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でも、本当に慣れているのね

「でも、本当に慣れているのね」

 老婆は感心せざるを得なかった。


 ティータニアの指さばきは軽やかで、まるで踊るよう。

 しかも、コントロールボックスに視線を向けない。

 周囲を見回し、どのくらいの強度で結界を張るか考えながらだ。

 

 老婆がホーム中央のデジタル時計に目をやる。

 微かに目を細めながら。


「設定には数分掛かるから、少し……」

「はい。準備完了です」

「もう?」


 老婆が驚きをこぼした。一分ほどしか経ってないはずだ。


 手甲ガントレットは使用者のスキルが大きく影響する。

 魔法実行速度を競う大会すらあった。

 老婆自身も速さ自慢の職人達を見てきた世代だ。

 複雑な高難易度の魔法ですら、十秒前後で設定する達人はいた。

 しかし、一般人ならスタンダードな魔法でも二分は掛かる。

 ティータニアくらいの若者、しかも手甲ガントレット全盛期を遥かに過ぎた世代なら倍くらいは必要と踏んだのだが。


「お嬢ちゃん、凄いのね」

「はい。ありがとうございます。

 結界を張ったら、直ぐギアの修復に入ります。連続詠唱です」


 老婆が軽く首を傾げた。

 聞いた事が信じられなかったのだろう。


「その、つまり、あれよね。ふたつの魔法を設定したと」

「いえ。みっつです。一旦ギアを溶解させて、再構築するので」


 老婆もとうとう言葉を失った。

 

 ひとつの魔法を二十秒弱で設定した計算だ。これはかなりのベテランに匹敵する。

 驚くしかない。


「意外と早かったですね」


 青年の気楽なひと言に、「そんな軽々しいものじゃないの!」と反応しそうになったくらいだ。

 

 天才。

 心の中に沸き上がってきた単語を慌てて否定する。


 何事にも生まれもった素養というものがある。

 もちろん、手甲ガントレットの扱いにも、だ。

 詠唱要素の組み上げや元素粉末パウダーの消費量調整等。

 それぞれの要素でコツを掴むのが得意な人間は、確かにいる。

 だが、手甲ガントレットのような旧型詠唱器アコースティック・キャスターの上達は、練習あるのみだ。

 ひたすら鍛練を重ねた結果が如実に出る。

 ともすれば頼りなく見えるこの少女は、ずっと研鑽を積んできたのだろう。


「本当に頑張ってきたのね」

「とんでもないですよ。施設は暇なので、弄くる時間が沢山あっただけで」


 にへへと絞まりのない顔で、ふよふよとアホ毛を揺らした。

 

 その表情に老婆の表情もつい緩む。そこで今更ながらの質問が出た。


「あら。手甲ガントレットは片方だけなのね」


 手甲ガントレットが一世を風靡した最大の要因は、左右それぞれで装着できるところにある。

 これによりひとりでふたつの異なる魔法を行使したり、逆に同じ魔法をチョイスして同調する事も可能。

 運用の幅がぐっと広がるのだ。

 

 その発言に深い意味があったわけではなかった。言うなれば世間話くらい。

 だから、老婆自身が逆に驚いた。

 

 時間にすれば瞬きくらいの刹那。

 ずっと他者のカウンセリングをする仕事に就いていたからこそ、気付いたとも言える。

 現に隣の青年は何も感じなかったらしい。

「へえ、両腕に着けるんですね」、なんて愛想を垂れている。


 一瞬だ。ティータニアの瞳が大きくなった。明らかな動揺のサイン。

 触れられたくないものが、そこにあるのだろう。

 しかし、恐ろしいことに。


「そうなんですよ。今はもう片方しかないんです。古いものですから、仕方ないですよね」


 いかにも抜けた雰囲気よろしく、柔和な笑みの向こうに隠してしまった。


 地味な服装に、ノーメイクのソバカス頬。野暮ったいメガネと、たゆたゆなアホ毛。

 ともすれば珍妙な容姿は、デリケートでナイーブな人間性を守る鎧なのか。あるいは。

 

 


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