表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

サラリーマン「あ、そうだ。俺は伝説の勇者だった」

作者: 佐々雪

「あ、そうだ。俺は伝説の勇者だった」


 会社帰りにコンビニで買ったからあげを、公園のベンチで食べていたときのこと。夕焼けがとてもきれいで、涼やかな風を肌にうけ、ここちよくからあげを食べていた。


 そのときに突如、そのことを思い出したのだ。そうそう。そういえば俺は勇者だった。

 

 俺はくちのなかのからあげを飲み込み、ベンチから勢いよく立ち上がる。


「ギガファイヤー!!!」


 魔法をとなえる。

 すると遠くの空から、「カー」とカラスがなく声が聞こえる。


 ……やはり、間違いない。


 伝説の勇者のみ使える召喚魔法『ギガファイヤー』を、あっさりと使えてしまった。やはり、俺は伝説の勇者だったのだ。残業が忙しくて完全に忘れてた。思わず身ぶるいする。


「こうしてはおれん!!」


 カバンの中から社員証をとりだす。社員証には死んだ魚のような目をした男がうつっている。俺だ。そしてその裏には『五箇条の社訓』が書いてある。毎朝の朝礼で、唱和しているのだ。


「破……ッ!!」


 俺は社員証を両手でへし折る。そして踏みつける。

 すると不思議なことが起こる。身体に力がみなぎるのだ。おそらく社員証の魔力により封印されていた真の俺の力が、よみがえってきたのだろう。


みなぎる力をもてあました俺は、あまり意味はないけれども、公園のなかを走り回る。


「もう俺は、会社に行かん! 世界を救わなければならない! 魔王を倒し、姫を救わなければならないのだ! それが俺が、命をかけて、この人生でなすべきことだ!」


 夕焼けの空に向かって吠えると、公園にいた親子がフェードアウトしていく。そんなことよりも心配なのが、この貧弱な装備品だ。こんな装備で魔王と対峙できるのであろうか?


 あらためて、自分の防具を確認してみる。

 スーツとカバンしかない。こんなもので守れるのは、せいぜい家庭一個分くらいのものだ。それはそれで、ものすごく大変なことだと思うが、世界を守れる装備品ではない。


 武器はどうだろう。めぼしい武器は、ネクタイくらいしかない。俺は公園の木を魔王の首に見立てて、ネクタイをまきつけるシミュレーションをしてみる。


 ……いや、だめだ。


 こんな攻撃は、避けられるに決まっている。こんなものにおとなしく巻かれてくれるのは、泥酔した新橋のサラリーマンくらいだ。


「至急、装備品を整える必要がある」


 そこで俺は、からあげを買ったコンビニのATMで、三千円をおろす。そしてそのお金で、からあげを買う。


「よし! これをあとで食べよう! 次は姫を探しに行こう!!」


 魔王のしわざによって、姫はある場所に、幽閉されている。

 その場所には心当たりがあった。スピーディー早野ビルの屋上256階だ。


 俺は電車で東京駅まで移動し、駅から徒歩五分のところにある高層ビルに歩く。スピーディー早野が建築したと言われる、スピーディー早野ビルだ。


 俺はビルのエレベーターにのりこみ、屋上のボタンを押す。エレベーターがゆっくりと静かにしまる。階数を示す数字が、2……3……4……と増えていく。その数は100を超え……200を超え……そして300を超えていく。屋上は256階にあるので、これは相当におかしい状況だ。


「しまった! 魔王の罠か!!!」


 俺はエレベーターを止めようと、ボタンをおしまくる。しかし、どのボタンを押しても、何も反応しない。階数はすでに800を超えようとしていて、エレベーターの中にはお経のような変な音が聞こえ始めてくる始末だ。


