40話 最終確認
「──二日後です」
ハーヴィスト領の砦にて。
恒例となった会議室の中に、エルメスの凜とした声が響く。
彼の表情には、昨日まで色濃く滲んでいた疲労は僅かな残滓もなく。いつもの叡智と生気に満ちた光を翡翠の瞳に宿し、会議の参加者にそう呼びかけた。
「二日後。それが決戦の期日となります……と言うより、それ以外無いでしょう」
その期日は、当然ながらエルメス達にとってはかなり早急なものだ。正直なところとしては、魔法の鍛錬や連携の把握にもう少し時間をかけたかったのが本音。
だが、それでも期日は二日後。そうしなければならない理由があるのだ。何故なら──
「それ以降は……来るのね?」
「はい、来てしまいます。──教会側の、援軍が」
カティアから告げられた言葉に、エルメスは頷く。
「アルバート様の偵察により、ここから東。そう遠くないところで大軍が移動している気配がある、とのことでしたよね」
「ああ。遠目での確認だが、装備の意匠は教会のものだった」
「状況的にも……十中八九、ヨハン大司教が呼び寄せた援軍だろうね」
アルバート、ユルゲンがそう補足する。
エルメスも同感だ。現時点でもかなりぎりぎりの戦力差なのだ、それに合流されれば完全に勝ちの目は潰える。
だからこそ、合流されるまでがリミット。諸々の移動速度や向こうの取る戦術等を考えた結果──二日後が、ベストと判断した。
反対意見は、誰からも出ない。むしろ期日が定まったことによって全員の気力が充溢し始める。
それを頼もしく思いつつ、エルメスは次の話に移る。
「それでは、期日が決まったところで──改めて、今回の敵。北部連合で打倒しなければならない相手について……四つに分けてまとめますね」
今回の主題はそれだ。
ここに来てから得て、分析した情報の整理。最大効率の連携や分担が必須となるだろう決戦において、全員にしっかりと情報を共有することは避けては通れない。
今までは、できなかった。それを成せるだけの信頼が育めていなかったから。
でも、今は大丈夫。そんな意思を込めた視線を参加者の一人──騎士団長トアに向けると、確かな敬意を持っての一礼を返される。
それを確認した上で、エルメスは口を開いた。
「──まずは、北部六家からなる北部連合の騎士達。いずれ劣らぬ精強さに加えて、ルキウス様の統率力と大司教の仕込みにより、連携や団結も完璧でしょう」
エルメス達に不足していた、団体としての戦力。それを確実に体現している以上、これも軽んじてはいけない脅威だろう。
「そして、連合団長のルキウス様。……正直あの方に関しては、確実に抑えられるような対策は存在しません」
ルキウス自身の魔法や能力に関しては特段トリッキーなところは存在しない。例の『魔法を斬る』能力も、固有のものではあるが性能自体は単純なものだ。
そして……だからこそ、脅威。
ただシンプルに訳が分からないレベルで強い、のである。
──だが一方で。
繰り返すが、能力自体は予測できる範疇。抑え切ることは至難を極めるだろうが……戦局を予想だにしないところからひっくり返されるような、イレギュラーな危険性は低いと言えるだろう。これは、北部連合騎士団自体にも当てはまる。
故に。
今回詳しく話すべきは上記の二つではなく──残り二人の脅威。
「続いて……ニィナ様」
カティア、サラ、アルバートの表情が変わる。
今回のジョーカーとも言える少女であり、浅からぬ因縁を持つ彼女について──これまで同様冷静に、エルメスは話す。
「彼女に関しては、今回一番『分からない』存在でした。彼女の様子から恐らく何かしらの制約をかけられているのだろうと予測は立てていましたが……それがどの程度で、どのような内容なのか。僕自身が彼女に会えないことも相まって、最も読みにくかった」
そして、だからこそ。
「──だから、わたくしを派遣したんですのね」
リリアーナが、口を開く。
以前の出来事を踏まえた上で、エルメスも頷いて。
「一番知りたかったのは、どの程度の脅威になるかです。そのために、リリィ様を──『僕の魔法を扱うリリィ様』がどの程度渡り合えるかを確認しました」
そう告げたのち、黒水晶の魔道具を取り出す。
