67話 中立貴族
大司教派討伐への、参加が決定して。
では早速、討伐作戦に関する準備を──と行きたいところだが。
その前にもう一つ、第三王女派として、やっておかなければならないことがある。それは、
「──『中立貴族』との交渉だ」
教会本部、大聖堂内部。
その廊下を歩くユルゲンが……後ろについてきているエルメス、そしてリリアーナの二人に対して改めて確かめるように話を始めた。
「ライラ殿下が、協力への見返りとして早速話し合いの場を設けて下さった。本来ならば大司教派討伐の後にでも話をつけるべきなのだろうが……」
「──それでは遅い、ですか」
「その通り」
エルメスの先を読んでの解答に、ユルゲンが頷く。
「我々と第二王女派の協力関係は、あくまで大司教派討伐まで。それ以降は協力関係も解消──どころか、その瞬間から王位に関しては敵対関係の再燃だ。ライラ殿下もそれを理解してか、『討伐後』の話は一切しなかったからね」
「……」
きゅっ、と。
ライラの名前を出されたリリアーナが、不安を表した様子でエルメスの袖を握る。
エルメスはその不安を少しでも和らげるべく手を握りかえしつつ、ユルゲンに続きを促した。
「だから、今。このタイミングで話をつける。少なくとも討伐した後──事実上敵地の真ん中で孤立する形になる私たちを、最低限守ってくれる程度の契約は取り付けたい。……本当に『中立貴族派』が討伐作戦に参加するならば、それで十分だ」
「……それほどまでに、大きいのですか? 中立貴族派の勢力は」
「ああ。──そうだね、話し合いの場所まで時間がある。丁度良いから話しておこうか、この王位継承争いにおける第四勢力とも呼べる中立貴族派閥の話を」
エルメスの問いに、恐らく予想していただろう迷いのなさで解答する。
王都を抑えている第一王子派、教会を背後につける第二王女派、そして自分達第三王女派。
大司教派を除けば、それ以外のまとまった勢力である『中立貴族派』。
一つ息をついてから、ユルゲンは改めてこれから交渉する相手について口を開くのだった。
「──『中立貴族』は、ここ数十年急速に規模を大きくしてきた勢力だ」
「数十年……先代の継承争いから、ということですか?」
「うん、丁度その頃からだね。それ以前にも勿論王位継承争いに代々加わらない『中立』の貴族はいたことにはいたんだが……そんな貴族たちをとある家が声をかけ統合したのがどうやら始まりのようだ」
その『とある家』とやらが、恐らく今回交渉する相手なのだろう……と思いつつ、エルメスは続きを促す。
「理念としては、『純粋に国の未来のためだけに動く』ことを掲げていてね。つまるところ、王家が割れた時にもどの勢力にもつかず、争いも起こさない。それは『国の未来』のためにならないと判断するからだ」
「……」
「むしろ、そのごたごたで国が乱れた時に、魔物の討伐等手が回らないところを穴埋めする役割を負ってさえいた。そうして、権力争いに加わらない真の『国難』のみに対応する貴族家の集合なのさ」
「……納得できます。が……お話を聞く限り」
『中立貴族派』の簡単な成立経緯と理念を聞いた上で、エルメスは問いかけた。
「それだと……割と普通に交渉の余地がないのでは? 王位継承争いに参加しないことを決めているのでは──」
「もっともな疑問だ。でも……それなんだけれどね」
当然の問いに頷きを返しつつ、ユルゲンは──話の核心を述べる。
「『中立貴族派』と名こそ付けているが。
そのまとめ役の貴族はね、別に特定の王族に付かない、とは言っていないんだ」
「…………え?」
「その家の理念は、『この国の未来のため』。ただの継承争いは国にとって益にならないと思ったから先代の時は何処にも協力しなかった。けれど──裏を返せば」
──真に、国の未来のためになると思うのであれば。義があると思った方を判断して『中立』を辞めることも厭わない、ということ。
「むしろ、今代の当主はその旨を一切隠すことなく公開すらしている。……ライラ殿下も言っていただろう、ただの日和見主義者ではないんだよ、あの家は」
「……」
ただ、争いの余波や立場の減衰を恐れて何処にもつかないのではなく。
正しく、国の未来を見据えて。敢えて権力の外に身を置いたもの。
なるほど確かに、特にこの国においては必要だと思われる立場だ。
……というか。
「……あの。すごい失礼な物言いかもですが」
「? 良いよ、言ってみなさい」
「──居たんですね。この国に、そんな立派な貴族」
「…………うん、まぁ、その考えも間違ってはいないけれど」
ユルゲンはものすごく微妙な顔をしつつ……まぁエルメスがこれまで見てきた『貴族』の印象からすると当然かと考えてか、ゆっくりと頷いて。
