ほら、なんと言ったかな
ほら、なんと言ったかな。
君の言葉で、端的に表した単語があったはずだ。
そう、異世界。それだ。
君は見掛けによらず賢明らしいね。
私? 私はヴィヌゥ・ンナだ。
妙な顔をするな。通じていないのか。
言語の壁というやつだな。君の世界には存在しない単語か。
名詞は各世界で差異が大きいらしい。
少しだけ時間が欲しい。数秒でいい。
………………。
よし、おおよそは把握した。これからはできる限り、君の世界の単語を使おう。
あとは通貨も合わせておこうか。
お金の話が出る度に脳内レート変換させて、「ひとりまるごとハウマッチ」を楽しんでもらうのも申し訳がないからね。
ん? 「まるごとハウマッチ」は有名なティヴィプログラムじゃないのかね。
君の世界のポップカルチャーは、移り変わりが激しいのか。
まあいい。本題に戻ろう。
私は君の世界でいうところの神にあたる。
いやいや、大層な者ではないよ。
世界の出来事を記録し、管理するだけの存在だからね。
では早速始めよう。
あぁ、まだ言ってなかったね。
こうして君に来てもらったのは、話を聞いてもらいたかったからだよ。
人の記録は物語だ。魅力的な物語に触れたら、他人に話したくなるだろう?
しかも、だ。君にとっては異世界の話になる。ワクワクしてこないか?
ふうん。そうでもない?
君は退屈な人間だな。こういう時はお世辞でも……。
いや、何でもない。では、始めよう。
これは、君の世界とは少し違う、ホンの少しだけ残酷な世界の話だ。
* * *
荒涼たる地。
地面は乾いた砂に覆われ、ひと抱えはある無骨な岩がそこかしこに転がる。
ところどころに見える木も背は一メートル弱、幹は捻れて細く、枝振りも随分と貧相で、葉も少なく赤い。
空は分厚いオレンジ色の雲が、隙間なく広がっている。
ここは人の住まう場所ではない。温度計を持ち込めば瞬時に砕けてしまう。
なにせ外気温が二百二十度はあるからね。
君の世界で話題になっている温暖化なんて、文字通りぬるま湯みたいなものさ。
熱と炎が支配する火の元素世界。それがここだ。
ここに存在する物は、全て火の要素を持つ。
地面は時折炎を吹き上げるし、岩も朱が滲んでいる部分がある。
そう、灌木の葉だって火だ。空気の流れで、ふわふわと揺れているだろう?
生物だって例外ではない。
ほら、少し先で唸っているのがいる。
体高二メートル。
君の世界でいうなら爬虫類、トカゲをそのまま大きくしたような形状。
全身が深紅の鱗に覆われ、首元は炎がたてがみ状にうねり、四肢も先端部分が燃えている。
火炎トカゲ。
一般的に、そう呼称される生物だ。脅威ランクはDプラス。
あ、あぁ。すまない。
脅威ランクについて説明しておこう。
元素生物の獰猛性や殺傷能力から、遭遇リスクを表したものだ。
A~Eの五段階が基本で、そこにプラスマイナスを付加して微調整される。
Aが最高ランクでEが最低だ。
更に災厄レベルの存在として、SランクやSSランクがある。
まあ、あれだ。
レアの上にSレアとか、SSレアとかが存在するのと似たようなものさ。
まったく。Sを並べておけば満足するだろうというセンスは、どうなんだろうね。
ちなみに君の世界に存在する猛獣、例えば巨大人食い熊を脅威ランクで表すなら、Eマイナスマイナスマイナスくらいになる。
火炎トカゲが大きく威嚇の声を上げた。その咆哮に反応して、炎のたてがみが膨れあがる。臨戦態勢だ。
この恐るべき元素生物を仕留めんとする人間達がいるのだ。その数は四人。