老婆としては申し訳ない気持ちと
老婆としては申し訳ない気持ちと、若干の不安から遠慮したのだが。
「駅員さんが戻ったら止めますから」
と半ば勝手に弄り始める。
老婆の懸念は直ぐに消えた。
彼女は機械が苦手だった。家電の設定すらできない。
義足のメンテなんてもちろん無理。
調子が悪くなれば、近所の診療所で見てもらっていたのだが。
全然違う。素人でも解った。
診療所のドクターは人体の専門家であって、義肢のエキスパートではない。
もちろん、最低限の知識は持っているし、簡単な修理ならできる。
しかし、あくまで「それなりに」のレベルで、だ。
少女の指は繊細に動き、軽く触れるだけで何かを感じ取っていく。
「パルス伝達は問題なし。回路の断線もなさそう。フレームの破損も見当たらない。
いきなり動かなくなったなら、内部不具合の可能性は低いから、ギアだと当たりを付けて。
この辺りが怪しい。怪しいぃ、あぁぁあんあん、あ、や、し、い、ぞぉぉ」
独り言が次第に珍妙なリズムで踊り出すの聞いて、老婆はつい笑みをこぼしてしまう。
今日から高等学部に進む孫がいる。
この子も似たような年齢だろう、とイメージが被ったのもあり、好きにさせてあげる事にした。
そして。
駅員が戻った。
メーカーに連絡を付けてくれたらしい。ともかく、これにて一件落着。
「お嬢ちゃん、ありがとうね」
「僕からもお礼を言います。ありがとう。あとはこちらで、引き継ぎま……」
「はい! 外れました!」
ティータニアがぴょこんと顔を上げた。
老婆と駅員、ふたり揃って自分に注目している事に、メガネの奥にある目をひと回り大きくする。
「ええっと」と間を繋ぎながら、ちろりと舌で唇を舐める。
ようやく状況を理解して。
「原因が解りました。踵にあるギアの破損です」
広げた掌にパーツをひとつ置く。
直径一センチ弱の円形歯車だった。
外周に等間隔の凹凸が並んでいるが、なるほど数ミリ割れて、なくなっているところがある。
「このタイプの義足は地面からの反動を受けて、各部を機械的に微調整するんです。
これはその機構を支えている歯車のひとつで、破損すると足首まで稼働が伝わらなくなってしまうんです。
経年劣化もありますけど」
そこで小さく息をおいた。
老婆を見て、人懐っこい笑みを浮かべる。
「お婆ちゃん、ここしばらく、歩いてなかったでしょ」
「え、ええ。そうね。ここ、しばらく。
その、ひとりになってから、外に出るのが億劫になってね」
「ダメですよ。適度な歩行は健康の源です。
これからは朝夕十分くらいの散歩を習慣にしてください」
聞くからに慣れていない説教口調に、老婆は口元を綻ばせながら了承を返した。
ふたりのやり取りが一段落したのを見て、駅員の青年が当然の疑問を口にする。
「あの、失礼ですけど、どうしてそんなことが?」
「流動パルスに負荷が掛かっている部分があります。
あと、すね部分に僅かに緩んだシャフトがふたつ。
これらは歩行によるストレスが原因と考えられました」
そう言って小さく頷いた。
自分の説明に納得した感がある。
数秒の沈黙をおいて、駅員の青年が「それで?」と続きを促す。
「ふぇ? それで、何ですか?」
メガネの奥で目を丸くするティータニア。
ややぎこちないキャッチボールに、老婆が割り込む。
「うん。お嬢ちゃんの説明は、お婆ちゃんには難しいわね。
もうちょっとだけ、優しく話してくれると嬉しいの」
その言葉にティータニアは数秒思考を巡らせた。
「あ」と小さく頭を下げて、「ごめんなさい。全然足らなかったですよね」と、苦笑い。
軽く息をついて、ちろりと唇を舐める。