59話 星の花冠
先程も一話更新してます!
──最初に『それ』を受け取ったのは、カティアだった。
「……何?」
襲いくる魔物を相手に奮戦を続けていた彼女は、ふと気がつく。
……自分の中。内側の魔力に寄り添うように、存在を主張している『何か』がある。
内側にある異物など本来なら不快なのだが──何故か、それに嫌悪は一切抱かず。むしろ心の中から温めてくれるような、優しさに満ちたもの。
それが今、強く光っている。何かを訴えるように、何かを求めるように。
そのメッセージを、彼女は正確に把握して……笑った。
「……そう。そういうこと」
穏やかに、柔らかく慈しむように。
正しく理解した上で、彼女は許可を出す。
「……いいわよ。幸い私は魔法的に余裕がある。好きなだけ持っていきなさい」
そうして彼女は想いを示す。誰よりも優しい大切な友人に、感謝を込めて祈った。
──同じものを、彼も受け取っていた。
「……これは……」
魔物との激戦の間にある、ほんの間隙ほどの休憩。
荒い息を整えている間に、己の内で光る何か。
彼──アルバートもその主張に耳を傾け、悟る。
「……そうか。貴女は、助けを求めているのだな」
いや……少し違う。彼の内心を示すのには少々言葉が異なる。
正しくは──やっと助けを求めてくれたのか、だ。
それを、心から嬉しく思う。
彼女は、これまで自分たちに与えるばかりだった。自らの身を削っての献身にも関わらず、見返りを一切求めなかった。自分たちの方から何かを与えようとしても、断固として拒否して、その上で痛々しく笑っているだけだった。
そんな彼女が、ようやく今。自分たちに助けを、助力を願ってくれた。
──これほどまでに奮い立つことが、あるか。
とは言え。アルバートはカティアとは事情が違う。求められているものはよくわかるが、正直今持っていかれるのはきつい。
……だが。
「知ったことか」
力強く、獰猛に彼は宣言する。
そもそも彼女が欲するものは、今までの見返りとしてはあまりにもささやかすぎる。そんなことは許さない、今の自分にできる限りを捧げよう。
その結果自分が窮地に陥るならば──その時は、自分自身で限界を越えれば済むだけの話。彼女の献身に報いるならば、それくらいをしなければ道理に合わない。
「持っていけ。……それが貴女に必要ならば、好きなように」
そうして、彼も祈った。
見ると、戦っている他のBクラス生も、全員が同様に祈りを捧げていた。
──同様の現象は、校舎内にも。
校舎に避難していた者たち。その中で『とある条件』に合致する生徒全員が、内側で同じ主張を聞いた。
そのうちの一人。
先ほど、サラが拉致される前に彼女の魔法を受けたAクラス生。
己の無力を突きつけられて絶望し、そんな中でもそれを『仕方ない』とサラに許された男子生徒も、同じく己の内側に耳を傾けた。
「……分かっ、た」
迷う必要などこれっぽっちもなかった。
戦うことが、これほど怖いとは思っていなかった。己の意思の薄弱さを心から恥じた。今も魔物の暴威に足が竦んで動けない自分に嫌気が差す。
……けれど。そんな自分を、彼女は許してくれた。
赦しを得たからこそ、恥じることが出来た。次があればこうはなるものかと心を入れ替えることができた。
その彼女が、今困っているのならば。
全て持っていかれても良い。いやむしろそうしてくれ。そうでなければ、そうであっても到底この恩義には報いれない。
そんな想いと共に、彼も心から祈った。
彼だけでなく、彼女に救われた校舎内全ての人間が祈った。
祈りは光となって、ある方向へ飛んでいった。
「……なるほどねー」
校舎内、エルメスたちが通うBクラス。
そこに佇み、戦況を見守るニィナにも、同じ現象が起こっていた。
「違和感というか、不思議な感じはあったんだよね。……でも、そういうことなら納得だ」
自分の内側にあるもの、その正体に彼女は他の人々よりも詳細に気付いていた。
類まれなる魔力感知で認識したそれを──ニィナは、微笑みとともに慈しむ。
「……ふふ、素敵な魔法だね、サラちゃん。羨ましいくらい」
そして彼女も、当然迷う必要もなかった。
彼女は戦えない。今こうしている彼女の動向も全て監視されている以上、明確に向こうへの反逆と取られる行為はできない。
……けれど、これなら。
祈るだけなら、まあバレるわけがない。
「いいよ。持っていって。……戦えない贖罪には到底ならないけど、ボクのありったけを」
そうして、両手を広げて彼女も祈った。
彼女なりに、心からの敬愛と『好き』を込めて。
──最後にそれは特大の光となって、同じ方向に向かっていった。
◆
「……これ、は……」
エルメスは、驚愕の只中にいた。
彼の『原初の碑文』を共有したサラが、己の魔法の本質を叡智の力で見つめ直す。
結果発動した、『星の花冠』の魔銘解放。
その効果が今、エルメスの目の前に展開されていた。
──光。
あまりにも巨大な光が、彼女の光輪の上に現れていた。
