012 オロチの目覚め
「どうやって動かすんだ?」
「どうやら知事の机が、操縦シートになってるみたい」
あっちこっち動かしながら、ハートゥーがいった。
「こいつ、動くぞ」
興奮気味に手足をバタつかせる。彼の動きに連動してロボットが動いた。
「いくぞ」
ロボはセーフティーゾーンから出ると巨獣へ殴りかかった。
「くらえ、都民ファーストパンチ!!」
ハートゥー絶好調。
ロボの拳が巨獣の顔にクリティカルヒットした。
たたらを踏んで怯む巨獣。が、何とか持ちこたえると、尻尾を振ってテイルアタックを繰り出した。
横っ腹にモロにくらい、吹っ飛ばされるロボ。中空で見えない壁にぶつかって止まった。
「なんだ? いきなり止まったぞ」
「見て、ここ新宿と渋谷の境界線だよ」
ロボが立っている場所は国道20号だった。見えない壁に阻まれて、渋谷区への侵入を阻まれていた。
「他のエリアのプレイヤー達との連携は無理か」
「敵が来るぞ」
ガップリヨツ
巨獣は勢いの乗ったタックルをかましてきた。
「HPがもう1/3減ってるぞ」
管制パネルの一つを眺めながら、ジュピテルがいった。
残りのメンバーが空いている管制デスクについた。
「ミサイルとか使えるみたい」
オリヅルの言葉にハートゥーは手元のパネルをいじる。
「なにくそォォッォ」
巨獣の吐き出す火炎を横っ飛びでかわすと、
「社畜ミサイィィィル」
気合と共にミサイルを発射した。
巨獣が爆炎に包まれる。
「どうだ!」
「OK.OK ダメージあたえてる」
「他に武器は?」
「ビームソードがあるわよ」
コンソールをいじりながらオリヅルが言った。
「よっしゃあ! こいつでトドメだ! 税金スウォォォォォード」
ハートゥーの瞳がいよいよランランと輝いた。
「おい、誰かそろそろ止めた方がいいんじゃないのか」
ジュピテルが引き気味に言った。
「うん、無理だな。止められる気がしない」
そんな話をしている間にも、ロボはビームソードを構えると巨獣へ向けて突っ込んでいった。巨獣は尻尾を振り上げて威嚇する。ロボはサッと身をかがめ、尻尾の下をくぐり抜けた。無防備の背中に飛びかかると、首筋に斬りかかる。そしてここぞとばかりに全身からミサイルを乱射した。
爆炎の中に粒子と化して消える巨獣。
「HA HA HA。成敗!!」
握りこぶしを天高く突き上げ、ガッツポーズ。
「天下無双ォ! トーチョーオー!!」
勝利の余韻に浸るハートゥー。他のメンバーは少し引きつった顔で、そんなハートゥーを眺めた。
◇■◇■
ドコモタワー(時計塔)の左辺りに卵雲が見えた。
前見た時よりも更に大きくなっていて、更に禍々しく赤黒く胎動していた。卵の中にいる"何か"の鼓動を感じてカザオリは背筋に薄ら寒い寒気を感じた。
「どうしたの?」
そんなカザオリの様子を心配してオリヅルが声をかけてきた。
「あれ、今にも孵化しそうじゃない」
そう言って新宿御苑の上空を占拠する邪悪な卵雲を指さす。
「急いだほうがいいかも」
彼女はその邪悪さに身震いしながら答え、
「はやく『聖米』を見つけた方がよさそうね」
そうつぶやいた。
「なんか竜の巣みたいだな」
「あの中にラ〇ュタでもあるんじゃね」
アルレスとハートゥーが、その恐怖心を誤魔化すように軽口を叩いた。
「そういえば新宿中央公園にも卵在ったよな」
思い出したようにジュピテルが言った。
公園の方を見ると、御苑のものよりはるかに小粒だが、卵雲があった。
「今のうちに破壊しとこう」
ハートゥーがミサイルを発射した。爆炎に包まれる卵雲。が、卵雲は無傷だった。焦った彼は、今度はビームソードを取り出して斬りつけた。しかし破壊できない。それどころか、ダメージすら与えられなかった。
「なんなんだよ、これ」
「オブジェクト扱いなんだ」
管制デスクで中央公園に浮かぶ卵雲を分析していたカザオリが言った。
他の4人が驚きの声をあげだ。
「あの卵雲、オブジェクト扱いになってる。つまりは風景の一部ってことだね」
「そういやここはバーチャル世界だったな」
「これが現実とバーチャルの違いってやつか」
「どうすりゃいいんだよ」
「どうにもできないな」
「卵の中からバケモノが出てくるまで待てってか」
