幻想的体験【2】
お気付きの方もいるかも知れませんが、今回の【私】と名乗る人物は作者である陰猫(改)でも類似した登場人物でもありません。
寧ろ、東方projectを名前しか知らない人物として描かれてます。
なので、【私】の考察などが陰猫(改)の知識や東方projectを知る方の基準とは異なります。
その点も御注意をお願い致します。
館に入ると私はエントランスでまず、息を飲み込む事となる。
外の古めかしい洋館の印象を払拭するかのように内部は新築同然に真新しく感じる程であったのもあるが、それよりも目を引いたのは静かにエントランス中央で佇む銀髪のこれまた美人のメイドの存在である。
美少女や美女はこの世界では普通なのだろう。
そして、今までに出会ってきた人外である少女達や私を館に案内する中華服の美女もそうだが、その美は人間にはない美と云うモノであり、それが彼女達をより魅惑の存在めいたモノにしていた。
故にその姿は可憐な中に人ならざる高嶺の花に感じるのだ。
しかし、この銀髪の美女からは人間特有の芸術的な美を感じる。
その無表情な中に何故、そんなモノを感じたのかは解らないが、少なくとも目の前のメイドは人間、或いは人間に近い何かなのかも知れない。
それだけでこの美女から親近感を感じ、その人間味のある美に引き込まれた。
「お客様をお連れ致しました」
「ええ。ご苦労様」
銀髪のメイドは艶めいた笑みを浮かべると私を先導していた中華服の美女が此方へと振り返る。
「あとは咲夜さ・・・いえ、このメイド長について行って下さい。
ああ。ご安心下さい。貴方は御客人ですから下手な事さえしなければ、無事に帰る事が出来ますよ」
不思議な事に中華服の美女の中には此方を安心させるモノがあった。
例えるのなら、慈愛に満ちた聖母のような安心感であろうか?
人ならざる彼女から、それが感じられたのは錯覚であろうか?
そう思っていたが、それが錯覚ではないと悟ったのは彼女がいなくなり、笑みを浮かべて佇む銀髪美女であるこのメイドと二人っきりになった瞬間であった。
中華服の美女がいなくなると途端に背筋が冷たくなる。
急激に寒気を感じたのはこの銀髪美女からである。殺気とは若干、違う。まるでこれから解体される豚でも見るかのようなそんな冷たい眼差しである。それが此方を見ているメイドからであると理解するのに然したる時間は掛からなかった。
その恐ろしく冷たい視線があまりにも鋭利なナイフが如く、突き刺さったがため、この場から去って行った中華服の美女を見送った私はこのメイドと目を合わせるどころか、中華服の美女の去った方角から顔を戻して向き直る事も出来ない。
ああ。私は何を勘違いしていたのだろう?
この人ならざる主の館に普通の人間がいる訳があるであろうか?
仮にこの館に人間がいるとしても果たして、それは人間と呼べる程の正気を保った存在なのであろうか?
メイドが私に近付く足音がエントランス中に響き渡る。
私にとって、それはさながら死神が鎌を手に近付く足音に聞こえた。冷や汗が頬を伝い、拭い去れない不安と恐怖に私は気が狂いそうになる。
「如何されましたか?」
澄みきったーーしかし、あまりにも冷たい声でメイドが問う。
それに対して返事が出来ない。何か返さなくては殺される。
そんな思いを抱きつつも、私の身体は震えに震え、その口からは今にも悲鳴が洩れそうになる。
まるでそんなギリギリの精神の中でチリンと鈴が鳴った音を聞いた気がした。
次の瞬間、不意にメイドの気配が消える。
恐る恐る振り返れば、メイドは忽然と姿が最初からなかったかのように本当に消えていた。
助かったのであろうか?・・・全くと言って良い程、生きた心地がしない。
いや、ここが人ならざる主の館ならば、本当に生け贄などにもされかねないだろう。
冷静になれば、なる程、悪い未来しか頭に過って来ない。
体力は限界だが、一刻も早く、こんな館から出て行かなくては命が幾つあっても足りない。
私は外へ続く扉に近付こうとした。
しかし、一向に扉に近付けない。
再び、コツン、コツンと館の中を歩く音が響き渡る。
無論、それは私のモノではない。悪い予感がする。
早く、この場を後にしなくては・・・。
だが、私の思いとは裏腹に何故かどんなに歩いても外へと続く扉に近付けない。寧ろ、それどころか遠ざかって行くかのようにさえ感じる程である。
「お客様」
あまりにも異常過ぎる事態に駆け出そうとした私はその声に動きを止めた。
先程までまだ遠くに聞こえていた筈の足音が止み、気が付けば、またメイドの気配が背後にある。
しかし、先程と違い、家畜を殺さんと見ていた冷たい視線を感じないが、まだ振り返るのは怖い。
「先程は失礼致しました。此方の不祥事で少々、気が立っていましたので。もう解決致しましたので御安心下さい」
その言葉に改めて彼女に振り返ると無表情なのはそのままだが、確かに此方を見る視線が落ち着いている。
正確に言えば、美人メイドは視線を落とし、此方を見ていない。
何があったのかまでは解らないが、私は何がどう解決したのかや彼女が急に態度を変えた理由を聞く事はしなかった。
より具体的に言うならば、それすら出来なかったと言うべきであろうか。
私に少しでも勇気があれば、その内容も聞いただろうが、いまは正気を保つ事だけで精一杯である。
故に私はただ、黙って、この人でありながら人間味を感じない彼女に案内されるままについて行くのであった。
そして、まず、案内されたのは食堂であった。
ファンタジーなどの王族を描く時にどれだけ長いのか解らない机が描かれる時があるが、この館の食堂にあったそれもまさにそんな長い机であった。
そこで私は独特のスパイスの効いた香りを嗅ぐ。
この香りはカレーであろうか?
