確かに施設は勉学を修めるのに向いてはいない
確かに施設は勉学を修めるのに向いてはいない。
だが、そこで育った子らは計算高く強かだ。
恩を受けたら利子をつけて返礼し、踏みつけられたら熨斗を付けて仕返しする。
それが孤児施設スピリッツなのだ。
ティータニアも、その緩い見た目に反し孤児施設スピリッツに溢れている。
いや、溢れていないと生きてはいけない。
向こうが自分を利用したいなら、こっちも利用するまで。
それで対等だ。
収穫者は高学歴が必須だ。
取り溜めた資格で補える事を期待したが叶わなかった。であれば、抜け道を使うしかない。
転職ルートだ。
収穫者として実績を重ねていけば、マシな企業に横滑りできるだろう。
そこでようやく、本当の収穫者になれる。
まず三年で成果を出す。その三年は安月給でも文句を言わない。粉骨砕身頑張ろう。
拾い上げてくれた恩に報いる。
そこからは都合よく使われた借りを返す。荷物をまとめてサヨナラだ。
「ティータニア・ン・サムルニュットは、世界一の収穫者になるのが夢なんです」
この冗談でオチ。
ヘラヘラと笑って終わるつもりだった。しかし。
「なれます! なれますよ! ティータニアさんなら!」
何故か乗ってきた。ティータニアの方が若干引く。
どうもこの駅員とは、相性が悪いようだ。
渾身のジョークはスルーされるし、さらっと流して欲しい時には絡んでくる。
それに「魅力の欠片もないクソダサい子」なんて認識らしい。
ティータニア自身、容姿に自信を持ってはいない。
それでも「ホンのちょっぴり甘めに採点すれば、ギリ普通ですよね」と、信じている。
それなのに「魅力の欠片すらなく、ぶちゃいくでクソダサい子」という評価は、ちょっと酷いなって思う。
まあ、別に容姿は気にしないから、いいんですけどね。
マジ全然全くこれっぽっちも気にしてないから。
ただ。
軽く溜め息をおいて。
ただ彼に悪意や見下しはない。純粋に応援してくれている。それについては嬉しい。
「魅力の欠片すらない、野暮ったくてぶちゃいくで、その上クソダサい子」なんて酷い評価をした事は、少しだけ割り引いて記憶しておいてあげよう。
「ティータニアさんなら、絶対になれます! ホントにメルクリウスの祝福は、とても綺麗でした!
その救いようのない格好からは、想像できないくらい素敵でした!」
救いようのないティータニアさんはムムッとした。
心の中の割引セールは、ご好評のうちに終了したと付け加えておこう。
「ありがとうございます。色々と言いたいこともありますけど頑張りますね」
「はい。応援しています。何か協力できることが言ってください」
「色々と言いたいことはありますけど、何かあったら頼らせてもらいますね」
「はい。お任せください」
爽やかな笑みで頷かれ、ティータニアは自分のコミュ力に不安を覚えてしまった。
「では失礼します」
一礼して歩き出す。老婆とは反対の道。
数メートル進んで、角に差し掛かった。振り向くと駅員は、まだ見送ってくれていた。
先ほどからの無礼も、まったく悪気はないのだろう。
「悪気がないからって許されるもんじゃないですからね」
不穏当な呟きに合わない、愛想の良い表情で手を振った。それから折れる。
「まあ、初めて見たならメルクリウスの祝福も、凄く感じたでしょうね」
少し自嘲気味の苦笑を作った。
手甲の扱いと、独唱同調の技量については相応の自信がある。
だが、これは半世紀前の技法だ。
旧型詠唱器の使用が前提の、身も蓋もない表現をするなら、時代遅れのやり方にすぎない。
ここ数年、詠唱器の進歩は目覚ましい。
スマフォやタブレット型といった「普通の」詠唱器は、数年毎に新しい技術が組み込まれ世代交代している。
今、主流の詠唱器は第四世代と呼ばれる。
今年の秋には新機軸の第五世代詠唱器が、店頭に並ぶ。
鍛練を重ねたティータニアの技術は、ギリギリ第四世代に届かないレベルだ。
第五世代が街に溢れるようになると、追い付かなくなる。
更なる研鑽を重ねるつもりだが、結果は覆らないだろう。
君の世界で例えるなら、ソロバンを使って財務計算するようなもの。
達人レベルの技量があったとしても、システム化された処理には敵わない。
卓上計算機よりは強いぜ、くらいだ。
ふううと大きく息をついた。
下がっていた視線を空に向ける。あるのは澄みきった青だけ。
「それでもティータニアには手甲以外の選択肢はないんです。
まあ、頑張ってれば、きっとなんとかなりますよ」
自分に言い聞かせると、止まっていた足を動かした。
* * *
視線の先に白壁の大きな建物が見えてきた。
付近では高難易度とされる学校。卒業できれば将来は、まず安泰だろう。
それほど広い道ではない。幅は車が一台通れるくらい。五分もいけば到着する。
まだ人は少ない。九時を過ぎれば駅から列ができるだろう。
義足の不調もあって少し時間をずらしたのが、結果的に幸いした。
思い出して溜め息をつく。
あの子は実にすんなりと、メモを受け取った。
普通、初対面の相手からアドレスを渡されると、少なからず動揺する。
警戒、嫌悪、あるいは喜び。少なからず感情が滲む。
だが、彼女は微塵の揺らぎも見せなかった。柔和な笑みのまま。
だから、解る。彼女が自分を頼る事は絶対にない。
「本当に強い子。きっと、たくさんたくさん頑張ってきたのね」
そう、彼女に必要なのは保護者ではない。
「お婆ちゃん!」
大声に思考を止めた。
進行方向からひとり駆け寄ってくる。襟元をかっちり締めた白いシャツに、肩口に金の飾り紐が垂れる黒い上着。
足首まで届くスカートは控えめにプリーツを入れただけ。
今は畳んで手に提げている校章付きのストールを着ければ、礼装は完成だ。
老婆は見上げた。澄みきった空。
肩から掛けた無骨なデジタルカメラに手をおいて、広がる青に目を閉じる。
「あの子のことも見守っててあげてね」




