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40話 始めは誰もが

 そこから先は、クライドにとっては地獄だっただろう。


「まず、対抗戦前後の言動に問題がありすぎよね。以前はアスター殿下が居たから封殺できていただけの言葉をそのまま、しかも衆目があるところで堂々と続けるのは普通に馬鹿としか言えないわ。今ならいくらでも正式に『問題』にできる。……ああ、もちろん言葉だけではないわよ。あなたが最終手段としてBクラスがやましいことをしていた証拠を強引に捏造しようとしたことも掴んでいるし、物証もちゃんとあるから」


 カティアが今までできないと思われていたこと、クライドが以前の『欠陥令嬢』との評価に引っ張られてできないとたかをくくっていたこと。

 ──しかしその実、彼女が心情的にやろうとしなかっただけのこと。

 それどころか、やろうと思えばクライドの予想よりも遥かに優秀に言質をとり、グレーゾーンの中から明確な問題を見つけ出して洗い出し、恐ろしいまでの調査能力と洞察力で弱みを突き止め、突きつける。


 彼は忘れていた。否、自分にとって不都合故に思い至ることが出来なかった。

 カティアは──『あのユルゲン・フォン・トラーキアの娘』なのだ。


 あの貴族界で尚恐れられている法務大臣の血を引くのならば、むしろこれくらいはできて当然と言わんばかりに。

 隠し持っていた爪を解放したカティアは、そのまま容赦なくクライドの喉笛を引き裂こうとしていた。


「……とまあ、現時点で確定している問題はこの程度ね。限りなく確定に近い情報も含めればまだまだあるし、これだけでも全て大っぴらにすればそちらの実家にも大ダメージだと思うけれど、何か申し開きは?」

「──い、言いがかりも甚だしい!」


 そして、クライドとしても認めるわけにはいかないとは言え、反論も言葉選びもお粗末に過ぎた。


「こ、これは明確なこちらへの敵対行動だ! 良いのか、そちらがそう来るならこちらだって家を挙げて受けて立っても構わないんだぞ!」

「どうぞ、むしろその覚悟も無しにこんなことするわけないじゃない。あなたみたいにそれを恥知らずだと罵るほど恥知らずじゃないもの」

「っ。──知っているんだぞ、君たちトラーキア家は戦力を魔物退治に振っていて、本家の守りは薄いことをな!」


 続けてクライドが苦し紛れに指摘してきたのは、穏やかならざる示唆だった。


「いいのか!? 随分と自分の力に自信があるようだが、この国には君が知らない、魔法使い一人を無力化する手段なんていくらでもあるんだ!」

「へぇ。それは脅しかしら」

「ただの示唆だよ。何か不幸が起きても知らないぞ、君を守ってくれる人はいない、今日だってろくな護衛も連れないで──」

「あはは」


 思わず、と言った調子でカティアは笑った。

 なるほど、本人は否定しているようだがこれは明確な脅しだ。つまりここで引かなければ何かしらに襲われて酷い目に遭うぞ、という。


 ……本当に、随分なお笑い種だ。

 護衛がいない? 確かにクライドの目から見ればそう思えても仕方ないのかもしれない。

 そして、カティア本人が襲われて酷い目に遭う?

 何を言っているのだこの男は。


 それが(・・・)一番ありえない(・・・・・・・)


「どうぞ、やれるものならやってみなさい」


 故に、カティアは平然と一切動じることなく返す。

 ……あと、いい加減『彼』を軽んじられるのは腹が立ってきたので。


「というわけで、エル」

「……ええと、よろしいのでしょうか」


 クライドがこう出ることも予想していた彼女は、予め決めていた合図を自らの従者──エルメスと交換する。

 エルメスは少し戸惑ったような声を返すが、彼女は構わないとばかりに頷いて。


「大丈夫よ。お父様の許可は貰っているし……それに、どうせ認めないもの」

「……なるほど」


 異様に説得力のある理由に、彼も頷きを返して歩き出す。

 それをみたクライドは、心底馬鹿にするような視線をエルメスに向けて。


「はは! エルメス、まさか君が彼女の護衛のつもりかい!? 対抗戦で彼女にいいようにやられていた君が? 対象よりも弱い護衛だなんて随分なお笑い種──!?」


 そして、瞬時に固まった。


 何故なら、刹那の間。本当に瞬きするよりも早く──エルメスの姿が瞬時に消え失せて。

 そして同時に、居間の反対側に居たはずの彼が一切の反応を許さず彼の背後に立ち、手刀を首筋に押し付けていたのだから。


「な……あ」


 あまりにも速すぎる。目で追うどころか意識で追うことすら不可能、時間を盗まれたかのような瞬間移動。

 それこそ、あのニィナすらも上回る。通常の魔力による身体強化では絶対にありえない領域。


 そしてクライドは気付く。……そもそも最初からおかしかったと。

 エルメスが最初に現れた時、彼はイルミナがサラに手を上げるのを止めた。だがまずそれだって、いつ現れた(・・・・・)のだ?


