31話 呼び出し
学園祭が終了し、休日を挟んだ翌週。
あの対抗戦は多くの生徒と観客に衝撃を残したものの、それで時の流れまで止まるわけではない。
衝撃の余韻を保ったまま学園祭の残りスケジュールはつつがなく終了し、学園にも普段の日常が戻ってきた。
エルメスも今までの激動の日々、その集大成が一先ずは成功に終わり。
その忙しさを取り戻すかのように、穏やかな日常を取り戻した──のは良いのだが。
「…………」
流石に、それだけでは解決しない問題と言うべきかか後始末と言うべきか。その類のものがいくつか残っている。
差し当たってその際たるものである少女が現在──エルメスの隣に座ってぷくりと頬を膨らませているのである。
「あの、カティア様」
「……何かしら」
「……お茶、おかわりをお注ぎ致しましょうか?」
「…………お願いするわ」
現在は、学園祭後週明け初日の昼休み。中庭にて昼食の卓を囲んでいる状態だ。
結局あのクライドに絡まれた一件以降、昼食を一緒に取ることができていなかったので満を持して、という形にはなるのだが、問題が一つ。
(……動き辛い)
エルメスがそう心中で呟く原因は、隣に座る彼の主人、カティアである。
まず、近い。お互いの体温を交換できる、ほとんど密着していると言っても良いくらいに椅子を近づけてきている。
けれど、肌を触れ合わせることはなく。されど片手でしっかりとエルメスの裾を摘んでいる。あたかも『離れないで』と無言のメッセージを飛ばすかのように。
それでいて、表情は恥ずかしそうに紅潮しつつも軽く眉根はよって頬がしぼむ事もない。
学園祭が終わった直後から、彼女はずっとこの調子だ。
『たくさん構ってもらう』との宣言通りにずっと彼の傍にいる、どころか普段以上に色々と物理的な距離を近づけてきている。
それ自体はまあ良いとしても、加えてどこか不機嫌そうな調子も崩すことはなく、でも絶対に離れようとはしないのだから……エルメスとしても対応に困るのである。
とりあえず差し当たっては、裾を離してくれないので結構紅茶のポットが持ち辛い。
一応週明け授業後の休み時間、ニィナにその辺りのことを相談してみたところ、
「……あー、多分本当に怒ってるわけじゃないと思うよ。なんて言うかな……ほんとはすっごく構って欲しいんだけど、学園祭であれだけ大々的に怒っちゃった以上、構われてすぐに機嫌直しちゃうのもなんかこう……違うって言うか、ちょろく見られちゃうかもって感じかな」
「…………ええと、はい」
「うん、頑張って理解しようとしたけど無理だったのはよく伝わったよ」
恐らくはかなり正鵠を射た発言だったのだろうが、エルメスの反応で大凡察したらしくニィナが苦笑とともに頷く。
「まあつまりぶっちゃけると、怒っているっぽいのはフリだけで本心は普通に嬉しいはずだから。その証拠に理不尽や無理難題を言ってきたりとかはしてきてないんでしょ?」
「それは、はい」
「なら大丈夫。ちゃんと言われた通りたくさん構ってあげればすぐに機嫌は戻るよ。気難しい子猫ちゃんの相手をしていると思ってね……っていうかさ」
カティアに聞かれると色々とまずそうな例えをした後、ニィナはそれこそ猫のように目を細めてこう提案してきたのだった。
「その不機嫌甘えモードのカティア様、絶対可愛いよね。すごく見たいから、今日のお昼ご飯もご一緒していい?」
そして宣言通り、現在。
「やー、仲良しだねぇ」
「……ええ」
ニィナと、あと恐らく彼女が誘ったのだろうサラが同じ卓を囲んでいる。
カティアの態度に加えて、この二人が一方は愉快そうに、もう一方は微笑ましそうにこちらを見ているのでエルメスとしてはなんともいたたまれない。
……まあでも、自分にも落ち度はあった。
