悪役令嬢、星を。
イガルシヴ学園での星雪の夜のダンスパーティーから一夜明け。
俺は貴族の特権を遺憾なく発揮して後片付けに顔も出さないでイガルシヴ学園を出た。
良心が微妙に痛むけど、成績アップがかかる人たちの仕事を取っちゃいけないしね。俺は別に内申が低かろうと気にしないし。
そういうわけでさくっとリッケンバッカー家の屋敷に帰った俺は、例年通り、家族での星雪の夜を迎えることになったのだが。
「本日はお招きありがとう存じます。父、サルゼート伯爵にかわり、わたくしオーレリアが参上いたしました」
「あぁ、僕の可愛い人。よく来てくれたね。外は寒かっただろう? 中にお入り」
なんと今年は、母上がオーレリアを呼んでくれたらしい!
今まで星雪の夜に人を呼んだことなかったのに!
俺は玄関でオーレリアを招いて、晩餐会までまだ時間があるので客間に案内する。この一年で礼儀という概念が生まれたのか、こういったかしこまった場であの奇抜な挨拶をしなくなったオーレリアはちょっとだけ大人っぽくなったな。
そんな今日のオーレリアの装いは白のブラウスにモスグリーンのスカートだ。ブラウスの袖はふんわりと膨らんでいて、スカートにはキャロットのような鮮やかなオレンジで裾に刺繍が施されている。まるで雪のつもるモミの木をイメージしたかのようドレス。
正直に言おう。
超・かわいい。
手放しで褒めたいくらいに似合っている。
グリーンに白のフリルで縁取りしたヘッドドレスを頭にのせ、くるっくるの金の髪を背中に流しているオーレリア。
客間に入り、使用人の目がなくなるのを見計らって、俺はその髪をすくい上げた。
「金色の妖精さん、ご機嫌うるわしゅう。星雪の夜を祝うためにもみの木に宿ったのかな?」
すくい上げた髪にちゅっと口づければ、オーレリアが頬を紅潮させて、俺からしゅばっと視線を外した。
「あ、あああアル様! ご挨拶は結構です! 本日は私、スーエレン様にお呼ばれしてきましたのよ! アル様ではありませんの!」
「母上はまだご支度中だったからね。その間のお相手を任されてきたんだよ」
「す、スーエレン様ぁ……っ」
にっこり微笑みかければ、オーレリアがじりじりとしながら俺から距離を取ろうとする。
ぷるぷる小動物みたいに虚勢をはろうとするオーレリアも可愛いけど、これ以上いじめても嫌われるだけなので、俺は苦笑してオーレリアから体を離した。
「オーレリア、心配しなくとも母上ももうすぐこちらにいらっしゃる。晩餐会までお時間はあるからね。少しおしゃべりしていよう」
「そう……ですか」
「さぁ、こちらへどうぞ。僕のお姫様」
可愛いオーレリアをエスコートしてソファへ。
ちょこんと座ったオーレリアの隣に俺も座る。
「……近くありませんか?」
「そう? 婚約者ならこれくらい許されると思うんだけどな」
オーレリア、反抗期。
俺は悲しいよ。
最近特に、父親に反発する年頃の娘みたいに俺の側にいるのを嫌がられる。前世の妹に「父さんあっち行って!」って嫌がられてた父さんの気持ちってこんな感じだったのかなぁ。
オーレリアの言うとおり、間を開けてソファに座り直す。オーレリアがこっくり頷くのを見たので、これが適正距離らしい。厳しい。
「それではアル様! あらためまして、お久しぶりですわ!」
「そうだね、久しぶり。元気そうで何よりだよ」
オーレリアともう一度挨拶をしてみる。
オーレリアも満足そうに頷くと、話題を探すように視線を巡らせた。
「そうですわね……学園での生活はいかがですの? この一年、どんな感じでしたか」
「学園の生活かい?」
「ええ。わたくしも三年、いえもう二年後ですわね。イガルシヴ学園に行きますでしょう? どんな生活なのかお話くださいまし」
無難な話題。
俺とオーレリアでは共有できる話はあまりないからこそ、この話題選びはありがたい。淑女としての話術選びができてきてるオーレリアに頬がゆるむ。
それにしても学園の生活かぁ。
手紙にもちょこちょこ書いてたし、会うたびに話はしていたけど。
前回オーレリアと会ったのは、確か秋のお茶会か? 年に数回あるシンシア様のお茶会。うわ、結構間が空いてしまってるや。
「そうだね……とはいえ秋はそれほど大きな行事もなかったから、あまり話せることはないな。騎士科はひたすら鍛錬ばっかりだった。一応秋の山に二泊三日の遠征演習とかはあったけど」
「まぁ、秋の山に?」
「そう。一学年ごとに日程をずらして行ったんだ。野宿だったけど落ち葉が豊富で、落ち葉をかき集めればふかふかのベッドにもなったな。同じ班の子が落ち葉のベッドを作っていて楽しそうだったよ」
「それは素敵ですわ! 落ち葉のベット、憧れます! 干し草や枯れ草の音につつまれ、土の匂いを感じながら自然にまぶたを落とす……。素敵なお山生活ですわ!」
おやませいかつ。
オーレリアの目がキラキラしだしたけど、そんないいものではないからね??
