転移と一時休戦
2XXX年。
技術が進歩し、かつて空想上の産物でしかなかった変身ヒーロー。それが現実となった時代。
変身技術が確立され、その存在が広く一般的に浸透してはいるものの、実際に使用出来るのはほんのひと握りの人々のみだった。
というのも、変身をする際に特殊なエネルギーを使用して変身を行う為、特殊なエネルギーに耐性を持っていない者が変身した場合はよくて極度の疲労。最悪の場合、死に至る。
だが、とても危険な分、変身した時の効果は高い。変身すれば至近距離での爆発でも生き残れるし、身体能力もおおよそバトル系漫画のような高い身体能力を得ることが出来る。
そうして変身技術が深く浸透した頃、それは現れた。
悪の組織である。
人の性だと言うべきか、変身技術を悪用した悪の組織が幾つも誕生し、世界征服やら対政府運動など様々な目的で人々の平和を脅かし始めた。
もちろん、変身する力を持っている全員が悪の組織に所属しているわけではない。
正義の味方となって悪の組織と戦う者たちもおり、その者たちが集まり、出来たのがジャスティス・ソサエティという組織だ。
こうして、戦争の形は国と国同士ではなく、正義と悪という一つの原初の形へと辿り着いたのだった。
「はぁああああっ!」
「ふんっ」
ガギィッン!
ギンッキンッギィィンッ
白銀の剣と漆黒の剣。二つの剣が交差する度に衝撃波が周囲を襲い、既に廃墟同然となった高層ビル群が砕け、瓦礫の山へと変わっていく。
鍔迫り合いをするのは、金を基調とした女性的フォルムの神々しい鎧を纏った者と黒く禍々しい鎧を纏った者の二人。
神々しい鎧を纏っているのは、ジャスティス・ソサエティ所属の変身ヒーロー。ブリュンヒルデ。
禍々しい鎧を纏っているのは、数ある悪の組織の中でも最強最悪と呼ばれる「アポクリプス」幹部の一人、ペイルライダー。
「体ががら空きだ」
「っ!」
ブリュンヒルデがペイルライダーを蹴り飛ばされるが、すぐに体制を立て直す。ペイルライダーは追撃をかけずに余裕そうにブリュンヒルデを見据えており、二人の間に距離が空いたのもあってブリュンヒルデは歯を軋ませた。
(弄ばれてる……って感じ)
ブリュンヒルデは全力で戦っている。それに対してペイルライダーにはまだまだ余裕を感じ、ブリュンヒルデはプライドがズタズタにされた気分となって熱くなっていると自覚をしている。
深く息を吐き、冷静さを取り戻したブリュンヒルデは柄を強く握り締める。
(奥の手を使うしかない)
奥の手。それは時空間技術という最新技術を使用出来る時空間デイバスだ。
時空間技術とは文字通り空間や時間を操れるもので、魔法の代表格である転移や時間停止などを行うことを可能とする技術だ。ただし、転移はまだしも時間停止は人には過ぎたる力。使ったらどうなるかは分からないし、負担も大きい。
それでも。
(世界の平和を守るため。私は躊躇なんかしない!)
『時空間デバイス起動』
ブリュンヒルデが被る兜の内側に起動時間が表示される。最新技術の上に人には過ぎた力故に消耗が激しく、まだ短時間しか使用することが出来ない。この時間内に勝負をつけなければ、ただでさえ押されているこちらの負けだ。
まさに短期決戦。
ガチリッ
時間が停止し、音が消え、全てが静止した世界。その中でブリュンヒルデは動く。
「ヴァルキリー・スラッシュ───!」
上段。両手で剣を握り締め、必殺技を使いペイルライダーを縦に一閃せんと振り下ろした。
だが、ブリュンヒルデの目に信じられない光景が飛び込んできた。
漆黒の剣が動いたのだ。
「っぁあああああ!」
動き始めたペイルライダーの剣は隙だらけの胴体へと向かっていく。ついさっき蹴られたばかりの場所をまた攻撃するという意地の悪さを感じながら、ブリュンヒルデは無理やり地面を蹴り、空中で前向きに回転する。
「っ────!」
そこで初めてペイルライダーから息を飲み音が聞こえた。
一矢報いてやった、とブリュンヒルデは自分の負けを確信しながら渾身の攻撃を放つ。
それが渾身の一撃だと悟ったらしく、防がんと漆黒の剣の軌道が変わる。
そして、ブリュンヒルデの白銀の剣とペイルライダーの漆黒の剣が再度交差した。
時間が停止した中で動ける二人が渾身の一撃で互いの剣を打ち合う。本来であれば有り得ない現象であり、そうなった場合は何が起こるか分からない。
故に、ありえないことが起きても不思議ではなかった。
バチッバチバチッ……ッゴォオオオオオオオオ!
