005 電脳空間 新宿
「えっと・・・」
どうやらまだバーチャル世界の中らしい。
とりあえず一回出よう。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
顔面が蒼白になる。
ログアウト・・・出来ない。
出られない。
WHY?
もう一度試してみる。
もう一度
もう一度
が、どうしてもログアウト出来なかった。
誰かが大声で悲鳴を上げた。
連鎖反応。それをきっかけに、あちこちで騒ぎが起き始める。
「出られないぞ」
「おいっ! なんだよ」
「なんだこれ」
「知るか」
伝染してゆくパニック。
そんな周りの喧騒を眺めていたら、逆に自分が冷静になってゆくのをカザオリは感じた。意識の奥が醒めていく感覚。昔からそうだった。文化祭や体育祭。まわりが熱気に包まれれば包まれるほど、どんどんと冷めていく自分がいた。無理をしてまわりに合わせようとするのだが、どうしてもテンションを合わせることが出来ず、そんな京介をまわりの人々はノリが悪いといった。
皮肉にも、今はそんな彼の性格がプラスに働いた。
「おーい、駅から外に出られるぞー」
誰かの叫び声。
どうやらエリア規制が解除されているらしい。
プレイヤー達の何人かは、その声に導かれるかのようにして外に出た。カザオリもそれに続く。
地下街から地上に出ると、そこにはいつもの新宿の街が広がっていた。
現実そっくりに作り込まれた新宿の街に戸惑い感心する京介。
ひょっとして既にログアウトしているのでは?
そんな錯覚すら引き起こす。
が、イメージウィンドウにメニュー画面を浮かび上がらせることに成功してしまい、ここがまだゲームの世界の中だということを実感するのだった。
・・・SIGH
あたりを見渡す。
人はまばらで、敵キャラはいないみたいだ。
車が一台も走っていないのがなんだかシュールで、さっきから感じていた違和感の正体はこれかもしれないとカザオリは自分を納得させた。
ふと新宿御苑の上に巨大な暗黒積乱雲が出来ているのが見えた。それはなんだか巨大な卵を思わせた。ひょっとしたらドラゴンでも出てきそうだ。そんな不吉な予感に身を震わせる。
―――そうだ、みんなはどうしているんだろう
チャット機能を立ち上げようとした途端、エラー表示が出た。初めて気づく、チャットできない。
なんてこった。
どうする? このまま不具合が直るまで待つか?
見渡すと、他の人々もまだ混乱しているみたいだった。
道のど真ん中でスキルを発動して、状態? を確認する人。混乱・怒りに任せてあたふたする人。様々だ。
少し街をぶらついてみるか。
そこでカザオリはふと思う。
―――自分が没入しているゲーセンはどうなっているんだろう?
―――今ならひょっとして、そこまで行けるんじゃね?
そう思うと居ても立ってもいられず、カザオリは歌舞伎町へと足を向けた。
と、スタジオ・アルタの下あたりに見たことがある人影を見つける。気が付くと彼らのもとへ駆け寄っていた。
「あなた達ひょっとして、アスピーダ・アイギスの人たちじゃないの?」
2人組の男達が驚いた様な顔をした。そして、カザオリの顔をまじまじと眺めると片方が嬉しそうに貌互を崩した。
「ああ、悪霊の囁きの人だ」
「そうそう。それで、今、どおいう状況かわかります?」
「わかんね」
「俺たちもさっき再会したばかりでさ、事態を全然把握してないんだよね」
「まあ、そのうち元に戻るでしょ」
ずいぶんお気楽だ。
「それよりさ、君も一緒に行かない? 例のプール」
「例のプール???」
「あれ、エッチなビデオとか見ない人?」
瞬間、斜めに傾いた大きな窓ガラスから室内プールに燦燦と注ぎ込む太陽光が脳裏にフラッシュバックした。慌てて振り払う。
「それより、行きたいところがあるんだ」
「へ?」
これから、自分が没入したゲーセンにいってみるつもりであることを説明した。
「ひょっとしたらそれでログアウト出来るかもしれないと思って」
「ありそう」
「だな」
「俺らも例のプール行ったら行ってみるか」
「せっかくのチャンスだしな、まずはそれからだよね」
エロは偉大だ。
この状況に順応しまくりの2人組と別れると、カザオリはあらためてゲームセンターを目指す。
人影が更にまばらになっていく。
なんだか物悲しい雰囲気。恐怖心がムクムクと心に湧き上がる。
そんな弱気になる自分を鼓舞し、東宝シネマのビルから突き出したゴジラ像に圧倒されながら角を曲がる。
と、
ゲーセンまで直線距離になったところで足が止まった。
ゲーセンの入り口にクリーチャーが1体立っているのが見える。
多分門番なのだろう。
しかもそのクリーチャーは、最上位妖魔のルシファー・サタンだった。
出現しすぎじゃね?