この魔道具の効果は、術者が込めた魔法を他の人間にも扱えるようにすること。
肝は──魔道具を使うのが他人であっても、術者本人が使用した魔法として放てることだ。
つまり今回の場合は、リリアーナが『エルメスが撃った血統魔法』の数々を扱える状態だった。当然彼が術者となっている以上、同じ魔法を扱う他者よりも二回りは性能が高い。リリアーナにとってはこの上ない援護となったことだろう。
これこそが、エルメスがリリアーナを単騎で送り出せた理由。事実リリアーナは、恐らく単独では厳しかったであろうニィナとの遭遇を乗り越えて帰ってきた。まぁ……
「……代償として『リリィ様が魅了の対象になる』のは予想外でしたが……」
「そっ、それは……! ……申し訳ございませんわ……」
つまり遭遇戦を行っていた短期間で、リリアーナがニィナに一定以上の好意を向けられる何かを見せたということだ。しかも、恐らくニィナ自身はそうならないよう気を付けていた上で尚。……一体何を話したのやら。
……だが、それに見合うだけの成果は得られた。
リリアーナの報告から現在のニィナの状態、能力等を把握できた。これである程度の対策を立てられるし、それに──
「──こちらが、ニィナ様を見限るつもりはないことも。きちんと伝えられたでしょう」
「あ……」
サラが声を上げ。カティアとアルバートも神妙な顔を見せる。
……リリアーナの派遣によって、ニィナの状況は概ね把握した。彼女が今まで、とてもひどい状況にいたであろうことも。
そんな彼女を、助ける意思があることも。迎え入れる準備ができていることも、伝えることはできたと思う。
だから後は、それを阻む要因の排除だけ。彼女に制約を与えた張本人であり、この北部反乱における最大の敵──
「──最後に、大司教ヨハン」
四つ目の脅威について、エルメスが解説し。
「恐らく大司教自身に戦闘能力は然程ありません。ですが例の『神罰』に使ったものを含めた多種多様な魔道具を有していることに加えて──最も警戒しなければならないものが、一つ」
今回最も言いたかったことを、述べる。
「……大司教の持つ、洗脳の血統魔法です」
「……以前も聞いたけど。本当なの?」
それを聞いて、カティアが改めて確認する。
大司教を解析する上での、最大のブラックボックス。以前も説明したことのあるその魔法の内容について、改めてエルメスは口を開く。
「そもそも、思考改変系統の魔法は基本そこまで便利なものではありません。本人の認識や意識を著しく変えることは不可能なはずなんです」
これは、魔法における一つの法則のようなものだ。故に、魔法の出力を上げたとかそういうものでどうにかできる類ではない。
──だが。
「大司教の魔法は、それすら貫通している。恐らく相当数の人間を、意のままに動く手駒に変えている。……きっとその中には、何がなんでも大司教に従いたくない人もいたはずなのに」
唯一の例外としてはルキウスくらいか。彼は向こうの術中にあっても尚根本的な己は見失っていないように見えた。
……しかし、それは本当に例外、それこそ理由は『ルキウスだから』だろう。逆に『彼が大丈夫だから他も大丈夫』なんて口が裂けても言えないのは明らかだ。むしろ……
「もし完全にかかってしまったら、僕でも反抗は不可能。それくらいに思っておいた方が良いでしょう」
「……そこまで、なの」
「対策とかは、ないんですか……?」
カティアとサラの驚きの言葉。エルメスはそれにゆるく首を振って、
「そもそも向こうのからくりが分からない以上、明確には。だから基本大司教を相手取るときには……洗脳にだけは絶対にかからないように立ち回るべき、としか」
……まぁ、とは言え。
いくら向こうが規格外でも、例えば出会った人間を見ただけに意のままにするとかそんなことはあり得ない。原理云々以前にもしそうなら初手でこっちは詰んでいる。
そういう視点からも考えると──条件は不明だが、そこまで容易でもないくらいのことは推測がつく。
このように。
情報的なアドバンテージでは大きく遅れを取っているが……分からないなら分からないで、やりようはいくらでもある。
それら現時点での情報や対策を総合した上で──エルメスは、断言する。