「クライド。別に信じなくてもいいけれど、事実だけ言っておくわね」


 否応なしに見せつけた根拠をもって、カティアは淡々と結論を口にする。


「──エルは、私より強いわよ」

「馬鹿、な」

「これもあなたの癖とは言え、疑問よね。……どうして、『魔法を隠しているのが自分だけだ』と思い込めるのかしら」


 エルメスは現在、とある血統魔法を再現している。

 それは、『無貌の御使(ルナド・サラカ)』。純粋な身体強化を目的とした魔法で、その性能は血統魔法なだけあって随一だ。生半な魔法使い相手では今のように反応すら許さないほどに。


 人前での血統魔法再現は禁じられていたが、今回は効果が比較的見えにくい魔法であること、そしてカティアが述べた通り──見たところで信じない、認めない人間しかいないことから例外的に許可された。

 信じられない、認められない……けれど事実は事実として突きつける。

 すなわち──カティア(・・・・)本人を(・・・)直接狙うのが(・・・・・・)一番無謀だ(・・・・・)と。


「ふっ、ふざけるな、こんなことをさせるなんて君は──」

「……言葉は、選んだ方がよろしいかと」


 案の定喚き出したクライドに、エルメスは冷たい声で心持ち手の力を強める。


「僕はカティア様ほど、カティア様への侮辱に寛容ではいられませんので」

「!」


 背後から否応無しにぶつけられる殺気に、今度こそクライドの背筋が凍る。


「……エル、やりすぎよ。でもこれで分かったでしょう」


 そして、エルメスが予想以上に怒っている──怒ってくれている事実を見てカティアが若干気を緩めかけるが、流石に今そんな場合ではないと気を取り直してクライドに向き直る。


