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幻想的体験【1】

 いまの世は科学に盲信し過ぎている。

 科学こそが真実を映し、非科学的な存在は徐々に姿を消して行く。

 それと同時に過去の伝承や物語なども耳にしなくなってしまった。口伝の物語などは特にそうである。

 その代わりに都市伝説などがインターネット上で人から人へと伝わり出した。

 ドローンなどで未知の領域が次々に解明され、改めて私は科学世紀になれば、全てが科学で暴かれて退屈な世界となるだろうと予言された時に成る程と思ってしまう。


 科学崇拝ともいうべきか、理論的に真実を解釈した未来があるとしたのなら、未知の存在に触れる畏怖の念などは恐らく、存在すらしないだろう。

 全ては科学で証明されてしまうであるのだから。


 だからこそ、私のこの体験は非科学的で神秘的だからこそ、貴重なのだろうと思う。

 私が東方projectで描かれる幻想郷と呼ばれる場所へと足を踏み入れた出来事は近年、我々が忘れかけている未知への畏怖があるとても特殊な体験だったのだ。

 無論、こんな話をしても科学を崇拝する人は私を鼻で笑うだろう。

 それはつまり、世界が科学世紀へと足を踏み入れたという事に他ならない。

 この話を聞いて、もしも同じく幻想郷へと足を踏み入れる人間がいるとすれば、どうか忘れないで欲しい。

 真実とは常に目に見えるとは限らないという事に。

 ましてや、神や妖怪などと呼ばれた存在が住まう場所は我々の予想すらしない事が起こるという事に。

 人間が知識として発展させた科学ですらも全てを解明出来ない事があり、また知ってはならないルールがあるという事に。

 こうして幻想郷で体験した事を書く事が出来るのはある意味、運が良かっただけであろう。

 そうでなければ、こうして五体満足であの美しくもおぞましい世界で生還など叶わなかった筈である。

 幻想郷は確かに存在する。それが私の体験で得た確信であるが、ネットなどにあるような理想郷とは程遠い。

 それも当然である。あの世界は確かにそれ相応の魅力のある世界であったが、人間が好き勝手などして良い場所ではない。

 そうであるからこそ、幻想郷はおぞましい中に人を魅了する美しさがあるのであろう。

 華やかさの中に妖艶さがあり、過去の理想郷であるからこそ、科学では想像も出来ない未知の体験があるのだ。

 そんな幻想郷での私の体験はごく一部の些細な話なのだろうが、貴重な体験には違いない。

 故に私はこれを記録として残す事にした。


 美しくも残酷な世界だったが、私はだからこそ、幻想郷とはかくある世界なのだろうと考えてしまう。

 未知の世界とは本来、こうあるべきなのであろう。


 それでは語って行こう。

 私が何故、幻想郷に足を踏み入れ、それでも尚、無事に生還出来たかについてを。


 そもそも、私は旅というモノに興味がない。

 日夜、身体を使う仕事漬けで休みの日はのんびりとネットサーフィンなどをしてゴロゴロしている典型的な現在の社会人である。

 その日も疲れきった身体を引きずるようにして帰宅している最中であった。

 その時、普段と異なる点があるとすれば、不運な事に交通手段である自転車のタイヤがパンクしてしまい、それを押しながら重い足取りで家路へと向かっていた事であろう。

 その道中にて私は金髪の女性と遭遇する。

 疲れきった私にはどうでも良い事であったが、ただ奇怪な事にその美女の出で立ちは現代の私達とは異なっていた。

 疲労で思考は整わなかった為にうろ覚えながら彼女の出で立ちを思い出すと中国の導師が着るような厳かな格好であったと記憶している。

 こんな夜更けにあのような出で立ちで外を歩くなど、冷静に考えれば、あり得ない事である。


 コスプレイヤーにしては妙に様になり過ぎており、科学では説明のつかない魅惑的な美を放っていた。

 しかし、女性特有の色気とはどうも、また異なる。

 まるでこの世ならざる美しさであった。


 私が疲れきっていたからこそ、そう感じたのかも知れないが、それにしてはうろ覚えながら実に印象深く刻み込まれている。

 まるで別の世界からでもやって来たかのようにも思えてしまうくらいだ。

 しかし、疲れきった私にはそれ以上の思考は出来なかった。

 とりあえず、私は彼女に軽く会釈だけして、横を通り過ぎて行く。


 異変が生じたのは次の瞬間であった。

 気が付いた時、私は見知らぬ場所にいた。

 いや、見知らぬ場所というには語弊がある。


 そこは無数の目に観察された何処とも解らぬ空間であった。

 その空間のおぞましい目の一つ一つが私を見ている。

 そんな場所で正気など保っていられようか?


