悪役令嬢、ドレスが似合っているね。
冬を超え、春一番の風が吹く。
招待されたお茶会の日がようやくやってきた。
俺は母上とは別で馬車を出してもらって、サルゼート伯爵家の邸宅へと向かう。
サルゼート家に着くと、オーレリアが俺の言いつけを守って待ってくれていた。
「本日はよろしくお願いしますわ」
「うん、任されたよ」
今日のオーレリアは一段と可愛い。
春一番のお茶会ということで赤色をアクセントにした装飾品が、赤と白のフリルが多めのドレスによく映えている。赤ずきんみたいで可愛い。
そんなオーレリアがすんっと澄ました顔で、俺の手を取ってくれる。馬車までのエスコートはお任せあれ。
道中の馬車で色々と話に花を咲かせてみる。
とはいっても、ごくごく普通の世間話程度だけれど。
そのうちにあっという間に皇城へ。
馬車から降りた俺は、堂々とオーレリアをエスコートしてお茶会が開催される皇城の庭へと踏み込む。
いつものことだけれど、いくら人数絞っていたって、国中の重要貴族が何人もいるようなお茶会って、身内っていうような規模じゃないんだよなぁ……。
「シンシア様。本日はお招きありがとうございます」
「あら、アルフォンス。オーレリアもごきげんよう。来ていただけて嬉しいわ」
猫かぶり百パーセントなシンシア様にご挨拶。
俺もオーレリアもきちんと挨拶をすれば、シンシア様は子供の多い区画へと手を差し伸べる。
「アルフォンスはスーエレン様が来たらまたお話しましょう。あちらにラスカーがいるから話し相手になってあげてくれる?」
子供って言っても、ラスカー皇子とそう年齢の変わらない子ばかりだから、昔みたいに幼児くらいの歳の子はそんなにいない。十代前半くらいの子が多いな。
俺より年長はいないのか。突き刺さってくる視線に乗せられる悪意は少ないけど、居心地は悪い。
オーレリアをその視線から隠すようにエスコートする。
ちらりと俺を見上げてくる視線が可愛くてキスしたくなった。けど、悪目立ちはさせたくないので我慢我慢。
あ、ピンクの頭を見つけた。
ラスカー皇子の髪はシンシア様に似て、色とりどりなこの世界の中でもかなり目立つ色をしているからわかりやすい。
「ラスカー皇子、ご機嫌うるわしく存じます」
「……アルフォンス。久方ぶりだ」
年齢に見合わず堅苦しい物言いと、ピクリとも動かない表情。子供らしくないその雰囲気に目を眇める。
『ヴァイオンと』の攻略対象の一人、ラスカー皇子。
見かけるたびに表情の動かない堅物の雰囲気をまとわせているものだから、あのシンシア様の息子といえどその性格というものは彼女には似なかったらしい。
見た目の色だけなら、前作ヒロイン譲りなんだけどなぁ。
「ごきげんよう、ラスカー様」
「オーレリア嬢。そちらこそ」
俺の隣でオーレリアが挨拶すると、ラスカーのまとう雰囲気がほんのりと軟化する。
なんなら、わずかにだが口元が緩んで笑みまで浮かべてすら見える。
……へぇ。
ラスカー皇子はオーレリアのようなおしゃべりな女の子って苦手だったはずなんだけど、俺のいない一年で随分と仲良くなっていたらしい。
これは婚約者としては面白くないな。
「皇子は最近はいかがお過ごしです? オーレリアからは幾度となくお茶会を共にしているとのお話を伺ってばかりで、なかなか他のお話を聞くこともなくて」
「そうか。だが、そうは言われても城の中で学ぶくらいしかしていないから、面白いことはなにもない」
「たまには息抜きとかはされないんですか?」
「母に誘われてのお茶会が、今のところの息抜きとなっている」
……枯れてる。
自分から聞いといてなんだけど、十代の若者でそんな無趣味状態なのはいいんですかシンシア様?
こんな枯れてる息子の性格どう思ってるの!?
あてこするつもりが、王族特有のなんとも言い難い生真面目さにさらりとながされてしまって、俺は内心苦いものを噛みしめた。
そもそも年下に対抗心持った俺が悪いんだけど、ちょっとこれは微妙な気分になってしまう。
「ご友人とお話などはされないんですか?」
「話しているだろう。今」
「オーレリア以外のですよ」
「話している。アルフォンスと、今日はいないようだがネヴィルも友人だと思っている」
「……僕ら以外ですよ」
ラスカー皇子が気まずそうに目をそらした。
ああもう、手のかかる!