Bクラスでの出来事が色々と濃すぎたのもあったとは思うがそれでも、方々から言われた通り彼女を蔑ろにしすぎた。
今のエルメスはここの生徒ではあるが──やはり、彼女の従者でもあるのだから。
故に、これがその罰だと言うものならばむしろ軽いものだ。甘んじて受け入れよう。
今週末は彼女の買い物にも同行する約束も交わしている。荷物持ちでもなんでもしようと思うエルメスであった。
それに、ニィナの言う通り本当に不機嫌というわけでもないのだろう。
今日ニィナとサラの参加を許可したのもそうだ。……対抗戦で派手に敵対した者同士、多少のしこりはあるかとも思っていたがそんな様子もなさそうなので、彼としても安心だ。
そう思っていると、丁度ニィナが声を上げる。
「落ち着いたようだし、とりあえず改めて。──対抗戦、お疲れ様! いい試合だったね」
「はいっ」
「そうね」
彼女の声に、サラは心持ち力強く頷き、カティアも素直に同意の声を上げる。
「楽しかったねぇ。Bクラスは勝てたし、ボクも久々に思いっきり剣を振るえたし。……それに」
そして、一旦言葉を区切ると彼女は少し悪戯げな視線をカティアに向ける。
「──カティア様の、知らない一面も見れたしね?」
「……その話はやめなさい」
カティアが、少しばかり気まずそうに視線を逸らす。
「いやーカティア様、意外と独占欲強めだったんだね。ボクもあれはいい意味でぞくっとしたなぁ。もー、前期はそんな様子一切無かったのに、こんな可愛い人だったんならもっと早く言ってよー」
「やめなさいって言ってるでしょ……っ」
「に、ニィナさん、カティア様はからかわれるのに慣れていらっしゃらないので……!」
「サラちゃん、それもフォローとしては微妙だと思う」
今まで以上に頬を紅潮させて突っかかるカティア。
彼女自身、あの時は色々とおかしかったと思っているのだろう。この不機嫌モードであってもその件だけは真っ先にエルメスにも謝ってきたくらいなのだから。
……とは言え、それも元を正せば自分にも原因があるようなので。気を付けようと改めて決意する。
その後は食事を楽しみつつ、対抗戦の内容を含んだ雑談にしばし興じる。
「……カティア様、本当にすごい魔法使いになられたんですね……直接対峙して改めて分かりました……」
「ありがとう。エルのおかげだけれどね」
「光栄です。……でも正直言って、僕としても想像以上でした。まさか敵に回すとあそこまで厄介とは」
「ねー。壁にも盾にも使えるくらい硬くて攻撃能力もある兵士を無限に召喚するってもうそれ、実質一人で要塞みたいなものじゃん」
言い得て妙である。
他のBクラス生の健闘を蔑ろにする気はないが──それでも最後はもう、Bクラス対AクラスではなくBクラス対カティアのようなものだった。それでも辛勝が精一杯だったのだから途轍も無い。
「実際、周りの人からの評価もそんな感じだしね」
ニィナが周囲を──この場を遠巻きに見ている生徒たちを見回してそう告げる。
今までも、見目麗しい少女たちの昼食会ということで注目を集めていたこの場だったが……今ではそれに加えて、敬意と畏怖が多分に混ざった視線がより増えたように思う。
その視線を向けられる先として最も多いのは、やはりカティア。
Aクラス自体は負けたものの、あの最後の一戦。実質八対一になった状況からあわよくば勝ちかねないほどの奮戦を見せた彼女を馬鹿にする者はほとんど居ない。
……相対的にそれ以外の見せ場が一切なく、落ちこぼれと呼ばれているBクラスに敗北した他のAクラスの面々に対する評価は悲惨なことになっているらしいが……正直知ったことではない。
そして、次にそういった視線を向けられる対象は──サラだ。
Bクラス生の個々の奮戦も凄まじいものだったが、やはり観客の視線は分かりやすい活躍をした者に向く。