仮にも超レアボスだよ?
内心そんなことを思いつつ、
―――あの中、絶対に何かあるよな・・・
確信を深めるカザオリだった。
でも、ゲームオーバーになったらどうなるんだ?
背筋をゾクリとした薄ら寒いものが走る。
誰でもいいから、ユニット組んでくればよかった。
後悔。
さっきの2人組と行動を共にしていれば・・・
しかし今更戻る気はない。はやる気持ち。何とかして早くあの中に入りたい。
大丈夫、もう何回か戦っているじゃないか。
カザオリは、無理やり自分を鼓舞した。
さっきの地上に出た時の光景を思い出す。スキルは普通に使える様だし何とかなるさ。
建物をグルっと迂回して、敵の背後に迫った。そこで初めて気がつく。
アナザーバーストが使える!?
サイキックを発動しようとしたら、普通にアナザーバーストのコマンドが出た。特に使用条件を満たしているわけでもないのに・・・
考えてもしょうがない。彼は、この幸運に感謝した。
これは、いけるかもしれない。
思わずカザオリの顔がほころぶ。
そして、ある可能性に気がついた。
カザオリは気合を入れると、アナザーバーストを発動した。
超加速。一気に間合いを詰めると、ゲーセンの入り口、自動ドアの前に立つ。振り返ると2m先にルシファー・サタンの背中があった。左肩から生えた、翼の形をした3枚の刃が鈍い輝きを放っている。
スーザバング
それが、このルシファー・サタンの名前らしい。
ステータス画面は相変わらず名前以外はアンノウン表示だった。
そして訪れた緊張の一瞬。
タイムアップ。アナザーバーストの有効時間がきれ、通常空間に戻る。
これは賭けだ。
スーザバングが振り向くのと、自動ドアが開いてカザオリがゲーセン内に転げ込むのはほぼ同時だった。
スーザバングと目が合う。が、奴は興味なさげに表を向くとそのまま入り口の警備に戻った。
思った通りだ。
ここは非戦闘エリアで奴は入ってこない。
どうやら、そういうプログラムらしい。
肩の力が抜け、大きく安堵の息を吐く。
ゲーセンの中も現実世界そっくりに作ってあって、いつもなら誰かしら客がいるのに今は無人なのがなんだかシュールだった。
カザオリは気を取り直すと自分が入ったポッドへと向かった。
ポットを開けたら自分が横たわっていて・・・
そんな幻影を振り払いながらポットを開く。
当たり前といえば当たり前なのだが、現実世界で自分が入ったポットの中は無人で、ガッカリしたようなホッとしたような気持ちになった京介だった。
そして、意を決してポッドの中に入ると・・・没入した。
見渡す空間は、空きチャンネルに合わせたアナログTVの色だった。
それから光りの渦が乱舞し始める。
目を開けるとそこは荷物が雑多に散らばるマンションの1室だった。
PCのジャンクパーツがひしめき合い、ごついケースやディスプレイがあちこちに置かれていた。
なんだか秘密基地を連想させる。
「ようこそエホバ研究所へ」
いきなり出現した2次元萌キャラに面食らうカザオリ。
「え・・・と、君は?」
「わたしはエホバちゃん」
そこにはホログラムで出来た。アニメ絵キャラがたっていた。