剣同士の間に閃電が走った直後、光を飲み込む漆黒の球体が出現し、瞬く間に巨大になる。
「な、なにこれ!」
「くっ」
二者二様の反応を示しながら、二人は漆黒の球体に飲み込まれた。
数秒後。
漆黒の球体が消えた後、二人は影も形も無く消え去っていた。
何処か遠くで鳥の鳴き声が聞こえ、木漏れ日が照らす中。
「……気絶してた?」
目覚めたのは茶色の長髪の女性だった。
仰向けに倒れたまま、女性は癖になりつつある記憶を辿る作業を開始し、すぐに完了する。
自分は敵と戦って、奥の手を使ったら相手も同じ手を持ってて、剣同士が当たったと思ったら変な現象が起きて……それでその直後に気絶したようだ。
「……まさか、奥の手が通じないなんて」
ちょっぴり、いやかなり悔しい。開発したの自分じゃないけど、やっぱり負ければ悔しい。
「あーっもう!」
悔しいと思ってふつふつと湧いてきた怒りを声に出して発散すると、起き上がったと思えば近くの木に八つ当たりの掌底を放った。
ズドンッ!
重い一撃に木が揺れ、多くの葉が重力に従って落ちてくる。それを気にせずに女性は腹の底に貯まったものを吐き出すように深く息を吐き出すと両手で頬を叩いて気合を入れる。
「よし、気分を切り替えて行こう!」
まずは現在位置の確認の為に周りを見回し、群生している植物から導き出そうとするが。
(全部見たことない植物なんだけど)
現在位置どころか植物の名前すら分からなかった。
植物の特徴と名前は、余程珍しいものでない限りは知っているはずなのにだ。
「うーん、見たことのない植物が大量にあるという事は……もしかして!」
女性は腕を組んで考え込む仕草をし、すぐに結論に至ったのか明るい声色で結論を述べた。
「新種の群生地に転移したのね」
「そんなわけ無いだろうが」
すぐに横からツッコミが入り、女性は警戒しながら腕時計に手をかけつつ声の方を睨みつけた。
そこには呆れた様子の黒髪の男性が立っており、女性は男性の一挙手一投足を見逃さないよう、常に男性とその周辺を視界に収められるように少し距離を取る。対して男性は頭を抱え、大きくため息を付く。一見隙だらけだが、男性も女性と同じく常に視界に女性を収めている。
女性はそれに気づいており、一切油断せず、警戒を解かずにじっと見つめ続ける。
そのまましばらく膠着状態が続いていたが、男性が根負けしたのか肩を落として口を開いた。
「お前がブリュンヒルデだな?」
「……そっちはペイルライダー?」
返答の代わりとして女性は目を細め、男性は肩を竦めた。
確認が終わり、双方は臨戦態勢に入る。西部劇の決闘の様に何かきっかけがあればすぐに戦闘になる一触即発の状態。
だが、男性───ペイルライダーが両手を挙げた事でその均衡は崩れた。
「今は非常事態だ。争っている暇はない」
「確かに敵の幹部が目の前に居たら非常事態ね」
「やはり。お前は現状を理解していないな」
ブリュンヒルデの言葉にペイルライダーは心底呆れ……いや、馬鹿にしたような目を向け、向けられたブリュンヒルデは首を傾げる。
「いいか。俺たちは今、恐らくだが地球ではない別の惑星───最悪、異世界に居るんだ」
「──────はぁ?」
そして続いた言葉にブリュンヒルデは馬鹿げたことを聞いたと言わんばかりに眉をひそめた。それに対してペイルライダーも自覚はあるらしいが、撤回せずに根拠を述べていく。
「まずはお前が新種の群生地と言ったこの場所。植物に関して知識があるようなので結論のみを言うが、いくら新種の群生地といっても既存の植物が一つも見当たらないというのはおかしい」
「そう、ね」
「次に森の中だから見えないが、太陽が複数ある」
「え?」
当たり前だが、地球では太陽は一つだけだ。
それが複数あるということは、本当に地球以外の惑星もしくは異世界に居るのかもしれない。
でも。
「……嘘じゃない証拠は?」
「実際に見ろ」
敵の言うことを真に受ける程、ブリュンヒルデは馬鹿ではない。ペイルライダーも疑われることを予想していたらしく、論より証拠だと言うと最後に、と付け加えて最後らしい根拠を述べた。
