66話 思惑
「──見ろ、お飾りの王女様だ」
嫌いだ。
「教皇猊下の一人娘だからって威張り散らして」
「ねぇ? 我儘放題の元第二王子様にすら敵わなかった分際で」
身分を考えず好き放題陰口を言ってくる周りの人間も、それを当然のように良しとする教会の雰囲気も、そして何より……そんな空気を一切止められない自分も。
周囲を取り巻く何もかもが……ライラにとっては、ストレスを増加させる要因だった。
「おまけに、今はあの二重適性の『本物』の聖女様をお招きしているのでしょう? けれど何を血迷ったか、血統魔法が使えない第三王女についているっていう」
「その前は第二王子の婚約者だったことと言い……魔法もお姿も素晴らしいのに、人を見る目だけはないのよねぇ」
「いやいや、きっと言葉巧みに騙されているのさ! むしろあのお方を救い出し、正しく教会に取り込むことこそ我々の義務ではないのか!?」
「その通りだ! というか……むしろ第二王女様こそ率先してそうするべきなのではないか? そう、だって……『偽物』の聖女様だものなぁ」
「本当ね! ハルトマンの御令嬢の血統魔法のうち片方しか使えない。それだけで選ばれなかった存在であるのは明らかなのに、何を醜く立場を利用して縋り付いているのかしら!」
「ああ! もし私がその立場であれば──即座に己の非力を神に詫び、自らの権利の全てをハルトマンの御令嬢に与えると言うのに! たとえ首を切られようとも喜んで受け入れるとも!」
「素晴らしい! それでこそ正しき神の僕だ! 全く、どこかの王女様とは大違いだなぁ!」
──うるさくて。
うるさくて、うるさくて仕方がなかった。
……でも、何も言い返せなくて。
先ほどの護衛の一件のように明らかな規律違反ならともかく、『ただ自分の悪口を言っていただけ』であるならば。しらばっくれればそれで終わり、自分には何もできない。何より、たかが一人や二人断罪したところでまたいくらでも悪意の種は湧いてくる。
今の、教会での自分の立場は、それほどに悪いのだ。
……それに。
今は、そんなものに拘っている暇はない。自分の目的は、最初から、ただ一つなのだから。
そう思考し、周囲から漏れ聞こえてくる悪意をシャットアウトして。
ライラは、淡々と歩みを進め。やがて周囲の人影も消えた、大きな扉の前に辿り着く。
それもそのはず。だってここは──この教会の、支配者の居室なのだから。
「……今、大丈夫? お母様」
ノックと共に、問いかけ。応えがあったのを確認して、静かに扉を開く。
「……」
そうして、目に入った。
視線の先、執務机に座る教皇オルテシア……自分の母親の様子は、いつもと変わらず気怠げだ。
──昔は、こうではなかった。
多少、影のある雰囲気こそあったが。それでも真っ当に自分に愛情を注いでくれた。
弟の存在があった以上、自分が『王様』になれないことは分かりきっていたが、それでも十分に幸せではあった。
それが、いつの間にか。あらゆることに関して無気力になっていったのだ。
どうして、母がこうなったかは分からない。推測もできない。
でも──確かに分かることは、二つ。
一つ目は、母が変わり始めたのは自分が六歳前後の頃──自分の、血統魔法が発覚したあたりからということ。
二つ目は……そんな母が、唯一。この王位継承戦に関することだけは精力的に動いてくれている、ということだ。
ならば、自分はその望みのために動く。
母親の『たった一つの願い』は何か分からない。でも、そのためにこの王位継承戦が必要なのであれば全力で戦う。
そうして──
(──お母様が、こうなってしまった原因を突き止める。私にあるのなら改善するし、私以外の人間がこうしたのならばそいつを地の果てまで追い詰めて叩き潰す)
そうすれば、いつか、きっと。
あの日の、魔法に恵まれない自分にとっては唯一の幸福だった世界が。戻ってきてくれるのではないかと信じて。