でも楽しそうに話すオーレリアにわざわざ釘をささなくてもいいか。オーレリアが山で野宿する機会なんてないだろうし?
はしゃぐオーレリアを見て笑っていれば、オーレリアが思い出したようにポンと手を叩いた。
「思い出しましたわ!」
「ん?」
「自然で思い出しましたの。先日のお茶会でききました、ちょっとしたお遊びですわ!」
「へぇ。どんな遊びだい?」
「それはですね……」
オーレリアが話そうとした時、客間の扉がノックされる。誰何すれば父上と母上が来たようで、話の途中だったけれど客間に入ってもらうことにした。
ソファーから立ち上がって、二人を迎える。
「こんばんは、オーレリア嬢。いい夜だね」
「オーレリア様、よく来てくださいました」
「リッケンバッカー侯爵、夫人、本日はお招きくださりありがとう存じますわ」
綺麗なカーテシー。
両親に対しても物怖じせず堂々と振る舞うオーレリア。
ふっふっふ、婚約者として鼻が高い。
父上と母上も微笑みながらソファーの方へやってきたので、対面になるように座る。
「ふふ、お話しているところごめんなさいね。お邪魔だったかしら」
「いいえ! わたくし、スーエレン様とお話したかったのでうれしいですわ!」
「まぁ。そう言ってくださると私も嬉しい」
ふんわりと微笑む母上。
オーレリアが俺の家に来るようになってたびたび思うんだけど、この新旧作の悪役令嬢が並ぶ空間てかなりレアなんだよな。前世の自分だったらもう感動もんすぎる。今ここで転げ回って尊いを叫んでいてもおかしくはないぞ。
内心で一人深ぁく頷いていると、母上がオーレリアに話しかける。
「それでなんのお話をしていたのかしら。おうかがいしてもよろしくて?」
「かまいませんわ! むしろスーエレン様にもぜひ」
女子二人でキャッキャとお話してる。
オーレリアはその奇抜な性格ゆえか、それとも俺がいるからかは分かんないけど、俺が同伴するお茶会とかではあんまりご令嬢といっしょにいるイメージがない。母上も同じだから、貴重な女子会に口を挟むのは野暮なような気がして俺は口を閉じた。
父上もおんなじ気持ちなのかな? さっきから微笑を浮かべるだけでオーレリアと母上の会話に口を挟もうとしないから。
「スーエレン様は星のことば遊びをお聞きしたことは?」
「まぁ、なにかしら」
「占い遊びのようなものですわ。お相手の方が天上にある星に対してどうなさるのかをお伝えしますの。お相手のことをどう思っているのか、その方がどんなお人なのかが分かるのですわ!」
ほー、いわゆる心理テストに似たような遊びってこと?