その点、戦場の最前線で傷ついたBクラス生を癒し続け、時折加えられるAクラス生の猛攻からクリスタルを守り切った彼女も、その容姿や『二重適性』の話題も相まって高い評価を受けている。
聖女様、との呼び声も今回の件を通じてさらに広まったことだろう。
そして逆に言えば……あれほどの激戦で、表立って評価されたのはこの二人だけ。ということは。
「……ちょっと落ち着かないですね……あと、少し……納得がいかない、です」
「奇遇ねサラ。私はすごく納得がいかないわ」
その不安をサラが控えめに述べ、カティアがそれに乗っかるように感情を溜め──すぐに爆発させる。
「なんでエルが──エルとニィナが全っ然評価されてないのよっ!」
「カティア様、ギリギリだったけどボクのことも忘れないでくれてありがとう。……まあでも、仕方ないよ」
「ですね」
無論、Bクラス全体が崩れないように的確なサポートを挟んだニィナ、そしてカティアを抑え込んだエルメスの働きも非常に大きかった。当人ではあるが、その点に自信は持てる。
だが──この国は魔法国家。魔法ではない技術は、どうしても評価されない傾向にある。
「それに、ボクは最初を除けばなんだかんだ誰も倒してないし。エル君の方も──見る目の無い人からしたらただカティア様にぼこぼこにされているようにしか見えなかっただろうしね」
「でしょうね。それで問題なのは……その、見る目の無い人があまりにも多すぎるってことよ……っ」
カティアの言葉は、他でもないエルメスに向けられる視線が証明していた。
彼女らを尊敬と憧れの視線で見ている周囲の生徒たちが──エルメスには翻って敵意に満ちた目を向ける。……まあ多分、他の原因による敵意も入っているのだろうが。
でも、構わないと思う。
そう言った視線を向ける人間は無視する──のとは少し違う。彼らにも何か、『敵意を向けるだけの理由』が当然存在するのだ。
それがくだらないものか、深いものかは分からないが……少なくとも分かるまでは、特段受け入れも切り捨てもしない。
そんな、今までとは少しだけベクトルの違う無関心。ここに来て、彼が得たものの一つだ。
……あとはまあ単純に、ここまでが激動すぎたので。
流石の彼も少しはこの、穏やかな時間を楽しみたい──と、思ったのだが。
(……まあ、そうは行かないよね)
奇しくも以前と同じように、昼食会に現れた人間によって。
また次の……愉快なことが起こる前触れを、エルメスは感じ取った。
不幸中の幸いは以前のクライドと違って、現れた人間自体は敵意を持たない、むしろどちらかと言えば好意的な生徒だったことだろう。
「……昼食中失礼する。よろしいだろうか」
「──アルバートさん。どうしたのですか?」
礼儀に則って、邪魔をしない距離で声をかけた男子生徒──アルバート。
サラがそれに気づき、声をかける。一礼と共に近づいてきた彼は、こんなことを述べてきた。
「用があるのは……というより用を言いつけられたのはエルメスに対してだ」
「僕ですか? なんでしょう」
首を傾げるエルメスに、アルバートは少しばかり言いにくそうに黙り込むが、やがて意を決して口を開く。
「……先ほど、教員の一人に呼び止められてな。
エルメス。お前を──至急教官室に連れてこい、とのことだ」
「──」
この学園における、教員からの、呼び出し。
目を据わらせるエルメスに、アルバートは察して頷くとこう告げるのだった。
「お前のことだ、大凡予想はついていると思うが──まず、ろくな用事では無いだろう。……気をつけろ」
友人からの素直な忠告に、感謝の意を示しつつ。
エルメスが次に立ち向かうべき問題が、幕を明けたのだった。
お待たせしました。次のボコり対象が決定しつつ、二章後半開幕です!
前半以上に盛り上げていくつもりです、是非楽しんで頂けると!




