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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
婚約騒動編

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38/40

ヒロイン、今年の抱負をどうぞ。

 ユリアに連れてこられたのは、お茶会の会場のぎりぎり端にあるガゼボだった。

 人払いがされているのか、ある一定の距離以上、参加者はこのガゼボに近寄っては来ない。

 そこに前作チームの二人が和やかに話しながら俺たちを待っていた。

 ピンクの髪にアクアマリンのような空色の瞳を持つ前作ヒロインのシンシア様。

 柔らかい金の髪にルビーのような紅い瞳を持つ前作悪役令嬢のスーエレンこと俺の母上。

 そこに父親譲りの銀髪に母親譲りの紅い瞳をした続編攻略対象の俺と、イガルシヴ皇国伝統の黒髪とエメラルドの瞳の続編ヒロインであるユリアが加わる。

 なんというか、このガゼボの密度がすごいことになってるのは気の所為ではないと思う。


「ユリア様、使いのような真似をさせてごめんなさい」

「いいえ、これくらいのことお気になさらず」

「母上、いつこちらに?」

「ユリア様と同じ頃合いに。私が呼びに行っても良かったけれど、せっかくなら同年代の子同士、何かきっかけになればいいと思って」


 シンシア様がユリア様に話しかける横で、母上にたずねてみれば柔らかい笑顔が返ってきた。

 ふむふむとうなずいていれば、ガゼボの椅子に座るように促される。

 円卓のように四人で向き合うと、シンシア様が朗らかに切り出した。


「では騎士ドレ定例会議を始めます」

「んふ」


 ユリアが俺の隣で口元を抑えた。


「ユリア?」

「どうしたの?」

「いや……あの、改めて聞くとインパクトがあるなと……」

「騎士ドレ定例会議」

「んふっ」


 だめだ、ユリアの妙なツボを刺激してしまったらしい。

 肩を震わせるユリアに、ちょっと残念な視線を向ければ、シンシア様が大真面目にうなずいた。


「分かるわ。私も自分で言いながらちょっと奇妙な気分だもの」

「そもそも、私達がこの世界に生まれて巡り会えたこと自体が奇妙なことでしょう」


 母上までしんみりとそう話す。

 たしかに。

 この世界の人口は知らないけれど、前の世界で言えば六十億分のなかから四人がこうして巡り合ったってのは奇跡に近いと思う。

 というか、ゲームの世界に転生していることそのものが奇跡だが。


「話が脱線してます。時間もないでしょうから手短に話しましょう。まず僕の方ですが、今年は学園二年ということもありますので、去年同様、学業に専念します。家のことについては方々より話を聞きますので、何かあれば母上に」

「そう。去年の春にお話した騎士の件はどうかしら?」

「今のところは変わりなく。気が変わったらすぐにでも」


 シンシア様が意図的に伏せた名前を脳裏に描きながら言葉を返す。

 去年派手に動いていたユリエルは、あれ以来音沙汰もない。

 ちょうど俺がユリアと出会ってからくらいの時期から、サルゼート家への出入りがとんと消えたようだった。

 こちらの動きに気がつかれたのか、それとも単純に用がなくなったのか。

 一応『耳』には引き続き情報を集めるように指示はだしてあるものの、まったく足取りは掴めていないのが現状だった。


「シンシア様の方はいかがでしょうか。最近お忙しいようですが」

「外交で少し忙しいわ。とくにアーシラ王国が込み入ってて。それはあなたのお父様もそうでしょうけど」


 シンシア様が少しだけ困ったように笑う。

 そういえば父上もアーシラ王国とこちらのつなぎで忙しそうにしていた。

 それというのも。


「留学制度の件?」

「あら、スーも知っているのね」

「ええ。自国のことだもの。うちが一番あおりをくらうからと、今日のお茶会もかなり渋られたわ」


 苦笑する母上に、シンシア様は笑った。


「相変わらず仲の良いことね」

「もう、からかわないで」

「ふふ」


 笑い合う前作ヒロインと悪役令嬢。

 ほのぼのとその光景を見ていると、隣りにいたユリアが居心地悪そうに身動ぎした。


「どうしたんだい」

「いや、外交とかって……私が聞いていい話?」

「いいんじゃないかな。別に隠されている話でもないし」


 シンシア様は公務としてこの国の福利厚生全般を担っている。というのも、前世の知識と皇妃という立場を活かして、前世にあった良心的な国政制度を充実させようとしているみたいだった。