「お前の後ろにいる生物は地球上に存在しない生物だ」
「へ?」
次の瞬間、ブリュンヒルデは顔面から地面に激突していた。
「っ~~~!」
打った鼻を押さえながら後方に目を向けると、そこには大きさは普通だが目が四つある猪が興奮しているのか鼻息を荒くして居た。
どうやら後ろから突進を喰らったようだ。ペイルライダーに集中していた為に、四つ目猪の気配に気づかず接近を許してしまったらしい。
「気づいてたなら教えてよ!」
「教えただろ」
「一瞬前にね!」
ペイルライダーに文句を言うや否や、起き上がったブリュンヒルデは地面を蹴る。
怒鳴り声で興奮が限界を超えたのか、四つ目猪が再度突進してくるが、仮にもヒーローをしているブリュンヒルデが曲がらない直線攻撃を避けられないはずもなく、余裕で回避すると同時にすれ違いざまに猪の横っ腹を全力で蹴り飛ばす。
一発の蹴りにどれほどの威力が込められていたのか、猪はそのまま文字通り吹っ飛ぶと木に激突してそのまま動かなくなった。
「単調な攻撃なんて喰らうわけ無いでしょ!」
「さっき思いっきり食らってただろうが」
「うっさい!」
一々口を挟んでくるペイルライダーに噛み付きつつ、ブリュンヒルデは時空間デバイスからナイフを取り出し、猪に近づく。
「おい、何をするつもりだ」
「解体するのよ。非常食はあるけど、それはあくまで最後。目の前に食料があるんだから」
「……お前、意外とワイルドだな」
そう言ったきり口を開かないペイルライダー。それを横目に見ながらも、ブリュンヒルデはとりあえず襲ってこないようなので無視して猪の解体を始めた。
「20kg弱って感じね」
血抜きや皮剥ぎと内蔵を腑分けし、食べない部位を何かに使えるかもと大容量のビニール袋に入れてから時空間デバイスに入れる。贅沢を言えば、水で肉を洗って完全に血抜きを済ませたいところだが、川は見当たらないし、手持ちの水は使いたくないので我慢する。
地面の土をハンドソープのように手全体に塗布して血を吸わせてから垢を落とすように擦って落とす。
油や残った血でまだベトベトだが、血塗れのままよりはマシだろうと割り切ったブリュンヒルデはペイルライダーを見る。
「知識としては知っていたが、生で見ると来るものがあるな」
「女々しいわね」
少し顔色が悪いペイルライダーを少し心配しつつも、森を抜けて太陽を確かめる為に歩き出す。それについて行くペイルライダー。
「なんで付いてくるのよ」
「敵だろうと知的生命体と居た方が精神的安らぎを覚える」
「あっそう。つまり寂しいってことね」
「個人的には賛成しかねるが、第三者的観点ではそうなんだろうな」
馬鹿にしようと言った言葉に同意(?)したペイルライダーは予想外であったブリュンヒルデは思わず足を止めてしまい、ペイルライダーはどうした、と目で聞いてくる。ブリュンヒルデはそれを無視して足を動かす。
道中は敵同士なので無言であったが、気まずさを感じる前に森を抜ける事が出来てそっと胸を撫で下ろしたブリュンヒルデだったが、空を見上げて絶句した。
空には目が眩むほどの輝きを放つ太陽があり、その近くにもう一つ。ピンポン玉ほどの大きさではあるが輝く太陽が浮かんでいる。
「嘘でしょ……」
「残念ながら事実だ」
絶句するブリュンヒルデにペイルライダーは現実を突きつける。だが、まだ認められないブリュンヒルデはペイルライダーを睨みつけた。
「私を捕まえて、地下かどっかに作った地上を模したシェルターにでも放り込んだの!?」
「違う。シェルターにお前を放り込むメリットはないし、そもそもお前を自由にしている理由も存在しない。そんな事をするくらいならお前でお前に対しての恨みと部下達の欲望を発散させてやった方が有意義だしメリットも十分だ」
「最低ね」
「優れた容姿をしていれば劣情を抱かれる。そこに正義も悪も無い」
「……」
内容は最低ではあるが、認めるしかない。
ここは地球ではないと。
「この場所に来てしまった理由だが」
その理由に思い当たる節があるのか黙り込むブリュンヒルデにペイルライダーはようやく話が進むと原因についての推測を話し始める。