それは幾方向からもやってくる新たな光によって、今尚その規模を増している。
光の正体は、魔力。彼女の魔法が媒介して集めた、莫大な魔力だ。
それらから察せられる、彼女の魔法の正体。
自分の内側でも存在を主張する光から、エルメスは正確に分析する。
「……他者の自由意思に応じて、魔力を集積する魔法。
対象は一定範囲内の──過去自分が『星の花冠』を使用した人間全て」
かつてニィナは言っていた。『サラの治癒は、受けた後も魔力が残る感じがする』と。
あれは、きっとこのことだ。
彼女の治癒は、治癒だけではなかった。彼女の魔法を種として残すのだ。普段は心を微かに暖めるだけのもの。けれど──本当に困った時は、どうか助けて欲しいという魔力集積機能を持ったものとして。
特筆すべきは、『強制徴収ではない』ということだ。そうであればこれほど莫大な魔力は集められない。
いや、きっと強制徴収にもできたのだろう。けれど彼女はそうしなかった。己の魔法がそう定義されることを許さなかった。
あくまで、対象の自由意志に任せた。望むものから、望むだけの魔力を受け取れる機能にした。
その結果が、このエルメス何人分かも分からないほどの純粋な魔力の塊。
彼女が繋いだ想いを信じた結果の──紛れもなく、彼女が得たものの大きさ。
一つ一つはささやかでも、寄り集まれば比べられないほど大きなもの。
誰よりも多くの人を癒し、誰よりも多くの人の心を救った彼女の成果。
それがそのまま、この魔力量となって現れている。
……いや、これを前にまだるっこしい言い方は無粋だ。
ここはシンプルに、エルメスはこう定義しようと思う。
彼女の魔法、『星の花冠』の魔銘解放。
その効果は──誰かの祈りを、想いを束ねて力にする魔法。
「……はは」
エルメスは苦笑する。
なるほど。なんとも都合の良い、それこそおとぎ話のような魔法。
誰にだって素晴らしいものはあると信じた、理想郷を夢見た彼女の願いの具現。
だからこそ──とても、綺麗な魔法だ。
「……エルメスさん」
そこで最後に一際大きな光を吸収して、光の膨張が止む。
それを確認したサラ──あまりにも美しい天使の化身となった彼女が、彼に声をかける。
「はい」
「これが……わたしの、魔法」
「ええ。その光の大きさが、そのまま貴女に向けられた想いの大きさです。……素晴らしい魔法ですね」
そう告げられ、サラが頭上の光を確認し──一つ、透明な雫を瞳から流す。
けれど、直ぐにそれを拭って。吸い込まれそうな光を湛えた碧眼をこちらに向けて。
「……これは、あなたに託します」
そうして、告げる。莫大な魔力を譲渡し、己の願いを託す。
「だから、わたしに想いをくださった皆さんが暮らす場所を守るために──」
同時に、彼らの周りを覆っていた黒い壁が破壊されて、黒い魔物が姿を表す。
彼女は慌てることなく、それを指して。
「……あの、今のわたしでは救えなかった方を、打倒してください」
「承知しました」
一切の躊躇なく、彼は答えた。この後に及んでも『救えなかった』ことを気に病む彼女のことを、彼女らしいと思いながら。
「……ようやく見つけた。さぁ、無駄な足掻きはやめて大人しく──!?」
そして、想像以上にエルメスの仕掛けた結界破壊に手間取っていたらしいクライドが、調子良く前口上を述べようとして、固まる。
「──なんだ、それは」
いくら彼でも気付いたのだろう。今エルメスが受け取った光の塊──それが、恐ろしく危険なものだと。自分を、殺しうるものだと。
「なんだそれは。僕は知らない、そんなもの僕は知らないッ! やめろ、それを早くどこかにやれ! そしてさっさと僕に殺されろ!」
「お断りします」
当然聞く義理はなく、エルメスは一歩を踏み出す。
……そうだ。これがあれば、もう彼を倒す方法について悩まなくても良い。不死の脆弱性を突く必要はなく、倒す以外の手段を考える必要もない。
『魔力が足りない』という絶対的な一点故に断念した手段を、敢行できる。
すなわち──再生できなくなるまで殺し続ければ良い。
既に向こうの戦い方は見切った。一度手痛い目に遭ったのだ、油断だってもう欠片も無い。
だから後は、勝つだけだ。
「やめろ、やめろ! なんだ君は、一体何をするつもりだ──!」
怯えを全面に出して後ずさるクライドに、エルメスはあくまで淡々と。
「何を、ですか。意外ですね、分かりませんか。……貴方がいつも、口癖のように言っていたことなのに」
最大の皮肉を込めて、決着の始まりとなる一言を告げたのだった。
「みんなで、力を合わせて、害敵を倒すんですよ」
「エルメス────ッ!!」
逆上の絶叫は、既に置き去りにした。
この姿になったクライドにも痛覚があることは把握している。
……故に、ここから味わうことは彼にとって紛れもない地獄だろう。
そんなことを考えつつも、躊躇する理由はなく。
エルメスは触手を掻い潜って炎剣を生成し、それをクライドに叩き込んだのだった。
次回、ようやくフルボッコタイムです……! お楽しみに!




