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写真です。入学式の写真が

「写真です。入学式の写真が必要だったからです」

 

 うんと力強く頷く。

 忠実な部下のごとく、二束のアホ毛が揺れる。


 数秒の沈黙。

 説明途中だと待っていた駅員は、事態に気付いて続きを促す。

 

「あの、どういうことですか?」

「ふぇ? どういうって何がですか?」

「いえ。あの、つまりですね。お婆さんが孫の写真を撮りたかった。

 というのは、解ります。

 でも、両親もいるでしょうし、どうしてもってことはなかったはずかなと」


 数秒の間があった。

 駅員の疑問をよく咀嚼して、最適な回答を探したらしい。

 乾いた唇をちろりと舐めてから。


「お婆ちゃんは機械が苦手な方みたいでした」

「ご年配ですからね」

「ううん。まあ、それもありますけど。私達といる間、一度もスマフォを出しませんでした。

 お孫さんの入学式ですよ。トラブルが起こったら、まず連絡しようとします。

 それに時間を確認するのに、ちらちらホームの時計を見ていました」

「見ていましたか?」

「はい。ただ視力が弱いようで、ハッキリとは見えてなかったみたいです。

 微かに目を細めてました。ここの時計はデジタル表示ですからね。

 アナログなら、なんとなく解るくらいの視力だと思います」

「なるほど」


 終着点が見えず、つい合点のいかない顔をしてしまった。

 

 その表情にティータニアは苦笑しつつ。


「時計が見えなければ持っているスマフォで確認するじゃないですか。

 それをしなかったということは、持ち歩いてないか、使う習慣があまりないか、ってことですよね。それに」


 最後に受け取ったメモ用紙を広げる。

 ペン書きされた文字が並んでいる。なかなかの達筆だ。


「これも手書きです。少なくとも機械を触るのが好きなタイプではなさそうです」

「なるほど」


 同じ相槌だが、今度は納得した感じだった。


「それなのに持っていたデジカメはマニアックな設定のできる、凝った写真を撮れる物です」

「ああ、確かに立派な物でしたね。学生の頃は、あんなのが欲しいなって思ってました」

「ただ、あれは大きくて重いです。お婆ちゃんが取り扱うには手に余ります。

 でも、しっかりと使い込んでいるみたいでした」

「どこにそんな」

「撮影ボタンとかです。何度も触れるところは、少なからず痕跡が残ります。

 メッキがくすんだり、プラスチックなら角が取れたり、刻印が薄くなったりするんです」


 言われてみれば納得だ。

 しかし、そういうところに注意して見る事なんて、駅員にはなかった。


「施設ではあんまり物が貰えないんですよ。

 だから、自分の物は取られないように、凄く執着するんです。

 小さな傷ひとつでも忘れません。取り返す時の大事な手掛かりなりますから」


 そこで若干引かれている事に気付いた。

 表情を緩めて、「だから絶対に施設の人から物を盗んじゃダメですよぉ」と茶化す。


「はい。気を付けます」


 駅員の口元に笑みが戻ったのを確認して、ぺろりと唇を湿らす。

 ここからが核心だ。


「あのデジカメは、お婆ちゃんの物ではありません。おそらくは最近まで近くにいた人です。

 毎日、一緒にお散歩してたかもしれません」


 駅員が思い至る。

 老婆が言っていた。「ひとりになってから、外に出るのが億劫に……」と。


「散歩する時に、あのデジカメを持っていたのかもしれません。

 そして、その人もお孫さんが入学式を迎えるのを、楽しみにしていたんだと思います。

 だから、あのデジカメで撮れば、きっと」


 見上げる。春の空は清々しく青だった。


「いえ、絶対に届くんです」

 言い直して、鼻先のメガネをちょいと動かす。


「なんて、ただの都合のいい妄想かもですけどね」

 えへへと笑いながら、鞄を肩に掛けなおす。


 


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