悪役令嬢、アメリア
景色が小刻みに揺れている。皇族の暮らすこのアロット皇都は、この国で一番人口率の高い都市だ。
物や人の行き来が盛んで、夜でも灯りは絶えない。
行商人がせっせと働きながら、私たちの馬車に一礼する様子が見えた。
今私は、馬車に乗っている。
ふかふかのシートが貼られた車内は他の馬車と違って揺れが中に伝わりにくく、乗り心地としては抜群だ。まぁ他の馬車に乗ったことがないから知らんけど。
私が吠えたあの後、お父様とお母様は私の身を案じて顔合わせは別日にしようかと提案してくれた。
でも私はそれを断った。理由はいくつかあるけど、まず一つは部屋で悶々とする方が頭に支障を来しそうだったから。
そしてもう一つは、確かめたいことがあったから。
馬車の中ではメイドのサヤが、淹れたてのお茶やお菓子をニコニコとテーブルに並べている。
ドレスが汚れないようにナプキンを膝にかけてくれた。ありがとう、と言うと目を丸くしながらも嬉しそうに、とんでもないですと首を振るサヤ。
さて、せっかく準備してくれたのだから手をつけないだなんて有り得ないよね。
試しに手前の丸いクッキーをつまんで口に入れる。んんっ!これはしっとりとした舌触り!
味はしつこくない程度のバターとミルクが絶妙にマッチしている!美味しい〜!やばい〜!止まらない〜!
……っと。危ない。
私はこの限られた移動の時間で、この世界のことをなるべく思い出していかなければならないんだった。口いっぱいに放り込んだクッキーを慌てて飲み込みながら、サヤを見る。
サヤは何か予定を確認しているようで、小さな手帳に視線を落としていた。あ、そうだ!
「ねぇサヤ、私に一枚紙をくれない?できればペンも貸してもらえないかしら?」
「紙、ですか?」
不思議そうにしながらも、今は持ち合わせがなくて……と申し訳なさそうに手帳の1ページを綺麗に破いて差し出した。
私はそれと一緒にペンを受け取りながら、ありがとうとお礼を言う。
やっぱりサヤは、とんでもないです!と首を横に振った。
さて、まずはゲームの情報を書き出してみよう。
クッキーに手を伸ばしつつ、私は『【ラブロマ】について』と紙の一番上に走り書きをした。
最初に【ラブロマ】の設定は、皇立ユーサニア学院という学院が舞台。
そこでは皇族、王族、貴族といった身分の高い者たちが十六歳になる年に教養や学問、魔法や武術といったものを学んでいく為に入学する。
……と、大雑把に説明したけれど、ここまでは前世で見たゲームの説明欄に載っていたものだ。
実際はというと、貴族が王族や皇族といった人たちとの繋がりを持つための場だ。その為、教養や学問はとても重きを置かれるが、魔法や武術といったものは正直そこまで深くは学ばないと聞いた。
大体、人間関係を築いて保つことに必死だから魔法やら武術なんてものは二の次三の次。
兵隊も居るし、ぶっちゃけお金がある人たちはそういう人たちを雇えばいいやって感覚なんだと思う。
そして、何故この世界が【ラブロマ】だと分かったのか、だけど……正直自分でもよく分からない。
今朝の夢から覚める瞬間、突如頭に降ってきた……っていうのが一番しっくりくる表現だと思う。
確証はないけど、ほぼ確実にゲームの世界……。っていうのも、私自身のこの見た目と名前。
【ラブロマ】に出てきたとある女と同姓同名の瓜二つ。
確かに見た目は幼いけれど、もうこのまま順調に成長したらあぁなりますよねぇ?っていう感じ。
その女っていうのが、【ラブロマ】界の悪役令嬢、アメリア。
ゲームの主人公が学院に入学してから出会うことになるんだけど、本当に意地悪でわがまま。
自分より下の人間を毛嫌いしていて、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプの悪役中の悪役。
一番転生したくなかったわ……。