68話 理念1
現在の王位継承戦における、第四勢力とも言うべき中立貴族派、そのまとめ役であるというフェイブラッド家。
その当主──の、長男であるというクロノ・フォン・フェイブラッド。
「無論、父はまだ現役ですよ。ただ……恐ろしく出不精かつ慎重な方でして。その代理として私が情報を集め、人を見極める役目を担っているというわけです」
「出不精……ですか。その……初対面で不躾かもなのですが、貴族がそれでよろしいのですか……?」
「はは、仰ることはごもっとも。ただ、これにもメリットはあるのですよ。敢えて自分の主観を排した情報だけを集めて、思い込みや先入観に囚われない結論を導き出す。フェイブラッド家はそれで情勢を、人を見極めてきました。言わば私は父の『目』というわけです」
「……それで、中立貴族をまとめ上げているのですもの。今更手腕は疑えませんわ、そのお父様も──そして、あなたも」
「光栄です、リリアーナ殿下。まぁ唯一の悩みとしては……どうやら私は若い頃の父に瓜二つであるようで。古い貴族に会うたびに『フェイブラッドが若返った!?』と驚かれることなんですよねぇ」
先ほどの中年貴族とは打って変わって。
まずは場をほぐすための、軽い雑談を交えつつの会話を開始する。
しかし……そんな中でも、彼の赤みがかった瞳は油断無く光り。静かに……そして委細漏らさず。自分たちを見極めようとしていることは強く感じられた。
エルメスも、よく分かった。
この、クロノと名乗る青年は……まず間違いなく只者ではないことと、加えて先ほどの貴族との会話から大まかな彼の性質も。
彼は……敢えて言うならば、『理』の権化だ。
理性的に、理路整然と、理屈を突き詰めて理念を追い求める存在。
恐らく、中立貴族というこの上なく繊細さを要求される立場であるからこそ身についたと思われるその性質。
それがどのような信念に根ざしたものであるかも、気にはなるがそれはさておき。
そんな存在が……今、自分たちに興味を抱き。要請に応じて自分たちを見極めようとこうして話の場を設けている。
紛れもなく、緊張すべきことだが……同時にチャンスでもある。
何故なら、裏を返せばこの場で彼が力を貸すに足る『理念』を提示できれば。
彼の家がトップを務める中立貴族、ユルゲンも無視できないと太鼓判を押すほどの大戦力が一気に味方になってくれる可能性があるということなのだから。
「では、場も温まったところで。──聞かせてもらえますか?」
自分たちの心が固まったことを察してか。クロノが問いかけてくる。
それを受け、エルメスとリリアーナはまず背後のユルゲンに確認を取る。ユルゲンはその問いかけを内容まで完璧に予想していたかのように、即座に頷いた。
「大丈夫、彼は信用できる人間です。……お話しして構いません」
そうだ。この青年を前にして建前やおためごかしは通用しない、表面上のものは即座に看破される、それだけの叡智と観察眼──大貴族の『目』を勤め上げるだけのものがあると、ここに来てからのやり取りで既に全員が確信していた。
故に、話すべきだろう。これまでは混乱を恐れて身内以外には積極的に公開することを伏せていた、或いは制限していた情報。彼らの目的の根幹をなす、この国の矛盾。
すなわち──魔法の真実を。
「では、僭越ながら僕から。……まずは、『血統魔法』と呼ばれるものが正しくはどうできたかについて、ご説明します」
そんな言葉と共に。静かに、淡々と。エルメスは語りを開始した。
「…………なるほど」
一通りの、説明を受けて。
クロノは……予想、そして期待に違わず。静かに納得を示す様子で頷いた。
少なくとも他の貴族のように、頭ごなしに否定するような素振りは欠片ほども見せていない。
「確かに、その理屈によれば説明できる経験も多々存在しますね。……分かりました、流石に情報が足りなさすぎるので『正しいもの』と断定はできませんが、少なくとも考慮に値する論説であることは間違いないでしょう」
論説を受けての回答も、エルメスから見る限り百点満点だ。ここで『なるほど、それこそが正しい魔法の認識で間違いない!』と無条件に肯定するようなら他の貴族と一切変わらない。安易な断定がどれほど危険か分かっているという思慮深さにおいても、やはり彼は一線を画している。
その上で、クロノは問いかけた。
