000 プロローグ
「衛藤、まだか」
「もう少し」
モニタのステータスバーは2/3を超えたところだった。どうやら、どこかのネットワーク上に何かのプログラムをアップロードしているらしい。
「ヤバす、OROCHIに感ずかれまスた」
奥の方、6枚のモニタに囲まれたデスクに座って、忙しそうにキーボードを叩いていた彫井がさけんだ。
「うそだろ!」
馬場が慌てて駆け寄る。
「馬場氏、スイッチするから手伝ってくれめんす」
「OK カウント3でいくぞ」
自分のPCデスクに滑り込むと馬場が叫んだ。
「スリー、ツー、ワン!」
危険を示すアラート表示が消えた。
ホッと胸を撫でおろす2人。
「OROCHI野郎、ウィルスでも喰らえやゴルァ」
彫井は目をランランとかがやかせながら再びキーボードを叩き始めた。
が、その手がふと止まった。
「まずいぞゥ。3分後にギーグルバンファイのエージェント達が乗り込んでくる系?」
馬場が舌打ちするのと衛藤がアップロード完了を告げるのはほぼ同時だった。
「よし、とっととずらかろう」
「まってくれ、アップロードの痕跡を消さなきゃ」
「PCごとぶっ壊しちまえ」
「まてまて、メモリー破壊したくらいじゃ復元されちまう。相手は超AIのOROCHIだぞ。しかもギーグルバンファイは世界中から優秀なエンジニアを集めてるんだ。ちゃんと自滅プログラムを作動させよう」
「とりあえず馬場氏は、証拠隠滅風に偽装工作してくれる」
馬場がそこら辺の書類を山積みにして火をつけている間に、衛藤と彫井は室内に8器置かれている物理サーバー内のデータを破壊し、それにガソリンをぶっかけた。
「やばみい、来る!」
「みんな掴まれ」
彫井と馬場が衛藤に掴まった。
そして、馬場が物理サーバーに火を放った瞬間、3人の姿はその場から掻き消えた。まるで霧か霞のように。
ワンテンポ遅れて完全武装した一団が部屋に乗り込んできた。
◇■◇■
「おうおう、やっとるやっとる。消火活動ご苦労さん」
3人は今までいた老朽ビルの向かいにあるビルの屋上にいた。
「ちょっと偽装工作やりすぎたかな」
「いいさ、『スピリットオブエホバ』の存在さえ気づかれなきゃね」
「大事なデータはもう移してあるしい。せいぜいあるはずのないデータを探してくだすぃ」
忙しく動き回る武装団の様子を見ていると自然と笑みがこぼれる。3人は出し抜いてやった爽快感にひたった。
「それにしても彫井よお」
「馬場氏、どうしたんだい」
「いくら予知能力ったって3分後は余裕なさすぎんだろ。せめて15分後とか予知出来ないかね」
「お前さんの念動力が100m先の物体まで動かせるようになったら、出来るようになるかもね」
「ざっけんな」
「有効範囲3mとか微妙に不便だもんな」
「おっと衛藤選手も参戦か?」
「お、やるか」
馬場がシャドーボクシングしながら言った。
「俺、命の恩人よ」
「「それはそれ、これはこれ」」
「ハモルんじゃねえよ」
3人は心の底から笑った。張りつめていた糸が切れて、気が緩んだからだ。
突然、彫井が真顔になる。
「あ、見つかった。3分後に何人かここに来るからシクヨロ」
「俺ら、ちょっと緊張感なさすぎるな」
「超能力身につけた弊害かもね」
3人は三者三様の方法で反省した。
「さっさと次のアジトへ行こう」
「賛成!」
衛藤が先程までいた部屋に目をやると、武装した男たちが数人、こちらを見ながらどこかと通信しているところだった。
―――願わくば、心正しき者の手に渡らんことを願う。
心の中でそうつぶやく。
3人は念のために武装集団の視界が届かない場所まで移動すると、そのままテレポーテーションして消えた。
◇■◇■
その日はどんよりとした曇りだった。空を覆う厚い雲が気分まで重苦しくさせた。
とある多国籍企業の軍事研究所では、所長のウォイス=クオンリーが大きな声を上げていた。
「なに!? 3人の確保に失敗しただと!」
「なにぶん、地の利は奴らの方にあるもので」
「言い訳はいい!! それで、『リインシャーラ』の奪取は?」
その剣幕に気圧されながらも、実行部隊隊長は報告を続ける。
それは、いつも通りの、いやどちらかと言えばとてもイージーなミッションのはずだった。戦闘訓練も受けていない、武器の扱い方も知らない民間人、運動不足プログラマーを3人拉致するだけの。
―――なぜ気づかれた?
実行部隊が突入した時には、既に3人は脱出した後で、しかも慌てて証拠隠滅しようとした痕跡まであった。
―――なぜだ?
同業者相手にすら後れを取ったことはなかったというのに・・・
「『リインシャーラ』をプログラムするためのデータはあったのか?」
「消火活動は終了し、現在は解析班が瓦礫を調査中であります」
それから2~3やり取りをした後、通信は終了した。
ウォイスは大きなため息をつきながら、指で目頭を揉む。そして独り言のようにつぶやいた。
「まさかZERO-α部隊が失敗するとはな」
「これは真実味を帯びてきましたな、例の話」
それまで影のようにウォイスの傍に控えていた男が口を開いた。
「『リインシャーラ』が人を超能力者へと覚醒させるプログラムだというあれか」
「はい、奴らはすでに超能力者へと覚醒しているものと思われます。そうでなければ、ただの民間人がZERO-α部隊から逃げおおせるなどあり得ない話です。」
「超能力・・・人智を超えた超常の力。にわかには信じがたいな」
一呼吸おいて傍らに立つ男が話を紡ぐ。
「これはあくまでも噂なのですが」
「いやに勿体ぶるな」
ウォイスは話の続きを促した。
「なんでも上層部は、今度のイラン侵攻の際にサイキックソルジャーを投入して、各国にデモンストレーションをする予定なのだそうです」
「なるほど。それで、あれだけせっついてくるわけか」
思い当たる節があるのか、ウォイスは一人うなずいた。
「どうしますか、彼らが『リインシャーラ』をプログラミングしてしまうきっかけとなった、彼らの開発したゲーム。たしか『TOKYOラビリンス』でしたか、データの欠片を集めさせ、再構築させるためにOROCHIを投入しますか」
一瞬の間
「まずは解析班からの報告を待つ。それで再構築出来るのならばそれでよし。投入はそれからでも遅くはあるまい」
超AI:OROCHI
宇宙に浮かぶ無数の人工衛星、その中の一つが量子コンピューターを搭載した超AI:OROCHIの本体だ。これのおかげで多国籍企業ギーグルバンファイは地球上第一位の企業になり、今では国同士のパワーバランスまでも操るようになっていた。
―――頼りすぎている。
AIなどただの道具に過ぎない。便利に利用すれば良い。それは理解しているのだが・・・
ウォイスは、言葉にできない薄ら寒いものを感じた。