客観的に見たその人の第一印象、イメージ、本質とかがわかる、自己分析にもってこいな遊びだ。
「面白い遊びだね。星雪の夜にぴったりだ」
「そうでしょう! とてもロマンティックだとは思いませんか!」
目を輝かせるオーレリア。
学園ですれ違うような令嬢はいつもすまし顔だから、オーレリアのこの豊かな表情を見ると安心する。俺の婚約者はやっぱり可愛い。
「そういうことなら、エレはきっと『星をながめる』だね。僕は君のその慈愛に満ちた視線に見つめてもらえる星になりたいよ」
「え、エルバート様……っ」
母上が少女もかくやと言わんばかりに頬を赤く染め上げて、恥ずかしそうに視線を足元に下げてしまう。
待って母上、それ駄目だ。そういう可愛い仕草なんてしたら父上が喜ぶだけだよ。
思うだけ虚しく、予想通りに母上のおとがいをすくい上げて、父上がその視線を奪ってしまった。
「エレ、君の視線は数多の星々を渡っていくんだろうね。だけど僕は、そんな君から視線を奪ってあげる」
「エルバートさまぁ……っ」
「父上、母上、オーレリアの前ですので、そこまでにしてください」
父上と母上の桃色空間にあてられて、オーレリアが可哀想なくらいに真っ赤になってるじゃないか。
俺が両親にストップをかける横で、オーレリアは興奮したように口元へ手をあてて「はぁ……っ」と大きな吐息を吐き出してる。
「侯爵様はきっと『星をつかむ』お人なのでしょうね……っ! はぁ、お二人の愛はすばらしいですわ!」
オーレリアが興奮のままに言った言葉にすごく納得してしまった。
なるほど、父上は『星をつかむ』人。
すんごい納得。
「母上が星だとしたら、父上は確かにつかみ取る人ですね。触れたら最後、手放す気も、逃がす気もないのでしょう?」
「ふふ。どうだろうね」
面白がるように目を細めて微笑した父上が母上の頬を一撫でしてその拘束をほどくと、母上が赤面したままこほんと咳払いした。
なんとまあ、お熱いことで。
「お、オーレリア様は『星を謳う』人かしら? はきはきとお話されて、詩人のように素敵な言葉を紡がれるでしょう?」
「まぁ! 光栄ですわ!」
母上がオーレリアに話題をそらす。
オーレリアは純粋に喜んでるけど、『星を謳う人』ねぇ。
「母上、それは違うと思いますよ」
「あら。では婚約者のあなたはどう思っているのかしら」
おっとりと笑う母上。
オーレリアも不思議そうな顔をしてるけど、俺にとってオーレリアは。
「星をなぞる人、ですかね。僕の夢見がちな婚約者殿は、星に憧れて何度も見上げては手を伸ばそうとするような女性ですから」
そう言えば、ぷくぅっとオーレリアが頬をふくらませかけて、母上と父上がいることを思い出したのか、さりげなーくいつも手に持っている扇子で口元を隠してこら、そっぽを向いた。
「夢を見てもよろしいじゃありませんか! 夢見るからこそ人生に彩りがそえられるものと、先日我がサルゼート家にいらっしゃっていた詩人も仰っていましたのよ!」
「夢を見たところで現実は変わらないよ。変えられるとしたら自分の行いだけなのだから。自分の人生が充実するかどうかは、『どうしたいか』じゃなくて『どうしてきたか』だと思わないかい?」
「アル様のそういうところがキライですわ! そんなアル様はきっと『星を見ない』人なのですわ!」
ふんっとそっぽを向いてしまうオーレリア。
そうやってムキになるところが可愛くてついつい怒らせてしまうのが俺の悪いところなんだけどさ。
でもオーレリアは『星をなぞる人』なのは譲れないんだよなぁ。
とか思っていれば。
「『星を見ない』人、ねぇ。たしかにアルは星を見るような子じゃないものね」
「アル様は現実主義的すぎるので、もう少しくらい乙女心のなんたるかを知るべきですわ!」
母上が感心する前で、オーレリアの追撃。
えー、人聞き悪くないか?
俺だって星くらい見るし!
昨日だって星を見てネヴィルと熱い友情の拳を交わしたばっかりだぞ!!