「あなたを追い詰める手段はいくらでもある。報復として私本人を狙うのならばご自由に、むしろその事実すら利用してあげるわ。……まあつまり結論を言うと──覚悟なさい」


 全力で潰す、との宣言通りに持てる全てを使ってクライドを追い込み、睥睨するカティア。

 身も凍りそうな視線を受けたクライドは遂に──何の言葉も手段も、発することが叶わなくなり。


「──ッ!」


 エルメスの手を振り払うと、一目散に駆け出して居間を出て行った。

 それ以外取る手段が無かったとは言え、彼にとっては屈辱極まりない逃亡だろう。


「追いますか?」

「いいわ。この場でできることはもうないし──いずれにせよもう、彼は終わりだもの」


 半ば答えは分かっていたのでエルメスもそれ以上追求はしない。

 それに、とカティアが呟き、今度は別の人物に視線を向ける。


「言うべきことがある人は、まだいるもの」


 目線を向けられた女性──イルミナは、例によって一瞬怯んだ態度を見せるが。

 それでもこういった人物の例に漏れず、直後に憎悪すら宿した表情でカティアを睨み、叫んでくるのだ。


「──あなた、何様のつもりよッ!」

「……」

「そもそもおかしいじゃない、ハルトマン家(うち)がトラーキア家の傘下に入ったですって!? 私はそんなこと一言も聞いてない、そんな話無効よッ!」

「あら、愉快なことを仰るのね。たかが(・・・)男爵夫人(・・・・)がどうして家の進退に関して決める権利を持っているのかしら。それは当主の仕事でしょう」


 この物言いだけで、今までイルミナがハルトマン家でどれほどの横暴を成してきたのかが透けて見える。

 そして『たかが男爵夫人』というイルミナにとって一番嫌がる言葉を敢えて突かれ、狙い通り彼女の眦が釣り上がった。


「~~ッ、何なのよ貴女は! 欠陥令嬢の分際で、私のサラに婚約者を奪われた程度の女の癖にッ!」

「エル、ステイ。……その一言だけであなたの首を刎ねるに十分な理由になるのだけれど、続きを聞きましょうか」


 あまりの暴言に問答無用でイルミナを黙らせようとしたエルメスを止めつつ、カティアは続きを促す。

 そしてイルミナは、もはやカティアの言葉など聞いてもいない。


「そんな貴女が、何を上から目線で引っ掻き回しているのよ! たかが良い家に生まれただけでこちらの事情に首を突っ込んで! どれだけ身勝手になれば気が済むの!?」


 ……自らを顧みるという言葉はおそらく彼女の辞書の中にはないのだろう。

 そこについて指摘するのはさておき、カティアはイルミナの糾弾に対して──素直に頷く。


「そうね、この行動は私の身勝手よ」

「な──」

「私は、私の都合でそちらの事情に手を突っ込んで、私の個人的な目的のためにサラを連れ出すわ。

 ……ああ、でも本人の意思を聞かないのは違うわよね。……というわけで、サラ」


 そう告げると、カティアはこれまで話を見ることしかできなかったサラに主導権を渡す。

 ──これはあなたの話なのだから、とメッセージを込めて。


「あなたはどうしたい? 母親の意見に今まで通り従うのか、私のところに来るのか。

 ……私はもちろん後者を選んで欲しいけれど、あなたの意見も尊重するわ。もしあなたが今まで通りを選んでも、トラーキア家がハルトマン家を守る話は反故にしないと約束もする。だから、あなたの想いで」

「サラ! ねぇ、貴女は私が育てた、貴女は全部私が作り上げてあげたものよ! もちろん貴女は、そんな人間を見捨てるような恩知らずじゃないわよねぇ!?」


 突如として突きつけられた、二人の女性からの選択。

 血の繋がった母親と、大切な友人。本来ならばどうしようもない、軽々に選べるはずのない二者択一。


 ……でも。

 彼女はもう、きっとずっと昔に──進みたいと決めたのだ。


 だから、サラはまず母親の方を向いて、頭を下げる。


「……ごめんなさい、お母様」

「──」


 呆然とするイルミナ。カティアはここにきて初めて、安堵とともに可憐な微笑みを浮かべる。

 それを見てようやく現状を把握したイルミナは、


「ッ!! この、裏切り者──」


 激情のままに歩み寄り、手を振り上げるが──当然、それを止めるのはエルメスの役目だ。

 とん、と一歩前に踏み出す。それだけで先程の彼の実力を見せつけられたイルミナは怯えて足を止め、同時に憎悪の矛先をこちらに向けてくる。


 ……いくらでも恨めば良いと思う。そもそも自分は興味のない人間に悪感情を向けられようと一切気に留めない。

 それでサラに矛先が向かずに負担が減るのならば、存分に簒奪者に、悪役になろう。これはきっと、カティアも同じ考えのはずだ。


 サラがイルミナの方に向き直り、もう一度申し訳なさそうに頭を下げる。けれどその後はもう振り返ることなく、主従に促されてその場を後にする。

 遂に一人を除いて誰もいなくなった居間からは、イルミナの聞くに耐えない喚き声だけがいつまでも響いていた。




 ◆




「……疲れたわ」


 歩き続け、遂にハルトマン家の屋敷を出て。

 そこでようやく、カティアが肩の力を抜いてこちらに体を預けてくる。

 それを支えつつ、エルメスは労いの言葉をかける。


「……お見事でした。流石に僕でも分かります──あの二人はもう、どうしようもない状況になった」

「ええ、クライドは勿論、ハルトマン家がうちの庇護下に入ったことでイルミナの横暴も遠くないうちに暴かれるでしょう。慣れない事をした甲斐はあったわ」


 それだけを言うと、カティアはエルメスから体を離す。そしてまだ言うことが残っていると、俯いているサラの方に向き直って。


「サラ、男爵家当主──お父上からの伝言よ。『妻と争う勇気がなく、今まで何もしてやれずに済まなかった。……変わろうとしているのならば、それに従いなさい。後のことはこちらに任せて』だそうよ」

「!」


 その言葉を聞いて、サラは肩を震わせ──ぽたりと、俯いた顔から雫を落とすと。


「……ごめんなさい……」


 まずは、弱々しい声で謝罪を告げてきた。


「……何も、出来ませんでした。……貴女たちのようになりたいと思って、わたしなりに勇気を出して、頑張ったんです……でも、何も通じなかった。結局、何も変えることができなくて……」

