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第1章*「虞美人草」その2



桜子は迷わず、通りに出ると目に入った和菓子店に颯爽と入って行った。



広くない店内は季節の菓子で溢れており、春満開といったところだ。


「まあ、色鮮やかですこと…美しゅうございますね」

「ありがとう存じます、やっと桜が咲いたと思ったらすぐに散ってしまって淋しゅうございますね。それがまた風流なんでしょうが」


話しかけられた女主人は、40後半くらいの大福のような頬をした恰幅のいい女で人懐っこそうな顔をこちらに向けた。


「本当に。今年は倅の縁組みの話が合ったものですから、ゆっくり花見も出来ませんで。気が付いたら、この有様でございました」


桜子は政治郎を見ながら「ほほほ」と笑った。


「なんとまあ!おめでとうございます!それはそれは!息子さんでございますね!」

「え!あ…ああ!はい…」


急な展開で政治郎は目を白黒させ口籠ってしまった。


「そうそう、この辺りに大きな宝石商さんがあるとお聞きしまして。将来の娘に何か買ってやりたくて倅を連れて来たのですが、道がわからなくなってしまいました」

「お嫁さんは幸せでございますね。そのお屋敷は、路地を入った所を………」




「ご丁寧にありがとうございます。大変助かりました。桜餅と草餅を2つずつ頂けますか?」

「ありがとうございます」女主人機嫌良く頭を下げた。




店を出ると、政治郎は桜子に慌てて近寄って行った。


「桜子殿…!高林藤子の家は既にわかっております。何故、あのようなことをされたのですか?」


桜子は「ふふふ」と手を添えながら笑い、また明日ご覧に入れます、とだけ返事した。




そして、次の日。



「ご免くださいまし」


桜子は昨日訪れた和菓子店へ、再びやって来た。


「ああ、奥様」女主人は愛想良く向かい入れる。


「昨日は、大変お世話になりました」


桜子は深々と頭を下げた。


「いえ、大したことも出来ませんで」

「とんでもありません。本当に助かりました。明快に説明くだすったおかげで迷わずに行けました。それにしても立派なお屋敷ですこと。驚いてしまいましたわ。洋風な造りも施されてモダンですこと」


二人は実際、高林藤子の自宅前まで行っているのだから偽りではない。


「そうでしょう、そうでしょう。この辺りで一等豪勢な建物で有名なんですよ。何につけても旦那さんがそのようになさらないと我慢ならないんだとか」


女主人は自身のことのように自慢しながらも、少し…何かが含まれた物言いをした。


「それにしても奥様がお若くて、お美しいこと。目を見張りましたわ。旦那様は果報者ですわね」


桜子は気付かぬ振りをし話を続けた。


「そうなんですよ。英語も堪能らしいですよ。旦那さんがパーティーやどこにでも同行させるとか」

「まあ、素敵。『天は二物を与えない』とは嘘ですわね!幸せを絵に描いたようなご夫婦だこと」

「……そうならいいのですけどね…」


女主人の声色が変わった。


「どうかしまして?」

「息子さんは、これからご結婚ですのに…こんな話を聞かせてしまってごめんなさいね」


言葉とは反対にそう申し訳なさそうな表情ではない。

どことなく浮き立って見えなくもない。



人は語りたい。

聞いてほしい。


相手の外見が良いのなら妬ましい。

金を持っていれば羨ましい。

愛されているのなら、自分も愛されたい。


他人の「幸せ」を綻ばせたい。

自分が、ほんの少し「つついた」くらい、どうってことないだろう。


そんな些細な悪意が「人」を殺していく。

その悪意はすべて、自分が「他人」より「幸せ」だと実感したいがためである。



「奥様は外にね、情夫がいるんですよ」


女主人はにやりと笑い、吐き捨てるように言った。


「まあっ…!どこでご覧になりましたの!偶然?」


驚いてみせた。もちろん、恣意的である。


「え?いや…私が…見た訳じゃないんですけどね…噂ですよ!噂!あんなにお綺麗な方だしね!」


女主人は少し気まずそうな顔をした。


「左様でございますか…はっきりおっしゃってましたので、てっきりその場に居合わせたのかと思いました」


桜子は、「ほほほ」と笑いながら、まあ、煙の出ないところには…と申しますしね、と女主人に視線を送った。


「もう柏餅の時期でございますね。二つ、頂きます」

「…ありがとうございます」

そそくさと餅をくるみながら、女主人は桜子の顔を一度も見なかった。




店を出た後も数日の間、町中で話を聞いて回った。

以下が周辺住人から得た情報である。


高林家は、この辺りでは有名な金持ちであること。

藤子は若さと美貌だけではなく、人を惹き付ける独特な魅力を持ち合わせていること。

藤子は普段から高価な着物や装飾品を身につけており、特に紫色の着物を好んでいること。

歳の離れた夫に非常に寵愛されていること。



そして、外に男がいるのではないか。

旦那がいない時分に好き勝手やっているのではないか…。

あくまで憶測で、「誰々がどこで見た」というはっきりとした証言は上がってこなかった。



自身の手帳の頁に目を落としながら政治郎は口をついた。


「私の受けた勝手な印象ですが…高林藤子は、この町にあまり馴染めていないように見えますね」

「出る杭、という可能性も否めませんわね」


桜子は大きく息を吸って吐き「可能性ですわ」と微笑した。


「あとは、藤子様の同行を見ていきましょう」








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