「恐らくだが、お前の時空間デバイスと俺の時空間デバイスのシステムが干渉し合って長距離転移を起こしたんだろう」
「同じ技術でしょ」
「根本はそうだ。だが、機械は製造元が違えば回路もシステムも全く違うものになる」
「なるほどね」
一番分かりやすいのはパソコンだろうか。製造元によって電子回路の構造も違うし、システムに至っては何かもが違う。設定を行えば同期しても問題ないだろうが、別々のOSを何もせずにそのまま繋げてもバグるだけ。
それが時空間デバイスに起き、バグった結果が現状なのだ。
なら同じことをもう一度すれば戻れるかと思えばそうではないのだとペイルライダーは言う。
「同じことをしても元の場所に戻れるかは不明だ。海の上で遭難したと言えばお前にも理解出来るか?」
「えぇ、分かりやすく言ってくれてありがとうね。嫌味ったらしく言わなければ最高だったわよ」
「わざわざお前にも分かりやすいレベルにまで落として説明してやったんだ。感謝するのは当たり前だろう」
「……」
流石に怒ったらしく、ブリュンヒルデは凄まじい速度でペイルライダーの腕を取ると、腕十字固めを完璧に決めた。
「ぐぁああああああっ放せ、脳筋がぁああああああ!」
「うるさい、冷徹黒ウサギ!」
「俺はウサギじゃねぇえええあああああああ!」
「嘘、外し……っ!」
「ふんっ四の字固めだ! どうだ動けないだろう!」
「……やり方間違ってる。四の字固めは───こうっ!」
「がぁあああああああ!?」
ギャーギャーワーワーッ!
関節技と嫌味の応酬をすること、たっぷり数十分。
「ゼェ……ゼェ……げ、現実を見よう……」
「ハァ……ハァ……そ、そうね……」
肩で息をする二人は合意すると、一時休戦してこれからについて話し合う。目標は話し合うまでもなく帰還だ。その為に満たすべき条件は幾つもあった。
まずは時空間デバイスのエネルギーの確保。これは多少の差はあれど、両方の時空間デバイスのエネルギー残量は外を尽きかけていた。どうにかしてエネルギーを集めなければならない。
次にこの星または世界での知的生命体との邂逅。そして友好的に接し、生活基盤を確保すること。
これに関してはすぐに合意し、次の条件へ移る。
次に時空間デバイスの同期。同期させていなかったことで今の事態に陥っているので、元の場所を狙って戻るのに同期は不可欠だ。
なので、どちらかが相手のデバイスを解析して同期するシステムを構築しなければならないのだが……ここで問題が起きた。
「自分が使ってる物がどう動いてるのかも知らないのか……」
「そうだけど……何で頭抱えてるのよ」
ブリュンヒルデが自分が使っているデバイスについてもほとんど知らなかったのだ。
どんなシステムで動いているのかを問えば、知らない。使っているパーツを問えば、知らない。動力源に至っては「充電って言ってたし電気じゃない?」と疑問形で返された。
ペイルライダーはもう頭を抱えるしかなかった。
因みにペイルライダーはちゃんと理解している。何せ、自分が使っている時空間デバイスも含めた機械類は全て自分で設計し、プログラムまで組んで作り上げた物なのだ。
「知ろうと思わなかったのか」
「別に知らなくても、操作方法さえ分かれば十分だったから」
「……その分、訓練をした方が有意義ということか?」
「敵に言われるとイラッとくるけど、そうね」
胸を張るブリュンヒルデにペイルライダーは大きなため息を吐きながらブリュンヒルデに向かって己の中で最も相応しい評価を下す。
「この脳筋め……」
「はぁ!?」
「この評価は千人中千人が同じ評価を下すと確信しているぞ、俺は。それと言っておくが、嫌味でも馬鹿にしている訳じゃない。お前がどう喚こうが、変わらぬ純然たる事実だ」
「はぁあ!?」
「お前のを寄越せ。解析して同期システムを構築する」
これはジャスティス・ソサエティに所属する技術者とヒーローたちがその身を持って研究と開発に貢献した汗と努力の結晶だ。