「多数派──とはお世辞にも言えないが。そういう家が皆無ではないことは確かだ。そして……だからこそ、今回の『交渉』も一筋縄ではいかないと考えた方が良い」
「!」「──え」
目を見開くエルメスとリリアーナに、ユルゲンは続けて。
「その家は、上っ面の権威や形だけのおべんちゃらが通用する相手ではないということだ。
──ちなみにだが、先ほど述べた『真に国のためになるのならば特定の王族につくことも厭わない』旨だけれど」
「……はい」
「それを聞いてね、とある王族がその家に出向いたんだ。『ならば俺につくことこそお前たちの本懐だろう』と言ってね」
……その論法だけで、なんとなく察したものの問いかける。
「だいたい予想はできますが、その『王族』は」
「お察しの通り、アスター殿下さ」
「……それで、どうなったんですか?」
続けての質問に、ユルゲンはにっこりと笑って。
「──門前払いだったそうだ」
「……」
「家に入れないまま容赦なく、徹底的に。あの元殿下特有の思い込みや捻じ曲げの矛盾点をきっちり一切逃さず指摘して。完膚なきまでに言い負かしてお帰り願ったとか」
「……あの……それ、アスターお兄様はお怒りになったのでは……?」
「ああ、それはもう大荒れだったとも」
リリアーナの控えめな質問にも、ユルゲンは予想通りの答えを返して。
「──だが、それだけだった」
「!」
「逆上して、悪口と悪評を並べ立てて自らの取り巻きにそれを認めさせて……そこが限界だった。当然制裁も与えようとしたが、悉く返り討ちにされたそうだ。悪評も元々権力構造から距離を置いていたことと……何よりその強大さから、びくともしなかったとか。それ以降、殿下は彼らのことを『いないもの』として無視したらしいね」
「……なるほど」
アスターの、徹頭徹尾そうだったんだなと思うような行動はともあれ。
……なんというか、ルキウスの件といいその中立貴族の件といい。
「アスター殿下周りの件は……本当に、この国の『表層』だったんですね」
──この国の『底』は、自分が思っているほど浅くない。
かつて、学園で対峙した時のラプラスの言葉が思い返される。
「まぁ、ね。ある意味で当然だ、だって本当にアスター殿下に迎合するような貴族しかこの国にいなかったのならば──」
そのエルメスの呟きを受けて、ユルゲンは。
「──もっと早く、この国は終わっていたさ」
告げた、その言葉の響きが。
普段とは、どことなく違って。思わずエルメスはリリアーナと共にユルゲンを見やるが……その時には既に、いつもの穏やかな表情にユルゲンも戻っていた。
「……とにかく、だ。そんな甘い考えには容赦ない人だが、相応の知見と興味をエルメス君たちには持っているようだ。
だから、それを。君たちの考えるこの国の『未来』を、きちんとぶつけてきなさい。そうすれば、上手くいけば中立貴族派の協力が得られ──大司教派討伐も控えているが、それで戦力的にも、ようやく」
「──王都奪還の、目処が立つ」
「っ!」
改めてユルゲンから説明された、この後の流れ。
無論それまでに多くの関門が控えているが……エルメスの言葉で締めくくった、ようやく見えてきた『ゴール』までの流れに。否応なしにリリアーナの緊張が増す。
そして、そこで。
「……さぁ、着いたよ」
ユルゲンが足を止め、大聖堂の一室の扉を正面から見やる。
最後にもう一度、エルメスとリリアーナを見て。覚悟を確認してから、扉を開いて──その瞬間。
「──私は反対ですッ!」
突如耳に入ってきたのは、耳障りな大声。
思わず肩を震わせるリリアーナを他所に、その声は続けて捲し立てる。
「何故ですか! そちらの決定が私には理解できない!」
「そう言われても、家で決めたことですので。口を挟みたくば正規の上申手順に則ってくれませんか?」
「ですから、それでは遅いと言っているのです!」
見ると、大声の持ち主である中年の貴族らしき人物が青年の制止を聞かずに何かを必死に訴えているようだ。
中年貴族の方が、尚も続ける。
「良いですか、クロノ殿! 貴殿は所詮当主代理だから分からないかもしれませんが、我ら中立連合は全ての伝統ある貴族に平等たれという崇高な考えのもと協力しているのです!」
「……」
「それなのに、貴殿はあの第三王女の話を聞くと言うのですか! あんな連中は貴族の在り方を否定する破壊者、我々が最も忌むべきもののはずだ!」
「……それで?」
「そんな連中の話に耳を傾け、あわよくば支持するですと!? この場は子供の遊び場ではないのですぞ、そんな感情に任せた特別扱いなど言語道断、平等の理念に反すること甚だしい! ここは我々経験豊富な貴族に任せなされ、それがこの国のためで──」
