表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

父上、疾如風ですよ。

「父上、まだ続きますか」

「ここからもう一度僕がエレに恋をするくだりがあるんだけれど」

「もうお腹いっぱいだぁ……」


 ソファに座っている父上の膝から、俺はでろんと溶けてずるりと床に滑り落ちていく。

 良い笑顔の父上が俺の脇を掴んで膝の上に乗せ直してきたので、少しだけ恨めしげに見やった。


 シンシア様とのお茶会からしばらく、シンシア様との文通をしつつ俺は前作『花束と』と母上達の時代の差異について色々と考察をまとめていた。

 母上やシンシア様のお話で聞くところでは、時間がズレてもイベントが起きるものらしい。現に母上達はエルバートルートの分岐イベントを攻略して、母上と父上が結婚した後に、別の攻略対象のイベントが起きて攻略。過程は問わずに、結果としてそちらのルートのシナリオ通りにシンシア様はハッピーエンドを迎えたのだとか。

 その上でシンシア様のハッピーエンド後、攻略がされていなかったメインメンバーの事件が立て続けに起きたらしい。

 母上とシンシア様はその事から、乙女ゲーム転生にあるある(・・・・)の『強制力』というものを主張してきた。

 確かにゲーム通りのイベントが起こるのは『強制力』に違いないとは思う。


 思うが、俺はちょっとその『強制力』とやらに関して疑問視していた。

 確かに結果を見てみれば『強制力』が働いたと言えるけれど……父上の存在があるかぎり、確実性がないとも思っている。


 今日は俺の考察を深めるために、母上と父上が結婚するきっかけとなったこと───父上が母上にどうしてここまでベタ惚れしたのかというきっかけについて聞いてみたのだ。

 だがしかし、話を聞き始めて小一時間。

 俺はちょっと後悔し始めている。


「どうして母上と結婚したのか聞いたのは僕ですけど、もうちょっと簡潔にお願いしたいです」

「アルフォンス、人の心とは複雑だ。僕でもよく分からないのに、これ以上どうやって簡潔にしろと?」


 けろりと言う父上に、俺はつい苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。


 いやさぁ、母上と結婚したきっかけを聞いたのは俺だけどさぁ、こんなにさぁ、惚気がさぁ、爆発してくるとは思わな……うん、父上だもんな、予想はできてたな……うん……。

 ひたすら、ひたすら父上に、一から十まで婚約者だった母上のあれこれを聞かされたよ。それこそゲーム開始前の時間軸からゲーム開始後の時間軸までなァ……!


 その大半が父上の感情を多分に含んだ話だったので、俺は胸やけがピークである。糖分の取りすぎで口の中がじゃりじゃりしそうだ。

 幾ら推しの恋愛話とはいえ、男の俺には甘すぎる上に、父上のリア充話だと思うと少なからず爆発しろと思ってしまうのは仕方ないと思う。前世の妹ならこれでご飯三杯いけそうなもんだがな……俺はちょっと無理だな……。

 もちろん恋だの愛だのは人並みに祝福する気持ちはある。むしろ積極的にお祝いはしたいけど、前世は非リアだった上に、齢三歳児に惚れた腫れたの話なんて起きるわけもなく……ふっ、兄弟(ネヴィル)はいるけど、この珍妙カラーのせいで同じ年頃の女の子の知り合いなんて未だ皆無だ畜生ー!


 父上が俺の身体を抱き直して、イガルシヴ皇国特産のコーヒーを飲んだ。父上は元々紅茶派だったはずだけど、母上がコーヒーを飲んでいるのに気がついて俺も飲むようになったら、俺達に合わせてコーヒーを嗜むことが増えた。これぞ家族団欒っぽくて俺としてはなかなかに嬉しい。


 父上の恋バナに溜め息をつきながら、胸やけしてるのをコーヒーで誤魔化すべく自分のコーヒに手を伸ばす……が。距離が足りない。むきぃ! これだから三歳児は!!

 悔しくて頬を膨らませそうになったら、タイミングよく父上が俺の分のコーヒーカップを取ってくれた。……ありがとうございます。

 ちょっと情けなくて、お礼の言葉が口にできない。代わりに可愛げのない言葉が口をついて出た。


「とりあえず、色々あって母上を好きになったのは分かりました。こういう内面的なものは、母上に聞いても分からなかったのでありがたいです。今後の参考にさせてもらいます」

「今後の参考とは?」

「んー……まぁ、未来のあれこれ?」


 父上が「なるほど」と頷いた。

 最近よく話題にも出ていたので、父上には俺の言いたいことがすんなりと伝わった。

 そのついでに、俺の考察を父上にも話しておこう。


「僕たちはシナリオに一喜一憂してしまうから、行動一つ一つに制限がかかってるみたいなものです。特に『騎士ドレ』シリーズは致死率が高い。正しい行動をしないと死んでしまうっていう先入観が働きます。でも実際は違う。僕らだけではなく、父上みたいなイレギュラー……ええと異分子? 異端? んんん……あ、不確定要素? みたいに、シナリオを改変させる人間だっているんですよね」


 つらつら喋れば、途中、イレギュラーについて父上に聞き返された。なんかちょっと単語の意味としてはズレる気もするけど、三歳児の語彙力としては十分過ぎるほど十分なので許してもらいたい。

 俺はイレギュラーについて説明した後、さらに俺の考察について話す。


「所謂『強制力』みたいなものはこの世界には働いていない。母上とシンシア様はあらすじ通りの世界に『強制力』があると思っているみたいだけど、実はそうじゃない。『強制力』があれば、父上はここにはいないでしょう?」


 ぽすっと父上の胸にもたれかかって、足をぶらぶらさせながら見上げる。

 そう、これが俺の考察だ。

 攻略対象(ちちうえ)悪役令嬢(ははうえ)と結婚した事実こそが『強制力』の範疇外にあることには間違いない。『強制力』があるのならば、母上は既に故人になっているはずなんだ。


 父上が苦笑しながらコーヒーを飲みきった。


「その根拠はどこだい?」


 それは父上が持っているでしょ?


