聞いた通り、ミドルネーム「ン」を持つ人間は
聞いた通り、ミドルネーム「ン」を持つ人間は孤児。
なんらかの理由で親族から放棄され、養育施設に預けられた者達だ。
施設は国家による運営で、子供達には衣食住保証され、教育も与えられる。
言っておくが収監施設のようなものではないぞ。
団体生活故の制限は強く、贅沢に縁はないが、それでも平穏なものだ。
ただ、社会的な風当たりは強い。
イメージだ。とにかく悪い。
これにはいくらかの要因がある。
まず孤児施設出身者はモラルが低く、犯罪者になる傾向が高い。という誤解がある。
確かに五十年ほど前、大戦直後は孤児も多く、制度も不十分で、体罰が酷かった。
その扱いに耐えきれず脱走して、食うために罪を犯す者も、それなりの数がいたのは事実だ。
その時代の印象が子や孫に伝えられ、未だに忌諱する人間もいる。
次に愛情を与えられずに育ったため、人間性が歪む。という偏見だ。
施設の職員は何より人格が求められ、可能な限り慈しみを持って接している。
ただ、幼い頃からの団体生活で、人の顔色をうかがう術と強い忍耐力が鍛え上げられてしまう。
結果として、周囲から見ると「いけすかないガキ」が出来上がってしまうのだ。
最後に迷信がある。境遇は前世の業により決まるという、非科学極まりない思想だ。
神である私ですら、その人間の前世なるものを知る術がないというのに。
もちろん、こんな旧世代以前な考えを口にする人間は少ない。
ただ社会的価値観の隅に、小さなトゲとして残っているのは事実だ。
これらの点から孤児施設を出た彼らのライフゲームは、ハードモードでのプレイが強要される。
「そうなのね。まだ小さいのに苦労を」
老婆が言葉を揺らす。
ティータニアの瞳を見つめながら、優しい表情を作る。
「ううん。ごめんなさい。とても頑張ってきたのね」
「ありがとうございます。そうなんですよ。施設では食いしん坊で、よく怒られました」
ちろりと唇を舐めると、にんまり顔で答えた。
そんなやり取りを耳にして、駅員の青年は小さく息をついた。
彼女のミドルネームに、僅かな嫌悪を持ったのは事実だった。
孤児施設での教育は、あくまで最低限。
にも拘らず、これほどの資格を取ったというのは、彼女自身の並々ならぬ克己心と膨大な努力の結果に他ならない。
それを目にしつつ、ひとつの音だけで彼女の人格を歪めて受け取ってしまうとは。
この感覚がどれほど失礼極まりないものか、痛感してしまう。
「ウチの孫も同い年なの。
でも、お嬢ちゃんに比べると全然ダメね。資格のひとつも取ろうとしないし」
「資格なんて取ろうと思えば直ぐですから。同い年なら、今日から高等学部ですよね。
卒業すれば立派な大人になります」
この世界の学習システムは、初等、中等、高等の三段階。各五年だ。
初等は皆教育だが、それ以降は選抜試験がある。
最近は生活水準の向上もあり、八割が中等まで進み、四割以上が高等教育を受ける。
「そう、かしら」
「はい。女の子は祖母に似るって、相場が決まっているんです」
こういう冗談をさらりと口にできるのが、施設出身の賢しさなのだ。
「ついお喋りしてしまいました。ギアの補修をしますね」
床に膝を折って座り込むと、パンパンに膨らんでいる黒鞄を引き寄せた。
手際よくロックを外すと、右手を突っ込み。二秒ごそごそ。
取り出したのは椀部装着式の詠唱器。手甲と呼称される物だった。
詠唱器は、ふたつに大別される。
使用できる魔法が固定されているか、固定されていないか、だ。
前者は静的詠唱器、後者を動的詠唱器という。
例を出すと解りやすいかな。炊飯器や掃除機のように、機能が固定されている物が静的詠唱器。
炊飯器なら「御飯を炊く」、掃除機なら「ゴミを吸う」、シンプルな道具だ。
一度に炊ける米の量も関係ないし、吸引力が変わろうが変わるまいが関係ない。
オーブンレンジのように複数の機能があっても同じだ。
特定の目的のために使われる。




