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母上、招待状ですか?

 どんなに考えたって、何も手掛かりの無いままでは何もできない。

 前世における大学の研究室と同じだ。

 ひたすら実験してデータを集めて考察を進める。先輩からそのやり方を教わって引き継いだからこそ難なく出来るようになったけど、アプローチから実験結果の予測まで全て一人で考えろと言われたら、たぶん最初のアプローチの検討から躓くに違いない。

 情報はデータだ。

 分析し、考察し、結果を予測するための材料。

 数学的思考とはこういう時に使える。因果応報という言葉があるように、何パターンもの予想を構築してシミュレーションを繰り返せば、その内の一つに何かしら引っかかる事も多い。


 そしてまた、俺の前に差し出された招待状も、それまでに与えられていた情報から導き出されていた一つの可能性だった存在なわけで。


「お茶会、ですか?」

「ええ、そうなの。社交界デビュー前に友人を作っておくと色々便利だから、アルも行きましょう?」


 母上のお部屋に呼び出された俺は、母上が楽しそうに差し出した招待状を反射的に受け取ってしまった。

 ここ数年、慣れ親しんだその筆跡に眉根を寄せつつ、差出人を見る。おっふ、やっぱりあの人か……。


「後五年もしない内にアルも社交界デビューでしょう? 沢山参加して、少し慣れておいた方が良いわ」

「別にコミュ障ってわけでもないんだけどなぁ」

「そう言ってもあなた、ずっと一人でいるじゃない。ネヴィルが誘っても中々同い年の子と遊ばないでしょう?」

「あれは向こうが嫌がるからです」


 母上の言葉にぷいっとそっぽを向く。


 八歳になった俺は少しだけ行動範囲が広がって、ネヴィルと一緒にあちこちに出掛けることが多くなった。

 八歳にもなればデビュー前の予行練習として母親のお茶会にくっついて行くことも増える。現に俺も数回ほど連れて行って貰ってはいるんだけど……。


 絶賛、同い年の子達に敬遠されている最中であったりする。


 何でだー! 俺めっちゃ良い子じゃん! 噛みついたりもしないじゃん! それなのになんで初っぱなから遠巻きにされているんだよー!

 畜生、これが強制力か……!? 俺のこの雪兎カラーはヒロインにしか受け入れられないとでも言うのか……!?


 軽く絶望しかけたけど、俺にはネヴィルがいるからと気にしないことにした。見た目は八歳でも精神年齢ではそろそろ三十路が近い。ここは俺が大人の対応を見せるべきだと思って、行く先々のお茶会ではぽつねんとぼっち時間を過ごしている。

 俺と一緒にいることでネヴィルまで敬遠されたら可哀想だからと思って、ネヴィルがいようといまいと、俺は常にぼっちを謳歌することに決めている。

 別にこれについては悲観していないし。

 むしろ。


「こんなプリティーな雪兎カラーを見て敬遠するようなクソ餓鬼共とつるむなんてこっちから願い下げです」

「あなた、無駄にポジティブねぇ」


 母上がため息をつきながら頬に手を当てた。


 母上、何を今更。

 ポジティブじゃなきゃ、死亡フラグ確立した名付けの儀式の日に俺は引きこもりと化していたに違いない。

 俺はにっこりと笑って、母上に言い返した。


「僕が将来、イケメンで優秀になるのは確定事項なので。後々そんな僕と縁を繋がなかったことを後悔すればいいんです」

「自分でそれを言うの?」

「普遍的事実でしょう?」


 基準は前世だけどな!


 はんっと鼻で笑ってやれば、母上は苦笑して俺の頭をそっと撫でてきた。

 昔は嬉しかったこれも、心身ともにちょっとだけ成長した今は恥ずかしい。

 照れ隠しに視線を下に落として、招待状の中身を広げる。中身を読むと、お茶会の日程は来月だと書いてあった。


「ずいぶん先ですね?」

「ええ。なんでも今回はラスカー皇子の婚約者候補とご学友を選ぶ為らしいの。だからできるだけ多くの同じ年代の子を呼ぶんですって」


 へぇーと頷きながら、俺はふと首を捻った。


「僕行く必要あります?」

「あら、どうして?」

「だって僕とはちょっと年がずれません? 今後学園へ通うことを考慮したら、ほとんど学園生活も被りませんよ?」


 ラスカー皇子……前作ヒロインであるシンシア様と現皇帝の間に生まれた彼の皇子様は現在五歳。俺とは三歳差で、俺が学園四年生の時に皇子は入学してくるはずだ。

 そしてその時まで俺との接点は無いはず。

 むしろ入学後も接点は無いはず。


 そう、忘れちゃいけないラスカー・バステード・イガルシヴ。

 桃色髪に水色の目という前作ヒロイン、シンシア様の特徴をがっつり引き継いでいるこの皇子様は『ヴァイオリンと』の攻略対象の一人で間違いない。


 第一皇子が生まれ、ラスカー皇子の名前が国民に広まったあの日。

 俺は思った。

 むしろ叫んだ。

 ブルータスお前もか……ッ、と。


 シンシア様ぁぁぁ、なんで母上と同じ穴の狢になってんですかぁぁぁ!!

