この義足は使い込んでいますし
「この義足は使い込んでいますし、定期的にメンテされています。
診療所のドクターに見てもらっていますね。義肢の専門家じゃない人です」
「そうだけど。どうして解ったのかしら?」
「傷です。数ヶ所ですけど、工具を滑らせた跡がありました。
義肢はデリケートなので、専門家なら細かい傷でも神経質に補修します。
あ、でも、影響のあるような傷じゃないです。
物凄く丁寧に点検していたのが解ります。きっと優しいドクターさんですね」
「ええ、そう。頼りないところもあるけど、一生懸命な子なの。
お嬢ちゃんくらいの頃から知ってるのよ」
柔らかい笑みを交わしてから。
「義足のパーツにストレスが掛かっているということは、歩き方が変わったことを意味しています。
可能性として最も高いのは筋肉量の変化。低下ですね。
でも普通なら定期メンテで微調整されるはずです。
つまり前回のメンテ以降、急速に筋肉量が落ちた。しかも、歩行に関わる部分。
というところから、最近歩いてないのかなって結論に達したんです」
うんと、大袈裟に頷く。
まるで賛成を表すように、アホ毛がピコピコと揺れた。
青年と老婆は、どこかしら間抜けに見える少女が持つ洞察力に、驚きを隠せない。
しかし、当の本人は。
「あぁ。ごめんなさい。今はこっちが優先でした」
駅員の青年に歯車の乗った掌を突き出した。
「お願いします」
「えっと、お願いって?」
「ふぇ? ギアの補修です。欠けた部分を戻してもらったら、元通りつけますから」
「いや、いやいやいや。パーツの補修とかできないから」
思わず敬語を忘れるくらいの無茶振りだった。
「ふぇ? でも駅員さん、ですよね? 毎日、車輌の点検補修してますよね?
あ、ひょっとしてあれですか?
深夜零時から二時間だけ魔法能力が上がるとか、そういうやつ?」
そんなガウェインの亜種みたいな人間が、ごく普通に駅員してたら戦慄するわ。
そもそも何時間働かせる気なんだよ。
「お嬢ちゃん、そういうのは専門の人がいるの。そうよね?」
老婆のフォローに青年が頷くと、ティータニアは一瞬驚いた様子だったが。
「そっか。でも、そうですよね。エキスパートを育成する方が、効率的になりますよね。
じゃあ、補修担当の人にお願いしてもらっていいですか?」
さらっと別方向から無茶振りしてきた。
「あ、いや。そういうのは駅に常駐してないから。あ、でも義肢の件なら大丈夫です。
メーカーに連絡しておいたので、もう直ぐ……」
「ええぇ! ダメです! そんなの絶対ダメじゃないですか!」
食い気味に否定され、青年は当惑と共に続きを止める。
「絶対絶対ダメです。メーカーさんは応急修理で済ませません。
ギア交換、各部調整、その他メンテで、二時間以上掛かります。そんなの絶対ダメです!」
「そんなこと言われても、たったの二時間ですよ」
「たったの、じゃないです!」
一層語気を強めて、立ち上がった。
大きく深呼吸をふたつ。
沸き立っていた感情を、少しフラットに戻す。
鼻先のメガネをちょいと上げ、唇を軽く舐めると、老婆に視線を移した。
今までにない真剣な様子で。
「お婆ちゃん、私に任せてくれませんか。直せるかもしれません。
でも、失敗する可能性もあります。失敗したら……」
「いいわ。お嬢ちゃんに任せてみるわ。失敗なんて気にしないで、好きにやってみて。
どうせ、このままじゃ動けないんだから」
「ありがとうございます」
「ちょっと待ってください」
駅員の青年が割り込む。