ライラは、今日も行動を続ける。自分のために、母のために。そのためだったらなんであろうと利用するし使い潰してみせる。
その決意でもって、彼女は今日も母に一通りの成果を報告する。
「……この通り、一通りの条件は第三王女派に伝えたわ。向こうにはトラーキアがいるから、馬鹿な判断はしないと思うけれど」
「……そう、ね。……よくやったわ、ライラ」
聞き終えたオルテシアは、微かな労いの声をかけてくれて。
それだけで苦労した甲斐はある、と噛み締めるライラに、教皇は続けて。
「……私も、トラーキアなら受けてくると踏んでいるわ。大人しく大司教討伐に協力するならそれで良し、それで、もし断るようなら──」
こう、告げてきた。
「──ちゃんと、リリアーナを殺すのよ?」
「……それ、は」
「私は言ったわよね。……あの子だけは、何を置いても絶対に始末するべきだって。放っておいたら、確実に将来の害悪になるって──実際、そうなりかけているでしょう?」
……反論は、無い。
そう。教皇オルテシアは、何故か最初から……それこそ政権簒奪が起こる前から、リリアーナが危険因子だと確信していた。彼女が創成魔法を継承する前、まさしくただの無適性で、誰にも見向きもされていなかった頃から──だ。
それが、教皇だけが得られる知識によるものなのか、はたまたただの直感なのかは分からない。ただ……実際に、リリアーナはこれまでの常識に無い途轍もない力を手に入れ始めており。紛れもなく脅威の一大勢力になりかけていることは確かで。
「それを覆しているのは、あなたのわがまま。あなたがすぐに殺すのは惜しいと言ったし、私もそれに一理あると納得したからに過ぎない。だから……」
「分かっているわ、お母様」
それらを、しっかりと受け入れた上で。ライラは返す。
「リリィは、まだ使い道がある。あの子は身内に甘すぎるもの、たとえ敵対していようとも私がいる以上極端にこっちが不利になる決断はできない。──そこを上手くつけば、あの子の優秀な配下を徹底的に使い倒すことができる」
対して、自分は違う。
いざとなれば、彼女を切り捨てることにだってなんの躊躇もない。身内とは言え、所詮は腹違いの妹だ。母との繋がりに比べれば大したことはない。
……そうだ。
かつての日々、自分がリリアーナに優しくしていたのは。リリアーナが弱く、矮小で、どう足掻いても自分を脅かさない存在だったから。例えて言うならペットを可愛がっていたようなものだ。
その前提が崩れた──リリアーナが自分に反抗できる力を持った、自分に噛み付けるだけの立場を手に入れたなら。
ライラは、自分を嫌うもの、自分より力あるものが嫌いだ。
だから、教会の自分を舐め腐っている連中のことは当然嫌いで。
あの第三王女派閥の──ハルトマンの令嬢をはじめとした『選ばれた魔法使い』共は反吐が出るほど嫌いで。
それらを従え、自身も途轍もない魔法の力を手に入れたリリアーナのことなんて……
「……一番、大ッ嫌い」
かつて可愛がっていた分、憎さはむしろ百倍だ。
だから、利用してやる。使い潰してやる。
そうして用がなくなったら、或いは自分に反抗して来たら──
「──ちゃんと、始末はするから。だからお母様、大司教派との争いは、私に任せて」
言い聞かせるような言葉で、ようやくオルテシアも納得したのだろう。
「……ええ、任せるわ」
その言葉を最後に、母娘の会話は終了し。
踵を返し、扉を閉めたライラは──美しい真紅の瞳に、決意の色を宿し。
「なんだって、やってやるわよ。……私が、欲しいもののためなら」
そう呟いて。確固たる足取りで、再度歩みを進めるのだった。
◆
「ライラお姉様のお話……受けようと、思いますわ」
同刻、第三王女陣営。
教会──第二王女派、教皇派から提案された対大司教派の共同作戦。
それらについて吟味していた彼らの結論を、第三王女リリアーナが述べた。
反論は、出ない。
「異論はありません、リリアーナ殿下。……いずれにせよ、大司教ヨハンという要を潰した我々を大司教派も放ってはおかない。いくら教皇派との戦いがあると言えど……無視するのは、危険に過ぎる。後顧の憂いは確実に絶ちましょう」
