014 幽刻酒:十六夜
ロボットから降り立ったカザオリは、池のほとりの建物を目指して走り出した。
<<カザオリ、来るぞ!>>
見上げると、オロチ震がこちらに向かって突っ込んでくるところだった。
全身が帯電していて、大きく開けた口の中はブラックホールに見える。
背筋を冷たいものがつたう感覚に襲われた。
カザオリは、アナザーバーストを発動して、急いでその場を離れた。
なんとか池のほとりの建物へたどり着く。それは和風で出来た、茶屋を思わせる建物だった。
オロチ震はと言えば、ロボとの戦闘に夢中になっていた。
安堵のため息をつくと、引き戸を開けて中に入るカザオリ。
そこは、雲の上に突き出た岩山の頂だった。
直径30m程の開けた平地の真ん中に祭壇があり、そこには巨大な鏡が安置されている。
鏡を覗き込むと、鏡に映った自分の姿が巫女の姿へと変化した。
驚くカザオリ。
「エホバちゃん?」
その顔は、エホバ研究所であった2次元アニメキャラを彷彿とさせて、たぶんエホバちゃんを作る際にモデルにした女性がこのアバターなのだろうなとカザオリは思った。
「ワタクシは九神薙の巫女。ヤマトタケルノミコトよ、さあ、いまこそ八岐大蛇を打ち滅ぼす霊酒を作り上げましょう」
そう言うと、鏡の鏡面に掌をかざした。それにつられて、掌を合わせるカザオリ。
すると、3つのアイテム『麹酵母』『聖米』『清水』が鏡の中へと吸い込まれていった。鏡面に広がってゆく波紋。幾何学模様の乱舞。それはとても眩くて。
世界が、溶けてゆく。
青白く、暖かな光に包まれるカザオリ。
<<カ・・カ・・オ・・・・カザオリ!!!>>
気が付くと、彼は茶屋の入り口に立っていた。
―――なにが、あったんだ?
<<『天叢雲』の欠片を入手することに成功。>>
急いでイメージウィンドウを立ち上げると。ステータスバーの名前のところの横に『幽刻酒:十六夜』と見慣れないアイテムの名前が表示されていた。
―――これで、入手することに成功したのか
<<YES>>
―――これからどうすりゃいい
<<オロチ震を倒すことだ>>
目の前の巨大な卵雲からとび出している邪竜の胴体。それをたどって頭を探したら、都庁の方まで伸びていた。
なんて長い胴体なんだ、と思うカザオリだが、よおく考えればここはバーチャル空間である。長さなんて自由自在だよなという事実に思い至った。
と、一筋の極太光線がオロチ震の頭部を吹き飛ばした。
驚き喜ぶカザオリ。が、それはすぐに驚愕に変わる。
オロチ震の頭部が復活したのだ。
―――どうなってるんだ?
<<カザオリ、奴は天叢雲の欠片を持つ君にしか倒せない>>
―――あんなデカ物どうすりゃいいんだよ
<<あの積乱雲(卵雲)こそ奴の本体。あれを斬れ>>
―――馬鹿言うな。あんなドデカいものどうやって斬るんだよ。
<<忘れるなカザオリ。ここはバーチャル空間であることを。イメージするんだ。あの積乱雲(卵雲)を一刀両断する巨大な剣を。>>
イメージ・・・イマジネーション・・・
カザオリは、意を決すると巨大な卵雲と対峙した。腹に力を込めて、大地をしっかりと踏みしめる。
邪竜を斬り裂く聖剣。剣を持つイメージ。
カザオリは空想の剣を握ると上段に構えた。静かに目を閉じる。
―――イメージの剣で切り裂くんだ!
構えた掌から巨大な剣が精製されていくイメージ。
眉間に意識を集中し、臍下丹田に力を込める。
―――やれる。俺ならやれる。
そして、巨大な卵雲を一刀両断した。
静寂。
そっと目を開くと、卵雲もオロチ震も消滅していた。
撃破成功に成功したのだ。
あまりの呆気なさに拍子抜けするカザオリ。
―――倒した・・・のか?
<<成功だ。オロチの消滅を確認。新宿エリアの攻略は完了した>>
―――いや、まだだ。新宿中央公園のヤツが残ってる。
もう一つの卵雲の存在を思い出したカザオリは、慌てて走り出した。
目指すは新宿中央公園。
新宿御苑を飛び出したところでイメージウィンドウが立ち上がり、右下に『CALL』パネルが出現した。鈴の音がけたたましく響く。
それはオリヅルからのCALLだった。
「よかった。無事だったのね」
「ああ、君らも無事でよかった」
「いまどこにいるの?」
「御苑出たとこ。これから中央公園の2つ目の卵のとこ行くから」
「え・・・もう無いわよ」
「無い? 消滅したってこと?」
「そう」
「なんで」
「わかんない」
―――何でなんだW.G
<<不明。情報が足りない>>
「それでね、ここの管制システム使ってみんなに連絡取れるようになったみたい。こっちからしかCALL出来ないけどね」
「都庁からしかってのは不便だけど、連絡取れるだけありがたいね」
「他のエリアへも連絡取れるみたい」
「!!! 凄いぞ」
「他のエリアではまだオロチが暴れているみたいだから、攻略法を教えようって話になってるの」
「天叢雲の欠片の取り方がわからない訳か」
「存在自体知らない可能性もあるわね。とにかく合流しましょ」
「こっからだとバスタ新宿あたりで合流かな」
「むう。残念。バスタって渋谷区だから入れないのよね」
「うそだろ。バスタって渋谷区なの?」
「そ、目の前の道路が境界線」
「そうか、ここが甲州街道だっけ」
さっきの話を思い出す。
「こっちから行った方が速いから、新宿御苑の入り口あたりの交差点で合流しましょ」
駅へと向かう坂道を駆け上がり始めていたカザオリは、慌てて歩みを止める回れ右して引き返した。
そこで、ふと好奇心にかられてチャットを試してみる。
が、やはりチャット機能は使えなかった。
やはり都庁からだけしか通信できないようだ。
ふいに名前を呼ばれた気がして、辺りを見回す。
新宿WINSビルあたりにたむろしているパーティーの中に、コジロウがいた。
「コジロウ! よかった、無事だったんだ」
「まあね、タワケとベンケイは?」
「まだ出会えてないんだ。」
「そっか。それにしてもイービル・アモン2体と闘ってたら、突然消えちゃうんだもん。ビックリしたよ」
「そうそう、俺ちゃんがカッコよくEXバースト決めようとしてたのによ」
「見栄張んじゃねえよ」
コジロウと一緒にいたプレイヤーたちも、会話の輪に加わりだした。
なんでも、敵が大量発生した際に協力プレイして、そのまま今に至るそうだ。
都庁ロボがカザオリ達をまたいで新宿御苑へ向かって行った。
カザオリはこれからの予定をコジロウ達に話すと、協力を頼んで共にロボの下へと急いだ。