 その内の一つがイガルシヴ学園。

 歴史の浅かったこの学園も軌道に乗ってきたからと、他国からの留学生を募ることを決めたらしい。

 他国には学園制度なんてものが存在しない国もあるものだから、その根回しで忙しいと聞く。

 で、その中でもどうして俺たちリッケンバッカー家の祖国であるアーシラ王国との外交が忙しいのかと言うと。


「それにしても、アーシラ王国の反応はそんなに悪いの?」

「まぁね……私が主導しているとはいっても、前例が、ねぇ」


 意味ありげにシンシア様が俺を見てくる。

 俺は苦笑した。


「僕は悪くないですよ」

「そうね。もう少し生まれが遅かったら、あなたを留学生枠にねじ込めたのに」


 シンシア様がため息をつく。

 どうやらアーシラ王国からは俺がいるせいで留学生枠に挙手する人物がいないらしい。

 というのも、罪人の子が通う学園など程度がしれているってのがアーシラ王国の主だった貴族たちの見解だそうで。

 イガルシヴ皇国でもそうなのだけど、当然アーシラ王国でも大罪人の娘がリッケンバッカー家に嫁入りした話はあまりにも有名な話だった。

 母上の生家であるクラドック侯爵家は、その両親は既に処刑され、お家としては断絶されているものの、その娘がのうのうと生きていることを良しとしない人は多いと聞く。

 生まれてこの方、アーシラ王国にいるよりもイガルシヴ皇国にいる時間が長い俺はその辺りの実感はないものの、当事者である母上たちは敏感に察してるみたいだ。


「でもこの件は私の仕事であって、騎士ドレには関係ないわ。続編には留学生枠の攻略対象はいなかったしね」

「そうですね」


 シンシア様の言葉にうなずく。

 薄れていたり、欠けたりしてはいるものの、俺の思い出せる範囲にゲームで留学生が関わるようなことはなかった。

 ちらとユリアの方にも視線を向ければ、何か考えるように黙り込んでいたけれど、俺の視線に気がついて小首をかしげる。


「なに?」

「いや、こっちのセリフだけど。なにか気になることでも?」

「気になることというか……記憶掘り返していただけ」

「なにか引っかかる?」

「んー……分かんないです。何かあったかもしれないし、何もなかったかもしれないです」

「曖昧ねぇ」


 俺、シンシア様、母上の順にユリアに声をかければ、母上が言うように曖昧な言葉を返される。

 ユリアはそれに苦笑して、テーブルの上のティーカップに手を伸ばした。


「原作と二次創作ごちゃまぜになってるので、私の記憶に確信はないんですよ。しかも裏話も混ざってるから余計にしっちゃかめっちゃかで」

「あー、分かる。俺からしてみれば、母上が父上と結婚している時点で二次創作が公式になってる気分だし」

「でっしょー」


 話すうちに気が緩んできたのか、ユリアの口調が雑になってくる。

 その勢いのまま、ユリアは話しだした。


「騎士ドレって、乙女ゲームのわりには界隈の熱気がすごかったから二次創作も豊富で楽しかったなー。続編出したとき、菜種ちゃんが二次創作や考察班のあれそれ見ながらほくそ笑んでたの今でも思い出すよ」

「……なたねちゃん?」

「お友だちかしら」


 シンシア様の眉がぴくりと動く。

 母上は気づいていないのか小首を傾げていたけど。

 ……そういや、言ってなかったっけ。

 俺はユリアに目配せすると、ユリアも気がついたのか少しだけ気まずそうに視線をそらしてから、笑った。


「騎士ドレのシナリオライターとは知り合いなんです。言ってなかったかもなんですが、私自身、以前はその個人的なツテで騎士ドレのBGM制作に関わっていました」

「うそ」

「まぁ」


 やっぱり驚くシンシア様と母上。

 で、問題はここからなんだが。


「ちなみに夏頃に例の騎士が暗躍してた件ですが、彼女によると、制作裏話の中に続編のラスボスとして彼が一枚噛んでいる可能性があるようです」

「そうだったの」

「こちらで引き続き警戒はしてますが、何も網には引っかかってない状況です。シンシア様もどうかお気をつけて」

「分かってるわ。塔の人のことを含め、任せて頂戴」


 塔の人。

 罪人として幽閉されている前作ラスボスか。

 前作ラスボスはイガルシヴ皇国の現皇帝の異母兄だ。幽閉されているから大丈夫だとは思うけれど、ユリエルが以前仕えていたのがその異母兄だから警戒するに越したことはない。

 シンシア様には引き続きそれをお願いしておく。

 で。


「スーは今年は?」

「いつも通りかしら。エルバート様もアルも私にはこの手の話を聞かせてくれないから。聞いても未プレイだからお役には立てないしね。こうしてたまに社交に顔を出して身の潔白を証明するくらいしか、やることないでしょう?」