「──ええっとですね」
一方的に言葉を続けていた中立貴族の声を遮って、青年の方が。
「──まず、当家は『平等』が理念だなんて一言も言っていないのですが。その、そちらにばかり都合の良い論調はどちらから出てきたのですか?」
「な」
「そして、それをあたかも当然の前提かのように話すのはとてもよくないですね。意見の何たるかをまるで理解していないと見えます」
「──」
あまりにも、穏やかな微笑と口調で。
あまりにも、痛烈な批判をやってのけたその青年。強烈な印象のちぐはぐさに中年貴族も何も言えず、言葉が止まる。
「当家の考えは『国の未来』のためただ一つ、まずはそこをお間違えなきよう。
──あと、愉快な言葉が出てきましたね。……『特別扱い』ですか?」
その隙を逃さず、青年は柔らかな……けれど有無を言わさぬ声色で。
「──ええ、しますよ? 特別扱い」
「っ、やはり──!」
「まぁ少々お黙りを。そもそも特別扱いの何がいけないのです? 第三王女殿下及びその配下は、崩壊する王都と第一王子の魔の手から逃れ、大司教ヨハンによる教国建設も阻止した。加えて今回大司教派による暴走の鎮圧にも協力して下さる。
……十分『特別扱い』されるに相応しい偉業を重ねているのですよ。いくら魔法が特殊だろうと、理念が不透明だろうと特別に話を聞かない理由にはなり得ない──むしろ、だからこそしっかりと話はつけるべきでしょう」
「それは……っ、ですが!」
「それに引き換え」
尚も感情に任せた反論を口走ろうとした中年貴族を静かに見据えて、当の青年は。
「貴方は、今しがた言った旨をきちんと代表貴族の前で説明し、その場では賛成貴族の反感を恐れて何も言えなかったにも拘わらず。上申の機会も意見の場も跳ね除けて、あろうことか私に直談判をしにきている。そんなもの通るわけがないでしょう。
ねぇ? 逆に問いますが。何もせず、口では特別扱いを否定しておきながら──どうして自分だけは特別扱いしてもらえると思ったんですか?」
痛烈。
その、一言に尽きるだろう。
淡々と、この上なく丁寧に。言葉の裏に潜む欲望も自己正当化も暴き立てて。ある意味で何よりも屈辱的な反論を並べ立てる青年。
……なるほど。
恐らく先ほどの話に出てきた以前のアスターも、こうやって撃退されたのだろう。
言われた当の中年貴族は、怒りと羞恥で顔を真っ赤にして逆上しようとするが──
「この若造──ッ!」
「若造ですが、何か?」
続く一言と。
静かに細められて瞳と同時に放たれた……ローズにすら匹敵する程の魔力の奔流。
「!」
エルメスですら身構え、リリアーナは咄嗟にエルメスの背に隠れ。
そして……その威圧を真正面から受けた中年貴族は、先ほどまでとは対照的に恐怖と絶望に顔を青ざめさせる。
「では最後に。己を通したくば、自身を証明したくば。きちんと正しい手順に則って物事を進めるか──或いは」
その貴族に向かって、青年は最後に。
「何もかも壊せる程の圧倒的な成果を持ってきてから、言ってください。
そうでないと、一生こちらは話を聞く価値すら覚えません。良いですか?」
自分の子供ほどの人間に、それこそ子供に言い聞かせるような口調で告げられる。そこへの屈辱は……最早感じることもできず。
中年貴族は、壊れた玩具のように頷いて。そそくさとその場を後にした。
「……さて」
そして、青年が振り向いて。
「来て頂いて早々、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。ですが……これ以降は、邪魔はさせませんので」
ゆったりとした一礼と共に、告げる。
「まずは自己紹介を。中立貴族派閥、代表家であるフェイブラッド公爵家、その長男。
──クロノ・フォン・フェイブラッドと申します。お見知り置きを」
「……」
緩やかな所作、穏やかな表情。
しかし、それとは裏腹な──確固たる信念と澱みない理論と理念。
そして何より……先ほどの、彼の師にすら匹敵するのではないかと思われる魔力量。
「では、早速ですが」
……なるほど。
「第三王女、リリアーナ殿下。そしてその師、エルメス殿。
まずは──あなたがたの『理念』を、お聞かせいただけますか?」
これは、色々な意味で強敵だ。
その認識を、手を繋いだ弟子と共有しつつ……緊張感と共に、交渉の場につくのだった。
役者が揃ってきました。
次回、一筋縄ではいかなさそうな交渉回。お楽しみに!
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