「だって正しいシナリオ通りなら、父上は母上を見捨ててる。シンシア様を言い訳に使った可能性もあるだろうし、家のために切り捨てる選択もある。それをしないで父上は自分の思うままに動いたんですよね?」


 見上げたままこてんと首を傾げてみせれば、父上の節ばった指が俺の銀の髪を撫で付けた。母上がいると嫉妬の鬼と化す父上のたまの優しい触れあいが嬉しくて、ついつい気持ち良さに目を細めてしまう。

 あー、これはいけない……いけないと思いつつ、イケメンの撫でテクを堪能してしまう……くっ、俺の本能退化してやがる……イケメンは得だな……。

 前世だったら「イケメンに撫でられるくらいなら美女寄越せ! スーエレン! スーエレン!」って叫んでたに違いない。今は絶対に言わないけど。そんなこと言った日には父上に殺される……。


 三歳児の特権を堪能していると、父上がぽつりと俺の考察に同意してくれた。


「そうだね。僕は僕の意思で動いていた」

「僕も僕の意思で動いている。つまり『強制力』なんてないんです。それなのにシナリオが進むのは必然的な要因があるということ。それならその必然の種を早くから見つければいいと思いません?」


 名付けの儀式の翌朝に父上が俺に言った。


『君が君である限り、決められた未来なんてものは有って無いようなものだから、安心して好きなように生きると良い』


 そう、俺が「僕」なんだから『強制力』は働かない。

 それなのにシナリオ通りに人生が進んでしまうのは、そうなるための『原因』があるということ。

 全ては因果応報。

 火のないところに煙は立たない。

 つまりはイベントへと通じる要因は、予めどこかで仕込まれているということだ。


 にこりと笑ってみせれば、父上がコーヒーカップを置く。俺の頭をもう一撫でしてから俺の体を膝から下ろした。

 父上は楽しそうに目を細めている。


「それで? この話の帰結点はどこだい、アルフォンス」

「フラグ破壊……特に僕のアルフォンスルートに起こるだろう事件の防止に一役買ってもらおうかと」

「具体的には?」

「簡単ですよ。父上はひたすら母上を守ってもらえば。物理的にも、情報的にも」

「そうだね、言われなくても分かっている」


 父上の唇の端がつり上がる。

 俺の言いたいことが分かってくれたようで何よりだ。

 これで俺にも友好大使として父上が持っている情報の一部が流されるようになるはず。


 欠片でも良い。

 全ての死亡フラグに繋がるような綻びは全て拾い上げて見せよう。


 密かに決意を胸に抱いていると、父上がふと思い付いたように声をかけてくる。


「アルフォンス、君にも手伝ってもらおうか」

「僕、三歳児ですけど」

「三歳児らしい扱いがされたいのかい?」

「言ってみただけですよ」


 手伝うって言っても、三歳児にできることなんて限られてるだろうに。

 すっとぼけて三歳児を強調してみれば、呆れたように返される。冗談だと笑ってみせれば、父上も笑った。


 飲みきったコーヒーカップをテーブルの上へと戻す。父上は立ち上がると、談話室から移動しはじめた。

 ちらりと部屋の時計を見てみると、そろそろ母上が起き出してくる時間だった。今日は父上の仕事が休みなので、家族三人で過ごす事にしたらしい。俺を連れて寝室まで移動した。母上にもこの『情報』の大切さを知っていてもらいたいしね。続編を知らずにまたヘマをされても困る。主に俺が。


 寝室の扉の前まで来ると、父上に待つように言われた。

 相変わらずの父上に、ついつい大きく溜め息をついてしまう。


「どうしたんだい」

「いいえぇ、大変仲が良いのは結構ですけど、こうも毎日のように母上が抱き潰されてるのを見ていると気まずいの通り越して気の毒だなぁと思って」


 俺の言葉の何かが引っ掛かったのか、父上が微妙な顔をする。

 そんな顔するくらいなら、母上とイチャイチャするのもほどほどにして欲しい。


 それからふと思う。弟妹ができるのが秒読みな毎日で、こうも母上が子供を作りにくいのは、ある一種の『強制力』に近いのかもしれないと。ゲームのアルフォンスは一人っ子だったからなぁ。

 どちらにせよ、ヤンデレに愛されまくりな母上にとってはちょっとした災難ではあるかもしれない。


 まぁ、父上のことは横に置いといて。

 俺は自分のことに思いを馳せる。

 はー、俺もいつかは父上みたいに一途に愛せる運命の女の子に出会いたいわ……。

 もちろん、『ヴァイオリンと』のヒロイン以外でな!




幼少期前編 おしまい


ここまでお読みくださりありがとうございます。ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。励みになっております~。

次回更新は、八歳のアルフォンスが光源氏計画を始動する「幼少期後編」です。タイトル回収始まりますよー!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