「……学園が始まったら、休みの日にでも顔を出しに来ましょうか。僕ももう二年になります。学園のあれそれをお話しして差し上げることができますよ」
「それはありがたい」
オーレリアから聞くラスカー皇子の話には友人らしき人物たちの影が浮かび上がらない。この分だと、本気でお茶会で俺たちくらいしか気のおけない友人がいなさそうだ。
人見知り皇子に呆れて白旗を上げていれば、オーレリアがくすくすと笑った。
「ラスカー様、わたくしもお茶会以外でお話しに行きますわ。お勉強は大事ですけれど、息抜きも大切ですもの」
「ああ。歓迎する」
ラスカー皇子の表情が柔らかくなる。
オーケー、俺の心、ステイ。
二人の仲よさげな雰囲気に目くじら立てたところで意味がない。子供同士の友情だ。ここで気持ちをささくれさせるのはあんまりにも無様だ。
そう自分に言い聞かせるけれど、やっぱり自分の婚約者と親密にする男がいるのは面白くない。
そんなこちらの葛藤なんて知らないで、オーレリアとラスカー皇子は仲良さげに会話を続けた。
俺は二人の会話に耳を傾け、時折相槌を打つだけ。
一人だけ年が離れているのもあるし、この一年学園に通っていたからか、どうしても二人の会話に割り込む余地がないのは仕方ないと諦める。
そうやって聞き手に徹していると、視界の端でエメラルドグリーンの色がちらついた。
「ごきげんよう、アルフォンス様」
「あぁ、ユリア」
耳に馴染む柔らかい声。
声をかけられて振り向けば、フリルではなくレースで上品に仕上げてある大人っぽくて控えめなドレスを着たユリアがいた。
俺が応えれば、話に花を咲かせていたオーレリアとラスカー皇子がこちらに気がつく。
ユリアはドレスをつまんで淑女の礼をとった。
「ラスカー皇子、ごきげんよう」
「ああ。そなたはユリアだったか。久しいな」
「覚えていただけて光栄です。オーレリア様もごきげんよう」
「ごきげんよう、ユリア様」
オーレリアが一瞬だけ俺の方を見た。
でもそれは本当に一瞬だけで、その意図を探る前にオーレリアは何事もなかったかのようにユリアへ挨拶を交わす。
なんだろうか。気にかかるけれど、自然に突っ込んでいけるような会話の流れではなかった。
「ユリア様も招待されていましたのね」
「はい。私の身分では敷居が高く思うのですが、皇妃様のご好意でお招きしていただきました」
こっくりとユリアがうなずくと、おもむろに彼女は俺の方を向く。
「アルフォンス様、スーエレン様もお見えになりました。シンシア様から少しだけお時間をとのことです」
「分かった。行くよ」
よそ行きモードのユリアはいつものヲタク女子っぽい言動をおくびにも出さずに、ザ・淑女といった振る舞いで僕らと接している。
転生しているからか、こういう切り替えは本当に見事だと思う。
俺はオーレリアとラスカー皇子を振り返った。
二人きりにするのは業腹だけれど、まだ子供同士。
こんなお茶会でなにかあるはずもないだろうと、胸のもやもやを飲み込んだ。
「それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
「ラスカー皇子も、また後ほど」
「あぁ」
二人に声をかけて、ユリアに向き合う。
ユリアも二人に一礼して歩き出した。
「いやぁ、ラスカー皇子すごい可愛いね。元々体も小さくてショタ枠だったけどさ、リアルショタはまじで天使レベルで可愛い」
「ユリア、言葉が乱れてるよ」
「申し訳ありません。少々気持ちが昂ってしまいましたわ」
朗らかに笑うユリアに俺も小さく笑った。
「で、今回シンシア様たちと何を話すの?」
「あぁ。そんな改まらなくてもいいよ。単なる情報交換をかねた、今年一年のフラグ破壊目標立てるだけだから」
「わぉ。こんな人の目のある場所で?」
「本当は個人的なお茶会ができたら良かったんだけれどね。どうやらシンシア様が最近……というか夏からこっち忙しいようで、個人的な時間が取れないんだ」
「あぁ……そう言ってたっけ」
「そ。だから今回の実りのある話ができるかどうかは分からないけれど、まぁ、親睦を深めるくらいの認識でいいと思う」
「あいあいさー」
ユリアが気楽に返事をする。
その間にも人々の合間を縫って歩いていれば、ちらちらと向けられる視線の数々にユリアの口元が弧を描く。
「アルくん、人気者だね。これだからイケメンは」
「本当にそう思う?」
「これだけ注目浴びておいて?」
「お世辞にしてはたちが悪い」
表面上は微笑を浮かべたまま、非難の声をあげればユリアも笑顔を崩さないまま言葉を返してくる。
「慣れたの?」
「まぁね。安心して、このくらいじゃゲームの自分のようにはならないから」
人の悪意にさらされるくらい、とっくの昔に慣れている。
今更罪人の子や忌み子だなんて囁かれてもどうってことはない。
飄々と嘯いてやれば、ユリアはなんだかもの言いたげに俺を見上げだけれど、結局は何も言わなかった。




