦に動きます! お待たせいたしました……!
恐らく何かが起こる大作戦、お楽しみいただけますと幸いです!
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