だがしかし、俺の心は大人である。
ムキになって大人気ない発言はしない。
しないかわりに。
「星を見るくらいなら可愛い婚約者殿を見ている方が目の保養になりますからね」
「っ!!」
ちょっとくらいからかってもいいよね? これは意趣返しなんかじゃありませんよ、うん。
にっこり微笑んでオーレリアを見つめれば、ぽっふんとオーレリアが顔を真っ赤にさせる。うん、可愛い。
そんなオーレリアを見つめていれば、母上から小さなため息が聞こえた。
「……本当に、私の息子とは思えないキザっぷりだわ」
「君の息子であると同時に僕の息子でもあるからね」
目には見えなかったが、ごくごく小さなリップ音。おっと父上、俺とオーレリアの前でイチャイチャするのは自重してくれませんかね。
オーレリアから視線を外して、ジト目で父上を見れば、父上は目を細めて楽しそうに僕を見返す。
含みのあるその顔に眉をしかめれば、父上がゆるりと笑んだ。
「……父上、何か言いたいことでも?」
「ふふ、そうだね」
父上がますます深く笑んだその理由。
その理由を教えてもらおうと、続きを促そうとしたら―――客間の扉がノックされてしまった。
「ご歓談中失礼いたします。大変お待たせいたしました。ディナーの用意ができました」
執事の声。
そんなに長い時間話したつもりはなかったけれど、もうそんな時間なのか。それともうちのコックの腕が早いのか。
どちらにせよ、この話はこれでおしまいか。
「ではオーレリア様、行きましょう。今日のディナーは特別ですのよ」
「まぁ、それは楽しみですわ」
「えぇ、えぇ、期待してくださいませね。特にデザートのブッシュドノエルはシンシア様からいただいたケーキのレシピですから。とても美味しいですよ」
「まぁ皇妃さまの! 皇妃さまがお考えになられたというお茶会のケーキはどれも素敵で美味しいですから、そのぶっしゅどのえるとやらも楽しみですわ!」
母上とオーレリアが仲よさげに連れそって客間を出ていく。
母上の細く薄い金色の髪と、オーレリアの向日葵のように鮮やかな金色の髪が、ふわふわと交わるように揺れていた。
母娘どころか姉妹にも見えるくらいに仲の良さげな二人の姿に、俺よりも母上と仲良くなってしまったオーレリアをちょっと恨んじゃうな。
これだと、オーレリアのいる場所は俺の隣なのを忘れていそうだ。
後でまた、ちょっとだけ俺のことを意識させておかないと。
本格的に雪がつもり始めれば会うのも難しくなるけど、学園にいた時よりは自由がきくからね。君の婚約者が俺だってこと忘れないように教えこまないと、安心して学園に戻れないや。
可愛い可愛いオーレリア。
よそ見ばかりしていてはいけないよ。
今後の算段を脳内で練りつつ、俺も客間を後にする。
ふふ、冬はいつも屋敷に籠もることになるけど、今年もやる事がいっぱいだ。
色々と思考に没頭しかけたそんな俺の肩を、父上がぽんっと叩いた。
顔を上げると、ちらりと父上は俺と視線を交わして、すれ違いざまにこう言い放つ。
「……君は僕より執着が強そうだからね。掴むだけではとうてい物足りなさそうだ。そんな君はさながら『星を撃ち落とす』男か。そうだろう? アルフォンス」
…………は?
父上が言った言葉の意味が飲み込めなくて、思わず間抜け面で立ち止まってしまった。
颯爽と母上とオーレリアを追いかけていく父上の背中で、一つにくくられた銀の髪が揺れる。
予想外すぎる言葉をもらって、俺の脳内が処理できてないんだが。
だけど。
「星を撃ち落とす……」
脳裏に浮かぶのはゲームの儚げなアルフォンス。
ゲームの無関心で消極的だったアルフォンスなら、『星を見ぬ人』って言われても頷けるけど。
でも、『星を撃ち落とす』と評されたのは。
「『俺』だから、なのか……?」
俺が知ってるゲームのアルフォンスに『星を撃ち落とす』なんて言葉は似合わない。それなのに父上からそんな言葉が出てきたのは、アルフォンスが『俺』だから?
なんか胸がむずがゆい。
心理テストとかの類ってあんまり気にかけたことなかったけど、父上は正しく俺の本質を見てくれてるってのがわかって嬉しい。
そしてあんな言葉のかけ方をしてきたのは、父上なりの激励ってところか?
俺は自然と唇の端が持ち上がったのが分かった。
いいでしょう、父上。
期待通りに俺は。
「俺の星を撃ち落として見せますよ」
学園生活編 おしまい
ここまでお読みくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告とても嬉しいです。
次回更新は「婚約騒動編」。
アルフォンスに全然なびかないオーレリア。そんな二人の距離感について書いていきたいなと思います。
追記
エルバートの瞳の記載が間違っているというご指摘がありました。正しくは「金目」です。見つけ次第修正しております。教えてくださった方ありがとうございます。