「──十分に、勝てます」
びり、と。
一同に、見えない電流が走る。
多くの困難を乗り越え、どんな状況でもその知恵と工夫、学習と進化の果てに打破してきた彼の言葉。
それには……確かな、力がある。
「既に、大体の流れは組み立てました。なのでそれを説明します。
……と言っても、半端な奇策は読まれるだけ。ここで決めることはシンプルです」
すなわち、今挙げた四つの脅威。それぞれにどう立ち向かうか。
そのうち北部連合兵は同じく団体戦力であるハーヴィストの兵士たちをぶつけるのが妥当だろう。
故に重要なのは、残り三つ。
ルキウス、ニィナ、ヨハン。この三人の血統魔法使いに対して──
「──誰に、誰を当てるか。僕の考えたマッチアップに、ご意見をいただければと」
そこから告げられた、エルメスの提案。
それに対して……意外と言えば意外な組み合わせに、当初は一同驚いたが。
詳しく話を聞くうちに……確かに、それしかないという結論に至り。それからの議論は微調整に終始して。
かくして……ハーヴィスト領側の準備は、完全に整ったのだった。
◆
──一方、北部連合側。大司教の予知が初めて崩れた夜、その後のこと。
(……大司教のああいう顔、初めて見られたかな)
大司教ヨハンへの報告を終え、ニィナが自室へと戻っていた。
彼女は今しがた──大司教に予知の崩壊を告げ。久しく感じていなかった確かな達成感と共に自室のベッドへと腰掛ける。
……だが、一方で。
彼女の心が完全に晴れたかと言われると……そんなことはなく。
(……そっ、か。予知って、崩せちゃうんだ。……ボクが何にもしなくても……動かされていただけのボクの力なんかなくても、あの人たちだけで)
……喜ぶべきことであることは間違いない。
でも……それでも。心の何処かで、『自分がなんとかしたい』と思ってしまっていたことも……事実だった。
そうすれば。自分の力で、未来を変えればきっと。
エルメスをはじめとした……ああいう人たちに、今度こそ胸を張って並べるんじゃないかと思っていた……のに。
ニィナは笑う、自嘲気味に。
(……あはは、そうだよね。ボクなんかが頑張っても、たかが知れてるよね……
いくら力を持っても、それで何を成せるかはその人次第。そんなの……よく分かってた、はずなんだけどなぁ……)
ニィナ・フォン・フロダイトがずっと抱いていたもの。
自分には確かな信念が無い。これまで流されるままに生きて来て、何かに心を燃やすことが出来ない。
エルメスのような。そして兄ルキウスのような。何にも負けず弛まず侵されない、誇り高く強い心を持ち得ない。
そんな思い。抱え続けていたものが、現在の落ち込んだコンディションの影響もあってまた彼女の中で浮き出はじめて。
──そこで、くらりと軽い眩暈が彼女を襲った。
(っと。……流石に、そろそろきついかな)
既に疲労も心労も限界に差し掛かっていたところで、今回の連続任務。
いくら人より体力のあるニィナでも厳しかったようだ。
(……寝よう)
そう判断して、ニィナはベッドに体を横たえ……気付く。
(……あ、そっか)
もう一つ、喜ばしいことがあったと。
そうだ、未来が変わったのなら、予知が崩れたのなら。
──もう、エルメスの死を悪夢として見なくて済むのだ。
それなら……今日は久々に、しっかりと眠ることができるかもしれない。
それに──万が一、また彼が死ぬ未来があったとしても。
今まで通り、未来の情報から原因を突き止めて。今までの反省を踏まえた上で、変えられないにしても……できる限りのことは、やろうと思う。
それが、今の自分なんかでもできる、数少ないことだと思うから。
そのような、少しばかり後ろ向きな決意と期待を胸に、ニィナは瞳を閉じ。予知夢が待つ緩やかな微睡の中に、身を任せて行って。
そして。
──何故か分からないがとにかくエルメスが死ぬ、という。
意味が分からない、原因不明で対策不可能な、どうしようもない未来の夢を見て。
砦の一室で、大司教が口の端を歪め。
二日後。決戦が──始まるのだった。
次回、決戦開始です!
これまで以上に盛り上げつつ一気に駆け抜けていく予定です。第三章ファーストエピソードの結末、見守って頂けると嬉しいです!