「あれは相手が悪いでしょう」

「……それでも、です。……ひどいわがままですが……わたしは、あの二人のことも何とかしたいと思って……今も思っているんです。お母様も、クライドさんも、ああなるに至った経緯を知っています。知った以上は、何かをしたいと……思って、しまうんです」

「……サラ」

「……」


 ……アスターやクライドが、彼女を評価する台詞の中で。

 多くは見当違いも甚だしいが……一つだけ、間違いのない言葉がある。


 彼女は──あまりにも(・・・・・)優しすぎる(・・・・・)


 それを、否定はしない。

 彼女のそんな気質があったからこそエルメスは今ここにいる。きっとそれで救われてきたBクラスの人間も多くいるだろう。故に、否定などできようはずもない。


「……お二人は、すごいです。確かな自分と目標を持って、そのためにちゃんと──『捨てる』ことができる。わたしはまだ、そう在れない。中途半端なままで、今日だって結局言葉だけで……」

「──そりゃそうでしょう。あなたはまだ歩き始めたばかりだもの」


 サラのネガティブな言葉を、カティアはきっぱりと……けれど優しい断言で切って捨てる。


「私は幸運にもエルのおかげで、あなたよりも少しだけ早く前を向くことができたわ。……そして当然、決心した当初は酷いものだったもの。エルはどうか知らないけれど、私も最初はそんなものだった」

「僕だってそうですよ。……多分師匠に聞けばその手のエピソードは嫌と言うほど飛び出してくるかと」


 ローズなら嬉々として語るだろう。流石にその場に居合わせたくはないなぁと遠い目をしつつ、エルメスはサラを真っ直ぐに見やる。


「初めて会ったときに言ったでしょう。──想いの力は、貴女が思っているよりもずっと強い。そして貴女は今日、それを見せた」

「ええ、まずはそれを誇りなさい。……それを形にするのに足りない分は、私たちがどうにかするわ」


 主従の迷いない励ましの言葉。それこそが、彼女の優しさの報酬と言わんばかりに。

 そしてサラは、しばし目を瞬かせてから、そこでようやく実感が追いついた様子で。


「……はい」


 申し訳なさそうに、恐縮そうに、けれど──それを上回る嬉しさを滲ませて微笑むのだった。



 ……彼女がこの先、自分の想いと現実にどう向き合っていくのかは分からない。

 でもきっと……それを考えるべきは、今ではない。後は時間をかけて、彼女が答えを見つけるべき問題だ。


 それを分かっているのだろう。カティアが話を切り替えるような声で告げる。


「にしても、本当に疲れたわね。今日は私にしては珍しくエルよりも頑張ったし、活躍したと思うわ。……ねぇ、エル?」


 少しだけ気恥ずかしげに、けれど物欲しげに。サラの腕を取りつつ、カティアが視線を向けてくる。

 ……いい加減再会後の彼女との付き合いも長い。言わんとするところをエルメスも正確に理解する。


「何がお望みで?」

「当初の予定に戻りましょう、買い物とご飯に付き合って。甘いものも食べたいわ。……今日だけは特例として、サラも私と同じように扱うことを許すわ」

「えっ」

「了解しました、お嬢様がた(・・)


 そして、そんな中でも友人への気遣いだって忘れないのが彼女だ。むしろサラを元気付ける方が主目的だろう。

 それを理解しつつ、エルメスは頷いて護衛から従者へと振る舞いを変える。

 加えて、彼の目からとあることを察したカティアがサラに告げる。


「……覚悟なさい、サラ」

「え」

「エルはね……多分師匠とのあれこれが原因だろうけどこういう時、甘やかすのが(・・・・・・)異様に(・・・)上手い(・・・)から。……本当に、覚悟した方が良いわ」

「えっあの……ええ!?」


 何故か恐ろしく不穏な響きの言葉に、サラが頬を染めつつも戸惑いの声をあげて、そんな少女二人にエルメスは遠慮なくエスコートを開始し。

 一先ずは、平和な休日のひとときへと戻っていくのだった。

長くなって申し訳ない……! これにて一区切りです!

そしていよいよ次回から、二章後半メインイベントに入っていきます。お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 大のお気に入り小説です。 次章も楽しみです。
[良い点]  ある意味、魔法戦闘よりも盛り上がる舌戦。 [一言]  サラがクライドや母を救いたいと思うのは良いし、 それは彼女の美点ではあるが、大切な友人が侮辱されて いたらちゃんと怒って欲しい。 …
[良い点] マジでおもろい [気になる点] ない!さいこう! [一言] 続きまだですか!?
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