南無三やばい!!」


 俺はエレベーターのドアを、全力でパンチする。

 すると階数の表示が「死」に変わり、ゆっくりとエレベーターのドアがひらく。ドアの向こうはまっくらな空間が広がっている。


 どろり、とした粘着質な空気。ものすごく良くない予感がする。


 しかし俺は伝説の勇者なので、こんなことに億している場合ではないのだ。自分の人生をかけて、成すべきことがある。


 俺は歯を食いしばり、暗闇のなかを駆けぬける。


 五分ほど走り続けると、何かがすすり泣くような声が聞こえる。その声の主は、間違いなく姫のものだ。俺は勇者だから分かるのだ。


「姫……!! ご無事ですか!!?」


「……誰?」


 怯えるような、そして憔悴しきった声。


「伝説の勇者です! 伝説の勇者が来たからには、もうご安心を!! 魔王からあなたを救いに来ました!!」


「伝説の……勇者……?」


 声の主をみつける。

 スーツを着た、美しい女性がいる。

 おもわず、安堵のため息がもれる。

 間違いない。姫だ。


「そうです! さあ、もう大丈夫です! 魔王はどこにいますか!?」


 姫はやはりまだ怯えながら、しかしゆっくりと暗闇の向こうを指差す。俺は力強くうなずき、暗闇に向かって歩をすすめる。


 しかし、その暗闇にぼよんと弾き返される。やわらかい、弾力性のある見えない壁があるらしい。俺は回転しながら受け身をとる。そしてその見えない壁に目を凝らす。


 すると、壁からひとつ、またひとつと、人間の目のようなものが浮かび上がってくる。これまで閉じられていた無数の目が、眠りから覚めて一つづつ開いていくように。


「なんと……」


 ついには目の数は、おそらくは百をこえる。

 間違いない。この壁こそが……魔王……。


 俺は壁に向かって全力パンチを繰り返すが、ぽよんぽんよんと跳ね返るばかりで、ちっとも効き目がない。


「グオオオォ…………!!!」 


 壁は身体の真ん中に、大きな口をあらわす。

 そしてその口は……俺ではなく、姫に向かっていく!!!



「きゃあーーーー!! 助けてーーーー!! 勇者様ーーーー!!」


「あぶない! ギガファイヤー!!!!!」


 俺が魔法をとなえると、遠く空からカーという鳴き声がして、続いて大量のカラスがおしよせてくる。


 召喚成功……!カラスの群れは、壁の目という目をつつきあげる!!


 壁がひるむ。

 一瞬のスキがうまれる。今だ!!


 俺は自分の首のネクタイをはずして、壁にぐるりと巻きつける。そして弾力性のある壁を、全力でしめつける。壁はしばらく必死で抵抗してきたが、まもなくその力がふっと抜ける。


 気がつくと壁は、どろどろの液体にかわっている。


 俺はついに、魔王をやっつけたのだ……。


「姫、ご無事ですか!!」


 ぐんにゃりと崩れ落ちている姫にかけよる。


「ありがとう……助かったわ……」


「よかった。そして姫。改めてお願いが……」


「はい、なんでしょう?」


「俺と結婚してください!!!」


 いささか告白がスピーディーすぎる気もしたが、ここはスピーディー早野ビル。違和感はないはずだ。


 しかし……。


「ごめんなさい! 無理なんです!」


「え、どうして!? 伝説の勇者なのに……!?」


「だって……」


「だって……?」


「ネクタイの……ガラが……」


「ネクタイの……ガラが……?」


「ダサい……」


「……え? ちょっと信じられない。もう一回言って……」


「うん。大事なことだからもう一回言うね。ネクタイの……ガラが……超ダサい……」


「あ、超がつけ加わってる。若干、火力上げるのやめて……」



 しかし、その時である。



 夜空からたくさんの天使たちが、舞い降りてくる。

 一人の天使が俺のネクタイをみつけると。キラキラとした光をまといながら、それを空へと運んでいく。


「俺のネクタイが……空へ……」


 天使たちは仲間と戯れながら、空へとネクタイを運んでいく。そんな神秘的な光景を、姫と二人で見上げて眺めている。


「俺、やめるよ……もうネクタイするのやめるよ」


「いいの? やめちゃうの?」


「いいんだ。社員証も粉砕したし、もう会社には入れない。二度と打刻もできない。考えてみたら、ネクタイなんて必要なかったんだ」


「じゃあ、本当に必要なものは?」


「守るべき、あなたです!!」


「分かった……じゃあ……結婚しよっか……?」


 天使たちが舞い、戯れる中で、俺達はプロポーズの言葉を交した。


 姫のほほが赤く染まっているのは、夜空の向こうにある夕焼けが、彼女をてらしているからかもしれない。





〜完〜

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 勢いが良い。個人的に好み。 [気になる点] 続きはかけなさそう。気になるけど。 [一言] 最近はこういうタイプの作品がランキングに上がってくるのは珍しい。これからも頑張ってください。
[一言] やばいからあげ君が食べたくなってきた。 今からあげ君1個増量キャンペーン中ですよね。 買えというお告げでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