「では、そちらの魔法に対する認識を踏まえた上で。あなたたち第三王女派閥……リリアーナ殿下は、何をしたいのですか?」
来た、と思った。
それは、自分たちの根幹。クロノが求める『理念』そのもの。
そして、こればかりはエルメスが答えるわけにはいかないもの。大丈夫ですか、との意を込めて隣の少女を見やるが──リリアーナは彼の心配をしっかりを受け止めた上で、覚悟を決めた瞳で前を向く。
そうして、彼女は語り始める。
……多分。最初はただ、家族に迫っていた危機をなんとかしなければという一心だけだったと思う。
けれど、そんな折にエルメスに出会って。魔法を教えられて、希望が見えて。そこから政権簒奪に巻き込まれ、自分の想定も空想も何もかも甘かったことを叩き付けられて。
──それでも、と立ち上がって。そこから多くのものを見た。
王宮に篭っているばかりでは絶対に見られなかった、この国の本音。この国の真理。民の想いに、貴族の想い。
そして……大好きな師匠に教えてもらった、今も胸の中で燃える熱量。
それら全ての果てに得た、彼女の知見。彼女の足跡を今一度振り返って。
「……まず、はっきりと言わせていただきますわ。この国においては──」
少女は、告げる。
「──『血統魔法』というシステム自体が最初から破綻しています」
……貴族全てを敵に回すような、あまりにも残酷な断定から。
幸い、その貴族──しかも公爵令息であるはずのクロノは気を悪くした風もなく、静かに問いを返す。
「……何故そうお思いに?」
「……きっと、本当に始まりの始まり。最初に『血統魔法』を創ったわたくしたちのご先祖様は──そんなことを考えてはいなかったでしょう。自分たちの成果を、自分たちの子孫に贈り物として遺す、その意思だけだったと思いますわ」
けれど、きっと彼らも想像だにできなかったことが二つ。
そのうちの一つ──自分たちの開発したものが、よもや自分たちを縛る呪いとなること……これはもしかしたら回避はできたのかもしれない。彼らがもう少し魔法に関する深い造詣を持っていたら、その呪縛を何らかの形で緩和はできたのかもしれない。
しかし、もう一つ。これはきっと、どう頑張っても思い至ることができなかったのだろうこと。それは──
「『何の苦労もなく、生まれつき無条件で周りより強大な力が与えられる』。そんなものがある世界で、そんなものがある国で。
──堕落するなという方が無理なのです。ただでさえ努力は苦しいものなのに、その努力を一切合切否定する魔法が存在してしまったら。……多くの人は、頑張ることができなくなってしまうのですわ。持つものも、持たざるものも」
……多分、それでも頑張れる人はいるのだろう。
与えられたものに満足せず、絶望を突きつけられても諦めず。どれほど血反吐を吐いても、いくら傷ついても、求めることをやめない──そんな強靭で素晴らしい人もいるのだろう。
それこそ、エルメスがきっとその筆頭だ。カティアやサラも恐らくその領域にいる人間、彼らは間違いなく世界を引っ張り、進めていく存在で。
──でも。
そう在れる人は、きっと少数派だ。他の多くの人にとっては、そうではない。
リリアーナはそれを、かつてのニィナの……『普通の少女』との対峙から学んだ。
きっと、エルメスたちのような人種はそれを顧みない。頑張らない人たちには良くも悪くも構うことなく、己の道を進んでいくのだろう。
それは、それで素晴らしいことだ。応援すべき開拓の道だ。
……けれど、リリアーナは王族だ。頑張れる人も頑張れない人も、全部ひっくるめてそれらの上に立つべき人間──今は強制されるものではなく、リリアーナ自身がそう在りたいと思っている在り方だから。
故に、と彼女は改めて告げる。己の望み、己の理念、自分が進むと決めた王道を。
「だから、わたくしは師匠のお力を借りて。──全ての血統魔法を、汎用魔法にします」
「!」
その言葉には、さしものクロノも目を見開いた。
「そうして、誰もが自分の努力によって。生まれ持ったものだけで全てが決まるだけでない、魔法の研鑽を肯定する国へ。
……もちろん、それでも生まれ持ったものはあるでしょう。多少の差は出るでしょう。けれど──それはきっと、今までほど絶対的なものではない。今までよりもう少しだけ、努力で埋められるものになる。
