お婆ちゃん、大丈夫ですよ
「お婆ちゃん、大丈夫ですよ。大丈夫ですから」
ティータニアが穏やかな口調で告げた。
あるいは狡猾な本性を隠すべく、彼女が選んだ仮面なのか。
老婆はふう、とひと呼吸。
意図的に抜かれたであろう「大丈夫」の主語を含めて、全てを飲み下す。
「ごめんなさい。余計な詮索しちゃったわね。歳を取ると、つまらないことばかり気になっちゃうの」
「まだまだ全然若いですよお。
施設のシスターなんて、バイオゾンビみたいな人がいましたもん。あのシスター、絶対三百年は生きてますよ」
バイオ?
いや、待て。ゾンビはそんなに日持ちしないだろう。
原材料は生肉だぞ。持って一週間、夏場なら翌日だってピンチ。
一回加熱しておいた方がいい。
「あら、随分酷いのね」
「そりゃもう、毎日のように怒られましたから。っと、冗談言ってる場合じゃなかったですね」
やり取りを畳んで、手甲を装着した左腕を腰の高さに置いた。
掌は下。地面に向ける。
「エグゼキュート」
ティータニアが呟く。魔法の実行命令だ。左手が小さく震えた。
周囲から音が消える。少し薄暗くもなった。魔法を発動したのだ。
「私を中心に二メートル半径で、結界を展開しました。防音と対衝撃、あと光の減退効果もあります」
ティータニアの説明に駅員が「をを」と声を漏らした。
「スマフォがなくても結界って作れるんですね! うわ! すげぇ!」
「スマフォは要らなくても、資格は必要ですけどね」
ティータニア渾身のマジカルジョークを飛ばすが。
「僕も結界の資格、目指してるんですよね。事故とかあった時に、使えると便利ですし。
さっと結界張って、「もう、心配ないですよ」とか、カッコよくないですか。
でも四つくらい資格いるんですよね。それがハードルで。
実際のところ、向いてると思うんですけどね。
この前の研修では、拳銃でも跳ね返せるのが張れたんですよ」
完全スールで、とにかく喋る。もうテンション爆上がり。
寝る前に思い出して、頭を抱えるパターンだ。
「拳銃とか超すごいですよね。自分で言うのもなんですけど。あ、この結界はどのくらいの強度あります?」
「元素粉末もケチったので、まあまあくらいです」
「具体的には、どうですか。やっぱ拳銃とか無理ですよね。拳銃ですもんね」
物凄い勢いで尋ねてくる駅員を、「そこそこ」とか「それなり」であしらおうとした。が、とにかくしつこいので根負けしてしまう。
「八十キロ爆弾の直撃くらいなら大丈夫です」
駅員がすんとなった。
ベンチ、老婆の横に腰を下ろし、空虚な笑みの置物と化す。
まあ、あれだよ。
拳銃だって八十キロ爆弾だって、当たれば死ぬのは一緒だから。
究極的な四捨五入なら、同じと言えなくもなくもない、よね?
「えっと、ではギアの補修しますね。光と熱が出るので直視しないで下さい」
老婆と置物に注意すると、大きく深呼吸をしてから。
「キャスト」
魔法の実行には色々な方法がある。
今までの行動を見るにティータニアは、コマンドワードを好むようだ。
他にもコントロールボックスによる入力や、手甲ならではのユニークな方法もある。
動作だ。指の形や動きを登録しておいて、それに命令を紐付けるのだ。
例えば、指パッチンで魔法実行というような感じだ。
余談だが、手甲ブーム全盛期。
指パッチンで次々とイルミネーション魔法を繰り出すエンターテイナーがいた。
ホルンマキィーノという芸名で、テレビに舞台に引っ張りだこだった。
数年で見なくなったが、元気なのだろうか。




