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鼻先のメガネをちょいと上げる

 鼻先のメガネをちょいと上げる。

 今までのどこか頼りない雰囲気から、自信溢れる表情になっていた。

 ピコピコ揺れるアホ毛だって、実は周囲の空間状態を把握する特殊感覚器なんだと言われれば、納得できるくらいの……。

 それは流石に無理かな。

 アホ毛は、どこまでいってもアホ毛。永遠不変にアホ毛。

 それが世界のことわりだ。

 

 ティータニアの様子を目にした駅員の青年は、咄嗟に口元を押さえた。

 つい吹き出しそうになったからだ。

 駅員たるものが、客を指差して笑うなんてあってはならない。

 ギリギリ踏みとどまれたのは、職務感のなせるところだった。


 老婆の方は表情を緩めて、小さく声を漏らした。素直な反応だろう。

 

 何が滑稽って。

 まず手甲ガントレットだ。手甲ガントレットは無骨でデカい。

 まだまだ子供っぽいティータニアが装着すると、肘から先だけが五割増しで膨れ上がったようになる。

 しかも、デザインがダサい。

 ベースが円筒なので、まるで黒鉄くろがねの城と称されるスーパーロボットみたくなる。

 ロケット推進で殴り付ける飛行式拳や、腕をぐるぐる回して大車輪的な飛行式拳だってできるかもしれない。

 

 加えてお腹だ。

 コントロールボックスがあるので、セーターが下げられない。

 生っ白い肌が見えたまま。ぷにゅぷにゅではない。筋肉質でもないが、引き締まっている。

 ぷにゅ派からも、ぎゅっ派からも、渋い顔をされそうな感じだ。

 

 止めは表情。今日一で精悍さが出ている。それが逆効果。腕と腹とのギャップが酷い。

 コントなら掴みは良好だが、本人が至って真面目なのは困る。

 

「お嬢ちゃん、女の子なんだから。お腹は出さない方がいいわね」


 老婆に指摘されて状況を理解したらしい。

 凛々しさを瞬間霧散させると、「はわわわ」とセーターをおろそうとして、ケーブルに裾を引っかける。

「おわわわ」と慌ててまくり上げて、「ああ、ダメです。ぶら、いや、下着が!」と駅員に注意されて、また下げる。当然、ケーブルがあるわけで。

「うわわわ」で「だから! ダメですって! 見えてますから!」と。


 阿呆なやり取りを数回繰り返したのち、コントロールボックスをベルトから外し、鞄にマグネットでくっ付け、それを右肩に掛けるという形で落ち着いた。


「どんな難題も人の知恵は超えられる、ということが証明されましたね」


 ティータニアが「うん」と頷いた。

 頬が少し紅潮しているのは、まあ彼女にも羞恥心はあるという事だろう。


「では、ギアの補修をします。まず、周囲への影響を考慮して結界を張ります」


 そう宣言すると、右手をコントロールボックスに置いた。

 つるんとした表面に五ミリ四方のキーが浮かぶ。タッチパネルになっているのだ。


手甲ガントレットを見るのは、初めてなのよね」

 老婆が駅員に話し掛けた。


「はい。いえ、写真くらいは見たことがあるとは思いますが」

「そうね。すっかり見なくなっちゃったものね。

 手甲ガントレットみたいな古い詠唱器キャスターはね、詠唱の組み立てや消費する元素粉末パウダー量を自分で設定するの。

 ああやって、コントロールボックスで入力するのよ」


 ボックスの表面で動くティータニアの指を見ながらの説明だった。


 駅員としては絶句するしかない。


 彼の世代で動的詠唱器ダイナミック・キャスターといえば、タブレットやスマフォタイプが主流だ。

 これを入力装置として、元素粉末パウダーが入った金属筒にケーブル接続する。

 ちなみに、この金属筒は様々なサイズがあるが、持ち運べる大きさの物であればソケットと総称される。

 

 タブレットやスマフォでの魔法は大部分が自動化されている。

 事前にメーカーが練り上げた詠唱と動作要素をインストールしておいて、そのアイコンをタップするだけ。

 デフォルト以外の強度で使用する場合はフリックすればいい。

 魔法が行使され、それに見合った元素粉末パウダーが消費される。


 技術の進歩。

 そりゃ手甲ガントレットみたいな面倒な道具は、自然淘汰されていきますよ。

 


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