私がメイドに誘われるままに席に座ると予想通り、カレーライスが出てきた。
だが、この臭いはただのカレーの臭いではない。
このカレーライスは特別だと、すぐに直感した。
そして、その予想はそのカレーライスを一口くちにして、すぐに察した。
カレーライスが頬が落ちる程、特段美味いとかではない。
このカレーライスは田舎の祖母が作ってくれた一晩熟成させたあのカレーライスの味であったのだ。
この味をまさか、再び口にするとは夢にも思わなかった。
疲れからか空腹からか、それとも懐かしさからか私は取り憑かれたかのようにカレーライスを堪能した。
美味いだけでなく、懐かしい。あまりの懐かしさに涙が出そうになる。
何故、この味が再現出来るのかなどを考える事も忘れ、私は無心でカレーライスがなくなるまで食べ続けた。
「お口にあったようで私も嬉しいわ」
カレーライスを食している最中にそんな呟きを聞いた気がして私は顔を上げる。
すると白い肌に此方を魅了するような深紅の瞳の少女が私の向かいに座っていた。
ナイトキャップにも似た独特の帽子にフリルのついた白い服はこの場にいるだけで違和感さえ覚えるだろう。
だが、それが感じられないどころか、この館の一部となって人ならざる美を放っていた。
その瞳は此方を品定めするかの如く、上から下まで舐めるように見てくる。
満腹に近く、場にやや慣れてきたのか、少女に「君は?」と問い掛けると少女は薄い紫の前髪を弄りながら、うっすらと微笑む。
「食事中に喋るのはマナーとしては評価されないわよ。
でも、貴方は私が運命で見た客人ですもの。多少の無礼には目を瞑りましょう。
ああ。だけど、当主である私への言葉は慎重に選びなさい。
さもなくば、生きて此処から帰れぬものと心得なさい。
でなければ、私の配下が貴方になにをするか解らないわよ。そう。いまのようにね?」
その言葉が言い終わらぬ内に私はカレーライスを飲み込む喉にナイフが触れるか触れないかギリギリのところで止まっている事に気付く。
懐かしき味に感動して気が緩んでしまったが、ここは人ならざる者の館である。
気を許す事は死を意味するのだ。
そう。私の喉にナイフの刃を突き付ける今のメイドのように。
「咲夜。お客様が怖がってしまうわ」
「申し訳ありません、お嬢様」
二人のやり取りを聞きながら、恐怖と云う感覚が麻痺し、再び目を出した危機的な状況の中で私は彼女達について考える。
先程、この少女は自身が当主ーーつまりはこの館を統べる主と言わなかっただろうか?
この少女が嘘偽りなく、真の当主であるならば、このメイドーー咲夜と呼ばれていただろうか?ーーの行動にも納得がいく。
このメイドは人間だが、この館の主を崇拝しているのだろうと推理するのは造作もない。
シャーロック・ホームズでなくともそれ位の事は人でありながら人ならざる主の館に彼女が住んでいるのだから簡単に導き出せる。
ならば、その主に不遜な態度を取った私の首にナイフを突き付けるのも納得出来る話である。
咲夜と呼ばれるメイドは私からナイフを遠ざけると再び元の位置に戻った。
その瞬間、私は見た。
咲夜と云うメイドが私から距離を取った刹那に本来ある場所から瞬間移動した現場を。
手品かなにかなのだろうか?
あまりにも突然の事なので私は腕で自分の目を拭い、彼女を二度見する。
種も仕掛けも解らないが、人ならざる少女が主の館である。
人外ならざる力を手にしていたとしても不思議はない。
或いはその力あっての主従関係なのかも知れない。
あくまでも私の勝手な憶測なので本当のところは解らないが、少女が咲夜と呼ばれるメイドに慕われている事は理解出来る。それも並々ならぬ程の忠誠心であると云う事に。
「お食事中にうちの従者が粗相をしたわね。
さあ、改めて食事を再開して頂戴」
当主を名乗る少女の言葉とは裏腹に私は食事中に危機的な状況に陥って最早、食事どころではない。
だが、ここで彼女の誘いを断れば、また咲夜と呼ばれるメイドになにをされるか分かったものではない。
故に私は白い受け皿に残ったカレーライスを無理矢理、腹の中に詰め込む。
最早、懐かしさを楽しむ余裕はない。いまはこの主の機嫌を取る事にのみ集中する。