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さて、私もそろそろ行きますね

「さて、私もそろそろ行きますね」

「あ、待って下さい。お礼ってほどでもないですけど、更衣室くらいならお貸しできますよ」

「ふぇ?」


 首を傾げるティータニアに、気を利かせたつもりだった駅員は少し慌てつつ。


「いえ、あの、着替えますよね。どこかで礼服に」


 ティータニアは十四歳。今日から高等部のはずだ。

 多くの資格を持ち、注意深く物を見る彼女だ。

 教育課程を着実に歩んでいると考えるのは、至極当然だろう。


「あぁ、そういうことですね。私、今日から社会人なんです」

「え、でも、だって」

「去年、反抗期を迎えちゃいまして、進学資格をなくしちゃったんです」


 少し前に触れたが、この世界は初等・中等・高等の三段階からなる。

 各五年だ。義務教育は初等部のみ。それ以上は選抜試験をクリアしなければならない。

 学校毎に難易度の差があり、より学力の高い学校を出れば、その後の選択肢が増える。

 高等部はなかなかに狭い門のため、不本意ながら浪人する子も少なくない。

 ぶっちゃけ、二浪くらいまでなら、中等部卒より就職では有利なのだ。

 

 しかし、それは一般家庭のみ。孤児施設では許されない。

 入試は一発勝負。しかも、試験を受けるには国が設定した選定基準を超えなければいけない。


「でも、だって」

「要領よくやってたつもりだったんですけど、計算ミスしちゃって。

 出席日数が二日足りなくなったんですよ。

 たった二日ですよ。前もって教えてくれればいいのに」 


 ティータニアがいかにもガッカリな表情を作る。


「それは、その、なんていえばいいのか」

「バカだなって、笑い飛ばしてください」

「そんな失礼はできないですけどね」


 半ば冗談に乗る形で話題を閉じた。


 うん? 魅力の欠片もなくてクソダサいって言ってなかったか? 

 事実だったら失礼にならないと思っているのか?


「ちなみに、どんなお仕事に就かれるんですか?」

 

 その質問にティータニアは慎ましく膨らむ胸を反らす。

 

「ティータニア・ン・サムルニュットは今日から収穫者ハーベスターになります」


 駅員が絶句する。

 無理もない。収穫者ハーベスターは憧れの職業。高学歴が必須だからだ。


「といっても、小さな会社にお情けで拾ってもらっただけなんですけどね」


 元素結晶の収穫業務には国の許可が要る。

 魔法の性質を鑑みれば、その源泉たる仕事が厳しく管理されるのは当然だろう。

 これが収穫者ハーベスターへのハードルを、高くしている要因のひとつでもある。


 収穫業務の認可を持つ会社は、国内で八十余り。

 ティータニアはとにかく絨毯爆撃を掛けた。

 しかし、孤児施設出身の上に最終学歴が中等部卒業では、書類選考すら突破できるはずがない。

 そんな中、唯一拾ってくれたのが「有限会社アルゴ」だった。

 なんと、書類選考だけで採用を決めてくれた。


「これだけ多くの資格を見れば、努力を重ねる真面目な人間かは会わなくても解る」

 と、メッセージには書かれていた。

 しかも孤児支援活動にも力を入れていて、その一環も兼ねているらしい。


「こんな幸運もあるんですね」と施設のシスター達には喝采して見せたが。

 

 ティータニアもちょっとばかしさかしい人間である。

 こんな美味しい話があるものかと、「有限会社アルゴ」について、できうる限りの情報を集めた。

 正直なところ良くはない会社だ。

 

 いや、その表現は生ぬるいな。収穫業者の中でワーストと断言できるくらいだ。

 

 まず小さい。社員は六名で、収穫者ハーベスターワンチーム四名と社長夫妻だけ。

 ここ数年の業績は右肩下がりを続けている。

 しかも、昨年末に収穫者ハーベスター全員を解雇している。

 加えて給料が安い。提示された給料は月十二万、しかも危険手当て込み。

 税金その他を引いたら、手取り年収が三桁に全然届かない。

 気の利いたバイトの方が、遥かに恵まれてる。

 

「施設出身者を安価な収穫者ハーベスターとして使い潰すつもりですよね」

 

 コスっ汚い意図が見え見えだ。施設の子供を舐めてるなとも思う。

 


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