「……ごめんなさい、スー。あなたに不快な思いをさせるわ」

「あなたが気にすることではないの。これは私の業。家を捨てて、エルバート様に救われて、アルが生まれて。私が決めた覚悟なのだから」


 前作をハッピーエンドで迎えたはずの母上の境遇にまつわるあれそれは、いつまで経っても尾を引いたまま。

 だけど母上はそれを嘆くことはない。

 いつもふんわりと微笑んでいる母上だけど、年の功なのか、社交界で多少嫌味を言われたくらいじゃ引くこともない。その頼もしい姿に、ゲームの悪役令嬢『スーエレン・クラドック』という人間との違いが浮かび上がるんだ。

 強いなぁと、そう思う。


「ユリアはどうする? 学園入学まであと二年だけど」

「正直、入学後だったはずの出会いイベントをクリアしてるのが気になるけど……普通に過ごすよ」

「何も手がかりのない状況で動けるわけもないしね。気になることがあれば教えて」

「さすが攻略対象、頼もしい。よっ、イケメン」

「調子が軽いなぁ。これがヒロインとか、イメージ全然違う」

「中身はヲタ女子だし? それ言うならアルくんだってそうじゃん。儚い系貴公子がどうして腹黒系になってるのさー」

「腹黒いつもりはないけど?」

「腹黒の自覚はナッシング」


 だんだん話がそれながらもユリアと話しこんでいると、母上に「アル」と呼びかけられた。


「お顔が近いわ。節度を保ちなさい。人の目があるのよ」

「ああ、申し訳ありません」


 話し込んでるうちに体が傾いて、お互いに内緒話をするように身を寄せてしまっていたようだ。

 大声で話せるような話でもないとはいえ、確かに節度を保つのは大事だ。


「では、現状フラグ回避の手については、相手方の同行次第ということで。何か進捗が分かったら、また連絡を頂戴ね」

「はい」


 シンシア様の合図で騎士ドレ定例会議が終わる。

 シンシア様以外の三人でガゼボを出ると、次に談話の予定が入っていたらしい御婦人方とすれ違った。


「……身の程も知らず」

「親が親なら子も子でしょうか」

「子どものわりに、なんて手の広い」


 囁くよりも小さな声。

 でもその声は確かに俺の耳に届いた。

 ご婦人方の視線の先をそっと伺う。

 ……視線の先はユリアか。

 全くタチが悪い。


「ユリア。楽しみにしているよ。君のヴァイオリンの腕は素晴らしいからね。学園に入学したら建国祭の独奏権を手に入れられるんじゃないかな」

「へ……、えっ!?」


 突然振られた話にユリアがぎょっとする。

 俺はにこやかに微笑を浮かべたまま、母上の方も伺う。


「母上、楽しみにしていてくださいね」

「ええ。シンシア様もきっと気に入ってくださるわ」


 わざとらしい俺のセリフに調子よく合わせてくれた母上の顔には、よそ行きの艶やかな微笑が浮かんだ。

 ふんわりとした少女のような可憐さなんかなくて、まるで毒花のような艶やかさのある母上の雰囲気に、ユリアが顔を引きつらせた。

 母上だって伊達に社交やってるわけじゃないんですよ。

 本当に稀に、それも父上がいない時にしか見えないその表情は、母上の強かさを感じさせてくる。

 これを見て、前世のキャッチコピー『人形令嬢スーエレン』だなんて誰も思わないでしょ。

 ご婦人方と十分距離が離れたあと、ユリアにもう一歩だけ近づく。もちろん、微笑を浮かべたまま。


「うちは敵が多いから。何かそのことで嫌がらせとかされたらすぐに言って」

「えぇ……そんな面倒な」

「苦労かけるけど、身の安全には変えられない」

「それ、私のセリフじゃん……」


 ユリアが嫌そうな顔をするけれど、最終的にはうなずいた。

 こういう公式の場で俺たちと親密にするということは、ユリアがリッケンバッカー家のことで煽りを食らってやっかみを受けるってことは分かっていた。それでもシンシア様との繋がりやラスカー皇子の学友という立場もあるから、早々目立つようなことはされないはずだ。

 でも、嫌味は言われる。

 今のような通り際の嫌味なんて、きりがない程されてきた。

 俺一人ならそうでもないけれど、母上がいると格段に増える。

 ユリアには申し訳ないけれど、旅は道連れ世は情けということで、今後のことも含め、リッケンバッカー家の現状とか社交界での立ち位置を理解してもらおう。

 許せとは言えない。俺とユリアは一蓮托生だから、どちみち遅かれ早かれリッケンバッカー家のことに巻き込まれる可能性は高いし。

 だからまぁ、これは予行練習ということで。

 実害だけは出ないように配慮する必要はあるけど、そうならないように手だけは打っておこう。

 密かにそう考えながら、頭の中で新たに『耳』への指令を組み立てた。


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