目の前で不気味に胎動していた。一呼吸ごとに大きくなっていっているような気がした。それだけ精神的にまいっているのかもしれない。
「その前にやることあるでしょ」
3人は一斉にオリヅルを見た。
「まずは最後のアイテム『聖米』を手に入れないとね」
カザオリの言葉にオリヅルが頷く。
「オロチウィルスに対抗できるアイテムか」
「やれることやりましょ。私たちにはコレがあるんだし」
「そうだな。よし、まずは戸山公園へ移動しよう」
「この都庁ロボ使えばあっというまに移動できるな」
「おいアルレス」
「嗚呼、トーチョーオーな」
◇■◇■
その公園にはゾンビが蠢いていた。
その薄暗くなっている一角にロボは足を踏み入れた。ゾンビを蹴散らしながら。
「ウワハハハ、ゾンビどもがゴミのようだ」
無人の野を行くがごとく、ノッシノッシと歩みを進める。
「まさに天下無双だな」
「こいつがなかったら大変だったろうな」
やがて、ぽつんと光が差す小高い丘が見えた。
丘の手前の開けた広場に、カザオリとオリヅルは降り立った。
初めはカザオリ一人で行くつもりだったのだが、ボディーガードすると言ってオリヅルもついてきたのだった。
「一人でも大丈夫なのに」
「じゃあ、アナタがやられた時のためのバックアップって言えば納得する」
「バックアップ?」
「ラスボスを倒すためのアイテムでしょ。持ってるのが1人だけじゃ不安じゃない」
「そりゃそうだけど」
「なあに、後ろから攻撃されそうで怖い? 美味しいとこワタシが全部持って行っちゃそ?」
邪悪な笑みを浮かべなが言った。
「怖いな~」
少し引き気味のカザオリ。
「嘘よ」
オリヅルはニッコリと微笑んだ。
1歩1歩踏みしめながら階段を上る。
高鳴る鼓動。自然と息遣いが荒くなるカザオリ。オリヅルの方はといえば特に変わった様子はなかった。
そして、ついに山頂に足を踏み入れた。
辺りを見渡す。奥の方に看板が見えた。
熊野神社の時のことを思い出して、二人は看板まで歩み寄ると、それに触れた。
途端に視界が切り替わる。
見渡す限り黄金の稲穂畑で、目の前には四本の御神木が立っており、四角形になるようにそれぞれをしめ縄で繋いでいる。しめ縄についている紙垂が、風に吹かれてヒラヒラと揺れていた。
「ねえ、見て」
その中心には、祭壇が浮いていた。
二人はそこに供えられていた稲穂に触れる。
見事、『聖米』を手に入れることに成功した。
カザオリは3つのアイテムを揃えることに、見事に成功したのだ。
―――これで、『天叢雲』が手に入るんだな。
<<あとは九神薙の巫女のところへ行くだけだ>>
―――九神薙の巫女ってどこにいるんだ?
<<不明。情報が不足している。>>
「どうしたの?」
ぼ~っとしているカザオリに、オリヅルが声をかけてきた。
「え、いや、何でもない。あとは『九神薙の巫女』を探すだけだと思ってね」
「そうね、どこにいるのかしらね」
「そこが問題なんだ。映画だと、神社っぽいところで酒を作ってたんだけどさ」
「新宿の神社といえば花園神社?」
「でも何もなかっただろ。それっぽいの」
「ひょっとしたら、アイテムが揃ってる時だけ、イベントが発生するのかもよ」
「そういうのも有りか。とりあえず戻ろう。続きはみんなで話し合うってことで」
「そうね、それに一回、駅まで戻ってもらわないと」
「なんで」
「だったワタシ、まだ『麹酵母』持ってないし」
「でもあれって、何回もアイテム貰えるもんなのか」
「基本は1回だけみたいだけど」
「ダメじゃん」
「忘れ物預かり所なんて、小田急にも京王にだってあるでしょ」
「場所かえればいいのかな」
「じゃないと困る」
オリヅルは刹那気な表情を作った。
と、世界が激しく揺れた。この世の終わりかってくらいに。
<<カザオリ、OROCHIの一部が出てくるぞ>>
W.Gの言葉に、思わず新宿御苑の方向を見る。
積乱雲で出来た超巨大な卵が、雲の隙間から光を放射していた。
心臓の鼓動のように、強弱をつけながら。
カザオリの視線の先のものに気づいて、オリヅルも言葉を失う。
卵雲に亀裂が走る。それはどんどんと広がってゆき・・・
やがて、そのなかから巨大な大蛇が姿を現した。