開発が最終段階になった所で悪の組織───アポクリプスとは別の組織───の襲撃を受け、多くのヒーローたちが傷つきながらも時間を稼いだことによって完成する事が出来たのだ。
それを、悪の組織の幹部に渡す。
頭では理解してはいるものの、感情は受け入れることが出来なかった
バシッ
「渡せるわけないでしょ!」
気づけば、差し出されたペイルライダーの手を叩いていた。それをペイルライダーは予想していたのか大して驚かずに淡々と選択肢を突きつける。
「なら好きなのを選べ。一生彷徨うか、自分でシステムを構築するか、俺に渡して帰れる希望を手にするか」
どれも、ブリュンヒルデにとって最悪の選択肢だ。
自分でシステムを構築するなど、基本すら知らないブリュンヒルデには不可能だ。誰かに教わらない限りはと注釈が入るが、教わる相手は十中八九ペイルライダーだ。
そうなった場合、ペイルライダーにブリュンヒルデのデバイスを渡すのと同じだ。何かを教えるには、それ理解していなければならないからだ。
そして一生彷徨うなんて論外。
(最初から選択の余地は無いってこと……)
渋々、嫌々、顔を歪め、震えながら、再度伸ばしてきた手に自分の時空間デバイスを起いて負け惜しみ代わりに言い捨てる。
「変な事したら許さないから」
「安心しろ、そんなことはしないとも。お前に何かあれば、俺も帰れなくなるんだからな」
「……ふんっ」
鼻を鳴らして悪態を付きながらブリュンヒルデが手を離し、ペイルライダーの手にブリュンヒルデの時空間デバイスが渡った。
安全と思われる場所まで移動すると、ペイルライダーはブリュンヒルデの時空間デバイスを弄り出た。それをブリュンヒルデはじっと見つめて様子を見守る。
解体されて行くのを見て複雑な思いを抱くが、これは必要なことと自分に言い聞かせ、そして唇を噛む。
「あの、さ」
「なんだ」
顔どころか目すら向けないペイルライダーにブリュンヒルデは「あー」だの「うー」だのと呻くとバツが悪そうに小さく呟く。
「さっきはごめんなさい」
「正義のヒーローが悪の組織の幹部に謝罪か。世も末だな」
「う、うるさいっ……それで、さっきは手を叩いてごめんなさい」
今度は頭も下げ、小さくない音量で謝罪の言葉を口にする。だが、相手は敵。本来なら攻撃することは正しいことだが、今は一時休戦している身だ。敵同士ではないので、攻撃するのは褒められたことではない。
なので、ブリュンヒルデは謝った。
「貴方に渡した方がいいって頭では分かってた。でも、感情は駄目だった。気づけば手を叩いてたの」
「だろうな。お前たち正義の味方は理論ではなく感情論で動くのが多い。むしろ、反抗されなかった場合の方の違和感が凄まじい」
その謝罪も受け入れたのかどうか。嫌味を言われた気もするし、別に気にしていないと言っている気もする。
ただ、とブリュンヒルデはペイルライダーに尋ねる。
「……もしかして、慰めてくれてる?」
「ナニヲバカナコトヲ」
「プフッ」
作業をしているからか片言のペイルライダーにブリュンヒルデは吹き出してしまった。
「気が散る……あっちに行ってろ!」
「はいはーい」
照れ隠しなのか、怒鳴りつけられるが軽い返事をしてペイルライダーから離れながら、ブリュンヒルデは声を押し殺して笑い続けた。
解析が終わるのを待つ事、一時間。
「解析終了だ」
その言葉を聞きペイルライダーの下へ戻るブリュンヒルデ。元に戻ったデバイスを受け取り、ペイルライダーは取り出した工具類を自分の時空間デバイスへしまいながら結果を報告し始めた。
「幾つか朗報があるが、そうだな……まずは言うべきことは、同期システムは構築できるが時間はかかることか」
「じゃあ、とっととやりなさいよ」
ブリュンヒルデの言葉にペイルライダーは「まぁ聞け」と黙らせて朗報を聞かせていく。
「お前と俺のデバイスのエネルギーは同じだったから、供給し合う事が可能だ」
「なら、エネルギーを溜める速さが倍になるってこと?」
その言葉にペイルライダーは頭を振る。それを見てブリュンヒルデは眉をひそめ、目で説明を求める。するとペイルライダーはドライバーを取り出し、地面に図を描いて説明を始めた。