わたくしは……誰もにもう少しだけ、頑張れる権利を与えたいのです」
最後、一息にそこまで語り終え。リリアーナは大きく息を吐く。
そこにしばしの沈黙を挟んで、クロノが問いかけた。
「……拝聴、させていただきました。その上で私なりに殿下のお話をまとめた結果、お聞きしたいことが一つ」
「はい」
「殿下はすなわち──『全貴族の特権を廃止する』と仰せか?」
「!」
相手が幼い少女であろうと関係ない。逃げることを許さぬ問いかけが、リリアーナに突きつけられる。
「他の国はいざ知らず。この国においては、貴族が貴族たる条件は『血統魔法を継承していること』の一点です。これは功罪を問わず、『そういうもの』であるが故に変えようがない」
「……」
「聞くに、殿下の御大望が成った暁には、血統魔法と汎用魔法の差がなくなる。それはすなわち、貴族が貴族であることを支えている唯一にして最大の点の崩壊を意味します。その後新しい貴族が生まれるか、全く新しい形になるかは分かりませんが……少なくとも、現状の貴族は軒並み立場を失うことでしょう。
──殿下は、つまるところ『そういうこと』をなさるという認識でよろしいか?」
そう、公爵家の令息が。つまり、それが成った時に最も不利益を被るだろう人間が問いかける。
思わず聞いていたエルメスがリリアーナの方を見るが……彼女は、それでも動揺した様子を見せず。
落ち着いて、答える。
「……最終的には、そうなりますわね」
「では──」
「ですが、それは『すぐに』ではありません」
問いかけようとしたクロノを遮るように、リリアーナは口を開いた。
「わたくしも……師匠には及びもつきませんが、師匠と同じ魔法を使うが故に分かります。今わたくしが言ったことは──到底一朝一夕でできることではない。年単位……或いは数十年、百年以上をかけた大事業になる可能性すらあるでしょう」
「……なるほど」
「何事も、すぐには変わりません。そして何かを変えようとすれば、必ず相応の力がそこに割かれますわ。今回の場合は……『汎用魔法』を覚える民に負担を強いる分、国の力は弱まるでしょう。──ですから」
幼い美貌に、確かな叡智を宿し。リリアーナはクロノを、物怖じすることなく見据え。
最後の最後に、こう言い切った。
「あなた方貴族の皆様には、その間。これまで通り、国の盾としての役割を果たしてほしいのです。民が力をつける……この国の力を高めている間も、もしかするとその後も。
──生まれつき無条件で力を持てるという特権を活かした、『安定した』護国の力となってくださることを望みますわ」
「──」
「……先々のことまでは、保証はできませんけれど。少なくともわたくしが玉座について……わたくしが王である限りは。あなたたちが正しく責務を果たす限り、相応しい特権を維持することを誓います。
……それで、どうでしょうか……?」
言い切って、力が抜けたのか。
最後は、少しだけ自信なさげに。若干の震えを声に滲ませて問いかけるリリアーナ。
クロノはしばしそれを驚きと共に見据えたのち……ふっと笑って。
「──殿下の御大望、しかと聞き届けさせていただきました。……素晴らしい理念だとも理解しました」
肯定の言葉を述べる。そこに含みがないことも分かる、表情通りの優しい口調で。
「!」
「無論、すぐには決めかねますが……少なくとも、こうしてお話をお聞きする機会を設けて良かったとは本音で思います」
「は、はい!」
ぱぁ、と顔を輝かせるリリアーナ。
言葉通り、リリアーナの『理念』が彼の理解を得られたことは間違いない事実だろう。
そして、その上で『すぐには決めかねる』とクロノが言った理由もエルメスには理解できていた。何故なら──
「──では。次はあなたですね、エルメス殿」
クロノの視線が、意識が、こちらに向いたことをしかと感じたから。
「殿下の御前で不敬とは分かっていますが……正直に言ってしまうと、私は君の方により強い興味を引かれている。
リリアーナ殿下をこうまで変えた立役者だろう君のお話を──今度は、聞かせていただけませんか?」
「……分かりました」
今度は、自分が試される番。
そう正しく理解したエルメスは、一つ息をつきつつ。自らの思考をまとめ始めるのだった。
……この子本当に十一歳か……? と思ったことは内緒です。
次回、エルメスの理念バトル。お楽しみに!




