未熟ながらも、将来が期待できる
未熟ながらも、将来が期待できるくらいには丸みのある胸元。
腰回りは細く、お尻も愛らしい。
その身体を完全に隠す服装だ。
トップスは淡いブラウンのスプリングセーター。
ネックの詰まった、飾り気のないデザインだ。
サイズがひと回り大きく、余った袖を折ってまくり上げている。
ボトムスは当然スカート。申し訳程度にプリーツが入ったシンプルな物だ。
色は焦げ茶で、足首までを大きく包んでいた。
靴は丸みのあるレザーシューズ。
磨いて丁寧に扱っているようだが、爪先や踵に隠しきれない痛みがある。
よくいえば落ち着いた格好だが、齢十四の女子がチョイスするには、幾分渋すぎると思う。
しかし、その服より目を引くのは、左肩から斜めに掛けた鞄だろう。
黒い重厚な革製で、端々に鉄を当てて補強している。
軽く探検に出れそうな感じだ。
しかも、膨らんでパンパン。
ヤミ米のバイヤーだって、もうちょっと節操があるくらい限界を攻めている。
彼女の生活圏は街だ。大陸屈指の経済大国の第二都市。
そこかしこにコンビニがあるし、大型店舗やショッピングモールだって沢山ある。
これほどの荷物が必要なはずがない。
物を乱雑に突っ込んだ結果なら解る。違うのだ。
彼女が丁寧に取捨選択を繰り返した結果の到達点がここ。
ありえないだろう?
そんな彼女がいるのは駅。
クモの巣状に張り巡らされた列車網のひとつだ。
ホームの隅っこにあるベンチ……の前で床に座り込んでいた。
スカートの汚れも気にせず両膝を揃え、頭を地面スレスレまで下げた姿勢。
君の世界でいうところの……なんだったかな。
そう、DO・GET・THAT!
土下座というのに近い。
「なんか違うな」という点を挙げるなら、彼女が音程の外れた歌を口ずさんでいる事と、それに合わせて頭が左右に揺れているとことろだ。
当然、アホ毛もふわんふわんとダンシング。
彼女のリズミカルに動く頭部を、申し訳なさそうに見つめているのは、ベンチに腰かけた老婆だった。
シックなワンピースを着た上品そうな人で、隣に小ぶりなハンドバッグと、大きなレンズ付きのデジタルカメラを置いている。
無骨で質実剛健、取り回しが面倒そうなカメラだ。
老婆自身は健康そうな肌色ではあるが、スカートの裾から見える右足は金属製。
細いチタンフレームを黒い人工筋肉が包み、ところどころにパルス伝達用のコードが巻き付いている。
「あのね、お嬢ちゃん」
「お婆ちゃん、もうちょっとだけ待ってて下さいね。もうちょっと、もうちょっと。
ん~んん~もうぅちょっとぉ~。ちょっとちょっとぉぉ~」
顔も上げずに、そう告げる。
彼女の細い指先は義足の踵付近、フレームの隙間でこにょこにょと動いていた。
老婆が更に言葉を紡ごうとしたところで。
「お客様、お待たせしました」
紺色制服の駅員が駆け寄ってきた。若く、やや頼りない雰囲気の青年だ。
地面に踞り「ちょっとちょっと、ちょちょちょちょっとだけぇ」とリズム感の欠如した鼻歌で、身体を揺らしている少女に笑いを堪えながらも。
「今、連絡がつきました。義肢のトラブルということで……」
ホーム中央の天井からぶら下がっている大型デジタル時計に目をやった。
七八四年 四月十一日 AM八時十二分の表示を確認して告げる。
「九時半にはメーカーの車が来ます」
「そう。そうなのね。いえ、ありがとう」
ふうと息をついた。隠しきれない落胆が滲む。
些細なトラブルだった。車輌から降りたところで、義足の不具合。
足首が曲がらなくなり、バランスを崩した。
あわや転倒というところで、偶然隣にいたティータニアに支えられたのだ。
ティータニアはそのまま肩を貸す形で、ベンチまで移動。
近くの駅員を呼び、状況を説明した。
更に「お婆ちゃん、ちょっとだけ確認させて下さいね」と、地面に座り込んだ。