「エネルギー……動力源とすると、それは一緒だが、動力源に変換する前のエネルギーが全く違う」
ガリガリガリッ
【動力源A=動力源B
エネルギーA≠エネルギーB】
「お前のデバイスの変換前のエネルギーは電気で、俺のデバイスは感情エネルギーなどの生物が作り出すエネルギーだ」
【エネルギーA=電気 エネルギーB=感情エネルギー】
「元のエネルギーからの変換率は100%ではないので、貯まる動力源は四分の三となる」
【100エネルギー=75動力源】
「だが、相手に供給した時は、動力源から相手のエネルギーに変換してからまた変換するので、結局は渡そうとした動力源の半分ほどの量になってしまう」
【100動力源=75エネルギー=約56動力源】
「つまり、溜める速度は1.5倍になるってことね」
「その通りだ。まぁこれは時空間デバイスの話だ。変身デバイスの方は……」
「満タンね」
「こっちもだ」
変身デバイスの方は何故かエネルギーは満タンだ。理由は不明だが、これは好都合ではある。
二人は変身出来なければ、技術と知識はあるが一般人よりも身体能力が高いだけの人間だ。だが、変身することが出来れば、強さは困ることはほとんどないレベルとだけ言っておこう。
「俺の変身デバイスは付近に感情エネルギーがあれば自動的に吸収するようになっている。お前の方は……大方、太陽光発電でもしているんだろう」
「何よ、その投げやりな結論は」
「それも解析すれば判明するんだろうが、流石にそれは出来ないだろう?」
ペイルライダーの問いにブリュンヒルデは無言で頷く。
一時休戦しているとは言え敵だ。その敵に必要ならまだしも、そうでもないのに自分の武器を渡す事など馬鹿のすることだ。
「とりあえずではあるが、変身デバイスが使えるのは僥倖だ」
「そうね。あるのと無いのじゃ大違いだし、それに手に負えない生物と遭遇したら生身じゃ危ないし」
「流石は猪に突き飛ばされた女だ。説得力がある」
「コブラツイストォ!」
「ぐはぁあああああああ!」
ペイルライダーにコブラツイストを決め、悲鳴が小さくなった頃を見計らって解放すると、ペイルライダーは地面に突っ伏しながら荒い息を整えていく。
「あの、清楚で有名な、ブリュンヒルデが、短気な女、だと、世間は、騙されて」
「……ねぇ」
「なん、だ」
「ブリュンヒルデとかペイルライダーとかもうやめにしない?」
「あ゛ぁ……?」
地面に突っ伏しながらブリュンヒルデを睨みつけるペイルライダーにブリュンヒルデはしゃがみこみ、その顔を覗き込みながら話を続ける。
「ブリュンヒルデってジャスティス・ソサエティが付けたコードネームみたいなものなの。一時休戦中なんだから、敵同士なのは一旦忘れて本名で呼び合わない?」
「い、一理ある」
ペイルライダーの同意を得たブリュンヒルデは微笑みながら手を差し出す。
「暁凜華よ」
「岸辺狼嗣、だ」
その手を取り、ペイルライダー───狼嗣はブリュンヒルデ───凜華の手を借りて立ち上がる。そしてそのまま流れるような動作で掴んだ凜華の腕を後ろに回して逆の手の方へと引っ張った。
「どうだこの野郎!」
「……あのね、肩の関節技ってこうやるのよ」
痛いことは痛いが、そこまで痛くない技は掴んだ手を振り払うだけで解ける。そして掴んでいた狼嗣の手を掴み返し、そのまま後ろに回して手の付け根である肩に向かって軽く引っ張る。それだけで狼嗣は上半身を前のめりにし悲鳴を上げる。
「くそぉおおおああああああ!」
「それと」
「がぁああああああああああ!」
野郎と言われたのが気に食わなかったのか、徐々に力を強め、大きくなっていく狼嗣の悲鳴を余所に凜華は無情にも更に引っ張り続け、そして必然的にそれは起こる。
「私は野郎じゃないわよ」
ボグンッ
ギャァァァァァァァァァァァァッ
何かが外れる音と男の悲鳴が、森と草原に響き渡った。
ジャスティス・ソサエティは略しません。誰が何と言おうと略しません。
何故なら、略すとヤバイからです。リャクショウ、ダメ、ゼッタイ。
何か質問、感想などがありましたら、お気軽にどうぞ。