19話 先制
……北部連合の兵士からすれば、訳が分からなかっただろう。
恐らくは現在逃げている敵の兵士たちをあと一歩のところまで追い詰めたところで突如現れた謎の少年。しかもその魔法一発で先頭の兵士たちが軒並み戦闘不能に陥った。
到底受け入れられない、混乱して然るべき状況だ。
だが、それでも。彼らの判断は素早かった。
「っ、総員警戒! 相手は一人──恐らくは公爵家クラスの血統魔法使い!」
兵たちの指揮をしていたと思しき人物が即座にそう声をかける。続けて、
「大丈夫だ、仮に公爵家クラスであろうとも単独、この人数差で我々なら押し切れる! 攻撃系の魔法持ちは一斉射撃の用意。向こうの魔法も射撃系だ、十分に距離をとって撃ち合いに持ち込め!」
「ああ、せっかくのここまでの快進撃だ。最後の最後で水を差されてなるものか!」
「我々には星神の加護がある! 恐れるな、撃て、撃てぇ!」
そう口々に鼓舞の言葉を上げ、迅速に兵士たちが準備を始める。
……彼らの判断は、恐らく適切だった。
唐突な不意打ちに対する混乱も最小限に抑え。相手の魔法を看破し、人数差を活かせる火力戦に素早く持ち込んだ。練度も、状況判断も行動への移行速度も見事だ。
ただ、唯一の誤算は。
エルメスが、『公爵家クラス』程度で収まる魔法使いではなかったこと。
故に彼は、襲い来る色とりどりの魔法を冷静に視認し、唱える。
「術式再演──『天魔の四風』
術式複合──『煌の守護聖』」
複合血統魔法。質量を持った炎嵐が顕現する。
エルメスの目の前に現れたそれは、北部連合の兵士たちが放った魔法を前にしても小揺るぎすらせず。
あまりにも絶望的な防壁となって、逆にそれらの魔法を呑み込んで消失した。
「何だと──」
無傷のエルメス。それを見て、兵士の一人の驚愕の声が響く。
一方のエルメスは、それで立て直す隙など与えない。次の魔法を放たれる前に、反撃の血統魔法の準備を完了させる。
「術式再演──『魔弾の射手』
──属性付与:火炎」
炎の魔弾。先ほど放った一撃よりも尚強い、今兵士たちが張っている結界魔法をゆうに貫通して余りある威力。
どころか、爆発によって今度は正面どころではなく前方一帯の兵士たちが残らず戦闘不能に陥るだろう。
それを防ぐ手段は……北部連合の兵士たちは、持ち合わせていない。
これが、全ての実力を十全に発揮できるエルメス。
そして、魔法使い同士の戦いの常だ。
兵の数が、絶対的な兵力差に直結しない。
少数で、或いは今回のように単独で。
全ての戦況をひっくり返しうる駒が、時に存在し──
──そして、それは。向こうにとっても例外ではない。
「おお!? これはまずい」
炎の魔弾が向こうの一団に直撃する、その寸前。
どこか間の抜けた、けれど力強い声が響いたかと思うと。
信じられないことが起こった。
「…………え」
その光景を見て、思わず呆けた声を上げるのは──エルメス。
そんな中、『信じられないこと』が起こった後で。
すたりと無傷の兵士たちの前に着地し、こちらに目線を向けてくるのは……一人の青年。
年齢は、二十代前半ほどだろうか。
癖のある紺色の髪に、黄金の瞳。ざっくりと表現するならば優男と言うべき整った顔立ちをしているが、その表情や眼光には隠しきれぬ才気と精悍さも現れている。
装いは、いかにも戦士然とした活動的な戦闘衣。全体的な体格は華奢だが、それでも鍛え上げられていることが一眼で判別できる。
だが、それら全てを差し置いて。真っ先にエルメスの視線を奪ったものは。
「…………」
──剣、だ。
青年の右手。そこに握られている、無骨でありながら高貴なしつらえも感じさせる大剣。
しかも特筆すべきは、それが『両手剣』であるということだ。
明らかに、両手をフルに用いるべき重量とサイズをした剣。それを片手で軽々と扱っている様子からも、青年の華奢な体に反して尋常ならざる膂力と技量が感じられる。
……同時に、思い返す。今しがたエルメスの目の前で起こった信じ難い光景に。
目では辛うじて追えていた。追えていたからこそ信じられない。
起きたこと自体は単純。まずエルメスから放たれた炎の魔弾、それが成す術なく兵士たちに直撃しようとした直前、件の青年が魔弾の前に躍り出たかと思うと。
彼は腰を落として構えを取り、そして。
斬ったのだ。
魔弾を、物理的な実体を持たないはずの魔法を、大剣で物理的に。
しかも、二十余りあったはずの魔弾を、一つ残らずほぼ同時に。
何故斬れるのか、どうして同時に斬れるのか、そもそもあんな動きがどうやったらできるのか──全て、エルメスの観察眼をもってしても皆目見当がつかない。
だがしかし、眼前で起こったことは紛れもない事実。炎の魔弾は遥か手前で爆発し、一つたりとてその威力を発揮することなく四散した。
そして、
「──おお! ルキウス殿だ!」
「ルキウス殿が来てくれたぞ、これで勝利は間違いない!」
青年の登場に、先まで絶望していた兵士たちが色めき立つ。
そんな中、ルキウス、と呼ばれた青年は口を開いた。
「……なるほど、なるほど!」
その黄金の眼光で、油断なくエルメスを射抜きながら。
「その風体、その立場に、今の恐るべき魔法!
察するに──君が、噂の学園騒動の英雄君か」
「──ッ」
同時にルキウスから放たれる、凄まじい魔力とそして──剣気とでも呼ぶべき身を裂かれるような気合。
それを受け、エルメスも思わず身構える。
……エルメスも確信した。
ここに来る前にユルゲンから聞いた、北部連合に関する内容。
曰く、連合の六家は異様なほど士気が高く──そして、とんでもない化け物が一人いるらしい。
間違いない。今の桁外れの剣技に、兵士たちから受ける信頼。そして凄まじい魔力に加えて隠しきれぬ強者の気配。
彼こそが、件の『とんでもない化け物』とやらだ。
「これは神に感謝すべきかな! 君とは、ぜひ手合わせをしたいと思っていた」
「……それは、どうも」
エルメスにしては珍しく、口数の少ない返答になる。
侮ってのことではない、むしろ最大限の敬意と警戒を払ってのことだ。
何せ、
(この、人。……多分、僕より強い)
かつてラプラスと対峙した時と同等の気配を、感じていたからだ。
底知れない深海のような雰囲気を纏っていたラプラスに対し、ルキウスはただただ純粋に強大な山嶺のような気配。
その二つの違いはあれど──肌で感じる脅威は、いずれも同じ。
……この国に、まだこんな強者がいたのかと。エルメスの肌が粟立つ。
そして、故にこそ。
「──では、早速始めようか」
激突が不可避であることを、両者が悟り。
改めて魔法を起動すべく、同時に息を吸い込むのだった。
新キャラ登場。
区切りの都合で二分割、次話すぐに更新します!