 あんた、続編のシナリオ知ってたんでしょう!! なんでこうなった!!?


 がっくし膝を付いた俺は一瞬の失望の後に直ぐ様シンシア様に手紙を送った。俺個人では出せないので、いつものように母上の手紙に偽装して、だ。


 そして返って来た返答。


『占い師に負けたorz』


 おー、まい、ごっと……。

 そうか……皇室って両親が名付けるんじゃなくて、占い師が付けるのか……。

 高貴な人々の儀礼的な側面を前にして、ラスカー皇子のフラグが建築されてしまった瞬間だった。


 これはどうしようもないと思いつつ、シンシア様と度々文通で相談を受けながらできる限りのことをしてきたのだけど……シンシア様、俺、お茶会に出てどうしろと?


 母上から差し出されたのは招待状だけだ。特別に一言が添えられている様子もない。

 え、シンシア様、マジで俺にどうして欲しいの?


 顰めっ面で考えていると、母上がのんきにこんなことを言い出した。


セロン(現皇帝)とシンシアの子供だし、皇子様なら見た目の偏見なくアルと遊んでくれるんじゃないかしら。シンシアはその辺り、きちんと教育していそうだし」


 母上のあまりにも能天気な台詞に俺は大袈裟に溜め息をついて見せた。


「母上ぇ……」

「な、なによ、その反応は」

「いえ、ほんっとにこの件に関しては母上は頼りにはならないと思ってるんで良いです」

「こ、この件って何っ」

「あー、いいです、なんでもないです、こっちの話です」


 焦る母上そっち除けで、俺は招待状をじっと見つめた。


 両親同士仲が良いけれど、実は俺はラスカー皇子との直接の面識はない。

 一応、母上に連れられて数回ほど皇城のお茶会に行った事があるけど、シンシア様だけしかいなくてラスカー皇子には会わなかった。

 ラスカー皇子は齢五歳にして帝王学を学んでいらっしゃるという忙しい身。普通の貴族子息のような自由度は無いのではというのが俺の認識だ。


 ただし、将来は見た目天使でクソ真面目な堅物になる。

 その良し悪しについては皇位継承者として正しい姿に見えるけど、その実、誰にも理解されない孤独を抱えてしまう寂しがりやな人間だ。

 ゲームではそこをヒロインが癒していくというのが、基本のラスカー皇子のルートになっている。


 現状、シンシア様には、勉学の間に少しでもラスカー皇子を構って寂しさを埋めさせるという作戦をとってもらっている。でもそれも限界があるわけで……。


 むしろラスカー皇子の孤独さは、家族以外の人間関係でこそ顕著に現れる可能性が強いんだよなぁ。


 例えば彼に宛がわれる婚約者とか……。

 そうだよ、そう。思い出した。ゲーム上のラスカー皇子の孤独さを引き立たせる要因の一つに、その婚約者があげられる。

 その婚約者こそ、『ヴァイオリンと』における悪役令嬢、オーレリア・サルゼート伯爵令嬢だ。


 オーレリア嬢は典型的な高飛車ツンデレ娘で、クソ真面目なラスカー皇子とはとことん馬が合わないタイプ。

 どうしてそんな二人が婚約者だったのかはゲーム上では語られていなかったので不明だけれど、性格の合わない婚約者のせいでラスカー皇子の孤独が加速していった件についてはストーリーとして語られていた。


 つまり今回のお茶会における、シンシア様の指令(オーダー)は。

 ラスカー皇子とオーレリア嬢の婚約フラグ破棄?

 うっかり二人が婚約しないように、俺が手引きしろと?

 そういうことか?


 シンシア様の無茶振りに頭痛がしてくる。


「……母上、めんどいのでこれお断りしても」

「駄目よ。ネヴィルも行くって言ってるし、シンシアからアルには是非来て欲しいって念を押されてるの」

「はぁぁぁ、行きたくなぃぃぃ……」


 肩を落として行きたくないアピールをするけど、母上は嬉しそうに俺の額をつんつんつついてきた。ちょ、やめろしっ!


「友達百人、でっきるっかな~」

「子供扱いやめて」

「ふふ、アル、味方作りは大切よ? あなたの窮地を助けてくれる朋友になるかもしれないのだから」


 謳うように告げる母上は、聖母のような慈愛に満ちた表情をしている。

 こういう表情をされると、俺は強く出られない。


 言いかけた言葉を飲み込んで、俺は不承不承頷いた。


 友達なんてネヴィルだけでいいと思いつつ。

 ……だってさ、もしこの世界に『強制力』が本当にあるのならば、将来俺を裏切る可能性のある人間を増やしたくないし。

 そんな情けない内心を悟られたくなくて、母上から目をそらす。

 招待状をズボンのポケットに無造作にしまいこんで、部屋を退出しようと踵を返したら、母上が笑う気配がした。


「意地になっちゃって……これが反抗期? 反抗期なの? 私の息子、本当に可愛い」


 ……背後から聞こえた言葉は聞かなかったことにしておこう。

 それと断じて反抗期ではないと思う。たぶん。





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