 私は情けない声を上げてパンクした自転車を放棄し、この空間から脱出したい一心で駆け出した。

 しかし、行けども行けども、その無数の目に見張られた空間から抜け出す事は叶わなかった。


 訳が解らないが、それ以上に未知の恐怖が私を支配した。

 どれ位、走ったかは解らないが、やがて、出口らしい場所へと出る。

 それこそが幻想郷への入り口であった。


 私はこうして、訳も解らぬままに幻想入りしたのである。

 無論、最初は幻想郷に来たなど知る由もない。


 しかし、この怪奇な現象と森林に囲まれた静かな見も知らぬ場所へと出た事で自分がいた場所とは異なる場所へと足を踏み入れた事実だけは解る。

 遭難とは異なるが、何よりも此処が何処か解らぬ以上、迂闊な行動は控えた方が良いと判断する他ない。


 そんな私の周りが更に暗くなって行く。

 流石に不安になって来たので行動に移す事を選択した。

 暗がりの中だが、幸い、星や月である程度の明るさは保っている。

 お蔭で薄暗いながらも周囲を観察する事が出来た。


 遠くには神社が見え、霧がかった湖の先には紅いレンガの館が見える。

 更に少し離れたところには集落があるようだった。


 私は悩んだ末に手始めに紅い館へと向かった。

 神社へ行ったとしても人がいるとは限らない。

 ならば、如何にも人がいそうな館を目指すのが妥当というモノであろう。

 集落も考えたが、神社や紅い館よりも遥かに遠く、こんな夜道で向かうには危険と判断する。

 疲労困憊しながらも、これだけ考えられれば、上々であろう。


 やがて、闇が更に濃くなって来た。

 明るい内に早々に向かわなければ。


 そこで私はふと、違和感を覚える。

 月も出ていて、満天の星空が見えるのに何故、このように次第に暗くなって行くように感じるのかと。


「あなたは食べてもいい人間さん?」

 不意にそんな言葉を背後から投げ掛けられ、私はドキリとした。

 振り返ると黒いワンピースの小柄な金髪美少女が両手を広げて、此方を観察しているではないか。

 食べてもいい人間とは何かの比喩だろうか?


 私は彼女にどう言う事なのかを尋ねる。

 それを聞いた少女は無邪気な笑みを浮かべて教えてくれた。


「あなたは外の世界から来た人間さんなの? ここは幻想郷。神様や妖怪が住まう場所だよ」


 そう言われて私はこれまでの経緯を改めて、考える。

 どうやら、最初に出会った金髪の美女はこの幻想郷でも実力者である八雲紫と考えられる。

 つまり、彼女の気紛れか、それとも何かしらの意図があるのかまでは解らないが、私は非現実的な世界に迷い込んでしまったらしい。

 そして、目の前の少女の発言である。

 最初は何かの揶揄かと思ったが、彼女が述べたように妖怪であるのなら、本当の意味で私は食べられてしまうのだろう。


 少女も可憐なその容姿に似合わず、恐るべき殺意を向けて来るし、恐らく、本気なのだろう。

 いや、あれは殺意と呼ぶよりも原始的な狩猟本能と呼ぶべきモノであろうか。

 当然、私は食べられたくもないので何と答えるか頭を悩ませる。

 どうするかを悩んだ挙げ句、私は彼女に自分は食べても美味しくないアピールをした。

 特に筋張っているから私は美味しくなどないだろうと言うと少女は明らかな落胆を示し、「そーなのかー」と返事をして私に対する目つきが変わる。

 綺麗な薔薇には棘があると言うように可憐な姿をした彼女もまた例に洩れず、人を食らうという棘があるのだろう。

 しかし、人を食べると言う割には彼女は物分かりが良い方ではないだろうか。

 とりあえず、私を食べるのは諦めてくれたらしいが、彼女のような危険な存在がいるのなら、早く安全なところに避難しなくてはならない。


 私は改めて、紅いレンガの館を目指して歩き出そうとする。

 ふと、金髪の美少女の事が気になり、彼女の方を恐る恐る振り返ると少女は闇を纏うかのように深淵の中に消え、黒い闇の球体となってフラフラと飛行しながら何処かへ去って行く。

 飛行する時点で彼女が人間ではないと更に理解したが、体力的にも精神的にも、そろそろ限界である。

 早く安全そうな場所を探さなくてはならない。


 その為にもまずはあの館である。

 私は疲弊した身体を引きずるようにして前進を再開した。


 館の前まで来ると門があり、その扉を守るように赤い髪の中華服のような服を着た美女が佇んでいた。

 中華服のようなと言ったが、あくまでもそんなイメージの服であり、昔、映画で見た事のある中国人が着るような衣装とは若干異なるが、私としても、それを上手く言葉では説明出来ない。

 そんな中華服の美女はこちらに気付くと優しく微笑み、私に一礼する。


「お待ちしておりました。お嬢様からあなたが来るのは伺っております。ようこそ、紅魔館へ」


 優しく微笑む彼女が何を言っているのかを一瞬、理解出来なかったが、どうやら、この館のお嬢様とやらは私がここを訪れるのを知っていたらしい。

 どうやって理解したのだろうか?


 先程の美少女も人外であったのだから、この館のお嬢様とやらも人ではないのかも知れない。

 なら、この先に待ち受けているのは極めて危険なものである可能性が高い。

 しかし、もう逃げる気力もない程に歩くのも疲れてしまった。

 そもそも、こんな極限状態に人を追い込んで、それを眺めて楽しむなど人のする事ではない。


 どの道、逃げられる体力もない以上、この館ーー紅魔館と彼女は呼んでいただろうか?ーーで身体を休ませて貰う他にない。

 私はこの中華服の美女の案内の元、館の中へと入って行く。

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