「……です、ね。戦力増強のお手伝いという報酬も、正直なところ魅力的です」
「魅力的すぎる、という危険はあるが……だとしても無視するには諸々のリスクが大きすぎる」
ユルゲンの肯定に、サラ、アルバートが続く。
他の面々も否定は述べないが……そこで、カティアが一言。
「それに……一つ、聞き逃せない情報もあったしね。ニィナ?」
敢えてニィナに話を振られた。その意図を正確に理解した彼女は、一つ頷くと。彼女の立場を加味した重大情報。ライラからここまでの経緯について話された時の、最も聞き逃せない内容を述べる。
「そうだね。……ライラ殿下は、こう仰っていた。政権簒奪の影響で、今代の教皇と大司教が決別して。で、本部を教皇派に抑えられたから、失った教会本部の代わりに新たな拠点を作るべく──大司教ヨハンが、北部の完全支配に乗り出した……って。
──でもさ、これ」
彼女だけが分かる、一つの致命的な違和感。
「ヨハンが北部支配に乗り出したの──政権簒奪が起こる前なんだよね」
そう。そもそも北部反乱が勃発、報告が王都にきてリリアーナに平定を命じられ……その日の夜に、政権簒奪が起こった以上順序はそれ以外あり得ない。
無論、タイミングが偶然噛み合っただけということも考えられる。元々ヨハンは北部を支配する予定で、その途中に『たまたま』第一王子の事件が起こっただけという可能性もなくはない。
だが、全員が理解していた。あの大司教ヨハンの性格を知っているならば……そんな出来すぎた『偶然』などあり得ない、と。
故に。
そこから導き出される結論は、一つ。
「教会は……少なくとも、大司教派閥は。
──政権簒奪が起こることを事前に知っていた」
つまり、第一王子派……否。
その裏にいる『組織』と──大司教派は繋がっている、という確たる証拠。
「まぁ元々、ボクが大司教ヨハンの命令で学園のスパイをさせられて、そこであの事件が起こった以上繋がっていることは確定だったんだけど──」
「──より、確かな尻尾が見えてきたわね」
「ああ。元々教会側にも『組織』の人間がいるのは王都にいる時点で分かっていたが……よりはっきりと見えてきた。
ライラ殿下は、教皇猊下が致命的なものは見逃さない、と仰っていたが──正直、今日の教皇猊下の様子を見る限りそれも怪しいと思った方が良いかもしれないね」
カティアとユルゲンの補足に、ニィナが頷く。
「……であれば、尚更退くわけにはいきませんね」
エルメスが告げる。
元々、ここにきた目的は情報を得るため。教会について、そして──未だ全容を窺い知れない、『組織』について。この先否応なく対峙するだろう彼らのことをより理解するためだ。
大司教派討伐作戦によって、その二つが一挙に得られるかもしれないとなれば……余計に、参加しない選択はあり得ない。
「では──改めて。わたくしたち第三王女派は、教皇派及び中立貴族と共同で、大司教派を討伐します。
敵は……敢えて言うなら、ヨハンとほぼ同格が三人。厳しい戦いになるでしょうが──今回も。どうか皆様のお力を、お貸しくださいまし」
律儀かつ可憐な所作で、リリアーナが頭を下げ。その様子に、第三王女派の面々が力強く賛同し。
こうして、彼らの大司教派討伐作戦への参加が決定した。
──同時に、エルメスは思う。
(……大司教派と、組織。そこまで繋がっているのなら……)
ならば。この、討伐作戦においても。
『何もしてこない』などという楽観的な考えはしない方が良いだろう。
「……」
これまで数度対峙し、恐らくこの先も対峙するだろうと直感している、第一王子の側近にして因縁の男の顔を思い浮かべながら。
その夜は、平穏に更けていくのだった。
次回から、今回話にだけ出てきていた人々に関するもうワンエピソードを挟みまして。
その後いよいよ、大司教派討伐作戦が始まります。お楽しみに!




