気だるい催促に
気だるい催促に、「ハイ、マム。状況を開始します」と真面目な女性の声が応えた。
「フォワードは間合いを詰めて、直接攻撃をお願いします。
フォーローは牽制援護をお願いします。防御は私に任せてください」
緊張で震えた指示に、研修教官は笑いを漏らした。
ところで、だ。私は神なのだよ。
もちろん、君の及ばないスペシャルなパワーを持っている。
その一端を特別に披露して差し上げよう。
ふふふ。私は人の心を読む事ができるのだ。
まあ、非常に上層部だけだし、少しでも心を隠そうとされると弾かれてしまうがね。
まあ、神の力も万能ではないのだよ。
ここは自称、「華の独身乙女」とやらの心に分け入ってみようか。
(ったく、ダリィなあ。ガキの世話ってのは、マジでさ)
華の独身乙女とやらは、存外に言葉が荒くておられるようだ。
(っていうかさあ、もうちょっと気の利いたこと言えないのかって。
マジメちゃんも、度が過ぎるとバカと変わんねえっつうの)
人間という生物の作り出した制度に興味はない。
しかし、彼女が気ままなソロ生活を続けている原因は、こういうところじゃないかな。
フォワードの男が動いた。伏せていたカタナの柄に左手を添える。
刀身に刻まれた紋様が、青く明滅。と、地面を蹴った。
瞬きよりも早く間合いを詰め、両手でカタナを跳ね上げる。
(はい、減点。構え中からの攻撃強化と、不要な速度向上の使用。
どっちも魔法の無駄遣い。コスト意識ってのが、全然足らねえわ)
毒づきがきつくなった。
ん。いい顔をしてくれたね。
そう、魔法だ。君の世界には単語しかないものだろう?
ここには、それが存在する。しかも、一般的な技術として普及しているのだ。
カタナを振り回している彼の使った、武器強化や身体能力の向上なんて、限定的なつまらないものだけではない。
生活を豊かにする様々なものがある。
食品を低温維持する箱。熱を生み出す調理器具。離れた位置で相手と会話したり、情報を集めたりできる小型デバイスもある。
それだけではないぞ。
魔法を動力に走る機械の乗り物だって存在するのだ。
君に想像できるかな。数百人を一度に輸送する列車と呼ばれる物や、巨大な翼で空を舞う飛行機と……。
え? ある? 知ってる? マジで?
ちょっと待って。確認するから。
むむ。本当だ。技術体系が違うが、類似した道具がある。
なんだよぉ。早く言ってよぉ。
いや、あれだよ。薄々はあるかなって、思ってたんだよぉ。
……失礼した。魔法と君の世界にある科学との違いについては、後で言及しよう。
ひとまず話を戻させてくれ。
間合いを詰めたフォワードのカタナは空を切った。
人間には目にも止まらぬ斬撃であっても、魔獸たる火炎トカゲには脅威にならない。
身体を僅かに反らし、数センチの差でかわす。
(んな、攻撃が当たるかっての)
すかさず毒づくが。
(でも、流石は優勝者だね)
フォワードの彼は、全国学生剣術大会で優勝経験を持つ腕前だった。
外れた勢いをそのままに刀身を素早く翻し、追撃を繰り出す。
一撃、二撃、三撃。
この連撃ですら、火炎トカゲは対応するが。
「フォローお願いします!」
指示を出しながら、リーダーの女性が左から回り込む。
(悪くないタイミングだし、動きもいい。ただね)
嘆息せざるを得ない。
フォローの男も同じく左側に移動したからだ。
後ろの動きに気付く様子はない。とにかく射線を確保すると、トリガーを引いた。
小さなモーター音と共に、フルオート射撃。二十発近い弾丸が飛ぶ。
弾は直径八ミリの完全球体。初速は秒速四二〇メートルと音速を凌駕する。
しかも一発毎に魔力がこもっているのだ。
今回、彼が射ったのは氷弾。
もし人体に着弾すれば皮膚や肉は凍結破砕し、軽く三センチは抉れる。
しかも残った組織に重度の凍傷まで残す。
火炎トカゲのような火の要素を持つ相手には、一層効果的。
ダメージは倍率ドン! 更に倍!
どこかの教授に全財産すら賭けたくなってこないか?
狙いは正確だった。
火炎トカゲの頭部に、三発は命中する軌道。
トカゲがフォワードに気を取られていた事を差し引いても、双方動きながらの状況下だ。脅威的な命中率だろう。
(なまじ腕がいいから、使えねえんだよ)
つい舌打ちしてしまう。
迫っていた弾丸が空中で爆ぜた。
まるで見えない壁に遮られたように、青白い光だけ残して粉々に四散してしまう。
(はい、減点。ったく、誰でも解る結果だろっが)
イライラと爪先で地面を蹴る。